【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

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閑話 再会

 長閑な休日はいつだって急にぶっ壊れるものだ。チヒロとの休日を楽しんでいた僕に入った一報。それは僕を日常から連れ出すには十二分がすぎるもので。

 

「玄武商会から、学園視察の申し入れ、だって?」

 

 電話先の早瀬は当惑したような声の僕に意外そうにしながら、改めて繰り返した。

 

『はい。玄武商会から、キッチンカーにより火力の高いコンロを積載するためにエンジニア部との交渉がしたい、渡りをつけて欲しいと』

「……そうか」

 

 山海経の誇る商人たちの連合組織にして、山海経の伝統に対しては「変革」を旨とする革新派の一派、玄武商会。保守的な態度を崩さない玄龍門とは対立関係にあると表向き見られている。

 

 そこの頭は商売、料理にかけてはまたこだわりの強い人間だ。ことキッチンカーひとつ出すにしろ、妥協はしたくないのだろうが、これは、もしかすると……。

 

「先方は誰が来るって?」

『それが……商会長がぜひ直接にと』

「……やっぱ、ルミが来るのか」

 

 やはり、そうなのか。朱城ルミ。玄武商会の会長。そして、僕の過去の象徴の片割れ。

 

 僕がこの世界に来たばかりの頃、世話を焼いてくれた心優しい少女。彼女は今、どんな姿で、どんな風に鍋を振るい、何を思ってミレニアムにやってくるのだろうか。

 

 同じ道を進むのだろうとふんわりと思っていたであろうルミに、道を別って進むことを告げたあの日のことを、思い出しているのだろうか? 

 

『……お知り合いですか?』

「いや、まあ昔の話だ」

『先輩がその辺の話をぼかす時は、大変なことになったあとですよね』

 

 よく僕のことをわかっている。……早瀬め、棘が鋭くなってきたな。

 

「まあ、そうだな。目を背けたいような、また戻りたいような、そんな昔だよ」

『それ、ちゃんとチヒロさんには話してるんですよね?』

「当然全部伝えてるさ。……なんだ、伝えてないと思ってたのか?」

 

 早瀬は『まあ、はい』と言ってから、続けた。

 

『先輩は嘘はつきませんけど、隠しますからね』

「はは、手厳しいな。隠す必要のない相手には隠さないさ」

『私には隠す必要がある、と』

 

 そうだ。僕の過去なんざ知ってていいことはないんだからな。

 

「まあな。そこら辺は聡い早瀬なら分かってくれるだろ? これは僕とチヒロだけの秘密にしたいことが混ざってくるんだよ」

『まあ、いいです。その秘密は見逃してあげますけど、かわりにひとつ引き受けて欲しいことがあるんです』

 

 へぇ、早瀬が僕に。一体何を頼むのだろう、僕はそう思いながら無言で先を促して。

 

『朱城ルミさんと、その護衛の鹿山レイジョさんが来校予定ですので……そのご案内をお願いします』

「は?」

 

 衝撃の発言をぶちかましたセミナー会計早瀬ユウカ曰く。

 

 セミナーはそれぞれに予定の日には案件を抱えており、外すことが叶わない。日程の変更を先方に申し入れることも考えていた。

 

 だが、玄武商会の予定もあり、ルミは『予定の変更はできないから、そういうことなら案内不要。勝手に見て回るからね』と申し入れている。

 

 しかし、そういう訳にも行かないのがセミナー、ひいてはメンツの問題なわけで、どうにかしてルミに案内をつけねばならない。

 

 エンジニア部と、セミナー。その両方にパイプを持ち、かつ表向きある程度の信頼性のある身分を持ち合わせている生徒をセミナーから追認して、一時的にセミナー所属とし、セミナーから派遣した人員とすれば問題なくこれらの問題をクリア出来ることに早瀬は気がついたのだとか。

 

「で、それが僕か? 人選ミスでは? 僕はヴェリタスの……」

『いいえ、現部員42名の部活動の部長で実績と信頼があり、エンジニア部と交友も深く、セミナーとは今この通り』

「……ひとつ聞かせてくれ、拒否権は?」

『初恋を終わらせておいて、なお私を見捨てるつもりなんですか?』

 

 それを言われると、実に弱い。早瀬の初恋をぶった斬った負い目はそれなりにある。

 

 だがしかし、ルミ。ルミかぁ……。

 

「ルミかぁ……ルミが来るのかぁ……」

『そんなにその……お嫌ですか?』

「いや……うーん、嫌ってわけでは、ないんだが……今更どの面下げて会えばいいんだ、というか……」

 

 チヒロに過去の話を告げた時言われたのだ。『最低でも朱城ルミは既に手遅れで、重い(意訳)』と。

 

『その辺も込み込みで私にしたみたいに終わらせてくればいいんじゃないですか?』

「待ってくれ、斬れ味が良すぎる」

『ふふ、冗談です。けど、受けないって選択肢はほぼないですよね?』

 

 その通り、だな。まあ、そうだ。恐らく。どうにかして逃げ道を探そうとしたが、エンジニア部とセミナーにパイプがあり、ある程度の良識があって、ミレニアムらしいと言われるような悪癖のない人物など思いつかない。

 

「……どいつもこいつも表に立つのに少しも向いてないな」

『はい……天峰先輩にご連絡するのは最後の手段だと思ってたんですけど』

「……はぁー……わかった。やってやればいいんだろう? もうどうなっても知らないけどそれでいいならやるよ」

『ありがとうございます……助かります』

 

 予定を詰めて電話を切ると、心配そうな目線を向けているチヒロへ目線を合わせた。

 

「……平気なの? チハヤ」

「平気だと思うか? チヒロ」

「ううん、全く」

 

 そう、平気ではない。だからそうだな……うん、大人しく言うことにしよう。

 

「助けてくれ……というか予定の日空いてたら僕の精神安定剤代わりにいてくれ……」

「私も胃痛になりそうなんだけどそれ? うわ、しかもその日、丸一日空いてる……!」

「終わる時に同じ墓に入るなら同じ地獄に落ちたっていいだろう、付き合ってくれよ……!」

 

 僕の悲痛な言葉に、眉に皺を寄せつつもチヒロは最後に仕方ないな、と嘆息した。

 

「わかった。私も付き合うよ……はぁ、朱城ルミさんって確かチハヤにとんでもなく重い感情を持ち合わせてたはずだけど、私いたらむしろまずいことにならない?」

「……考えたこともなかったが、それを加味してもなお居てくれないと困る……」

「まあ、頼られて悪い気持ちはしないからいいならいいんだけど……」

 

 そんなわけで、僕はセミナーから一時的に『セミナー所属会計補佐』の立場を預かり受け、来客の案内を引き受けることになったのである。チヒロを連れて。

 

 来たるべき時は、至極あっさりと訪れた。

 

 車から降りてくる、チャイナドレスの下にジャージを羽織った少女が、後部座席のドアを開き。

 

「会長、到着です。すでに出迎えも頂けています」

「うん、ありがとう、レイジョ」

 

 降りてきた、赤と白の服、黒の前掛け。調理にその身を捧げているということが直ぐにわかる服装は、あの頃から変わらず。ただずっと、大きくなった彼女は、こちらへ微笑んだ。

 

「出迎え、ありがとう。玄武商会、商会長。朱城ルミです」

「本日の案内を担当させてもらうこととなった、セミナー所属、会計補佐天峰チハヤだ。来校を歓迎する」

「……ふふ」

「……はっ」

 

 ふたりして、笑う。真面目腐っていたのが面白くなってしまって。

 

「久しぶりだな、ルミ。また会えて嬉しいよ、二度とは会えないかもしれないと思っていたから」

「うん、久しぶり。あー馬鹿馬鹿しい、チハヤの前で真面目な顔したってしょうがないよねぇ。……ふふ、チハヤ」

 

 ルミは、そっと僕の手を握った。そのまま、結んだ手を僕の胸元へ運ぶ。

 

「……逢いたかった」

 

 膨大な、これでもかとばかり込められた感情。届け、とばかりに放たれた、いつまでも反響する想いが、耳に刃となって突き立つように僕には届いた。

 

 そして、その言葉が届いて、僕が僅かに平常の気を失ったその刹那。

 

「チハヤ」

 

 優しく、後ろから声がする。チヒロの、声。取り戻した。万感の想いを込めたルミの一言を、チヒロはただひとつの感情を込めた一言で振り払わせた。

 

「ありがとう、チヒロ」

 

 その一言で伝わった。誰に? 決まっている、チヒロに、じゃない。チヒロには言わなくたって伝わる。だから伝わったのは、ルミに、だ。

 

「チハヤ、変わったね」

「あぁ……僕はもう、ひとりじゃ飛べない」

「後ろに控えてる子? あなたの、比翼」

 

 僕は、静かに頷いた。惑いも迷いもない。

 

「ルミ。僕にも、大切な人ができたよ」

 

 だから、伝えよう。恩人に、朋友に。僕の、今の姿を。

 

「そっか」

 

 ルミはそう、切なげに小さく呟いて、続ける。

 

「そうなんだ。……良かったね、チハヤ。お祝い、だね」

 

 雲ひとつない快晴を見上げ、ルミは笑った。

 

 結局晴れ空から、水滴はひとつも落ちなかった。

 

 

 




番外編、不定期でやっていきます、山海経編。デカイ山超えてるように見せて暫くは山連打みたいなものなのですよねここからね……。

久々の投稿でしたがいかがでしょうか。評価感想いただければ幸いです。それではまた、次で。
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