各務に想う 〜いったいいつになったらみんな財務会計ってもんを覚えてくれるんだ〜   作:ふぃーあ

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竜翼問答

 山海経の伝統的な円卓に並べられた、食べきれないほどの料理の数々と、ルミに迎えられた僕とチヒロは現在混乱の中にあった。

 

「それじゃあ、乾杯しようか!」

「……んん、ええと……はい?」

 

 杯を緩く掲げたルミの手には、暖かいジャスミンティー。それは僕の手にも、チヒロの手にもあった。なんでも、山海経ではこれが祝いの場のデフォルトなんだとか。

 

 そして、もうひとり。

 

「うむ。祝いの席じゃ、始めるとしようぞ」

 

 黒いドレスの幼げな少女……玄龍門当代門主、竜華キサキその人もまた、同じく杯を掲げて座っている。

 

「……助けて、チハヤ」

「助けてもなにも……受け入れる以外何も思いつかない。どうしてこうなった?」

 

 話は少し前に遡る。

 

 ルミがミレニアムにやってきたあの日、ルミは僕の報告は一度それはそれとして、公人としての責務も果たして行った。

 

 つまるところ、エンジニア部との渡りをつけて、キッチンカーの改造の発注を済ませ、前後の日程の調整をし、ルミ立ち会いの元出張の改造工事を執り行う契約を交わしていったわけだ。

 

 そして、その別れ際、ルミはこう言った。

 

「そうだね、祝いの席は山海経でやろうか? 玄武商会の本店を挙げて派手にやろう、私持ちでね! 招待状は後日送付させてもらうけど……日程は今決めちゃおうか。暇な日は? あぁもちろん、主賓は二人だからね。各務さんと、チハヤの両方とも都合のいい日にしようか」

 

 するするとルミの口車に乗せられて、日程が決まり。

 

 あれよあれよと言う間にルミの宣言通り玄武商会本店からの招待状が届き。

 

「……これ、ほんとに行かないとダメかな……」

「げんなりする気持ちが分からない訳では無いが、さすがに行こう。僕らを祝ってくれるんだぞ? しかも山海経で最高峰のメシを出す玄武商会の、総本店がだ。行かない理由がない」

「うん、分かってる。マナー的にも、経験的にも大事なことは……でも、さ」

 

 まあ、チヒロの言いたいことは分かる。何故、山海経で? というところに際して、思い当たることがあまりにもひとつしかないのだ。

 

「現地行ったら、いるよね? 絶対」

「……ま、まあ。門主もそこまで暇では無いだろ。それに表向き対立する組織の総本山だぞ? 乗り込んでくるわけがない……と思うんだが」

 

 竜華キサキ。彼女が玄龍門の門主……つまり、学園の生徒会のような組織の長であるという上で、閉鎖的な伝統を受け継ぐ保守派の長であるということから、山海経から出ることができない立場なのは、僕らも重々承知のことだ。

 

 その上で、わざわざ「山海経で一席」なんて言うということは、「キサキが会いたがっている」とほぼ言っていることが変わらないのだ。

 

「……今から、胃が痛い」

「美味いものを食べる前に胃痛とはな。経験したくもないことだが……よく分かる」

 

 なんとも言えない表情で、僕らはその日を迎え、車でもって山海経の玄武商会本店に赴き、そして。

 

「私、梅花園のキキって言います!」

「……無理が、あると思わないか……?」

「シャーレで、お見かけしたことがある、はずだよね? 竜華キサキ、さん……?」

 

 自称幼稚園児の現門主と出会ったのだった。以上、ここまでが回想。それでもって、竜華キサキさんに一言。

 

「バレたからって本性に戻るのが早過ぎないか?」

「なんじゃ、そなたは妾に童であってほしかったと? お主もいい趣味をしておるなぁ」

「そういうことではないが。とはいえ……もう少し、気まずさくらいは感じないか?」

 

 回想を終えた僕の開口一番の言葉にくつくつと笑うキサキは、仕方なかったのじゃよ? と言う。

 

「仕方あるまい。対立する組織に潜り込むというのは並大抵の変装では成らぬ策。この身を幼子に紛れさせ、梅花園に職業見学という体で玄武商会に赴かせるとでもせねば、こう上手くは行かなかった」

「で、本音はどうなんだよ」

「なかなか幼子の真似をするのは楽しくての」

 

 やっぱ趣味混じりじゃねぇか、と軽口が飛びそうになるのを抑える。

 

「相変わらず口調の重苦しさからは想像もつかないほど緩いな」

「ええと……あの、竜華さん、でいいの?」

「キサキで構わぬ。妾もそなたのことはチヒロと呼ぶが、良いじゃろう? 同じ学年の者同士、よくよくやるとしよう。かしこまる必要も無い」

 

 急に呼び捨て許可と呼び捨て確認まで貰ったチヒロに内心で合掌しそうになるが、そこはうまく「まあ、ならそうさせてもらうけど……」とチヒロらしく構え直したので安堵の息。

 

「話は聞いておる。チハヤの比翼と……ふむ。こうして見れば得心も行くというもの。ルミ、約定通り山海経へ二人を連れ出してくれたこと、感謝する」

「やっぱ最初から僕とチヒロ目当てだったのか。龍の眼の数ばかり増やしているみたいだね」

「妾が気にかけておったキャンプ場のレポートを出させるついでにの、休ませておった眼の者がな。イワナを釣りすぎて裾分けに向かったら……」

 

 僕とチヒロは顔を見合わせた。

 

「……あのイワナをくれた子か!」

「やけに多く釣れたからおすそ分けにって来てくれた子……そっか、あの子が……」

 

 世間とは実に狭いものである、というが、本当に狭い。困ったものだ、と僕らは苦笑いするしかなかった。キサキはそんな僕らを見ながら同じように苦笑いして続ける。

 

「そのようでな。レポートにチハヤという名を見た時は大きな声が出たものよ」

「あはは……キサキが突然倒れたから門主との会合は取りやめ、って話を持ってこられた時はどうしようかと思ったよ。秘密裏に無理やり行ってみたけど、話を聞いたらこれでさ。私もおっきい声出したよね」

 

 ルミもそう言いながら料理を小皿に取り分けている。取り分けられた料理が僕、それからチヒロの順に配られていくのをキサキが楽しげに眺めているのを見て、チヒロが口を開いた。

 

「……意外と、仲がいいんだね。お二人は」

「そうじゃの。腐れ縁のようなものでな、切ろうとしても切れ得ぬ縁というものよ」

「まあね。とはいえ、チハヤがいなければもう少しギスギスとしていたかもしれないけど」

 

 チヒロが僕の方をチラッと見てから、「というと?」と問えば、キサキは笑って言う。

 

「そこの薄情者が妾たちを捨ててミレニアムに進みおったからの。傷の舐め合いをしておったらこのザマよ」

「端的に言ったらそういうことになるのかな。私も全然受け入れられなくて、玄武商会で新しいお店を展開するってなった時にミレニアムに出してみようと思ったりとか、色々引きずられてたから」

「……重いな、ルミ」

「もうっ! 誰のせいだと思ってるのさぁ!?」

 

 僕の冗談混じりの一言に、ルミが頬をふくらませて「怒ってます!」とばかりに振る舞うのを、キサキが横から潰した。懐かしいことに、あの仕草は僕が出会ったばかりの頃に二人がやっていたものにそっくりだった。

 

「まあ、もう良いじゃろう。割り切ったんじゃからな。それはそれとして、食べ始める前に聞かねばならぬことがあっての、そっちが本題じゃ」

「キサキが聞きたいことか。まあ、僕で良ければなんでも……」

「チハヤに、ではない」

 

 急に笑みを消したキサキは静かに、チヒロを射抜くような目線で見据えた。

 

「チヒロ。そなたに、問おう」

「なんでも、構わないよ」

「落花語らずして空しく樹を辞し、流水情無くして自ら池に入る、と過去の詩歌は語る。少なくともそうであった者がここにいる。では、チヒロ。そなたはどれほどまでに、チハヤを求めた?向き合うに至るには、どれほどの想いが必要だった?」

 

 静かに、チヒロはふふ、と声を漏らす。そして、なんでもない事のようにチヒロは口を開く。

 

「山に陵なく、為に水尽き、冬に雷、夏に雪が降って、天地が合わさるようなことがあったとしても別れることはないだろうと思うほどの想い、かな」

 

 チヒロの返答に、キサキは静かに茶を口元で傾けた。そして、ひとつ息をつく。

 

「妾はの。ルミとそなたの、何が違うのかと思っていた。天峰チハヤを求め、それ故に天峰チハヤという存在の矛盾に気付き、それをどうにかしようとしていたという点において、そなたとルミは同じであったからの」

「……そうなんだ。ルミさんも……気付いていたんだ。チハヤの、認識の歪みに……私より、遥か前に」

「そうだね。天峰チハヤという人間の自認が、異界人というか、宇宙人というか。今を生きていない感覚だったことは、私にもわかってた。それを何とかする方法が思いつかなくて、料理を教えたり、後輩に見せた格闘技の大会に連れて行ったり……。いろいろしたんだけどな」

 

 でもまあ、とルミはそう呟く。

 

「チヒロさんの答えを見て聞いて、目と耳に焼き付けた今なら、わかるけどね。どうしたらよかったのかは。何が足りなかったのかはさ」

「ルミ。そなたにはチヒロになにか見えたか?」

 

 ルミは私にそれ聞く? と困ったように呟いてから、口を開く。

 

「一緒に背負う覚悟、というか……一緒なら堕ちてもいい、という覚悟かな。……この立場になった私じゃ、出来ない。色々、背負うものが多すぎたから」

「出会う時が悪かったのかもしれん。だが、そんなことは些細なことに過ぎぬ。人同士の付き合いは、多少の時の前後では揺らぐことなく進む」

「ま、そうだね。なるべくしてなったこと、という言葉が一番お似合いだよ」

 

 そうルミが言うと、キサキは口角を上げた。

 

「妾は得心行った。ルミ、そなたは最初から納得しておったようじゃがの」

「当たり前だよ。チハヤの選んだ人が私たちを納得させられないわけないんだから。その辺は、山海経で私たちと歩む道を斬り捨てた人の価値観を信じてるってわけ」

「……その、それに関しては」

 

 僕がつい口から漏れそうになった謝罪は、二人から揃って止められた。

 

「良い。そなたにも理由があろう。それを聞こうとは思わぬ」

「話さないことは優しさにもなるってこと、今の立場になってみたらよく分かるからね」

「……理解してくれて、ありがとう」

 

 そうして、言葉を続けるキサキとルミは、二人とも優しげな笑みを浮かべていた。

 

「妾は満足した故、あとは名目通り祝いと行こうかの! 新たに飛び立つ比翼の鳥の、門出を祝すための祝いの席。今宵は帰さぬぞ、チハヤ、チヒロ。はち切れるまで食い、飲み、そして眠って翌朝山海経を発つまでは、そなたらには至上の歓迎と祝い以外が訪れることはないと思うが良いぞ」

「まあ、私の初恋終わりの記念も兼ねて、盛大にやけ食いと洒落こもうかな、なーんて。嘘嘘、私のやけ食いはとっくにやったから今日はチハヤとチヒロさんのお祝いだけだよ。始めようか、じゃんじゃん持ってくるから、じゃんじゃん食べてね!」

「えっ、と……お世話に、なります……?」

 

 その日、僕たちは山海経流の歓迎……すなわち、多量の食い物による圧殺的歓迎という歓待を受け、半ば胃を破壊されかけながらも楽しんで……。

 

 翌朝、一通のモモトークの履歴に、僕は最後の向き合うべき過去を見ることになる。

 

 モモトークの相手の名前は、『猿の手』。

 

 保有者の名前は、申谷カイ。

 

 山海経史上最悪の事案を引き起こした薬学の天才。

 

 それ故に収監された矯正局から、ある日同時に脱獄した七人の囚人のひとり。

 

 そして、僕の、天峰チハヤの。

 

 命の、恩人だった。

 

 

 

 

 





山海経編の続きです。そんなに長くなるつもりがないため、ほぼ2.5部ですがゆったりやっていきます。

今回もありがとうございました。評価感想がモチベーションになってますので、ぜひよろしくお願いします。

ではまた次回で。
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