【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
僕の個人用モモトークには、連絡先が4つしかない。
ひとつはチヒロ。当然だ、大切な彼女だぞ?
そして、ヒマリ、リオ。僕が公の身分を固める前に得た、大切な知己。
最後に、トキ。恐らくリオが僕の個人用モモトークを連絡先として教えたのだろうそれは、僕の予想外に追加された、僕の計らいの結果だった。
そう、この4つしかない、はずだったのだ。今日、この時までは。
『久しいね。私が誰だかわかるかな?』
その言葉が鮮烈に端末に踊っている。僕はそれを見て、静かに溜息をついた。
分かるに決まっている。過去からは逃れられない。それは、コイツからも例外ではないようだった。
『私が誰だかわかったのなら、あの日あの時の出会った場所に来るといい。もし分からなければ……まあ、聡い君だ。そうでないことを信じよう』
『白々しいな。僕があそこにヴァルキューレやらC&Cを送り込むと思わないのか』
『はは、君はそんなことができるのかい?』
できないこともない、が。やる理由も、それなりにない。なにせこのモモトークの先にいるだろう、アカウント名『猿の手』を騙る女には、僕の命を救われているのだから。
かくして、夜遅くの山海経の外れ。かつて僕が倒れていたらしい、公園の築山の頂点に、その女はいた。
白黒半々に塗り分けられたかのような、独特なツートンカラーの髪。白衣が夜風にたなびいて、威圧感を醸す。
「待ち侘びたよ」
そう言いながら振り返った彼女は、ふっとわざとらしく笑んで見せた。
「二度と会えないものと思っていたけどな。……カイ」
申谷カイ。今や世間を騒がす矯正局からの脱獄犯たち……人数から取って『七囚人』とひとくくりに呼ばれるもののひとつに数えられるようになった旧知に、僕は静かに吐きすてる。
「ご挨拶じゃないか。君の命を救ったのは私、覚えてない訳じゃあないんだろ?」
「あぁそうだな。恩を返せてない。だから返すと約束したのも覚えてる」
「今こそ約束を履行してもらおうかと思ってね」
僕はその言葉に頷くと同時に言葉を引き継いだ。
「僕がここに来る代わりに公権力を呼び出さなかったことを最大の恩だと思って欲しいところだな」
「……ま、そう言うと思ったよ。抜け目のないことだ。もう少し可愛げがあったり、恩を多く感じてくれたりはしないものかな」
「しない。悪いけど、今日ここに来たのは訣別を告げるためだ」
だろうな、と。そう言わんばかりにカイは空の朧がかった月を見た。
「天峰チハヤ。君の活躍は聞いていた。その上で、過去私と接点があることは君の汚点になりうるとも確信していた」
「そうだな。事実だ。僕が表立って活動しなかったのは、お前が居たからだ。キサキの旧知、ルミの旧知、そんなことはどうでもよかった」
僕は過去を、嘔吐し水に流したいような気持ちで吐き続ける。
「僕は、お前との付き合いがあったんだ。その過去こそが、この世界に来て最初に僕が背負った罪だった」
「あの日々は楽しかったよ、天峰助手?」
「僕をその名で呼ぶな。僕との成果でキサキに毒を盛っておいてよく言える」
にぃ、と口角を上げるカイ。全身ズタボロだった僕へ投与された、治療薬。その強力な効能は僕の身体を一週間で平癒させ、当時まだ中学2年生だった申谷カイの知識と製薬技術が確かであることを示した。
当時のカイが語った夢……『人を助けられる薬師になる』。その夢を叶える手伝いをしたいと、そう思った。だから、僕は彼女とも交流を深め、そしてミレニアム入学と共にその道を別った。
「あの語ってくれた夢、どこまでが本気だったんだ?」
「さあ? もう君に語った夢など忘れてしまったからねぇ。どこまでが本気、と聞かれても困ってしまうよ」
「……そうか」
カイはその後、仙丹術研究会の会長の座につくことになる。そして、『猿の手』事件という凶悪事例を引き起こし、山海経を退学になり……矯正局へ収監された。
「私はかつて、君の願いを叶えた。その見返りを、研究に協力するという形で受け取った。思えば、そこが始まりだったな」
「……願いを叶えれば、対価が受け取れる、と?」
「そうさ。見返りなくして奇跡はありえない、ともいう」
あぁ、なるほど。つまるところ、申谷カイはこう言いたいわけだ。
「僕のせいだ、と。そう言いたいのか?」
「きっかけは君の事例だったのは間違いないねぇ。あとは私の思いつきだ。なに、誰もが君のように好青年好少女というわけではない。貸しが帰ってこないならば見返りを払わなければならない状態にすればいいまでのことだ。まあ、気付けば早かったよ」
「貸しが帰ってこないのは人望の問題だろ、と言うのは簡単だがまあ……」
僕はミレニアムの便利屋みたいなものだが、見返りは自分から求めない。貸しは後で返してくれ、と言うことはあるがそれは俗に言うところの「持ちつ持たれつでやりましょう」という意味合いでしかない。
僕に言わせてみれば貸しを作って全部帰ってくるなどと思うのが間違っているのだ、根本から言えば。信頼関係の築けていない場で貸し借りなど無意味無価値にも程がある。
「僕だって貸しを100パーセント返してもらってる訳じゃない。踏み倒しだってされてるさ。そこで返してもらうためになにかしようって思ったかどうかが僕とお前の違いってわけだな」
「甘い男だねぇ。善意はつけ込まれるよ?」
「お前がもうつけ込んだ後だろ」
くくくっ、とカイは笑う。違いないねぇ、と呟いてからカイは緩く腕を広げた。
「君は私に訣別を告げに来たと言ったね。ならば、私は……そうだな、君を手に入れに来た」
「……へぇ?」
カイは悠然と、そして艶然とした笑みを浮かべた。
「私は、神仙に至る方法を完成させた。人を越えて、新たな領域に踏み込む術を手に入れた。猿の手と人は私を呼ぶけれど、違うね。私は魔弾の射手さ。願いは十分に叶えた。七発目は、私の思うところに向かう」
「人を越えて、人を求める? なんのために」
決まっているだろう、とカイは口角を吊り上げる。笑みが邪悪なものへ変わった。
「君だけが私を理解できる。私が人だと思えるのは君だけだ。私の願う世界に、人の形だけ持った塵芥はいらない……けれど、君は違う」
「過分な高評価痛み入るよ。随分と目が節穴なようだね」
「いいや、私の評価は絶対だ。他の塵芥の評価にも、他ならぬ君の自己評も、等しく無意味無価値さ」
カイはそう言って、こちらへとゆったり歩む。
「何を手に入れた、天峰チハヤ? いいや知っている、言わなくていい。各務チヒロだ。君は理解者を手に入れた。だけどね、チハヤ。各務チヒロに君は大きすぎる。分かっているんだろう?」
「……なにを」
「君はまだ、各務チヒロを守るつもりで居る。各務チヒロは守られる存在だと思っている。滑稽だ。君には信頼って言葉がない。いや、君自身が世界の頂点を君だと思っている悪癖は治っていなかったようでなによりだよ」
ズバズバとものを言う女だ。耳が痛む。僕はそれに答えるべく、口を開こうとして、カイが先を取った。
「いいや何も言わないでもらおう、天峰チハヤ。事実として、君は各務チヒロという存在の手に余る。神仙の領域にだって踏み込める能力の持ち主は、各務チヒロには到底制御できない」
「神仙の領域? 僕が? 馬鹿言えよ、僕は人のまま……」
「焦がれたことがないとは言わせないよ、チハヤ。超越的頭脳を持つビッグシスターや、存在すら不確かな大天才。その二人のそばに居たそうじゃないか。君が手の届くはずもない怪物たちの世界に、私と君で踏み込む。面白くないはずがない!」
はは、と声をあげるカイに、僕は静かに口を開いた。
「言いたいことが3つある」
「……聞いてあげるよ」
「ひとつ。お前はどうも僕という人間を理解した気になっているみたいだが、お前と会わなかった3年間で天峰チハヤという人間は変わりすぎている。今の僕を理解できているとは思えない」
カイは黙って言葉を聞く姿勢を続けている。だから、続けて。
「ふたつ。怪物たちの領域に踏み込むのは確かに悪くない。だが、もう既に一度踏み込めた世界に憧れはない」
「……なんだって?」
「最後に」
僕はカイの目を見つめる。カイは一歩も引かずにその目線を受け止め、そして……
「っ……!」
かすかに、目を見開く。
「各務チヒロは、天峰チハヤの理解者じゃない。今の天峰チハヤを象り、創り上げる最後のピースそれそのものこそが、各務チヒロという人間だ。良いように喋らせてやろうと思ってたが気が変わった。口をつぐめよ、申谷カイ」
「……なんだと」
「理解は必要ない。必要なのは、共に行くだけの覚悟と信念だけだ。お前は言葉選びを間違えた。僕が求めていたものを読み違えた。その時点でお前の言葉など、甘言にだってなりはしない。無意味無価値の塵芥だ」
夜風の吹く中、カイの白衣と僕の上着がはためく音だけが数秒。
そうして、カイは。
「そうか」
カイは、そう呟くように言葉を転がした。
「それならば。いや。それだからこそ、私は君を奪おう。今、理解などいらないと君が示したのなら、今から私もそうしよう。理解などしなくていいのなら、話は単純。奪い、君を象る
「宣戦布告か?」
「そう捉えてもらって構わない。抵抗を認めよう。だが、神仙の力に抗うことが出来るかな?……計画の実行は、来る二週後。天峰チハヤが、恩を返したいと願った、原点の日に」
決裂を、決戦の告知を。カイは言葉にして放つ。
「山海経を堕とす。そして、君を奪う。だが、君がこの話を周囲に伝えたことが分かった時点で、即座に私は計画を実行する準備がある」
「……監視の目はある、と言いたいんだな」
「そうさ。いくらでも手はある」
一人で抗え、と。申谷カイは嗤う。
「私に見せてくれ……ひとりじゃ何も出来なかった天峰チハヤに、何が出来るのか。そのすべてを嘲笑い、否定し、私が君を導いてあげよう」
その言葉に、僕は目を見据えたまま返す。
「望むところとは言わないが……まあ、ひとりじゃないんでね。積み上げられたミレニアムの仲間たちの知識の、その全てを以て、申谷カイという存在を同じように否定する」
既に吊り上がりきった口角をなお吊り上げるカイ。宣戦布告を受け入れた僕に、静かに背を向ける。
「それでいい。楽しみにしているよ」
風を切り、歩み出し……小さな試験管が、その手から落ちる。
月が、雲間に消えた刹那。吹き出た煙がカイの背を隠し、その煙が消える頃には、もうカイの姿はどこにもなかった。
今回もありがとうございました。また次回もよろしくお願いいたします。
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