各務に想う 〜いったいいつになったらみんな財務会計ってもんを覚えてくれるんだ〜 作:ふぃーあ
チヒロが合流してからというものの、戦況は優勢に過ぎた。
『隙が無さすぎる……』
カイが憎々しげにそう呟く。
「隙だらけだからね」
『これまでが馬鹿らしくなる。僕が一人でツーマンセルやるよりチヒロと二人でツーマンセルやったほうがいいな』
「ほんとにもっと頼ってよね……次、行くよ」
サテライトの中で、チヒロはカイとチハヤの呟きを全て外部から拾って聞き届けていた。
何度目かの激突の寸前に差し込まれるチヒロの操るAMASの砲撃は、カイが全霊でぶつかることそのものを拒絶し続けている。
結果として、カイには処理しなければならない情報が増え、チハヤの処理すべき情報は減った。故に、解放された脳のリソースをチハヤは更なる演算に回す。
サムス・イルナの未来予知へ、より多くのリソースをつぎ込む。チハヤは身体を予知に沿わせ、チヒロを演算の中に加え、チヒロがサムス・イルナにリンクしたAIに成果のデータを送り込む。
「もっとやろうか、底の底を見せてくれよ申谷カイ!!」
「巫山戯るなよ……ッ! この私がっ、ここまでコケにされてたまるかぁ……!!」
当然、その頃サテライトの中では。
「あぁもう、なにこのデータ量! こんな量をチハヤはサポートありきとはいえ演算して……!」
チヒロが流れ込むデータを必死に捌きながらカイの妨害、チハヤの支援のために利用していく。
「でも、アテナなら……行ける! あの子たちに託されたんだ、私が使えないなんてそんなこと、言えないっ!」
AMASの母艦的機体として調月リオに制作され、実戦投入を待たれていたその機体に詰め込まれたAIの名は、「アテナ」。
その名前はヴェリタスの誇る発明者にして進歩を産む者、ハレの相棒「アテナ3号」と奇しくも名を同じくしている。
当然無関係のはずもなく、このAIはチヒロの覚悟に共鳴したヴェリタスのメンツ総出で「アテナ3号」をベースとして調整され、仕上げにリオが携わったチヒロ専用の戦闘支援AI。
『データ解析の支援は必要ですか』
「いらないっ! 頼んでた連絡は!?」
『既読済です』
「なら直に来るね……追い込みをかける!」
基本的な挙動……回避、防勢行動の部分を自動で行うことで、チヒロが行うべきことを移動と攻撃、そして支援機及びビットの発着に限定したことで、チヒロの戦闘慣れしていない(もちろんキヴォトスに住まう生徒として一定の慣れはあるものの、専門家には劣る程度の)部分を補う。
「邪魔はAMAS、ビットで迎撃、少しだけ高度を上げて……そろそろ」
チヒロに、チハヤほどの空間把握能力や思考分割能力はない。
チヒロに、カイほどの老獪さや妄執はない。
ただ、チヒロにしかないものも、ある。それは、なにか。
『ちぃっ……!』
『チヒロ! 畳み掛けるッ!!』
「いいタイミング……分かってるっ!」
崩れたカイ、そこに吼えるチハヤへチヒロは応える。チヒロにしか持ちえないもの、それは、ひとつの戦場を操る力であり、詰ませる力だ。
チハヤは、基本の力押しを好み、それができない場合にだけ奇策を用いて相手を基本の場へ引きずり出そうと試みる。
カイは、基本を裏切り逆理を愛し、策を弄した末にそれが破られた時、力押しが出来るように場を作ろうとする。
チヒロはそのいずれでもない。後手から常に最有力の一手を打つ。相手の挙動に対応し、自分の望む盤面へ相手が自分から動かざるを得ないように誘導するのだ。
過去に学ぶということでもなく、未来に対処するわけでもない。ただ、望んだ未来を引き寄せるために、現在を操るのが、各務チヒロの基幹戦術だった。
妨害のために、あるいは自衛のために、バラまいたビットとAMASを細かく配置換えし、この一手のための仕込みをしていたチヒロが微かに口角を上げる。
今この瞬間、戦場を完全に掌に収めるためだけに、チヒロは意識と思考を回転させていた。そして、この掌の上の戦場に、チェックメイトと宣言するのは、チヒロではない。
『……ッ、邪魔だッ!』
「邪魔してる、からねッ!」
『だが……チハヤも、これではッ!』
チヒロの支援は思考こそ正しいが戦闘に慣れていない。弾数によって嵐を形成し、それに信頼を置いてカイの逃げ道を塞ぐことしかできなかった。溢れんばかりの弾幕に本来道などない、はずだ。だが、チヒロはわかっている。
己の半身が、それでも突き進むだけの能力を手に入れたことを。
「まあ……一瞬でも隙間があれば行けるでしょ」
『当然だ。最高の時間をありがとう』
飛び込んだ、蒼。ミレニアム・ヴィンクルムをパワードスーツとして再装備し、砲撃を撃ち込みながら蒼い鋼が嵐の中を駆ける。
『バカ、な……!?』
『これで終わり、だ!』
「おまけに、これもっ!」
サテライトの下部に取り付けられた、主砲のレールガン。その砲口と、囲んでいたAMASの銃口がそれぞれ残された二人のカイへ向けられ、光を放つ。そうして、二門の蒼と、一門の電磁が霧散し、嵐が止んだその戦場に残されたのは。
『やるじゃ、ないか……』
ズタボロになった羽衣の裾を地に垂らす、たったひとつの姿だけだった。
なるほど、思いつかない策だ。詰将棋じみている、と言ってもいい。
およそ趨勢の決まった様子に先程の戦闘を振り返り、僕は感嘆の声を漏らした。
戦場を切り離すようにビットを用いて戦場をビットVSカイ1人の形に切り離すことで、事実上カイを減らしながらカイに負担をかけ続けることは曲芸じみているが、不可能じゃない。
なら、サテライトのAMASも、同じように利用して戦場を切り分け、僕とカイのワン・オン・ワンへ持ち込む。
チヒロのやったこと自体は奇しくもカイと同じ、自分のリソースの切り分けだったのだと思う。そして、切り離した部分をカイは回収できず、チヒロは最初から回収する前提で使い切っていた。
全然分かってはいないのでたぶん、だが。そういうことだったんだろうなあ、と思っている。
結果、ひとつのリソースを分割する都合でダメージを共有していたカイに与えられたダメージは甚大であり、今やカイの分身は消え果てている。
「……まだだ」
「まだやる気か?」
「……私は、諦めることが嫌いなんだよ」
最後の炎を燃やす蝋燭のように、カイはゆらりとその身に纏う白黒を揺らめかせた。
「君にだけは……そして、アレにだけは……負けられないんだよ……ッ!!」
カイが一歩踏み込んだ、次の瞬間。
タンッ、と。小さな、しかしハッキリとした銃声が鳴る。
「今回は間に合ったようじゃな。手柄であったぞ、各務チヒロ。さすがじゃ」
「バカ、な。どうやって……動けるだけの、体力を取り戻した? ……私の、毒は?」
「実に快い。最高の気分じゃよ、出し抜いてやったのだからな」
現れた、小さな影。未来予知に映ったその影を信じて、1歩たりとも動かなかった僕へ、影から月光の下に出た影の持ち主は……竜華キサキは、獣のような笑みを浮かべた。
「ルミと、サヤ。二人に願い、妾は時折この身を全盛のものに戻すための方策を探しておった。そして、見つけた。奇跡を起こす方法をな」
「……なんだ、と?」
「山海経に無能はおらぬ。其方が山海経を去り、この身に毒の牙を突き立てたあの日から、この身を思う代え難き朋友と、其方の名跡を継ぐ責を感じていた哀れなるも頼れる薬師は、妾の身体の毒を完全に無力化することはできずとも……わずか半刻限りではあるが、その一切を感じさせぬようにはできた」
カイは言葉を失ったように、そして、撃ち抜かれた箇所が今更になって撃ち抜かれたことを自覚したかのように頽れる。白黒は解れ、いつものチャイナドレス姿に戻っていく。
「サヤ……そうか。後輩が……あの子が……」
「カイ。改めて言う。お前を拘束し、矯正局へ送り返すと……まだやる気はあるかえ?」
「……ない。私の負けだ。逃げも反撃もできないだろうね」
カイは静かにそう言って、月を見上げた。いや、その見上げる先には、月では無いものがあった。サテライト。チヒロの乗る、それが。
「各務チヒロ。最後にひとつ、聞かせてくれ」
『……なに?』
「願いごとが叶うのだとしたら、何を叶えたい?」
チヒロはなんだ、そんな事かとばかりに小さく笑った。
『もう叶ってるから願い事はないかな。また考えとくよ、「猿の手」に願うことを』
「……くくっ……ふははっ! それも、そうか……」
『あぁ、1個だけあるかも』
へぇ? とカイは首をかしげて見せた。それに、チヒロは答えて。
『もう二度と、私たちの前に現れないで。……思い出の中で、じっとしていて欲しい』
「くく……私は、思い出にはならないよ?」
「そこはなっていてくれ。この夜空の星と月に願っておくよ」
「ふっ……」
「くくっ……」
僕の言葉に、カイとキサキは奇しくも同じように笑った。
「また逢おう。いつか、この世の終わりの日にでも」
「もう二度とごめんだよ。それと……あの日助けてくれて、ありがとう。今更だが、伝えたかった言葉だった」
「馬鹿だな、君は。私に、感謝するべきではないよ、チハヤ」
「それでも、だよ。もう二度と、会うつもりはないから」
「そうか。だが、まあ……必ず会えるさ。君らが願ったのは、願いを違えて叶える『猿の手』なんだから」
かくして、申谷カイは夜空の元従容としてその身を預け、再び身柄は矯正局へ収監された。
その封がどれだけ強いか、またどれだけ持つかは定かではない。また機会があれば猿の手は現れるのかもしれない。だが、因縁は確かにひとつの決着の形を見た。
それだけは、事実だった。
カイ戦、完
今回もどうもありがとうございました。リオの先ちょが始まったので、たぶんチヒロ回があると思って更新のモチベが上がっています。なかったらまた悲しいことになります。
評価感想お待ちしております。それでは。