【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

7 / 62
兎追いしかの大海原

 ユウカが頭を痛めている。実にいつもの光景だ。僕が頭を抱えて椅子に沈み込んでいる。まあ、いつもの光景ではあろう。ノアが頭を撫でさするようにしている。異常現象だ。

 

「で、債権を発行して金を横領、全額ギャンブルに?」

「そうなんです……」

「この額を……?」

 

 僕は負けすぎじゃないか? と心から思った。その額面はあまりにも大きく、そして意味がわからなかった。ギャンブルに突っ込むにしてはあまりにも、そう……

 

「後先考えてないやつのそれだろうこの額は……」

「……使い切るつもりだったんだそうですよ」

「……は? なに、を? 何を使い切るって?」

 

 衝撃的なワードに、思わず問いを返す。何を使い切るつもりだって? 

 

「……ミレニアムの、予算を。全て使い切るつもりだったそうです」

「……正気で言ってるのかそれ? 何を言ってるのか皆目見当もつかないレベルの、膨大な数字を……使い切る? はは……馬鹿みたいな嘘をつくのはやめろ、生塩」

「……嘘でしたら、こうなっていないのでは?」

「聞きたくない話だな。……ふぅー」

 

 目元と、肩のコリを解す。こうなったのはほんの少し前の出来事によるものだ。

 

 異常なミレニアム名義債権の発行を確認したユウカ。その異常性を確認した彼女の手により調べが行われ、『白兎』……黒崎コユキが当該債権を発行、不正に金銭を引き出している事実が明らかとなる。

 

 コユキの直感を利用した暗号解読の技能は天性の異能と読んで差し支えないレベルのものであるといい、防ぐ手段はほぼ存在していないらしい。それが最新のRSA暗号であっても、今回の事件のように乗り越えていく狂気の才能持ちだとか。

 

 そんなコユキの潜伏先は、オデュッセイア海洋高等学園の管轄するカジノシップ『ゴールデンフリース号』であり、確保のためC&Cと先生が送り込まれ、色々あった末にコユキを確保。

 

 セミナーによる、改めての事情聴取が行われ、現在に至るらしい。

 

「ひとまず、僕にも黒崎と話す権利くらいはあるんだろうな。本件で一番割を食ったのは僕だろ、割と」

 

 まあ、実の所コユキが悪事を働いたのは今回が初めてという訳じゃあないらしい。

 

 ヴェリタスにも何度かコユキの居場所を探れという依頼が来ていたことがあると、チヒロが教えてくれた。だいたいはパスワードや防壁を突破して悪戯をしていくのだそうだが、今回ばかりはシャレにならんということだろう。

 

「……チハヤ先輩は、コユキちゃんに会って何を話したいんですか?」

「取り調べログのここ、『え? お金が無いなら盗んでくればいいじゃないですか』って言ってるだろ? 逆に気になってきた。倫理観がなさすぎる……というより、何故それをしないのか気になっているようだ。まるで、僕ら全員がそれをするべきだと言いたげじゃないか。気になるところだよ、さすがに」

「……本当にそれだけですか?」

 

 あぁ、それだけだ。他意はまったくない。

 

「まあ全力でぶん殴るフェイズはあるだろうな。……あ」

「建前と本音の逆転ですか?」

 

 やらかした。珍しく明確に、僕の失態だった。

 

 まあそこからはなんだかんだと言いつつ、ユウカの言う条件……暴力禁止だのと言ったまあ当然の条件だ……を受け入れて、僕はコユキと面会を許される運びとなった。

 

 反省部屋……金庫のような扉のついた部屋の中に、その大罪人はちょこんと女の子座りで座っていて、こちらを不思議そうな目で見上げていた。

 

「あれ、珍しい。ここに知らない人が来るなんて。それに、男?」

「僕を知らないとは珍しいな。ミレニアムの中で自由に動き回る時間よりここにいる時間とミレニアムの外で遊び回る時間の方が長いと見える」

「にはは、否定はしませんよ……あ、私黒崎コユキです」

「ミレニアム情報処理部部長、天峰チハヤだ」

 

 名前と肩書きを名乗ると、こちらを見るコユキの目が少し変わった。それはなんというか、そう……『うげっ』と言った感じの意思がこもったような……? 

 

「あなたがユウカ先輩の経理の先生ですか……つまり、あなたがいなければ私の諸々は……」

「何を言おうとしてるかはわからないわけじゃあないが、そこから先を口にした場合僕は君を一人前の会計士にして僕の今持ってる大体の仕事を押し付けられるようになるまで帰らないからな」

「……なんでもないです……」

「賢明な判断だな」

 

 のっけからとんでもないご挨拶だ、と内心で愚痴りながら、コユキから顛末を聞き出す。おおよそログと同じ内容だが、ところどころ細かい部分に差異がある……最もこの辺りは本人の記憶によるところもあるのだろうが。

 

 それで、ひとつ聞いてみたかったことがあったのだが。

 

「そうだ、コユキ。……試算すると君はこのくらい負けてるわけだが」

「えっ? そんな使ってました?」

「君の体感としてはどのくらい使ったとかあるのか?」

「いえ、もう二回りは少ないものかと……ですけど、そんなに使ってたんですね! にはは!」

 

 笑い事じゃないが、とツッコミそうになった体を抑える。全力で後頭部をどつくところだったのだから抑えて正解だ。

 

 金銭感覚が狂っている……とノアは言っていたが、それ以上になにかがあるような気がしてならないのは気のせいだろうか。

 

「……もう二回り小さい?」

「んえ? はい。具体的にどのくらい使った、とかはわかりませんが、この額があったらもっとド派手に遊べるじゃんって思いましたけど……?」

 

 刹那主義かこいつは。というかそれで金が尽きたらどこから持ってくるつもりだったんだ……まさか、他所から? 

 

「まあ、なくなればゲヘナかトリニティから引っ張り出せばいいですし」

「セキュリティ的には可能だろうが、絶対にやめておけ」

「え? なんでです?」

「なんでって……鍵がかかってるところから金を抜くのは犯罪だろう」

 

 コユキが僕の言葉に心底不思議そうに首を傾げた。

 

「鍵なんてかかってませんよ? なんで持って行っちゃいけないんです……?」

 

 その言葉で、初めて黒崎コユキという人物の輪郭を掴んだ気がした。

 

 黒崎コユキは倫理観の壊れた狂人であり、反省のない怪物。そういう災害の一種と考えていた部分があるのは否定しない。というか、そうとしか考えられなかった。だが、今の言葉を前提に考えると話が変わる。

 

「……なるほど。理解した……君には暗号解読が自分にしかできないことという自覚がない。というか、自分にできることが全部人もできると思ってる。違う?」

「え? ……できないんですか?」

「残念ながらできない。君のように暗号鍵のない状態からRSA暗号を直感だけで導出するような真似は絶対にね」

 

 黒崎コユキとは、『自分ができることは人もできる』という前提の価値観を持つ少女だ。

 

 つまり、暗号による秘匿など自分が突破できるのだから人もできるはず。誰にでも外せる鍵になど意味はなく、故に彼女の世界において暗号という概念による鍵は「存在しない」ことになっているのだろう。

 

「僕らにとって、暗号などによる秘匿はそれこそ金庫に鍵をかける行為に等しい。でも、コユキにとってはそれは野晒しに落ちている札束に手を伸ばすことで、全人類がコユキと同じだと思っているから罪悪感もない……というところか」

「……」

 

 何かを考え込む様子のコユキは、絞り出すように一言。

 

「先輩……だけじゃなくて。ノア先輩も、ユウカ先輩も、リオ会長も……こんな簡単なことが、できないんですか? 私なんかよりずっとすごい先輩たちが?」

「あぁ。できないだろうな。じゃなきゃ、鍵がある意味がないんだから」

「……そう、ですか」

 

 価値観が少しだけ揺れ動いているらしいコユキに背を向ける。僕には確かめなければならないことができたから。

 

 ヴェリタスの部室の扉を開く。チヒロこそいないが、3人が各々ゲームに勤しんでいた。

 

「すまない、ヴェリタスのみんな。仕事の時間だ」

「あ、チハヤ先輩!」

「……まあ、やるけど……なに?」

「なんでしょう? お伺いしますが」

 

 疑惑を確信に変えるために。あるいは払底するために。これはしなくてはならない調査に他ならない。

 

「今から、金と物流関連の調査をする。調べる対象は、ミレニアム全域と……ひとまず、D.U.もだ。この2領域、ひいては最低限三大学園の残りとオデュッセイアにおいて、異常な取引が行われていないかを精査する必要があると判断した」

「……なにかあったんですか?」

「気になる話を聞いてね。……どうも、変な感じがする」

 

 当人が思ってるより使い込んでること自体は、無くはないかもしれない。だが、二回りは下だと思ってた、とはどういうことか。

 

 そして、黒崎コユキの人間性の輪郭を捉えた今明確に言えることは、黒崎コユキにおいて狂っている部分は倫理観と常識だけで、金銭感覚に異常はないということである。

 

 つまり、黒崎コユキの「体感」は信頼できる余地があることを前提とすると、まだなにかあるのだ。黒崎コユキの債権発行に合わせて同じように債権をコユキの名義で発行し、その資金を流用して行われている、なにかが。

 

「悪いけど、しばらくは付き合ってもらうよ。お礼はする」

「期待してるから。……結局先生からは貰えなかったラズベリーパイとか」

「もちろん、チハヤ先輩の頼みだし頑張るよー!」

「ふふ。貸しはこれでチャラにしてもらいますよ、先輩」

「期待している。それでは、調査を始めようか」

 

 僕は生憎安楽椅子探偵じゃなくて、現物現場主義だ。違和感はすべて、確かめなきゃ気が済まない。

 

 あぁ、踏み込んではならないところへ踏み込みかけているのかもしれないけれど……それでも、確かめるために進まなくてはならない。

 

 僕は、ヴェリタスのメンバー。ヒマリ曰く、真理を辿り目指す者なのだから。




今回もありがとうございました。

初のチヒロ未登場回となり申し訳ないですね……

朝と夜にそれぞれ予約更新をかけるようにしていたのですが、仕事が無事忙しくなるので毎日更新は崩さず余裕がある時にだけ二度目の更新をするようにしますので、ご理解いただけると幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。