【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜 作:ふぃーあ
調査を始めて以降の僕は多忙を極めていた。
朝から調査を継続し、昼以降はヴェリタスの後輩たちや、あの後事情を話したチヒロ(『無理はさせないからそのつもりで』と釘を刺された)の上げてきたデータに目を通し、違和感を炙り出す。
カイザーグループ絡みのヤバい案件がぽこじゃか出てきていい加減このグループ潰れねぇかなあと思うことも一度や二度ではなかったが、とにかくそれ以外の筋も追っていくこと1週間。
「部長、これセミナーの早瀬さんから預かってて……」
「あぁ、どうもありがとう」
僕の元に舞い込んだ、セミナーからの通告。部長は必ず目を通すように、と記されたそれは、財務会計基準に従ったフォーマットの書類にて、部費予算の使用用途を提出せよというものだった。
期日は十日後、それなりに余裕があるように見える。……単一の部の分を、基本知識のある人間がやるなら、だが。
「……部費の正常な使用が行われているかを確認する、提出無しや、精査の結果正常な使用用途でない場合ペナルティとして部費の削減……先日のコユキの一件で大幅にロストした金のせいで締めつけに走らなくちゃいけなくなったのか」
しかしまあ、これは……なんというか、奇妙だ。
別に僕であれば部内の部費を調べてフォーマット通りまとめるなど半日もあればできる。しかし、早瀬は割と融通の効く女で、この手の提出はだいたいレシートが付属していて大枠でまとめられていれば通るのだ。
今回は、フォーマットの指定があるという点において普段とは異なっており、違和感がある……部活動の実際を知る人間、つまり早瀬や生塩がこのような指示を出すとは到底考えにくい。
そこら辺は重々承知のはずで、このフォーマット指定で提出させるということは余程に部費を削減したいということか……と考えていると、業務用のモモトークに通知が届く。新素材開発部の部長からだ。
『チハヤさん、セミナーからのお知らせは見た?』
『見たよ。突然だね』
『ほんとだよ……それで、前教えてもらった方式とはフォーマットがズレてて……今回だけお願いしたいんだ。大丈夫そうかな……?』
前教えた方式との、フォーマットのズレ。その文言で、即座にフォーマットを確認する。確かに、一部にズレがある。しかも、「早瀬が会計の間はこれを使え」と他の部の部長たちに教えてやった方式では場当たりの修正が不可能だ。
「これは大変なことになるな……調査はしばらく止まり……そう……」
部長達が近頃使い出した僕の教えたフォーマット……仮に『早瀬基準』とでもするか。そして、『早瀬基準』をメタったような指定フォーマット。僕にこれから届くであろう数多くの依頼。それから発生する事象はそう、そうだ。
調査は止まる。僕にしか、違和感が指摘できないのだから。
「……なるほどな。やめておけということか」
セミナーだ。いや、それしかないとは思っていたのだが。
コユキは例外としても、他の誰が、ミレニアム名義の債権の発行などできるものか。最初から疑っていた、内部犯の可能性。
残りの可能性を全て、この場で否定してでも、大規模横領の犯人は僕に警告を突きつけたわけだ。
「……やって、くれたな」
だが、にしても僕の性格をよくわかった悪辣な警告だ。
これは、僕が人の頼みを断れないことを前提にしている。そして、僕が仮に断れたとしても、セミナーには部費の削減によるリソースの余裕が生まれる。
僕を十日間封じ込めるか、部費を削減してリソースを得るか。その人物にとっては、あまりにも損も無駄もない二者択一。悪辣だが、それ故に誰が仕掛けたかわかりやすい警告……いやまあ、重ねて言うが隠す気はないのだろうが。
「よくも、やってくれたな。調月、リオ……!」
なるほど、なるほど。そう来るか。……下水のような、とヒマリが例えるのもわかる。これは、とてつもない一手だ。
それは、半ば自白のような手でありながら、その罪を証明する手段が存在しないことを以て、推定無罪の原則によって無罪を勝ち取ろうとするような一手。
恐らく、リオにとって十日間とは計算し尽くされた時間のはずだ。
僕が全力で調査にあたって、ギリギリ違和感の正体を見つけられるかどうかという、瀬戸際。リオには、僕が十日間かけて初めて自分の不正の一角に辿り着けるかどうかくらいだろう、という目算に対する、絶対の自信があるのだ。
僕が半日であっても時間を使えば、もう十日では手が届くまいと。
「十日で決着させるつもりか?」
いや、それはないと脳のどこかから否定が聞こえる。恐らく、あと十日というのはチェックポイントのはずだ。
なにかをしている。リオは隠れて、なにかをやろうとしている。こんなことを外には伝えられない。証拠のない陰謀論に過ぎない。だが、調べている僕にしか分からない感覚として、これは確かに警告だ。
『チハヤ。あなたは知りすぎているわ。今なら引き返せばなにもするつもりはないの』
「……これだけのことで、僕を止めるつもりなら大間違いだぞ」
脳内で語る虚影のリオを振り払う。天才との頭脳戦など不可能だ。だが、頭脳戦をするつもりは皆目ない。僕には僕にしかできないことがある。
リオが『私にしかできないことがある』といってチームを解散したように、僕にしかできないことが僕にはあるはずだ。僕には能力がない。僕には天与の才能もない。だが、努力した時間に付随する人間関係は僕の築き上げた無形財だ。
『情報処理部員に連絡。極めて個人的な依頼がある。引き受けてくれる生徒を募集する』
僕が一から財務会計を仕込んだ、僕の教え子たちと呼んでいい情報処理部。グループへモモトークを送る。
『貸しひとつ、でいかがでしょう?』
『上に同じくで引き受けます』
『すぐ向かいます! 部室ですよね?』
この回答だ。誰の教えを受けたんだか。貸しひとつがいちばん怖いんだ、全くこの子らは誰に似たんだ……と考えて、笑みが零れる。
『あぁ。来てくれると助かるよ』
全く、本当に……いい後輩を持った。ヴェリタスの隠れ蓑にするつもりだった情報処理部なのに、入れこみすぎたか? だが、今なら言える。入れ込んだのは正解だったと。
「とまあ、以上だ。普段は僕が引き受けてる、他部の会計の手伝いだが……今回は急を要する。僕だけでは到底手が回るはずもない。だから、君たちにも手伝ってもらいたい。僕が振り分けるから、各部一人ずつ向かって整理と表作成を。余りの人員は不安な部に追加人員として振り分ける。いいね?」
「「はい!」」
「よし。いい返事だ。ここに集まったメンツの振り分けは済んでる。モモトークに送ったから確認してくれ。確認次第、出発を。不明点があれば都度モモトークで送ってくれれば返送する」
部員に自分のノウハウを余すことなく叩き込んだのは、将来的に困らないように、というちょっとした親切心だった。パソコンなんかミレニアムでは使えて当たり前なのだから、他の一芸も併せ持っておいても損はなかろう、という親心に近いようなもの。
だが、この盤面においてそれが機能することになろうとは思わなかった。僕がバックについて、他部会計のサポートを部員に振り分けることが出来たことで、推定リオの打った一手は前提から破綻した。
また一人に戻った部室で、僕は呟く。
「僕はひとりしかいないが、別に財務会計を僕がやる必要はない。僕は君と違って人に甘えるのが得意なんだよ」
そう、中央タワーの上層を仰ぎながら呟く。部員たちを使うのは今回限りの一手だ。毎度部員たちを巻き込むわけにいかないし、本来なら別に僕が引き受ける必要はない。その上で、なぜ今回は部員たちを頼ったのか。
それは、気に食わなかったからだ。
「調査は継続される。なにひとつ、屈することなく。なにひとつ、不自由なく。なにひとつ、要求に欠けるものなく」
一度上がった幕を閉じようとするのは、舞台に上がることを決めた人間に対して非礼だろうに。
そんな当然のことすら、合理的でないと無視してしまえるのならば。
『僕は必ず、証拠を手に入れる。逃すつもりはない。覚悟しておけ。どうせ、この部屋にも盗聴器かなにか入れてるんだろう? その辺は君のことを信じてるよ、リオ』
画面の前のあなたに、そっとため息をつく。どうして、警告したのに全てを超えていこうとするのかしら?
暗い部屋の中で、青い光が私を照らすのを受けながら、私は考え込む。
私には分からない。合理的ではない選択をして、全てを求めたがるあなたがわからない。私の知るあなたと今のあなたは矛盾しないのに、私の理解者になってくれるあなたなはずなのに、なぜ?
「天峰チハヤ。私の、第二の理解者にして、史上最悪の天敵」
言葉を転がす。画面の中で私を読み切ろうとするチハヤを見つめながら。私を……調月リオを、今の盤面で追い詰めうる唯一の存在を、どうやって止めるかを考える。
「けれど、止まる訳には行かないの。邪魔をするつもりなら、そう……少し、休んでもらわなければいけないわね」
今回もありがとうございました。
数多くの星9と2件目の星10評価に驚きを隠せないところではあります。
また、1日1度しか投稿しない日は朝投稿か夜投稿かどちらかは考え中なので、単投稿の日は朝6時頃か夜18時頃かのいずれかに投稿し様子を見させていただきます。
モチベになるので感想評価等はぜひお願いします。