【第二部完結】各務に想う 〜いつになったら財務会計ってもんをみんな覚えてくれるんだろうか〜   作:ふぃーあ

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朧月に手を伸ばす

 前提を超え、無茶を通す十日間。その中頃に差し掛かった僕は、横領の真の犯人は調月リオである、という前提で調査を継続していた。

 

「……違う。いや、問題ではあるがそうではない。これは単なる粉飾決算であって、リオのそれじゃない……連邦生徒会にでも放り投げておくとしよう。次」

 

 僕は調月リオという人物が、この膨大な資金を使って何をするのかを知らない。知る必要も無い。だから、色々と推察することにしたが、これもまた難しかった。なら、どうすればいいか?

 

 調月リオという女の性格に着目すればいいのだ、と気付いたのは二日目のことだ。

 

 調月リオという女は、普通には人を信じない。合理的であるが故に、非合理に突き動かされる人間という変数を可能な限り排除したがる『癖』がある。

 

 その癖を考えれば、リオは人手が必要な作業であってもそれを嫌ってロボットなどで行うはずだ。

 

「調べるべきは、人の流れではない。物……特に、ロボットの主要パーツの需要だ」

 

 ヴェリタスの皆がまとめあげたデータには、僕にとって千金の価値のある情報が踊っている。

 

 昨年の中頃から終わりにかけて多量の素材がミレニアムに納入されていること。エンジニア部を始めとして、他部の活動で特別それらを使用したという報告はなかったこと。素材の大半はミレニアム中央タワーに使用されるような耐久性の高い特殊素材であったこと。

 

 全てが重要で、しかし最後までは辿り着けないようにブロックされているような。

 

「これが鍵になる。……だが、この量の部品に、特殊な素材……一体何を考えているんだ、リオは?」

 

 不可思議で、不明瞭。それはあたかも、何も分からないモヤの中にあるなにかを手探りで探り当てるように。

 

 ひとりで探れば分からずじまいだったそれも、多くの手により活路が開かれていくはずだった。

 

 けれどまあ、リオの不正の証拠を断言する証拠は、終ぞ現れなかった。彼女の隠蔽は完璧で、隙はなく、最後の一手を埋めるのは僕には不可能だった。

 

「……ダメか。全く、これだけの手を借りて……情けない」

 

 書類を見る目が霞む。眼精疲労とかいうやつだ、目薬をさすか迷って、ふとチヒロの無理はさせない、という言葉が過った。

 

 今のこれは無理ではない、そう言い聞かせて手を進めようとするが、身体のそこかしこから悲鳴が上がり、脳がそれ以上を拒絶する。手を止める理屈を気がつけば僕は打ち出していた。

 

「……いや、これでいいのか。僕にとっては、疑念を払底するか確信するまで、という前提の調査だ。『突き止める』ことは前提にない」

 

 よく考えるべきだ。疑念は確信に変わり、事態の核心はリオにあることがわかった。それで十分すぎる結論だと、僕はそう結論付けた。

 

 そもそも、ただ知りたいだけだ。知ったあとどうするかなど考えてもいなかった。

 

『ヴェリタスのみんな、調査を終了する。最後に今君たちの取りまとめたデータだけ確認して、君たちの協力は切り上げとしよう。僕の当初の目的は達成された』

『わかった。3人分のデータをそっちにアテナが持っていく。あと、一時間くらいしたら副部長がそっちに行くって』

『わかった。ありがとう』

 

 しばらく待っていると、最後のデータの入ったSDカードが球型ドローンの格納スペースに入ってやってくる。

 

「ありがとう、アテナ。ハレによろしく」

 

 そう言ってやると、アテナは会釈するかのように上下に動いてから元来た道を帰っていき、僕はそれを見届けもせず、最後のデータをパソコンに差し込んで確認を進めていく。

 

「異常なところはない。そうだな、少し休憩して……」

 

 ふと、気になった。財務会計に集中していたから、ボロが出なかったのではないか、と。調月リオは、紛うことなき超人であり、自分などという木っ端には目を向けていないと思っていた。

 

 しかし、その前提もまた、崩れていることに僕は気がついた。木っ端に目を向けていないのなら、僕にわざわざ警告などしないのだから。最も、全てが思い込みの可能性も否定はできない。だから、これは極めて誇大な妄想かもしれない。

 

 だが、最初から『天峰チハヤ』という存在を警戒していたとしたら。調月リオが、傍で経理と雑用をしていただけの男に最大の注意を向けていたとしたら。

 

 その男の専門分野に引っかかるような無様は、しない。完全な隠蔽はできないが、自分に繋がるような証拠も残さない。それくらいは出来る。僕だってできる自信があることを、調月リオが出来ないはずはない。

 

「なら、どこを調べればいい? なにを、どう調べたらいい……?」

 

 ひとまず、今は休息を取らなければ。そう決めて、背もたれに体重を預けると、意識が遠のく。

 

 今はそう、ひとりで懊悩しても仕方の無いことだ。僕はひとりじゃない……人を待つことも、肝心だろう。

 

 そう言い聞かせ、眠りに落ちた。

 

 それからしばしの時が経って。

 

「……ふふ……寝てる。写真でも撮ろうかな」

 

 そんな声。待ち侘びた声に、意識が急速に覚醒する。

 

「んん……っ。おはよう。少し仮眠を取っていた」

 

 もちろん、その声の主はチヒロだ。伸びをしておはよう、と言うとチヒロは微かに笑みを浮かべて言う。

 

「うん、おはよう。それで、調査を終わるっていうのは……」

「当初の目的は達成した。疑いを晴らすか疑いが確定するまでの調査のつもりだったからね」

 

 チヒロはその言葉に頷いた。完全に追いきるのではなく、中途半端に終わるとも取れる僕のスタンスはチヒロとは反駁するかもしれないと思ったのだけれど。

 

「私はあなたがどういう情報を持っていて、どんな結論で何を追い求めてるのか何も知らないから。その上で、私にそれを伝えてこないことにも、理由があると信じてるから。今のあなたの判断を肯定してあげることしか今の私にはできないよ」

「それもそうか。……なあ、チヒロ」

 

 ん? と首を傾げ、聞く姿勢に入ったチヒロに、僕は懊悩を語る。

 

「どうも、偶然じゃない。相手は僕を対策している。君に手を借りたいが、君を巻き込むんじゃあないかと恐れている」

「うん。それで?」

「その上で、信頼できる友人として頼みがあるんだ。チヒロ、僕に手を貸してくれ。……調べるべきものも、なにもかも前提を覆すために、僕の固い頭じゃ到底辿り着かないんだよ」

 

 チヒロは僕の頼みを聞いて、返答する前に僕の隣のチェアに腰掛けた。

 

「調べるべきもの、ね。私なら、まず……何ができるかを考えると思う。たぶん、あなたの調べているなにかはお金周り、不正資金とかかな? なら、お金の額面でなにができるかを考えていけば絞りやすい」

 

 返答など決まりきっているのだから、わざわざする必要があるか? とばかり、具体案から話し始めるチヒロに、僕はふふ、と笑いを零す。

 

「何? せっかく協力しようっていうのに……」

「いや、悪いね。つい笑ってしまった。……いいのか?」

「聞いておいてそれを言うの? 遅いよ」

「そう、か。そうだな。……ありがとう」

 

 そういうと、チヒロは「感謝は受け取らないよ」と言ってから、具体案を続けていこうとする。それを一度、止める。

 

「話すさ、チヒロ。僕が追いかけているのはこれだ」

「……これは? すごく、膨大な額面だけれど」

「とある人物が不正発行したミレニアムの債権の中で、当該の人物が使用しておらず、別の何者かが使用したと思われる金額。もっと雑に言えば、横領されたであろう資金だ」

 

 チヒロがその言葉を受け、咀嚼するのを僕は待つ。

 

「……うぅん、と? つまり、チハヤには犯人の目処がついている。不自然な資金の流れ先や、物流の動きがあると考えて私たちに依頼をして情報を集めた。けれど見当たらない……そういうところ?」

「その理解の速さ、本当に助かるよ……そういうところだ」

「なるほど。……これは、私の考えなんだけど、いい?」

 

 構わない、聞かせて欲しいと告げて、椅子から少しだけ身を起こす。チヒロは考えを整理するようにゆっくりと、それでいて僕から瞳を逸らすことなく言葉を発した。

 

「まず、この額面を隠して動かす方法自体は心当たりがあるだろうから、そこはあなたに任せる。私が思い当たるのは、使途について。物じゃないなら……土地も当たってみていいんじゃない?」

 

 土地。リオが土地。なんの為に? 発想もなかった言葉が、急速に形を持っていく。

 

「大量のロボット部品、特殊な素材。エンジニア部、新素材開発部が使うようなものだ。チヒロの言った通り土地は足がつきやすいが……それ故に考えにくい」

「……だから土地は少なくともその人物名義では買わない、って考えてるの?」

「そうだね。その人物が名義を出すことは無いはずだと思ってる。土地の利用は有り得るけれど」

 

 引っかかった。ないだろうと思っていたのがいけなかった。犯人を調月リオと仮定するならば、土地の問題は存在していない。調月リオはミレニアムの生徒会長であり、ミレニアムの土地とは彼女の掌握下にあるものであるからだ。

 

 特殊な素材として見たのもよくなかった。あれは、特殊な素材群ではない。あれは文字通り建材だろう。当然そう考えるべきだった。土地なんざリオの手元にはいくらでもある。ただまあ……

 

「にしたってか。そんなどこかに新築の家でも建てるわけじゃないだろうに」

「何の話か見えてこない……けどまあ、新築じゃなく修繕って話もなくはないんじゃない? ほんとに何の話かはわからないけど」

 

 修繕。修繕? あぁ、そういうことか! 僕の中の道筋が繋がって、椅子から勢いよく立ち上がる。

 

「修繕……あぁ、それか! 最高だなチヒロ!」

「え? なに? 私がなにかした……? なにもわからないんだけど? チハヤ? チハヤ!?」

 

 チヒロにぼんやりとした目線を与えたのは、僕が見えている情報が『調月リオ』という存在に歪んでいる自信があったからだ。だからできる限りチヒロに開示する情報を伏せ、僕にない視点を彼女に求めた。

 

「聞いてる!? チハヤ!? あぁもう、考え込む癖が始まった……!」

 

 そして、チヒロの提示した『修繕』というキーワードから導き出した答えは、なんとなく正しそうな気配があった。

 

「おかげさまで、調べるものが少しだけ見えた。蜃気楼の類かもしれないけれど……付き合ってくれるか、チヒロ」

「付き合って……いや違うよね。わかってる。付き合うよ」

 

 廃墟だ。ミレニアムの持つ広大な土地の、外縁部。連邦生徒会が立ち入りを制限している廃墟区は、元は都市であったらしい。

 

 まあ考えてみれば治せば手っ取り早いのか。

 

 わざわざ土地代を出す必要も無い。実効支配してしまえばいい。そもそも土地的にはミレニアムの管轄地だしリオなら問題なく運用できる。

 

 リオの使うロボットを使えば工事も人要らずだ。あとは本当に『なんのために』という部分だが、それを理解する必要は今はひとまず無い。

 

「ミレニアム郊外の廃墟。そこに、資金は流れているかもしれない。始めようか、チヒロ」

「あぁもうなにがなんだかわからない……絶対これが終わったら説明してもらうよ、チハヤ!」

 

 ぼやくチヒロに、僕は約束する。

 

「話すよ。調べながら、ちょっとずつ」

「出来れば今すぐに! 仮説でもいいから!」

「それは無責任というやつだよ。間違ってたらしょうもないわけで……後半戦、開始と行こうか」

 

 一台のパソコンに向き合って、二人は調査を開始した。

 

 




予約投稿失敗したので昼投稿です。申し訳ございません。

モチベになるので評価感想よろしくお願いいたします。

ではまた次回で。
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