【悲報】聖剣を引き抜いたヒキニートのワイ、魔王を討伐するまで家に帰れない 作:ハギワラ
「○○○。貴様に、聖女になる栄誉を与える」
それは、あまりにも突然だった。
いつも通り、生命活動をこなしていると、脳内に声が響いてくる。
威厳があって、怖い声。
聞き覚えはないけれど、何故か分かった。
この声の主は、聖国の頂点に立つ神様で。
私は、次代の聖女候補に選ばれたのだと。
信仰の対象となり、迷える子羊を導く。
国の代表として矢面に立ち、民衆が悪に染まらないよう範を示す。
表向きの、聖国の統治者である聖女。
神の寵愛を受ける立場になれるのは、光栄な事だとされている。
自らが信仰する神を何よりも優先する聖国の女性ならば、誰もが聖女に選ばれたいと思っている。
なので、両親は私を神に捧げた。
迷う事なく、喜んで献上した。
その結果、私は生まれ変わった。
今までの名前と生活を捨てて、聖国の象徴として生きていく宿命を背負った。
先代の聖女から神性と呼ばれる特別なスキルを継承して、今代の聖女になったのだ。
「先代聖女の命を奪うのだ。さすれば貴様は、我の力を得ることができる」
神の導くままに、笑顔を浮かべながら瞳を閉じる女性に銀色の刃を突き立てた。
そうすると、矮小な私の身に余る力が、奔流のように流れ込んでくる。
私の内側が、神の力で満たされていく。
今までの聖女達は、この瞬間……どのように思っていただろうか。
光栄だと感じていただろうか、感動で身を打ち震わせていただろうか。
だが、私は。
気持ち悪いと思った。
自分が塗りつぶされていくような感覚が、聖なる力が混入していく感覚が。
心の底から、気持ち悪い。
「我らを導いてください、聖女様!」
「聖女様万歳! 聖女様万歳!」
愛想笑いを携えて、聖地を歩く。
聖女として振る舞うのは簡単だった。
自分がやりたい事と、真逆の行動をすればいい。
手を振ったり、声をかけたり、名前を呼んだり。
そうすると、人々は様々な反応を見せる。
満面の笑みを浮かべる者もいれば、私を讃える者もいれば、感極まって涙を流す者もいる。
皆が、聖女を演じる私を崇めている。
嘘だらけの虚構を有り難がって、神に対する信仰心を強めていく。
私に与えられた聖女の役割は、極めて単純。
姿を現さない神の代わりに、人心を掌握する。
ただ、それだけ。
聖女には様々な権限が与えられている。
戒律というルールを定めることもできれば、神に与えられたスキルを兵士に分け与えて天使と呼ばれる私設兵を率いることも出来る。
しかし、私はどちらもやる気が無かった。
だから、先代の聖女が定めた戒律を撤廃し、三つの禁忌を定めるだけに留める。
他の誰かにスキルを分けたりもせず、今までの聖女が率いていた天使を流用する。
本当は、戒律も禁忌も全部無くして、天使から力も奪いたい。
何もかも滅茶苦茶にして、ぶっ壊したい。
けれども、神の怒りを買う事は目に見えているので、どうしてもできない。
……私は、この国が嫌いだった。
正確に言うと、人々の信仰心を都合よく利用している神が大嫌いだった。
神は、決して姿を現さない。
その癖に、聖女という代役を立てて、人々に崇められようとする。
神は、責任を取らない。
聖国に対する国民の不満が高まれば、その時の聖女を処刑してやり直そうとする。
神は、正しく在る事を強いる。
潔癖で、嘘を拒み、神に従順な人間を尊ぶ事で、自らにとって都合の良い世界を作ろうとする。
神は、万物の頂点に立とうとする。
王国や帝国、魔王が統治する魔国といった障害を排除し、全ての存在を手中に収めようとする。
そんな神が作り出した国は歪だった。
清廉かつ純粋である事を強いられて、それ以外の人々は容赦なく処刑される。
神が理想とする人間しか生きられない、最低最悪のディストピア。
聖国民同士が相互監視していて、自由はない。
ほんの冗談を言っただけで、嘘をついたと密告されて処罰されそうになる。
聖国の在り方に疑問を感じて、他の国に移住しようとすると、背信行為だと見做される。
大半の人間は、神に心酔しているため、それでいいのかもしれない。
だが、全ての人間が神が望んでいるように、清く正しく生きれる訳ではない。
特に、罪を犯した民衆に裁きを与える立場の天使は、平気で嘘をついたり汚職をしていた。
聖国に住む民間人が禁忌を犯した時は鬼の首を取ったように摘発するのに、仲間の罪は見逃す。
自分は神と同等の存在である聖女に選ばれた人間だと信じて、横柄な振る舞いをする。
王国や帝国の人間を見下し、聖国が世界のトップに君臨するべきだと宣ったりもする。
自浄作用が全くない聖国上層部の腐敗は根深く、自分の神性を分け与えた天使が居ない状況も相まって、私個人が是正しようとしても限界はあった。
……だが、ぶっちゃけ、どうでもいい。
そもそも、私に彼らを裁く権利など無い。
何故なら、聖女として生きている私も、清廉潔白な人間では無いのだから。
幼い頃から、私には歪みがあった。
ありとあらゆる生物の中身を見て、その本質を理解したいという欲求が存在したのだ。
生物の生態は、秘密に包まれている。
例えば、鳥系の魔物。
彼らの繁殖様式は卵生だ。
卵を産んで育てると、雛が生まれる。
表面的な流れは、分かりやすい。
けれど、本質は分からない。
人間は、よく卵を割って食べる。
その時、雛は卵の中にいない。
代わりに卵殻の中に入っているのは、生物とは思えないドロドロの黄身と白身。
よく考えてみると、疑問に思わないだろうか。
生物とかけ離れた見た目の黄身と白身は、どうやって雛になるのだろうか。
いつ、どのような過程を経て、ドロドロは命を芽生えさせるのだろうか、と。
生物の本質を知りたがる私が、覆い隠された中身を見たいと思ったのは、それが始まりだった。
幸いにも、私は両親から『解剖』というレアスキルを受け継いでいた。
このスキルの性能は、詳細を知りたい対象の中身を見れば、その生き物の詳細がわかるというもの。
しかし、ステータスやスキルといった情報は得られないが、そんなのは瑣末な問題だ。
中身を見た個体の思考回路、種族の生命の成り立ちといった、私が知りたい全てを理解できる。
少し条件が難しいけど、関係ない。
道端を歩いていた私に襲いかかってくる鳥の魔物をやっつけて、ゆっくりと中身を見る。
次いで、解剖のスキルを発動させた脳内に情報が送り込まれた瞬間。
私は、信じられないくらいゾクゾクした。
ドロドロが命へと変わる過程が理解できて、探究心が満たされていく充足感。
身を焦がす快感がいっぺんに押し寄せて来て、私の神経を絶え間なく刺激する。
そうして、私は覚えてしまった。
イケない事をするのは、最高に気持ちいいと。
最初の一線を踏み越えれば、もう止まらない。
スライム、ゴブリン、オーク。
感情の赴くままに、どんどんバラす。
ガーゴイル、トロール、ゴーレム。
また、別の魔物の中身を見て、知りたい事を知ったら、次の生物へ標的を移す。
当然ながら、私が興味を抱く対象は強い生物もいるため、自分の能力を向上させる。
基礎的な体術や攻撃魔術は、生物を無力化するために会得して。
回復魔術は、バラバラにした生物を延命させるために会得した。
生物と戦えば、傷つく事もある。
死にかけた事だって、何度もある。
それでも、生物の本質に触れる事は、生き甲斐のようなものだった。
私という生命が存続するために必要な活動であると断言できる。
けれども、理解されなかった。
血だらけになった私の姿を見た両親に、ゴミを見るような目を向けられる。
実の両親に異物だと思われて排斥されるのは、とても悲しかった。
だから、幼い私は人目のつかないところで、諸々の作業を行うようになった。
更に、快適に息が吸える居場所を求めて、ネットの世界に没頭した。
モンスターに欲情する者達が集まる掲示板を探し当てて、ありのままの自分を解放する。
似たような歪みを持つ者達は、拒む事なく私を受け入れて、色々な事を教えてくれた。
聖国の在り方は歪んでいること、変わった性癖を持っている事はひけらかすべきではないこと、かといって押さえ込む必要はないこと。
そうやって、スレ民と対話を続けていくうちに、掲示板は大切な居場所となった。
謂わば、私はモンスターに関する性癖を持つ匿名の人々に育てられた、スレ民達の申し子。
それは、聖女になった今でも変わらない。
表向きは、民衆と神が望む聖女を演じて、聖国の象徴として生きる。
裏では、特殊な癖を持つ匿名の人間として、掲示板に歪んだ欲望を書き込んでいく。
そんな生活を送っていた、ある日。
……この世界に、勇者が誕生した。
聖国の隣にある王国にて、選ばれたものしか引き抜けない聖剣を手にした勇者が現れた。
その話を聞いた時、純粋に興味が湧いた。
聖剣に選ばれた勇者と、神に選ばれた聖女。
私たちの境遇は酷似していた。
だからこそ、知りたいと思ったのだ。
勇者に選ばれた人間は、どんな人なのだろう、と。
聖女になってから押さえ込んでいた気持ちが、抑えきれないほど湧いてくる。
溢れ出す激情に身を任せた私は、なりふり構わず彼の姿を見に行って。
思わず、言葉を失った。
「聖剣から賜った力を、私は民の安寧を守るために振るいます」
分不相応な立場を与えられて、勇者という役割を演じる事を強いられる青年の姿は……本当の自分を押し殺して、聖女として生きる私と同じだった。
その出立ちを見れば、一眼で分かる。
彼は、勇者になる事を望んでいない。
魔王討伐をやりたくないと思っている。
作り笑いも、立ち振る舞いも。
何もかも、私と同じだったのだ。
今まで、私は常にひとりぼっち。
神が望む聖女として振る舞うことに対する嫌悪感は、誰にも言えない。
聖国に住む者に話すのは論外。
私の本心を密告されたら最後。
神の裁きが、私に下る。
掲示板に書き込むこともできない。
匿名である性質上、聖国の人間も見ている可能性があるので、身元がバレるリスクは犯せない。
だから、ずっと苦しかった。
心の痛みを共有できる人が欲しかった。
そんな相手が今、現れたのだ。
白馬に乗った王子様のように。
きっと、私と勇者くんは仲良くなれる。
上位存在によって運命を定められている境遇を持つ者同士、分かり合える。
必ず、親密な関係になれる。
……そう確信した時、神は告げた。
「勇者と二人きりで旅に出よ。そして、魔王討伐を成し遂げた暁には、彼を聖国に迎え入れるのだ」
普段は不快でしかない神の命令だが、今回ばかりは都合が良かった。
聖女である私が勇者パーティに加入し、望まない使命を与えられた彼を助けて。
勇者である彼が聖女として生きる、望まない役割を与えられた私を支えて。
誰も見ていない場所で、同じ苦しみを持つ者同士で慰め合う。
そのような未来さえ思い描いた。
まさに、勇者くんは彗星の如く現れた救世主。
同一の存在である私たちは、必ずや分かり合える。
そんな考えは、思い違いだった。
「ふざけるなっ、クソガキがァア!!!!」
「ひゃっひゃっひゃ! カツラを取られたくらいでブチギレんなよ、クソジジイ! 悔しいなら、魔王にオレを殺してくださいってお願いしてみろや!」
国王のカツラを奪った勇者くんは笑う。
とても楽しそうに。
作り笑いではない満面の笑みを浮かべる。
けれど、ただ演じているだけだ。
無理して明るく振る舞って、辛い現実を忘れようとしているだけ。
最初は、そう思っていた。
「出来たぜ。オレ特製、勇者スペシャルの完成だ。たんと食えよ。おかわりもいいぞ」
「うわっ、何コレ。人が食べられる料理には見えないんだけど……」
「見た目は酷いけど、意外と美味しいね」
勇者くんは、パーティメンバーとの食事を楽しむ。
とても安らかに。
気を許せる人達と、めいっぱい笑い合う。
こんなの、おかしい。
私と彼は同一の存在の筈なのに。
上位存在に苦しめられている仲間の筈なのに。
「あ、待て! トロールが起き上がった!」
「逃げたいからって、下らない嘘をつかないで!」
「嘘じゃない! 首が無い状態で立ってるんだって! 後ろ見ろ、後ろ!」
首が無いトロールが起き上がった状況下に置かれても、勇者くんは明るさを失わない。
とても慌ただしく。
仲間の一人と軽妙なやり取りを続けていた。
こんなの、間違っている。
勇者くんは、私と同一の存在。
私は神に聖女として生きる宿命を与えられて、彼は聖剣に魔王を倒す使命を与えられた。
どちらも……いや、勇者くんの方が苦しい筈だ。
戦いの詳細が不明な初代勇者を除いて。
勇者の手によって、魔王討伐が成し遂げられた事は一度もない。
聖剣に選ばれた者は例外なく死亡した。
魔物に殺されたり、魔族に殺されたり、時には人間に殺されたり。
経緯こそ違うものの、命を落とす結末は変わらない。
勇者くんが、それを知らない訳ないのに。
……もしかして、勇者くんは、私と同一の存在ではないのだろうか。
私よりも、上を行く存在。
運命に抗おうとする意志を有する、私の理解が及ばない人間なのだろうか。
その可能性が脳裏をよぎった瞬間、理性が吹き飛んでいくのを感じる。
他者に付け入る隙を与えないため、封じ込めてきた欲望が顔を覗かせる。
ダメだ。
聖女として生きるようになってから、我慢し続けてきた生命活動を再開したい。
どうしても、勇者くんの……中身を見てみたい。
そうすることで、彼のことを知りたい。
前述した通り、私の『解剖』のスキルは、生物の思考回路すら読み取ることができる。
その性能を活かして、彼の心を覗き込みたい。
そうすることで、私と同一の存在、上位存在に魂を囚われた従僕に過ぎないのか。
或いは、私を超越する、運命に抗おうとする意志を持つ存在なのか。
知りたくて知りたくて堪らない。
それに加えて、彼の成り立ちも知りたい。
もちろん、わざわざ解剖せずとも、人間の成り立ちは既に知っている。
だけど、勇者くんは別だ。
基本的に一個人に頓着しない神が興味を持つくらい、彼の体は普通じゃない。
肉体強度や頑強さは、並の人間を超越しており……その秘密も解明したいと思う。
こうやって知りたい事を挙げていくだけでも、ワクワクが止まらない。
倫理の壁を越えてでも、欲望を満たしたい。
神の裁きを受けるリスクを承知で、未知の領域に足を踏み込みたい。
特定の人間に対して、ここまで興味が湧いてくるのは生まれて初めて。
……ああ、そうか。
勇者くんの中身を見た時の妄想をするだけで、心が暖かくなっていく。
この感情が、愛なのだ。
勇者くんの本質を知る瞬間に想いを馳せると、時間があっという間に過ぎていく。
この昂りが、恋なのだ。
もう、聖女なんてどうでもいい。
私を見限った神に殺されても構わない。
生物ならば忌避すべき死の恐怖よりも、心から愛する勇者くんを知りたい気持ちの方が強い。
そのためならば、私は何でも出来る。
「ふふ、間に合ってよかったです」
そんな想いを胸に、私は勇者くんの前に現れた。
己の全てを投げ打ってでも、彼の中身を見て、本質を知るために……。
「以上の経緯で、勇者くんをこの場所に連れて来たのです。ご理解いただけましたか?」
「聖女ちゃんには悪いが、出来る訳ねぇだろ!! 想像を遥かに越えて性癖が特殊すぎる!!」
「安心してください。私はプロです。殺傷が目的ではないので、命は奪いません。初めての時以外は、どんな生物も生きて帰していました」
「逆に怖いわ! 生きたまま体をバラされるなんて、生き地獄じゃねぇか!」
「心配せずとも、痛みはありませんよ。麻酔をするので、寝ている間に全部終わっています。まず最初に眼球を舌で舐めて、記憶を読み取り。臓物を手に取ることで、思考を垣間見ます。後は、勇者くんの強さの秘訣と聖剣に選ばれた理由も知りたいので、心臓に触れることで貴方という人間の本質を……」
「ダメ! 何言ってもダメだから、もう何も言うな! 聖女の皮を被ったサイコパスがァ!」
私から逃げたい一心で、天井の隅に張り付いた全裸の勇者くんは声を荒げる。
誠に遺憾だが、私の思いは届かなかったようだ。
解せぬ。
「ふぅ……よし、わかった。一つ、提案がある」
どうやって説得するか検討していると、勇者くんが声をかけてくる。
彼の声色は今も尚、明るく。
まるで、親しい友人を、ご飯を誘う時のノリで。
「オレと一緒に神をぶっ殺そう! そして、オレの代わりに神様の中身を見るってのはどうだ!」
自分の身代わりとして、神の名前を挙げた。
一切の迷いなく、神殺しを提案したのだった。
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