【悲報】聖剣を引き抜いたヒキニートのワイ、魔王を討伐するまで家に帰れない 作:ハギワラ
ちょっとだけ過去編です。
人には、役割がある。
農家や漁師には、食料を確保する役割がある。
商人には、人々の生活を支える役割がある。
そして、騎士には、民草を守る役割がある。
そうやって、誰もが己の役目を全うすることで、社会は形作られる。
食料を生産する者が居るからこそ、飢えることなく食べ物を食べられる。
商売を生業にする者が居るからこそ、自分の生活が豊かになる。
人々の盾となる者が居るからこそ、民衆は魔物の脅威に怯えずに生きられる。
どの役割も、社会を維持するために必要不可欠。
だけれど、確かに、上下関係はある。
特別な血を引く者が支配するべき存在で、それ以外の平民は支配されるべき存在。
その前提の上で、王国騎士御三家の頂点に立つエストワール家は、王国を支配する存在である。
……と、幼い頃から教えられてきた。
私は、エストワール家の本家の第一子として、この世界に生まれ落ちた。
平民の血が混ざっていない純血の両親から、複数のレアスキルを受け継いでいた。
その時点で、私の未来は確約されていた。
エストワール家の当主として、王国騎士団副団長の座を手にして、陰ながら王国を支配する。
それこそが、私に与えられた役割なのだ。
防御系統スキルの造詣が深いエストワール家は、古くから王国の盾として最前線に立っていた。
戦場ではスキルを活かして国を守護し、平時においては王の手足となって働く。
王国御三家の中でも、王族と密接な関係を築いており、政治に介入できる権利を持つ。
その地位が揺らいだ事は、長い歴史の中で一度として無かった。
エストワール家は、いつ何時も、王国の影の支配者であり続けた。
故に、私も、そう在らねばならない。
僅かな綻びも、微かな誤謬も許されない。
武勇も、頭脳も、統率力も、影響力も。
ありとあらゆる分野で頂点に立ち、他者に付け入る隙を与えてはならない。
エストワール家の当主を継ぐ者は……常に、完璧でなければならないのだ。
「……筆頭部隊、指定されたポイントに到着した」
「了解。これより、陽動を開始する」
配布された連絡機に、淡々と言葉を紡ぐ。
現状、何も問題はない。
時間通りにポイントに辿り着き、絶好のタイミングで味方が攻撃を開始した。
何もかも、作戦通りに進んでいる。
あとは、我々が与えられた役割を果たすだけ。
そう考えた私が後ろを振り返ると、筆頭部隊のメンバーである三人が、好き放題していた。
「あーあ、訓練めんどくさいなぁー。ねぇ、平民。暇でヒマでしょーがないから、ゲーム貸してっ」
「嫌だね。今いいところなんだ。あと少しで、裏ボスを倒せそうなんだよ」
ヘレティア家の異端児と呼ばれているミュルフと、騎士養成学校の生徒の中で唯一の平民であるシド。
彼らは、楽しげにゲームで遊んでいた。
現在、私たちは作戦行動中だというのに。
敵の拠点に攻撃を仕掛ける直前なのに。
「へぇー、そうなんだぁ。つーん、つんつん」
「あひん、くすぐったい……って、オイ! ゲームオーバーになったじゃねえか、このクソガキが!」
「くふふ、平民が怒ったー! 怖いこわ〜い!」
あまりにも、緊張感がなさすぎる。
今は、騎士養成学校の訓練の真っ最中。
内容は、上級生の騎士候補生が守護する拠点を攻め落とす、といったもの。
極めて難度が高いが、その分、配点も高い。
エストワールの家名を背負う私にとって、失敗が許されない訓練。
一瞬の気の緩みが命取りになるというのに……何をやっているのだ、こいつらはっ!
「…………」
そして、リーヴェル家の次期当主と名高い少女であるクーリャ。
彼女は、一言も喋らずにシドとミュルフのやりとりを、じーっと眺めていた。
能面じみた無表情なので、思考が一切読み取れない。
というか、度を超えた無口なので、意思の疎通すらままならない。
クーリャもまた、別ベクトルの問題児であった。
「いい加減にしろ、貴様ら。事前に説明した手筈通り、筆頭部隊としての役目を果たすぞ」
「……了解」
「は〜い」
「あれ? 役目って何だっけ?」
素直に返事をするクーリャとミュルフに対して、分かりやすく首を傾げるシド。
……こいつ、碌に話を聞いていなかったのか。
沸々と込み上げてくる怒りを内に秘めて、ゆっくりと深呼吸をする。
今、説教をする時間はない。
必要なのは、馬鹿でも分かる説明をして、速やかに作戦行動を開始する事。
感情に身を任せて行動する人間は、支配者として相応しくない。
人の上に立つ者は、常に冷静でいなくては。
「……味方が真正面から突撃し、相手の注意を引いてる間に、我々が奇襲を仕掛ける」
「あーね。だから、あの絶壁を登ってきたのか。敵は想定しないもんな。ここから奇襲されるなんて」
「そうだ。この高さから飛び降りれば、我らも無事では済まない。しかし、ミュルフの風属性魔術があれば、無傷で着地することが出来る」
「なるほど。バッチシ理解したぜ」
作戦内容を簡潔に説明すると、シドは納得したような声を上げる。
流石、私。
エストワール家の次期当主は、伊達じゃない。
アンガーマネジメントも、解説力も、超完璧。
非の打ち所がない天才とは、正にこの事……。
「それじゃ、行ってきまーす」
自分の優秀さに浸ったのは、ほんの一瞬。
たった数秒、私が目を離した隙をついたシドは、迷う事なく飛び降りた。
ミュルフによる風魔法の補助なしで。
断崖絶壁から飛び降りて、敵の陣地に向かっていったのだ。
「あははっ! シドってホント、おもしろーい! 私も、行っちゃおーっと!」
「……なら、私も」
「ちょ、ちょっと待て!」
それに続いて、ミュルフやクーリャも断崖絶壁から身を投げる。
静止する私の声に耳を貸すことなく。
(い、行ってしまった……。私、まだ浮遊の魔術をかけてもらってないのにぃ……!)
ちらりと、下を見る。
正式な距離は、分からない。
でも、とんでもなく高低差があるのは分かる。
(行ける、だろうかっ……!)
無策で飛び降りれば、タダでは済まない。
けれど、私には先祖代々受け継いできた、防御に特化したスキルがある。
それらを十全に活かせば、高い場所から飛び降りて、無傷で着地するなど造作もない……が、怖いものは怖い。
(だが、私はエストワール家の当主になる者。このくらいの恐怖、乗り越えなくてどうする……!)
御三家の二人は、飛んだ。
平民のシドでさえ、飛んだ。
ならば、私も飛ばねばなるまい。
人を支配し、上に立つ者が。
国を守護し、導く立場の者が。
高所からの落下程度で、怯えてはならない。
……よし、行こう。
三、二、一、のリズムで行こう。
私は、強い。
私は、偉い。
私は、凄い。
だから、きっと飛べるはずっ!
「もう、どうにでもなれーーー!!!」
私は、飛翔する。
跳躍して、すぐさま落下する。
落ちて落ちて、どこまでも落ちて。
着地する寸前で、衝撃吸収のスキルを使用した。
「……ふーっ、はーっ」
痛みはない。
怪我もない。
五体満足で生きてる。
スキルは、ちゃんと発動したのだ。
「……はふぅ……」
安堵した私は、へなへなとへたり込む。
全身が脱力して、思うように動けない。
本当に、生きた心地がしなかった。
絶対に、死んだと思った。
それでも、私は無傷で着地できた。
日々の努力が、身を結んだのだ。
……ああ、生きているって素晴らしい。
感動のあまり、涙が出てきてしまう。
「ギャハハハ!!! おい、見ろよ! マナのやつ泣いてやんのー!」
急に、現実に引き戻される。
自分の世界に浸っていた意識を取り戻すと、目の前にはシドの姿があった。
彼は、楽しげに笑っていた。
ビビりすぎて腰が抜けている私の姿を、心の底から面白がっていたのだ。
「あっ、ホントだ〜。普段は強気なのに……くふふっ、マナちゃんってば、可愛いねぇ」
同時に、ミュルフも笑う。
か弱い小動物を眺めるような視線を向けてくる。
彼女は、柔和に微笑んでいた。
このネタで弄り倒そう、とでも言わんばかりに。
「……ふふっ………」
普段、無表情なクーリャも笑う。
私の姿を見て、口元を押さえていた。
彼女は、クールキャラぶっている癖に、笑いを堪えきれなかったのだ。
正直、一番タチが悪いタイプの人間だと思った。
「……敵勢力は、どうなった」
「とっくの昔にぶっ倒したよ。お前がビビってる間になァ!」
シドの言葉に呼応するように周囲を見渡すと、上級生らしき人達が倒れ伏していた。
30人はいた筈なのに、たった3人で倒したのだ。
騎士養成学校内でも悪名高い、性悪三人衆。
奴らは、私よりも強い。
誰よりも実力があるのを自覚しているからこそ、自由奔放に振る舞っているのでタチが悪かった。
シドは、訓練や授業をサボりまくったり、同級生としょっちゅう喧嘩したり。
ミュルフは、シド以外の騎士候補生を雑魚と罵り、彼の側から離れようとせず。
クーリャは、派閥づくりの責務を放棄して、常に一人で行動している。
こんなちゃらんぽらん共に、負けているのだ。
エストワール家の家名を背負い、模範的な騎士として振る舞っている私が。
御三家の頂点に立ち、王国を支配する役目がある、このマナ・エストワールが。
(この屈辱、忘れはしない……!)
悔しいが、今は勝てない。
だが、今の立場に甘んじるつもりはない。
いつの日か、必ず。
剣術を磨いて、魔術を極めて、未知のスキルを習得して……奴らを超えてみせる。
「ひゃっひゃっひゃっ。いつ見ても、笑えるぜ。なぁ、写真撮ってもいいか?」
「うわー、流石は平民。考えることが魔族みたい。とは言っても、私はもう撮ってあるけどね〜」
「…………写真のデータ、分けてください」
「本当に! 覚えていろよ! 貴様らぁ!!!」
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過去編はもうちょっとだけ続きます。