【悲報】聖剣を引き抜いたヒキニートのワイ、魔王を討伐するまで家に帰れない   作:ハギワラ

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 今回のヒロインは性格悪めなので、人を選ぶかもしれません。


元メスガキとヒキニート

 

 幼い頃の私には、何もなかった。

 ご飯にありつけない、雨風を凌ぐ住居も無い、物を買うお金も無い、路地裏暮らしで尊厳もない。

 何もかも無い無い尽くしで、一日一日を乗り切るので精一杯。

 

 だから、欲しかった。

 食べ物が、住処が、金が、名誉が、地位が。

 それこそ、欲望が満たされるまで、欲しいと思うモノ全てを手に入れたい。

 

 だから、成り上がりたかった。

 どんな手を使ってでも、私よりも恵まれた生活を送っている連中よりも上に立ちたい。

 それこそ、自尊心が満たされるまで、己の価値を証明してみたい。

 

 そして、そのための力が欲しかった。

 この世界は、極めて残酷。

 薄汚い貧民には、誰も見向きもしない。

 身分と血統が全ての王国では、生まれながらに勝者と敗者が決まっている。

 弱き者は虐げられて、強き者に踏み潰される。

 故に、力が必要だった。

 他者を超越する、圧倒的な力が。

 

「ミュルフ。貴女には、偉大な父親から受け継いだスキルがあります。いつかきっと、ヘレティア家の者が迎えにくるでしょう」

 

 かつて、娼婦として生計を立てていた母は、口癖のようにそう告げる。

 彼女が言うには、お忍びで来店したヘレティア家の人間と性行為を行い、幸運にも私を授かったそうだ。

 事実、私には生まれ持ったスキルがあった。

 相手の姿を一瞥するだけで、ステータスが閲覧できる‥…ヘレティア家の人間しか扱えないスキル。

 剣術や魔術などの鍛錬を積むことで習得できるノーマルスキルとは異なり、血筋によって伝わるレアスキルが備わっていたのだ。

 

 それを知った私は、最大限の努力をした。

 自分の能力値を確認できるステータスオープンのスキルをフル活用して、効率よく修行する。

 自分より優れたステータスの人間を避けて、自分より劣っているステータスの人間と戦う。

 そうする事で、どんどん満たされていく。

 一日三食もご飯を食べられるようになり、清潔な住居も手に入り、好きなものを買えるようになり、人としての尊厳も手に入れて。

 果てには、ヘレティア家の人間が、私の才能に目をつけて迎え入れてくれた。

 ……だけど。

 その時には、母親は死んでいた。

 力が無かった頃の私を生かすために、休む事なく働いて過労で亡くなっていた。

 そうして、私は理解する。

 やはり、この世界は力が全てなのだと。

 

「ごべんなさい……もう、ゆるじで」

 

「えー、何それ。私を殺そうとした癖に、虫が良すぎるんじゃないかなー? 許して欲しいなら、地面に頭を擦り付けて土下座してよ。ど、げ、ざ」

 

「も、もうしわげ、ありまぜんでじだ……」

 

「あははっ! 良い歳した大人がみっともなーい。写真を撮って、召使いにみせてあげよーっと」

 

 ヘレティア家の一員になってから、一年。

 私は、次期当主の座を欲しいままにしていた。

 いきなり現れた年下の子供に立場を奪われた男の頭を踏みしめながら、私は悦に浸る。

 ああ、やっぱり。

 私よりも恵まれている立場の人間の上に立つのは、最高に楽しい。

 

 ここに来てから、やる事はシンプルだった。

 ただひたすら、降りかかる火の粉を払う。

 私の才能を知ったヘレティアの者達は、平民の血が混じっている私の命を狙ってくる。

 正々堂々勝負を仕掛けたり、寝込みを襲ったり、集団リンチを試みたりする。

 そういった雑魚を、二度と逆らう気が起きなくなる程度に叩き潰す。

 時には強引に捩じ伏せ、時には弱みに漬け込んで、時には策を練って倒す。

 そうするうちに、邪魔者は居なくなり、ヘレティア家の頂点を奪い取る事に成功して。

 

 この時点で、何もなかった頃に望んでいたモノは手に入っていた。

 好きな食べ物を好きなだけ食べられる。

 最高級の住居で、思うがままに過ごせる。

 どんなに高価な物であっても、躊躇わず買える。

 今までに類を見ない速度で強くなった者として、周囲の人々から崇められる。

 純粋な力を振るって手に入れた生活は、正に夢のようだったけれど。

 

 私の心は満たされず、渇望も消え失せなかった。

 

 そんな、ある日。

 とある噂を耳にした。

 王国騎士団には、平民出身の騎士がいて。

 その騎士には、一人の息子がいるらしい。

 高貴な血を引いていないのに、優秀な父親がいるだけなのに。

 恵まれた境遇を享受して、何時も遊び呆けている碌でなしがいるらしい。

 その話を聞いた時、興味が湧いた。

 

「じーっとこっち見てるけど、なんか用か? お前も一緒に、マジモンGOやるか? 今、レイドバトルをやろうとしてた所なんだよ」

 

 実際に対面した時。

 そいつは、心底幸せそうだった。

 真っ昼間からスマホを握って、ゲームで遊んで。

 人生を謳歌してますって、面をしていた。

 だから、衝動的に……ちょっかいを出して、潰してみたくなった。

 動機は、特に無い。

 強いて言うなら、何となく癇に障ったから。

 

「ゲームよりも、面白い事をしない?」

 

「マジで!? ゲームより、面白いものがあるのか!?」

 

「うん。私と勝負しよ。どっちかが根を上げるまで、戦うの」

 

「もしかして、リアルファイト? 格ゲーでも、育成ゲーでもなく?」

 

「そうだよ。武器はなんでもあり。魔法も使ってよしのルールで」

 

「……はぁ。んだよ、それ。全然楽しくねーじゃん。痛いだけだし、時間の無駄だろ」

 

 私の提案を断ろうとする。

 少年の反応は想定内だった。

 戦いに対して消極的。

 こういった手合いを乗り気にさせるのは、私の得意分野である。

 

「へー、逃げるんだ。ざこなんだね、君」

 

「……は?」

 

「だって、そうでしょ? 同年代の女の子から逃げるとか、ざこ以外の何者でも無いじゃん」

 

「はい、カッチーン。寛容な事で有名なオレの堪忍袋の尾がブチ切れたぜ。受けてやるよ、その勝負」

 

 人間には、誰しもプライドがある。

 それを丹念に刺激する。

 煽って、嘲笑って、見下す。

 そうすると、大抵の人は勝負を受ける。

 礼儀を知らない生意気な子供に、立場をわからせようとする。

 

「オレに喧嘩ふっかけた事、後悔すんなよ」

 

「するわけないじゃん、ざ〜こ」

 

 後は、簡単だ。

 容赦なく、ぶっ潰せば良い。

 ステータスオープンのスキルを用いて、少年のスペックは確認した。

 レベルは1。

 力、魔力、防御、魔防も1。

 素早さと運の良さがちょっと高いだけの雑魚。

 ありとあらゆる数値が上回っている私が、敗北する道理はない。

 絶対に勝てる。

 生まれに恵まれただけの子供が、絶望する顔を拝む事が出来る。

 ……そう信じて、疑わなかったのに。

 

「やーい。ざーこ、ざーこ! 天才たるオレに勝負を挑んだのが運の尽きだったなァ!」

 

 私は、呆気なく敗北した。

 鍛え上げた剣術も、磨き上げた魔術も、何一つ通用しなかった。

 こちらの攻撃を躱され続けて、首元に手刀を叩き込まれる。

 決着は、瞬く間についたのだ。

 

「ありがとな。確かに、面白いもんが見れたぜ。オレを舐め腐ったメスガキが、地面に這いつくばる姿をよォ! ひゃーっひゃっひゃっひゃ!」

 

 勝者となった少年が、立ち去っていく。

 敗者である私は、握り拳を作る事しか出来ない。

 こんな屈辱を受けたのは、生まれて初めて。

 いままで、他者を踏み躙る側だったのに。

 今日、私は見知らぬ少年に、上に立たれた。

 煽られ、貶され、見下されたのだ。

 悔しい。

 悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!!!

 けれど、それ以上に。

 

「……羨ましい」

 

 思わず、本音が漏れる。

 ステータスオープンのスキルを持つ私だけが、理解することが出来た。

 少年は、他の人間とは一線を画す存在だと。

 

 確かに、彼のステータスは貧弱だった。

 そこらの一般人と変わらない程度の数値。

 しかし、実力は並外れていた。

 ……何故、このような現象が起こったのか。

 理由は、単純明快。

 貧弱なステータスのドラゴンと強靭なステータスのスライムが戦ったら、必ずドラゴンが勝つように。

 ステータスには現れない、格差が存在するのだ。

 普通の人間と、少年との間には。

 

 膂力、瞬発力、反射神経、肉体強度。

 どれをとっても、少年は私を上回っていた。

 生半可な努力では埋められない差を感じた。

 だからこそ、私は羨んだのだ。

 少年が有している力は、他の追随を許さない圧倒的なモノだったから。

 

「ぜったいに、追いついてやる……!」

 

 それでも、炎は消えない。

 私を負かした少年に、勝ちたい。

 もしかしたら、無謀かもしれない。

 スライムがどれだけ努力しようとも、ドラゴンには手が届かないかもしれない。

 けれど、諦める事だけはしたくなかった。

 どんなに困難な道であろうとも……いつの日か、あいつに勝利してみせる。

 私は、そう心に誓った。

 

「テストで赤点まみれのお間抜けくん。今日も、勝負しようよ」

 

「嫌だよ、面倒くさい」

 

「本当にいいのかなー? 君が勝ったら、何でも言うこと聞いてあげるのに」

 

「マジで? やるやるぅ!」

 

 それから、数年。

 騎士養成学校に入学した私と少年……シドは、事あるごとに手合わせしていた。

 シンプルに誘っても断られるだけなので、創意工夫を凝らして誘い文句を考える。

 当然ながら、私は負けてばかりだが、決して無駄な敗北ではない。

 勝負の内容を振り返り、自分が至らなかった点を見つめ直して鍛錬に励む。

 悔しさをバネに、欠点を潰して長所を伸ばす。

 寝る前にステータスを確認して、成長を実感していく毎日は、不覚にも充実していた。

 漫然と雑魚狩りをしていた時よりも、私は強くなっていたのだ。

 

「よっしゃ、オレの勝ち! えーと、今日の命令は……オレのステータスを教えてくれ!」

 

「レベル1、力も1、魔力も1、防御も1、魔防も1、素早さは16、運の良さが22だって〜」

 

「毎日、嫌だと思いながらも訓練してるのに……近所の子供に毛が生えた程度じゃねーか! 流石にありえないだろ! 負けた腹いせに嘘つくな!」

 

「嘘なんてつくわけないじゃーん。ステータスがざこすぎるからって、私のスキルに難癖つけないでくださーい」

 

「お、オレは認めねーぞ! ぜったい、絶対に認めねーからな! この、ホラ吹きメスガキが!」

 

 捨て台詞を吐きながら走り去っていく、シドの後ろ姿を見送る。

 私の目標は、あいつを潰すこと。

 幼い頃に受けた屈辱を忘れた日は無い。

 反骨精神を原動力にして、前へと進む。

 シドとの距離を一歩ずつ、縮めていく。

 この時点で、既に背中が見えていた。

 今の調子で努力し続ければ、あいつがいる高みへと辿り着けると信じて疑わない。

 

 そして、シドと関わっていく内に、心の奥底で悔しさとは別の感情が芽生えつつあった。

 乾き切っていた精神が、潤うような。

 負の感情とは異なる、もっと真っ当な気持ち。

 ……でも、全て水の泡になった。

 卒業直前で騎士養成学校を退学した彼は、あっさりと姿を消してしまったから。

 

 これまで、私はずっと、シドの事だけを考えて生きていたけれど。

 シドは、私に興味を持っていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長。対象と間も無く接敵します」

 

「言われなくても分かってる。無駄口を叩く前に、砲撃の準備を整えて」

 

「……はっ」

 

 時間が流れるのは、あっという間だった。

 シドが居ない人生は、色褪せていた。

 何をしても満たされず、面白みがない。

 複雑な感情を吐き出す先がいなくなった私の心には、ぽっかりと穴が空いてしまった。

 そんな私を置いていくように、5年もの月日で色んな物が変化していく。

 他人を舐め腐っていた私は立場を得て、ある程度は立場に見合う振る舞いを身につけた。

 シドの父親が騎士団長に就任して、行き過ぎた血統主義にメスが入り、平民の立場が向上した。

 ……それでも、変わらない物はある。

 

「対象の姿が確認できました。竜の魔人が、勇者を抱えています」

 

「ふ、ふふ、ふふふふふふふふ」

 

「……ど、どうされました、隊長」

 

 どんなに時が経ても、周囲の環境が変わろうとも、私の本質は揺るがない。

 今も尚、彼に囚われたまま。

 御三家同士の権力争いも、騎士団内での出世競争も、国王とエストワールの姦計も。

 興味すら湧かず、関わる気概もない。

 だが、そんな中でも鍛錬は続けていた。

 いつか、シドと巡り会う日が来る事を信じて。

 そうして、ようやく、この時が来たのだ。

 笑わずにいられる訳がない。

 

「……っぷあ!?」

 

「た、隊長。顔にカツラが、国王のカツラが!」

 

 急いで、顔面に飛んできた異物を払い除ける。

 次いで、シドの様子を確認すると、彼は青ざめたような表情を浮かべていた。

 思いつきで行動して、やらかした時の表情。

 私と同じで、彼も何も変わっていない。

 その事実と直面して、感情が爆発する。

 

「アイツ……絶対に、ぶっ殺す!!!!」

 

 人を舐めたような、おちゃらけた態度。

 こちらの神経を逆撫でする考えなしの行動。

 あいつもまた、5年前と全く同じ。

 面白い物事にしか興味関心がないクソガキそのもの。

 そんなあいつを、今、ここでぶっ潰す。

 10年前に受けた屈辱の借りを返してみせる。

 

「あのクソニート……聖剣に選ばれたからって調子に乗りやがって。穢らわしい平民のッ!」

 

「黙れ」

 

「……へっ?」

 

「お前みたいな雑魚が、シドをバカにしないで」

 

 私がシドを馬鹿にするのはいい。

 けど、大して強くもない雑魚が、シドを馬鹿にするのは許せない。

 自分でも訳がわからない気持ちに身を任せた私は、隣の騎士の喉元を掴んで空中に放り投げる。

 そのままの勢いで、風属性魔術を発動し、他の騎士を魔導車両ごと吹き飛ばした。

 これで、邪魔者は後一人。

 シドにまとわりつく竜の魔人だけ。

 

「……っ!」

 

 猛スピードで詰め寄った私の一撃を、竜の魔人はすんでのところで受け止める。

 悪くない身体能力と反射神経。

 ステータスも所持スキルも中々なもの。

 だが、有象無象と同様の凡人にすぎない。

 シドのような特別な存在じゃない。

 

「待て! 止まれよ、ミュルフ。それ以上、攻撃を続けると、俺の聖剣がもう一度火を吹くぞ!」

 

「相変わらず馬鹿なんだね。先程の一撃は、私の魔術によるモノだよ」

 

「そうなの!? っていうか、随分とキャラ変わったな、お前! 昔なんてざーこ、ざーこと……」

 

「黙って! そ、それ以上、口を開いたら、今すぐあんたをバラバラにするから!」

 

 さっさと邪魔者を片付けるつもりだったのに、シドと話すと調子が狂う。

 あいつは緊張感という概念を知らないのだろうか。

 もう、私の感情はぐちゃぐちゃだ。

 借りを返せる喜び、何故か裏切られたと感じる憎しみ、何よりも……絶好の機会を得れた感動が、心という器の中で混ざり合っている。

 

「それで、何の用だよ。もしも、オレを捕まえようってんなら、ドラゴン娘ちゃんが火を吹くぜ」

 

「がおー。燃やしちゃうぞー」

 

「ほら見ろ、怖いだろ、恐ろしいだろ?」

 

 どんと胸を張るシドと、両手の指先を曲げて威嚇するポーズを取る竜の魔人。

 阿吽の呼吸で、小芝居をする二人。

 生憎だけど、付き合ってやる心算はない。

 

「シド。私は貴方に決闘を申し込む」

 

「何かと思えば、また決闘かよ! お前、メスガキだった時と何も変わってないじゃん!」

 

「私が負ければ、見逃すよ。でも、私が勝ったら、私の命令を聞いてもらうから」

 

「わざわざ言われなくても、分かってたよ! 勝負を受けるよ、受ければいいんだろ!」

 

 私が無謀な戦いを挑んで、シドが文句を言いながら了承して、圧倒的な力で勝利する。

 それが、いつもの流れ。

 だが、今回ばかりは、そうはいかない。

 ……私は、全てを捨てて自己研鑽を続けてきた。

 欲望を満たす事も、自尊心を満たす事もせず。

 がむしゃらに修行に打ち込んできた。

 全ては、この時のために。

 シドに勝利して、悲願を果たすために。

 

「シド、だいじょうぶ?」

 

「平気だよ、平気。あいつには何十回も勝ってんだ。聖剣もあるし、遅れは取らないよ」

 

「分かった。シドを信じるね」

 

 甘ったるいやりとり。

 それを見ても、私の心は凪いだまま。

 思うところが無いわけではないが、闘争を前にして雑念は不用。

 今はただ、勝負のことだけを考える。

 

 シドのステータスに、変化はない。

 以前と同様に、レベル1のまま。

 保有しているスキルは、何もない。

 どうやら、家に引きこもっていたという噂話は真実だったようだ。

 それならば、十分に勝機はある。

 こちらはシドの行動パターンを把握しているが、向こうは成長した私の戦い方を知らない。

 情報のアドバンテージを押し付けながら、速攻で片をつける。

 今回の決闘の方針は定まった。

 

「合図、よろしくな」

 

「うん。両者、位置について」

 

 竜の魔人に声をかけて、先程から弄っていたスマホを片付けたシドは、無言のまま聖剣を構えた。

 弛緩した表情が、真剣な表情へと変化する。

 自分の得物である槍を携えた私は、思わず身震いしてしまう。

 どうしても、武者震いが抑えきれない。

 今も、昔も、同じだった。

 どんなにおちゃらけていても、一瞬で気持ちを切り替える。

 ……そうだ。

 そうでなくては、面白くない。

 

「よーい、どんっ」

 

 互いに、動き出す。

 しかし、先手を取ったのは私だった。

 気が抜けるような竜の魔人の掛け声と同時に、私に出せる全速力で刺突を行う。

 出会い頭の一撃は回避されてしまったが、決して止まることはない。

 目にも止まらぬ刺突の雨。

 手数の多さを押し付けて、シドの反撃を許さない。

 

 誰が言い出したのか、この世には剣術三倍段という理論がある。

 剣の使い手が槍の使い手に勝つには、三倍の技量を必要とするという考え方だ。

 リーチという点において、どう足掻いても剣は槍に勝てない。

 剣の使い手が槍の使い手にダメージを与えるためには、間合いを詰めなければならない。

 だが、槍の使い手は自身の武器の長所を活かすために、距離を近づかせない戦い方をする。

 そんな中で、剣の使い手が近づくのは困難。

 それこそ、三倍もの技量の差がなければ不可能と言っていい。

 故に、槍は剣よりも強いとされている。

 

 その前提の上で、確信した。

 今の私とシドの実力は互角。

 ステータスオープンのスキルによって、シドはスキルを持っていない事も把握しているので、何らかの能力で距離を詰められる事はない。

 少しでも優位に立ちたい。

 その一心で、剣を捨てて槍を取った甲斐がある。

 ……勝てる。

 私は、シドに勝てるのだ。

 

「ぐ、あああああ!!!」

 

 そう思ったのも束の間。

 私の槍による一撃を、右腕で受け止めたシドが苦しげな声を上げる。

 回避に失敗した、訳じゃない。

 あいつが、そんなヘマをする筈がない。

 これは、わざとだ。

 恐らく、シドの狙いは……。

 

「へへへ、つーかまーえたぁ!」

 

 悪魔みたいな笑顔を浮かべるシドは、空いてる左腕を用いて私の槍を掴む。

 やはり、そうか。

 槍の一撃を受け止めたのは、右腕を捨ててでも、私の攻撃を止めるため。

 驚いた私の一瞬の隙をついて、反撃するため。

 脳筋のシドらしい、体を張った行動。

 残念ながら、全て想定済みである。

 

「うおあっ!」

 

 風の魔法を行使して突風を起こした私は、シドの体を空中に飛ばす。

 反撃の機会など、与えたりしない。

 当初の予定通り、圧倒的な手数で潰す。

 

 どんなに身体能力が優れている人間であっても、足場がない空中では無力。

 このまま、落ちてくるのを眺めるのも悪くはないが……あいつの耐久を考えると地面と衝突してもダメージを受けない可能性がある。

 なので、ここは私自らトドメを刺す。

 

「ちょっ、空中を歩けるとかズルだろ!」

 

 空中で漂っているシドに近づいていく。

 あいつを浮かばせている突風を維持したり、私自身が空中を歩行したり。

 そこそこ恵まれている魔力も、まもなく枯渇する。

 だが、ここでチェックメイト。

 私の悲願は、ようやく果たされた。

 それが、嬉しくて、しょうがなくて、言うはずのなかった本音が漏れてしまう。

 

「……シドのせいだよ」

 

「何が」

 

「私は、シドに勝ちたくて。何もかも投げ打って、ここまで来たんだよ」

 

 人間は愚かだ。

 表面だけを見て、本質を見ようともしない。

 血統、身分、ステータス。

 下らない概念で目を曇らせて、本当の価値を見誤っている。

 かつては、私もそうだった。

 ステータスオープンのスキルで表示される数字で、人間の価値を推し量っていた。

 でも、今は違う。

 強くなった今ならば、分かる。

 シドの強さの本質を、誰よりも理解している。

 

 だから、私であるべきなのだ。

 騎士団長でも、エストワール家やリーヴェル家の当主でも、帝国の英傑衆でも、聖国が率いる天使でも、魔物でも、魔族でも、魔王でもない。

 一番最初に、シドに勝つのは私だ。

 ……だから。

 

「私を……見てよ!」

 

 勢い余って本心を伝えた私は、ありったけの魔力を込めて衝撃波を放とうとする。

 その刹那。

 

「お前の気持ち、確かに受け取ったぜ。俺はちゃんと見るから、お前も俺を見ろ!」

 

 そう告げたシドは……ズボンと一緒にパンツを脱いだ。

 びっくりするくらい、高速で。

 自分の下半身を露出し始めたのだ。

 

「え、ちょっ、ええ!?」

 

 突然の奇行を前にした私は、咄嗟に目を塞いでしまうが、今は真剣勝負の真っ最中。

 シドの行動には、きっと何らかの意図がある。

 下半身を見ることを承知の上で、即座に目を開けた私の前には……誰もいなかった。

 ただ、脱ぎ捨てられたズボンとパンツが浮かぶだけ。

 ほんの一瞬、目を離した間に、シドは姿を消してしまったのだ。

 

「悪いな、今回はオレの勝ちだ」

 

 後方から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 瞬時に障壁魔法を展開するも、間に合うわけもなく。

 手刀を喰らった私の意識は、闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 すると、そこには私を覗き込む竜の魔人の姿があった。

 

「だいじょうぶ?」

 

「……うん。どこも傷んでないよ」

 

「ちょっと待ってて。シドを呼んでくるね」

 

 淡々と言葉を紡いで、とてとてと歩いていく竜の魔人。

 私は、いまだに夢見心地だった。

 けれども、しっかりと現状を把握している。

 

「私、また負けたんだ……」

 

 これまで積み重ねてきた全てを出し切った。

 当然ながら、油断も慢心もしていない。

 それなのに、敗北した。

 揺るぎない事実が、心に重くのしかかる。

 

「負けたっつってもよ。あれは、実質勝ちみたいなもんだと思うけどな」

 

「……悪趣味なんだね。盗み聞きなんて」

 

「人聞きの悪いことを抜かすな。お前の独り言がデカいだけだっつーの」

 

 茂みの中から、シドが現れる。

 相変わらず、彼は能天気そうな面をしていた。

 

「最後、どうやって姿を消したの?」

 

「気配遮断スキルを使ったんだよ。服を脱いだのは発動条件を満たすため。どうしても、お前の視界から離れる必要があったから露出した。決して、そういう癖がある訳じゃないから、勘違いするなよ」

 

 その説明を聞いて、納得する。

 私の推測が正しければ、シドが所有する気配遮断のスキルは白銀級。

 対して、私のステータスオープンのスキルの等級は、金等級。

 最上位の白銀級スキルを開示する事は出来ない特性があるため、シドの所有スキルを見誤ってしまったのだろう。

 5年もの間引きこもっていて、彼は成長していないと決めつけていたのが仇になった。

 私の目は曇ったままだったのだ。

 これで、敗因は理解できた。

 理解できたつもりなのに、尋ねてしまう。

 

「なんで、私は、貴方に勝てないの……?」

 

 理解はできても、納得はできない。

 身体能力は互角だった。

 心構えも出来ているつもりだった。

 勝てる見込みは十分にあった。

 それなのに、勝利は目の前にあったのに、最後の最後で取りこぼしてしまった。

 その理由を、勝者の口から聞いてみたかった。

 

「うーん、分からん」

 

「……なんで」

 

「オレは、お前について詳しくないからな。努力をしてきたのは分かるけど、それ以外はさっぱり。そんな立場の奴が訳知り顔で語れねーよ。多分、その疑問の答えはお前自身が見つけるもんだ」

 

 シドが口にしたとは思えないほど、真っ当な意見だった。

 無責任な意見を言う事なく、私の心情に寄り添ってくれる。

 細やかな気遣いを感じられる言葉。

 

「でも、一つだけ言えるのは。オレはお前と戦ってて、余裕で勝てるって思ったことは一度もないよ。最初から最後まで、全部ギリギリの戦いだった。戦闘中に露出した奴が言う言葉じゃないけど……お前はすごい奴だよ、冗談抜きでな」

 

 何故か、精神が軋む。

 ずっと乾いていた心が、潤っていく。

 揺れて動いて、感情が抑えられなくなって。

 私は初めて、人前で涙を流していた。

 幼い子供みたいに、わんわんと。

 

「お、おい! なんで泣くんだよ。アレか、もしかして露出か!? オレの下半身がトラウマになったのか!?」

 

 すっかり平常運転になったシドに背中を撫でられながら、私は嗚咽を漏らす。

 ダムが決壊したような感覚だった。

 ずっと……私は、シドに認められたかったから。

 

 初めて会った時から、憧れていた。

 力こそが全ての世界で、他の追随を許さない力を有するシドの事が、羨ましかった。

 だからこそ、近づきたかった。

 同じ高みを目指したかった。

 隣に立ちたいと願っていた。

 

 10年前からずっと。

 その思いだけは色褪せる事なく。

 願いが叶って、感極まってしまう。

 

「うっ、ぐす、うぅ……」

 

「ごめん! マジでごめん! 何でもするから、許してくれ! 損害賠償だけは堪忍してくれ!」

 

 そんな気持ちなんて露知らず。

 損害賠償請求に怯えるシドは、泣きじゃくる私に対して謝罪の言葉を繰り返していた。





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