ネビュラ・ディバイド   作:ダデ丸

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第十四話 裏 救えたもの

 

「今日はもう(しま)いだよ。また明日出直してきな」

 役場の入り口で掃き掃除をしていた男性に止められた。

 

 男性は親指で背後の扉を指しながら続ける。

「おかしな娘がまだ中で揉めてるがね。なんでもこの町が危ないとかなんとか……」

 景真とマツリカは目を見合わせる。

「騒がせて悪いな。そいつは俺の連れだ。ちょっと通してくれ」

「あっ、ちょっと!」

 男性の制止を振り切って二人は扉をこじ開けた。

 

「コハク!」

 コハクは受け付けのカウンター越しに眼鏡をかけた小太りの中年男性と対峙していた。

 景真の呼び声に振り向いたその顔が歪む。

「ケーマ……!」

 役場へどかどかと踏み込んできた景真たちを見て、男性は心底疲れ果てたように言う。

「このお嬢さんの身内ですか? だったら連れて帰ってください。なんだったらいい病院を紹介しますよ」

 その言葉には疲れの他に蔑みの色が滲む。

 どうやら、コハクの言葉は信じてはもらえなかったようだ。

 

 無理もない。

 突然町が半壊するなどと根拠もなく言われて聞き入れる方がどうかしている。

 この人も仕事でここにいるのだ。

 頭のおかしな来客の相手をすることも少なくないのだろう。

 

 彼の事情も、心情も理解できる。

 それでも、町を救うために必死になっているコハクを侮辱され、腹が立っていた。

 

 無言のまま事態を見守っていたマツリカが「どうするのか」、という目線を景真に向ける。

 

 景真はカツカツとコハクの横に歩み寄ると、その頭を覆う外套のフードを取り去った。

 そこに隠されていた焦茶色の大きな耳がぴょこんと立つ。

 突然のことにコハクは正面を向いたまま目を丸くした。

 

「この方は四百年を生きた狐族の予言者だ。狐族の未来視は知ってるだろ? 取り返しのつかないことになる前にさっさと上に話を通せ」

 

 一息に言い切って見栄を切る。

 ここまで走ってきたせいもあってか、酸欠で頭がクラクラした。

 

「き……狐族……」

 男性の顔に動揺が走る。

 

 コハクが予言を交渉材料にした時のオウカの反応からも、狐族の予言にはネビュラの人々を説得するだけの力があると踏んでいた。

 効果は確かだったが、コハクの力を交渉の道具として使ったことが小さなトゲとなって胸に刺さる。

 

「……分かりました。上に話をして参りますので少々お待ちください」

 男性はそう言い、受け付けの奥へと消えて行った。

 

 その背中を見送ってから、左に立つコハクに目を落とす。

 こちらを見ていたコハクと一瞬目が合い、逸らされる。

 

「……ありがとうケーマ。私、焦っちゃって……狐族のこととか、言えばよかったのに」

 俯いた顔は、うなじまで赤くなっている。

 上手く交渉できなかったことを恥じているのだろうか。

「オウカも動いてくれてる。きっと大丈夫だ」

 コハクは俯いたまま、小さく頷いた。

 

「お待たせしました」

 先ほどの男性と、その横には頭に真っ黒な獣の耳が生えた長身の女性が立っていた。

「初めまして。私はこのアゲントの町長、リウィアだ」

 

 リウィアと名乗った女性はそう言うと景真たちをぐるりと見る。

「話は来賓室で自慢の茶でも飲みながら、と言いたいところだが、事態は一刻を争うようだ。ここで伺おう」

 景真が一歩、前へ出る。

「あと二時間ほどで町の北側に巨大な空穴が現れる。すぐに住民を避難させてくれ」

「それは確実か?」

 リウィアの視線が鋭さを増す。

 だが景真はその目をまっすぐに見返した。

「確実とは言えない。だけど、俺はコハクの”予言”が外れたところを一度だって見たことがない」

 こればかりは胸を張って言える。

 コハクの未来視を、いやコハク自身を景真は心から信じている。

 

 リウィアは景真の言葉に頷く。

「つい先ほど、商館から遣いが来て避難指示を要請されたところだ。商館の要請となれば無視はできん」

 そう言い、隣の男性を向く。

「すぐにアゲント全域に避難指示を出せ。可能な限り山から離れさせろ」

「は、はい!」

 男性は体を揺らして役場の奥へと走って行った。

 

「私は占いなどは信じないタチだが、今回は君たちの言葉を信じよう」

 リウィアがそう言ってニヤリと笑うと、鋭い犬歯が覗く。

「……感謝する」

「空穴が本当に現れるのであれば、感謝するのは私たちの方だ。――では、私も仕事にかかるのでこれで失礼する」

 リウィアはくるりと反転し、真っ黒な尻尾で(くう)をひと撫ですると優雅な足取りで去って行った。

 

「俺たちも、町の外の行商隊に合流しよう」

 コハクとマツリカが景真を見て頷く。

「ウチが先導するッス。見失わないでくださいね」

 町の構造に最も通じているであろうマツリカがするりと前に出る。

 

 外に出ると、役場から聳え立つ鐘楼(しょうろう)からカーンカーンと大きな音が響いた。

 その音に景真より聴力が高いだろうコハクとマツリカが驚き、同じように尻尾を膨らませた。

 

「空穴警報!! 全住民は退避!! 山から離れろ!!」

 

 その言葉とともに一町ほど先にある鐘楼へと、連鎖するように鐘の音が広がっていく。

 

 その様子を圧倒されるように見上げていた景真の袖が引かれる。

「行こう、ケーマ」

 

 予言の刻限まで、すでに二時間を切っていた。

 

 

 

 鐘の音がアゲントの隅々まで行き渡ると、山の上部から麓にかけて人の流れができ始めた。

 そしてその流れは、その音が波のように伝わるたびに太くなっていった。

 

「空穴だァ? なんでそんなもんが分かるんだよ。今から夕飯だって時によォ」

「やっと今日の採掘が終わったと思ったら……」

「何事も無かったらどうしてくれるんだ」

 

 人々は愚痴を漏らしながらも避難指示に従っているようだ。

 

「この町は昔、鉱山から漏れ出した毒ガスで住民の一割が死んだことがあるんスよ。それから町中に鐘楼を立てて、避難指示に従わない人は居住資格を取り上げられるようになったらしいッス」

 前を進むマツリカが少し得意げに解説する。

「なるほどな。災害対策バッチリってわけか」

 景真は滞りなく避難する人々の姿に感心していた。

 これなら二時間もあれば避難には十分だろう。

 

「マツリカ、ちょっと待ってくれ」

 ふと、通りの隅で座り込んで泣いている男の子を見つけ、人の流れを横切り彼の元へ向かう。

 

「どうした? 親とはぐれたのか?」

 膝をついて問いかけると、こくりと頷く。

 景真は男の子をくるりと反転させると、小さな体を肩車した。

「うわっ!」

「これならよく見えるだろ? よーく探せよ」

 頭上の顔を見上げると、景真を見下ろす少年が力強く頷く。

 

 その様子を見ていたマツリカが声をかける。

「さあ、行くッスよ」

「ああ、待たせたな」

 マツリカが振り向き、微笑んで見せる。

 

「名前は? 俺は景真だ」

「……ネロ」

「ネロか。いい名前だな」

「お兄ちゃんはこの町の人?」

「いや、旅人だ」

「そっか、じゃあ行っちゃうんだね」

 その言葉にはどこか諦観の色が滲む。

「安心しろ、ネロの親父さんとお袋さんを見つけるまでは一緒にいるよ」

「……お父さんはいない。旅人だったんだって。僕が生まれる前にどっか行っちゃったって、お母さんが」

「……そっか。じゃあ、お袋さんを見つけないとな」

 跳ねるようにして肩に乗るネロの位置を調整しマツリカの背を追う。

 

 南側から町を出ると、すでに多くの人が開けた場所に集まっていた。

 結局、道中ではネロの母親を見つけることは叶わなかった。

「コハク、ここは安全か?」

「うん。ここなら大丈夫」

 コハクが辺りを見渡してから答える。

 

 オウカの行商隊は少し離れた場所で隊列を組んでいた。

 いつでも動けるよう、すでに馬が馬車に繋がれている。

 

「あっ、兄貴!」

 その中にオウカの姿を見つけたマツリカが大きく手を振りながら駆け出す。

「兄さん、上手くやったみたいだな。大したもんだ、町を動かすとはな」

「オウカが商館に掛け合ってくれたお陰だよ」

「大したことはしてないさ。……が、人事は尽くした。もう、何が起こるかを見届けるだけだ」

 オウカが山を見上げ、それに倣うように景真もそちらを見た。

 

 山肌に沿う川のように、黒々とした人の流れが麓へと下っている。

 

 予言された時間まで30分ほどを残してその流れは途絶え、それからしばらくして、最後にリウィアが数名の部下を引き連れて町の門をくぐった。

 

「あんたたちもここにいたか。大きな混乱もなく避難は完了したよ。鉱山の作業時間後だったのが幸いしたな。あとは――」

 リウィアが無人になった町を見る。

「”予言”が外れることを祈るばかりだな」

 

 景真は内ポケットに入れたスマートフォンに目をやり、時刻を確認する。

 

 予言の刻に至る。

 

 ――風が止まる。

 

 そしてすぐに、その祈りが通じなかったことが示される。

 

 キィ――

 強烈な耳鳴りが襲い、同時に知覚できない重低音が腹に響く。

 コハクたちが苦しそうに耳を押さえる。

 聴覚に優れる種族は一層苦痛を覚えているようだ。

 

 それは、世界そのものが軋んでいるような音だった。

 

 前触れなく音が収まり、町の上空に黒い点が現れた。

 星空が、そこだけ切り取られたように。

 

 その点から、世界が破局を迎えるように。

 

 その時、内ポケットの中でスマートフォンが振動した。

 取り出すと、前に空穴に遭遇した時と同様に無数の通知が舞い込んでいる。

 これは千載一遇の好機だ。

 景真は迷いなく震える指で通話履歴を開き、遼の番号に向けて発信する。

 

 10秒ほどの呼び出し音が、永遠にも感じられる。

 

「明石さん? 無事だったんですね」

 その声は前回の通話に比べると、極めてクリアだった。

 空穴の大きさが影響しているのだろうか。

「ああ、今目の前に巨大な空穴が現れてる」

「空穴が? 安全なんですか?」

「ここは大丈夫だ」

 遼が一瞬押し黙った。

 

「……それに入れば、戻ってこられますか?」

 

 その言葉に景真はハッとなる。

 空穴がネビュラとオービスを繋いでいることは間違いない。

 ならばあれに飛び込めば、現世に帰ることも可能なのではないか。

 だが、

「帰れるかもしれない。けど……まだ、帰れない。先輩を見つけられていないし、安全に戻れる保証もない。それに――」

 

 隣に立ち、空穴を見つめるコハクを見る。

「約束があるんだ。だから、全部終わるまでは帰れない」

「……分かりました。メールもしましたが、こちらから報告したいことが――」

 

 空穴が瞬間的に膨張し、消滅した。

 それと同時に通話も断絶する。

 

 山と、町と、空気が抉り取られ、周囲の空気がそこを目掛けて雪崩れ込む。

 それは猛烈な風となって空穴があった場所へと吹き込み、景真は立っているのがやっとだった。

 コハクが景真の体にしがみつく。

 足元に立っていたネロが吸い上げられそうになり、その肩を慌てて押さえた。

 

 急激に流れ込んだ空気は渦を巻き、球形に削り取られた山肌に痕を残す。

 

 それも徐々に弱まり、やがて収まった。

 

 全てが終わり、静かな夜が戻る。

 

 家を失い、泣き崩れる人。

 家族と命があったことを喜ぶ人。

 ただ茫然とする人。

 

 人々の反応はそれぞれだった。

 

「ネロ!!」

「お母さん!!」

 ネロの姿を見つけた母親が、その小さな体を抱きしめて泣き崩れている。

 それを見て、コハクが景真に微笑む。

 

 失われたものは決して小さくはないけれど、それでも命を救うことはできた。

 

 その光景に、コハクの笑顔を守れたことに景真は自らの選択を誇らしく思えた。

 

 きっと、これで良かったのだ。

 

 こうしなければきっと、一生後悔していただろう、と。

 

 

 

 

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