再生開始
ノブが回りドアが開く音。
硬質な足音が近づき、続けて慌てて立ち上がる音。
続けて柔らかな女の声。
「お待たせしてしまいましたね、一ノ瀬記者。是非お会いしたいと、日々思いを募らせておりました。――あら、驚かせてしまって申し訳ありません。本日は北畠に代わりわたくし、
声が近づく。
「――だって、わたくしに訊きたいことがあったのでしょう?」
暫しの沈黙。
「……仰る通りです。私は27年前に起きた誘拐事件についてあなたに尋ねに来ました」
これは春華の声だ。
毅然と発したが、その語尾は緊張に震えている。
「あらあら。ふふ、わたくしは見ての通り
声も口調も柔らかかったが、人を食ったような物言いだった。
「あなたが30年も前からこの”教団”の教祖の座にいることは知っています。そのお姿が全く変わっていないという噂も。まさか事実だとは思いませんでしたが」
春華が捲し立てるように言う。
御堂コトネが作る空気に飲まれないよう、精一杯虚勢を張っているようだ。
「――ああ、そんなに怖い顔をなさらないで。綺麗なお顔が台無しですわ。それにしても……やはりあの子の面影がありますね」
「……母、一ノ瀬かなたの事ですね? 貴女方が、拉致した」
「
息を呑む気配。
「……会いたい。いや、返してもらう。母さんを、家族を!」
「あら残念。一つ目だけなら叶えて差し上げられたのに」
カツン、チリン。
小さな鐘のような音。
「何を――」
鈍い音、直後に人が倒れるような音。
「ああ、可愛いリベルテ。――可哀想なリベルテ。全てを失い、それすら忘れて、また奪われる。せめて、愛し子に会わせて差し上げましょう。ふふ、きっと喜んでくれますね」
「遼――カゲ……くん……」
――無音。
再生終了
音声データ2 20250805_18370.m4a
再生開始
走行する車内の音。
「この女、六号施設なんかに連れてってどうするんです?
軽薄そうな男の声。
「……お前が知る必要はない」
遠く轟く雷鳴のような声。
「毎度毎度こんな山奥まで来させられる身にもなって欲しいですよ。ちょっとくらい役得ってもんがあってもバチは当たらんでしょう。ルカスさんはたまにだからいいかもしれませんがね」
「その名で呼ぶなと言ったはずだ。……口を噤んで運転に集中しろ」
「はいはい……相変わらずお堅いこって」
沈黙。
――エンジン音が止まり、スライドドアが開く音。
「降りろ。もう起きてるだろう」
「……バレていたか」
「来い」
「鍵、開けときましたよ」
「お前は車で待て」
「はいよ。でも、いいんですか? 目隠しもしないで」
「構わん」
ギイ、と扉が開く音。
二人の足音が響く。
「ここは、教団の施設かい? 随分辺鄙な所みたいだ。しかも、今は使われていないね」
無言。
「私をどうするつもりだい? 単に消したいならこんな回りくどいことはしないはずだ」
無言。
ドアが開く音。
「礼拝室に……女神像? 不思議なデザインだね」
ガチャリ。
ギィイと、重たい金属音。
「降りろ」
「降りろったって、手を縛られてたら梯子なんか降りられないよ」
ヒュッと風を切る音にブツッと何かが切れる音。
「……どうも」
カン、カンと梯子を降る音。
その音が止まり、その直後にドスッと重たいものが落ちたような音が続く。
「……この高さを飛び降りたのかい? いやはや、あなたには歯向かわない方が良さそうだ」
二人分の足音が共鳴する。
「ルカス」
「! ……聞いていたのか」
「やっと喋ってくれたね。その燃えるような赤髪にその風貌だ。純日本人にはとても見えない。なぜ名前を隠す必要が?」
「……とうに捨てた名だ」
「なら、今の名は?」
「その好奇心こそがこの事態を招いたと、まだ分からないのか」
「私が今ここにいるのは好奇心からじゃないさ。家族を取り戻すためだ」
「……その望みが叶わんことは、その話をお前にした男が最もよく理解していると思っていたが。どうやら買い被りだったようだ」
足音が止まる。
「白い……門?」
『生体スキャン開始』
耳鳴りのような音。
『スキャン完了。
「お、来ましたね。彼女が例の?」
神経質そうな男の声。
「そうだ。”鍵”は確認できたか?」
「解析結果は……いえ、彼女の中にはありません」
「ならば……弟の方か。”回廊”を開け。この女とネビュラへ渡る」
「弟……? 遼に手を出したら……!」
「手を出したら? お前に何ができる。何もできはしまい! お前の父親は愚かにも我が子を虎穴への地図を描き、子は自ら穴へ落ちた! この結末はお前たち親子が招いたものだ! 何も知らぬ哀れな弟を巻き添えに!」
男が感情を露わにする。
「……あなたは一体、何者なんだ。父の話に出てきた赤髪の男。あれもあなたなのだろう? なぜ父に私たちを隠すよう伝えた?」
沈黙。
「……”殉教者”をここへ」
「汝の血と魂は女神の崇高なる意志のため捧げられる。最期に言い残すことはあるか?」
「……いえ。我が魂は女神の御許へ」
乾いた金属音。
「……!? 何を!? よせ!!」
春華が絶叫する。
ヒュッと風切音がし、一拍置いてごろんと重たい何かが転がる音。
『禁断解除確認。対象者の転送を実行』
「こんな……こんなことを……!」
声が遠ざかる。
『転送を完了。ようこそ――』
――静寂。
再生終了
音声データ3 20250806_08410.m4a
再生開始
激しい雨の音。
『俺はここで聖堂騎士団の追手を片付ける! お前たちは先に女を連れてアゲントの隠れ家へ行け!』
恐らく前の録音データの”赤髪の男”の声だ。
雨音に負けないよう、叫ぶようにネビュラ統一言語で言う。
『了解しました。……ご武運を』
雷鳴。
『来い!』
ガチャっと鎖が擦れるような音。
「っ! ……手荒いなあ。来いって言ってるんだろ? こんな得体の知れない所で逃げたりしないからさ」
春華の声だ。
いつもの軽口だが、その声には覇気がない。
『なぜオービスの女なんかを”聖地”に?』
『知るか。アリエス様の指示だ』
「いや参ったね……彼がいないと、いよいよ話も通じない。しかも、本当に聞いたこともない言語だ」
春華の独り言。
いや、ボイスレコーダーに向けて話しているのかもしれない。
『何を一人で喋ってる!!』
鈍い音がし、直後にバシャっと水の中に倒れる音。
「ぐっ……はぁ……はぁ」
『おい、手荒なことはするなとの命だぞ』
『知るか! この女が勝手に転んだだけだ』
『いけないねぇ。その方は”救世の巫女”……聖女様の御息女。くれぐれも丁重に扱うよう、ルカスからも命じられたはずだよ? それは女神に対する背信だよ』
雨音の中をすり抜け、鼓膜にまとわりつくような男の声。
『リ……リブラ様!? なぜこのような所に……』
『聖堂騎士団に追われていると聞いたので、加勢に来て差しあげたんだよ。――ふーん?』
「……なんだい」
「……確かに、あの方によく似てるねぇ」
リブラと呼ばれた男が流暢な日本語で言う。
「部下の非礼を詫びるよ。……傷を見せてくれるかな?」
「痛みが……引いて……」
「では、またいずれ”聖地”で。その時は、自慢の紅茶をご馳走するよ」
『僕はルカスと合流し、
雨音が遠ざかる。
『ところで君、女神の命を聞けないなら、そんな耳――要らないよねぇ?』
雨音が完全に、止む。
『え? ……あ……うがぁああああ!!!!』
絶叫。そして水溜まりの中をのたうち回る音。
静寂。
雨音が戻る。
再生終了