ネビュラ・ディバイド   作:ダデ丸

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音声データ1 20250805_15160.m4a

 再生開始

 

 ノブが回りドアが開く音。

 

 硬質な足音が近づき、続けて慌てて立ち上がる音。

 続けて柔らかな女の声。

 

「お待たせしてしまいましたね、一ノ瀬記者。是非お会いしたいと、日々思いを募らせておりました。――あら、驚かせてしまって申し訳ありません。本日は北畠に代わりわたくし、()()()()()がお相手させていただきますね。 でも、かえって都合が良かったのではなくて?」

 

 声が近づく。

 

「――だって、わたくしに訊きたいことがあったのでしょう?」

 

 暫しの沈黙。

 

「……仰る通りです。私は27年前に起きた誘拐事件についてあなたに尋ねに来ました」

 これは春華の声だ。

 毅然と発したが、その語尾は緊張に震えている。

「あらあら。ふふ、わたくしは見ての通り二十歳(はたち)そこそこの乙女。そんな昔の事件のことなど存じ上げませんわ」

 声も口調も柔らかかったが、人を食ったような物言いだった。

 

「あなたが30年も前からこの”教団”の教祖の座にいることは知っています。そのお姿が全く変わっていないという噂も。まさか事実だとは思いませんでしたが」

 春華が捲し立てるように言う。

 御堂コトネが作る空気に飲まれないよう、精一杯虚勢を張っているようだ。

「――ああ、そんなに怖い顔をなさらないで。綺麗なお顔が台無しですわ。それにしても……やはりあの子の面影がありますね」

「……母、一ノ瀬かなたの事ですね? 貴女方が、拉致した」

()()()()()()そう呼ばれていましたね。――彼女と、お母様と会いたいですか?」

 息を呑む気配。

「……会いたい。いや、返してもらう。母さんを、家族を!」

「あら残念。一つ目だけなら叶えて差し上げられたのに」

 

 カツン、チリン。

 小さな鐘のような音。

 

「何を――」

 鈍い音、直後に人が倒れるような音。

 

「ああ、可愛いリベルテ。――可哀想なリベルテ。全てを失い、それすら忘れて、また奪われる。せめて、愛し子に会わせて差し上げましょう。ふふ、きっと喜んでくれますね」

 

「遼――カゲ……くん……」

 

 ――無音。

 

 再生終了

 

 

 

音声データ2 20250805_18370.m4a

 再生開始

 

 走行する車内の音。

 

「この女、六号施設なんかに連れてってどうするんです? ()()にするには勿体ない上玉ですよ」

 軽薄そうな男の声。

「……お前が知る必要はない」

 遠く轟く雷鳴のような声。

「毎度毎度こんな山奥まで来させられる身にもなって欲しいですよ。ちょっとくらい役得ってもんがあってもバチは当たらんでしょう。ルカスさんはたまにだからいいかもしれませんがね」

「その名で呼ぶなと言ったはずだ。……口を噤んで運転に集中しろ」

「はいはい……相変わらずお堅いこって」

 

 沈黙。

 

 ――エンジン音が止まり、スライドドアが開く音。

「降りろ。もう起きてるだろう」

「……バレていたか」

「来い」

 

「鍵、開けときましたよ」

「お前は車で待て」

「はいよ。でも、いいんですか? 目隠しもしないで」

「構わん」

 

 ギイ、と扉が開く音。

 二人の足音が響く。

「ここは、教団の施設かい? 随分辺鄙な所みたいだ。しかも、今は使われていないね」

 無言。

「私をどうするつもりだい? 単に消したいならこんな回りくどいことはしないはずだ」

 無言。

 ドアが開く音。

「礼拝室に……女神像? 不思議なデザインだね」

 

 ガチャリ。

 ギィイと、重たい金属音。

「降りろ」

「降りろったって、手を縛られてたら梯子なんか降りられないよ」

 ヒュッと風を切る音にブツッと何かが切れる音。

「……どうも」

 

 カン、カンと梯子を降る音。

 その音が止まり、その直後にドスッと重たいものが落ちたような音が続く。

「……この高さを飛び降りたのかい? いやはや、あなたには歯向かわない方が良さそうだ」

 

 二人分の足音が共鳴する。

 

「ルカス」

「! ……聞いていたのか」

「やっと喋ってくれたね。その燃えるような赤髪にその風貌だ。純日本人にはとても見えない。なぜ名前を隠す必要が?」

「……とうに捨てた名だ」

「なら、今の名は?」

「その好奇心こそがこの事態を招いたと、まだ分からないのか」

「私が今ここにいるのは好奇心からじゃないさ。家族を取り戻すためだ」

「……その望みが叶わんことは、その話をお前にした男が最もよく理解していると思っていたが。どうやら買い被りだったようだ」

 

 足音が止まる。

「白い……門?」

『生体スキャン開始』

 耳鳴りのような音。

『スキャン完了。(ゲート)を開きます』

 

「お、来ましたね。彼女が例の?」

 神経質そうな男の声。

「そうだ。”鍵”は確認できたか?」

「解析結果は……いえ、彼女の中にはありません」

「ならば……弟の方か。”回廊”を開け。この女とネビュラへ渡る」

「弟……? 遼に手を出したら……!」

「手を出したら? お前に何ができる。何もできはしまい! お前の父親は愚かにも我が子を虎穴への地図を描き、子は自ら穴へ落ちた! この結末はお前たち親子が招いたものだ! 何も知らぬ哀れな弟を巻き添えに!」

 男が感情を露わにする。

「……あなたは一体、何者なんだ。父の話に出てきた赤髪の男。あれもあなたなのだろう? なぜ父に私たちを隠すよう伝えた?」

 

 沈黙。

 

「……”殉教者”をここへ」

 

「汝の血と魂は女神の崇高なる意志のため捧げられる。最期に言い残すことはあるか?」

「……いえ。我が魂は女神の御許へ」

 乾いた金属音。

「……!? 何を!? よせ!!」

 春華が絶叫する。

 ヒュッと風切音がし、一拍置いてごろんと重たい何かが転がる音。

 

『禁断解除確認。対象者の転送を実行』

 

「こんな……こんなことを……!」

 声が遠ざかる。

 

『転送を完了。ようこそ――』

 

 ――静寂。

 

 再生終了

 

 

 

 

音声データ3 20250806_08410.m4a

 

 再生開始

 

 激しい雨の音。

 

 『俺はここで聖堂騎士団の追手を片付ける! お前たちは先に女を連れてアゲントの隠れ家へ行け!』

 恐らく前の録音データの”赤髪の男”の声だ。

 雨音に負けないよう、叫ぶようにネビュラ統一言語で言う。

『了解しました。……ご武運を』

 

 雷鳴。

 

 『来い!』

 ガチャっと鎖が擦れるような音。

「っ! ……手荒いなあ。来いって言ってるんだろ? こんな得体の知れない所で逃げたりしないからさ」

 春華の声だ。

 いつもの軽口だが、その声には覇気がない。

 

『なぜオービスの女なんかを”聖地”に?』

『知るか。アリエス様の指示だ』

「いや参ったね……彼がいないと、いよいよ話も通じない。しかも、本当に聞いたこともない言語だ」

 春華の独り言。

 いや、ボイスレコーダーに向けて話しているのかもしれない。

『何を一人で喋ってる!!』

 鈍い音がし、直後にバシャっと水の中に倒れる音。

「ぐっ……はぁ……はぁ」

『おい、手荒なことはするなとの命だぞ』

『知るか! この女が勝手に転んだだけだ』

 

 『いけないねぇ。その方は”救世の巫女”……聖女様の御息女。くれぐれも丁重に扱うよう、ルカスからも命じられたはずだよ? それは女神に対する背信だよ』

 雨音の中をすり抜け、鼓膜にまとわりつくような男の声。

『リ……リブラ様!? なぜこのような所に……』

『聖堂騎士団に追われていると聞いたので、加勢に来て差しあげたんだよ。――ふーん?』

「……なんだい」

「……確かに、あの方によく似てるねぇ」

 リブラと呼ばれた男が流暢な日本語で言う。

「部下の非礼を詫びるよ。……傷を見せてくれるかな?」

 

「痛みが……引いて……」

「では、またいずれ”聖地”で。その時は、自慢の紅茶をご馳走するよ」

 

 『僕はルカスと合流し、騎士団(教会の犬)どもを殲滅するから。君たちは彼女を無事聖地まで送り届けてね』

 

 雨音が遠ざかる。

 

『ところで君、女神の命を聞けないなら、そんな耳――要らないよねぇ?』

 

 雨音が完全に、止む。

 

『え? ……あ……うがぁああああ!!!!』

 絶叫。そして水溜まりの中をのたうち回る音。

 

 静寂。

 

 雨音が戻る。

 

 再生終了

 

 

 

 

 

 

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