ネビュラ・ディバイド   作:ダデ丸

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第十九話 表 共犯者

 

 「お待ちしておりましたよ。一ノ瀬遼さん」

 

 その声に全身から冷たい汗が噴き出る。

 

 社から降りる山道を抜けた遼たち三人を出迎えたのは、聞き覚えのある粘着質な男の声だった。

 声の方に目をやると、その主と思しき白い法衣を身に纏った小太りの中年男性が笑みを浮かべて立っている。

 

 「初めまして。ワタクシ、星雲救世会の司教を務める北畠と申します」

 北畠の左右には黒いスーツ姿の男が三人控えている。

 

 武装しているかはわからないが、丸腰だとしても三対一で戦って勝つのは不可能だろう。

 ヒスイと燈を庇うように前に立ち、チラリと山道を振り返る。

 

 「おっと。山の中で鬼ごっこは勘弁願いたいですなァ。後ろのお二人を連れて逃げおおせようなど、不可能だとお分かりでしょう?」

 三人の男がジワリと間隔を広げ、遼たちを取り囲むように立つ。

「こちらとしても手荒なことはしたくないのです。大人しくついて来て下されば、用件が済み次第解放いたします。それに――」

 粘ついた視線がヒスイに向けられ、その肩が小さく跳ねる。

「お望みとあらば、そちらの方を故郷に帰して差し上げることもできますよ」

 ヒスイが息を呑む。

 遼もまた、呼吸を忘れて思考する。

 

 それはヒスイの悲願だ。

 それも、遼には叶える方法が見当もついていないものだ。

 ミラビリスは教団の目的は遼の中にある”鍵”だと言った。

 それさえ差し出せばヒスイをネビュラへ帰すことが叶い、遼ももう教団に狙われることがなくなるというのなら――

 

 「お断りいたします」

 ヒスイの凜とした声がその思考を遮った。

 それは初めてあの社で出会った時のような、神秘的な響きで真夏の空気を揺らした。

「遼」

 呼ばれるままに振り返る。

「あなたは姉君を、ご家族を取り戻さねばならないのでしょう。あのような甘言に惑わされてはなりません。ですから――」

 その手が遼の背中に触れた。

 

 刹那、その手が触れた点から何ものかが奔流となって流れ込む。

 それは血液のような、呼吸のような、粒子のような、あるいは光のように体内を駆け巡る。

 駆け巡りつつ、遼の中にあったものと結びつき、伝達し、伝播する。

 

 その奔流が脳に達した時――遼は()()()()()

 

 男たちは武装していない。

 立ち振る舞いには明確な隙がある。

 

 確信する。

 いや、これは確定した未来だ。

 

 そのイメージのまま、正面に立つ男の懐へと踏み込む。

 

 虚を突かれた男に対し、地面を踏み締めて突き上げるように掌底を放つ。

 掌底は的確に顎を打ち抜き、手のひらに顎の硬い感触が伝わる。

 そのまま砕いてしまうギリギリで止めると、男はもんどり打って倒れた。

 

 「この……!!」

 右側の男が叫びながら拳を振り上げる。

 大振りの拳を首を捻って躱し、その腕を掴み懐へと体を入れる。

 

 ――ここで、左の男が遼に向けて飛びかかってくるのも視えている。

 

 そこへ目掛けて右の男を背負い、投げる。

 

 二人の男は空中で激突し、重なり合うようにその場に崩れ落ちた。

 

 「ひ……ひィ!! く……来るな!!」

 北畠は三人の男を倒し、なおもにじり寄る遼に慄いている。

 

 「二人とも車へ!」

 遼の合図でヒスイと燈が車へと走る。

 

 もうこの先は視えない。

 

 この様子だと北畠には何もできないだろうが、男たちはすぐに動き出すだろう。

 遼は北畠を睨みつけると踵を返し、運転席へ走る。

「あなたたち!! 何してるんですか、逃げられますよ!!」

 その声でふらふらと立ち上がる男たちを尻目に、アクセルを踏んだ。

 

 「さっきのは……私に何をしたんですか?」

 後部座席にぐったりと身を預けているヒスイに問う。

「あれは……未来視です。視えた未来を、アニマを通して遼にお渡ししました」

 ヒスイが言葉を選びながら説明する。

「あの山に行ってから、あなたの中のアニマが増えたのを感じました。だから、できる気がしたんです」

 ネビュラの土壌に触れたことで、その中にあったアニマを体内に取り込んだということなのだろうか。

 

 「お陰でなんとか切り抜けることができました」

 もっとも、教団が本腰を入れて遼たちを捕らえようとするならばこんな付け焼き刃ではどうしようもなくなるだろう。

 

 アニマがエネルギーを消費したためか、低血糖の時のように手が震える。

 ヒスイが倒れた時のことを思い出す。

 やはり、未来視の力を使うことにリスクはある。

 それでも、教団は警察仕込みの体術一本で立ち向かえるような相手ではない。

 この力を上手く使う方法を考えなければならない。

 

「しかし……」

 言い淀む。

「良かったのですか? ネビュラに帰れたかもしれないのに」

 躊躇しながらも、自身の中の不安を吐き出してしまう。

 自分がネビュラへの帰還を邪魔してしまったのではないか、と。

「あのような者の言葉、わたしには真実だとは思えません。それに――」

 ルームミラー越しに目が合うと、ヒスイはそっと目を逸らした。

「わたしは、あなたと約束したのです。ネビュラに帰して、と」

 エアコンが大きな音を立てる。

「そして、帰るのは遼の願いが叶ってからと、そう決めています。わたしたちは――」

 この関係を言い表すなら、どんな言葉が最も似合うだろうか。

 

 自らの願いのため、手を組み神に叛逆する。

「――”共犯者”、ですからね」

 遼が思いついた中で、一番しっくりくるのはこの言葉だった。

「きょ……共犯者? なんか、悪い人みたいですね……」

 ヒスイは困惑しているようだ。

「そうですね。でも、それでいいじゃないですか」

 いつになく力の抜けた遼の言葉に燈が微かに笑う。

 

 それぞれの目的を果たすための協力関係。

 そこから始まり、でも今はもうそれぞれの目的は互いの願いになっている。

 

 だから、この先に何が待っていようが”共犯者”とともに進むと胸に決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

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