ネビュラ・ディバイド   作:ダデ丸

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第二十話 裏 過去、あるいは未来からの招待

 

 緩やかな丘陵を登り切ると、その先に森と溶け合うように白亜の大都市が広がっていた。

 

 公都アルヴヘイム。

 エルフィリア森林公国の首都にして最大の都市だ。

 水と森、そして高度な建築技術が融合したその街並みはネビュラ(いち)の美都とも称される。

 

 「あれが公都か……」

 その景色に景真は圧倒されていた。

 ゴンドやアゲントは変わったところはあれど、どこか地球(オービス)における古い街並みの延長線上にあった。

 しかし、目の前に広がるこの都は完全にその範疇の外だ。

 自然と人工物が違和感なく調和し、あたかも最初からそうあったかのように存在している。

 

 中でも目を引くのはその都市の中心に立つ数百メートルはあろうかという巨大な樹と、それと混ざり合うように建つ白く荘厳な宮殿だ。

 巨大な枝葉と白い尖塔が絡み合って天を衝く様は、多頭の龍が空へと昇る様を思わせる。

「あれがアルヴヘイム宮」

 揺れる荷馬車からコハクがその宮殿を指さす。

 景真はバックパックからカメラを取り出すと夢中でシャッターを切った。

 もし無事に地球へ帰りこの写真を公開したとして、誰が本物だと信じてくれるだろうか。

 

 「兄さん、姐さん、ここでお別れだ」

 公都の入り口にある広場でオウカが手を差し出す。

「商売が上手く行ったのも、人助けができたのもあんたらのお陰だ」

 その手を握って言う。

「こちらこそ、オウカたちのお陰で無事、ここまで来られた」

「商いはギブアンドテイクが原則だ。その原則を守っている限り、俺とあんたは商売仲間だ。だが――」

 オウカがニヤリと笑う。

「友人とあらば損得勘定など不要だ。困りごとあらば気兼ねなく言ってくれ」

「ああ。そっちもな」

 オウカら景真の言葉に無言で頷くとその手を離し、荷下ろしをする行商隊員たちの元へ去って行った。

 

 「私たちも行こう、ケーマ」

「ああ」

 景真たちが立ち去ろうとすると、荷下ろしをしていたマツリカがそれに気づいて大きく手を振る。

「兄さん、姐さん! またねー!」

 マツリカの華やかな声が広場に響き渡る。

 それに手を振り返して二人は広場を離れた。

 

 街の中は外から見るよりもさらに幻想的だった。

 森の中を歩いているかのように錯覚するほど、あちらこちらに樹が生えているにも関わらずなぜか暗くない。

 建ち並ぶ家々は白を基調としており、中には巨木をくり抜くように建てられているものもある。

 

 街を縦横に流れる川は都市河川とは思えないほど澄み渡り、その中を気持ちよさそうに泳ぐ魚がはっきりと視認できた。

 

 すれ違う人々は明確に他の町とは異なる。

 獣の耳ではなくヒト族と同じ位置に毛のない長い耳を持つ者――エルフ族の割合が明らかに多い。

 

 他の町ではエルフ族にはほとんどお目にかからなかった。

 コハクが言うには、エルフを含む長命種は基本的に繁殖能力が乏しくそもそもの人口が少ないらしい。

 そして彼らエルフ族はこの国において、貴族として君臨している。

 

 先を行くコハクについていくと、大通りから少し外れたところに佇む一軒の家の前に着いた。

 他と同じく白を基調とし、翠色の屋根を被った小さな家だ。

 木漏れ日の中に浮かぶその家に近づくと、コハクは荷物の中から小さな鍵を取り出した。

 

 「この家は?」

「ここは、お母さんの家」

 母親の生家、という意味だろうか。

 ドアの鍵穴に差し込まれた鍵が回ると、カチャリと音がしてドアが開く。

「じゃあ、公都じゃ宿の心配をしなくていいってことか」

「うん。……前に来てからそんなに経ってないのに、もう埃がこんなに……」

 コハクがけほけほと咳をしながらテーブルの埃を払う。

「じゃあまずは大掃除といくか」

 腕まくりをしながらそう言うと、コハクが心配そうに見上げてくる。

「疲れてない?」

「ずっと馬車で揺られてたからな。尻が痛くて立ってる方が楽なんだ」

 冗談めかしてそう答えるとコハクがクスリと笑う。

「じゃあやっちゃおうか。水を汲んでくるから窓を全部開けておいて」

「わかった」

 軋む階段を上り二階に向かう。

 二階にはベッドが二つ並ぶ寝室と、その向かいに小さな子供部屋があるだけだった。

 

 まずは子供部屋に入る。

 陽光に照らされた室内には、小さな机とベッドがあるばかりだった。

 壁に目をやると古びた絵が立派な額に入れて飾ってある。

 翠の屋根の――この家だろうか。

 それを背後に立つ二人の人物が描かれたその拙い絵は明らかに子供の手によるもので、このような立派な額縁はどこか不釣り合いに思えた。

 

 家の裏手に当たる寝室の窓を開け放つ。

 眼下の泉から水鳥が一斉に飛び立ち、森の中のような清浄な空気が部屋へと流れ込んだ。

 窓の外には絵画を切り取ったかのような景色が広がっていた。

 新緑の樹々に囲まれた小さな泉は、透き通る水と静謐な空気を湛えている。

 

 その景色にしばらく見惚れていたが、深呼吸をすると()()()を握り締め気合を入れる。

「よし、やるか!」

 

 一通りの掃除が終わった頃には、街は茜色に染まっていた。

 

 

 

 

 長旅からの大掃除で疲れ果てた二人は余らせていた糧食で簡単な食事を摂り、椅子に身を預けて放心していた。

 

 静かな夜だった。

 

 聞こえてくるのは虫と夜鳥の声、それと木々のざわめきばかり。

 開け放した窓から夜風が吹き込み、優しく頬を撫でていく。

 

 穏やかに流れていく時間に空穴も、女神殺しの依頼も、異端者も何もかもが悪い夢だったかのように思える。

 

 ――コンコンコン。

 

 不意にドアがノックされ現実に引き戻される。

 コハクと目を見合わせるが、心当たりはないという風に首を横に振る。

 

 二人は静かに立ち上がると、ゆっくりと階段を上がった。

 廊下の窓から玄関を覗くが、人影はない。

「玄関の鍵は?」

「かけてある」

 足音を殺して寝室に滑り込み、ドアを閉じて耳を澄ませる。

 

 ドアの向こうは無音だった。

 

 「明石景真とコハクだな」

 

 突然背後から声が響く。

 

 呼吸が止まり、心臓が大きく跳ねる。

 思わずドアノブを回し、二人揃って廊下に転がり出た。

 

 半狂乱で寝室に視線を走らせると、そこに立っていたのは黒いマントを羽織りフードを被った人影だった。

 

 この出立ちで襲ってくる相手など、思い当たるものは一つしかない。

「異端者……!」

 まだ暴れている心臓を抑えつけ懐の短刀を抜き放ち、その人影に向ける。

 だが、その人影は「敵意はない」と示すように両手を挙げた。

「……驚かせてすまない。ノックをしたのだが返事がなかったので、つい窓からお邪魔してしまった。無礼を許して欲しい。誤解があるようだが私は異端者ではない」

 人影がフードを脱ぐ。

「私はメノウ。我らが長の命で、あなた方を迎えに来た。どうか一緒に来て欲しい」

 女が艶やかな黒髪を靡かせ、吸い込まれるような瞳で景真たちに手を差し伸べた。

 

 街の一角。

 小さな橋の下に黒々と人一人が這って通れるほどの穴が開いている。

 川魚が跳ね、その音にコハクの肩が小さく揺れた。

「さあ、入ってくれ。狭いところで申し訳ないが」

 メノウと名乗った女が先に穴を潜り、ランプに火を灯して足元に置く。

 入り口は狭いが、中は立って歩ける高さがあるようだ。

 

 メノウの言うことを信じるか、葛藤はあった。

 一緒に来るよう要請してきたメノウは、二人で相談させて欲しいという景真の言い分を快く受け入れた。

 そして二人が相談している間も、ただ静かにそれを見守っていた。

 その様子がどうしてもこれまでに遭遇した異端者のそれと一致しなかったのだ。

 そもそも、彼女がもし異端者なら景真たちはすでに逃げ場を失っているだろう。

 

 土壁の地下道には湿り気を帯びた匂いが立ち込めている。

「あんたの長ってのは何者で、あんたたちは何者なんだ?」

「すまない、私からはそれを説明できない。全て長の口から聞いて欲しい」

 景真に振り返り、申し訳なさそうにメノウが言う。

 

 地下道をしばらく歩くと、目の前に金属製の重厚な扉が現れた。

 

 「この先に長がいる」

 メノウがドアを七回、不規則なリズムで軽く叩くとガチャリと錠が外れる音が響いた。

 それを受けて扉を押すと、金属の軋む音を残して重々しく開く。

 

 メノウを先頭にドアをくぐる。

 中はちょっとした会議室ほどの広さの部屋になっていた。

 部屋の中にはランプが等間隔で置かれ静かに部屋を照らしているが、見慣れたオイルランプと違い灯が揺らがない。

 

 縦長の部屋の左右にはメノウと同様に黒いマントを羽織った人影が……七人、居並びこちらに品定めをするような視線を向けているのがわかる。

 身長や体格はまちまちだが、みな一様にフードを被っているため性別や種族はわからない。

 

 その一番奥、大きな椅子に座る男。

 あれが()だろうか。

 その男だけはフードを被らず、顔を晒している。

 明かりに照らされたその顔には深い皺が刻まれているものの、その眼には精悍な焔が静かに揺れている。

 

「よく来てくれた、景真。そして……久しいな、コハク。とは言え四百年ぶりだ。さすがに覚えてはいないか」

 低いが、明瞭な声が響く。

 コハクが息を呑む気配。

 男は腰に差した日本刀のような拵えの剣を押さえ、白いマントをはためかせて立ち上がる。

 マントの中、胸元には小さなロザリオが輝いている。

 

 そしてマントの肩には――竹丸に桐の紋が入っていた。

 

 「(ジュス)……()?」

 

 コハクの震える声が、地下の空気を静かに揺らした。

 

 

 「ジュスト? あんたが明石全登(あかしてるずみ)だって言うのか?」

 

 思わず声を上げた声が地下室に響き渡った。

 黒マントたちの視線がより強く景真に注がれる。

「コハク、あいつは本当に明石全登なのか?」

 その問いに、コハクは男を凝視してから慎重に言葉を選んで答える。

「……わからない。でも、記憶の中のジュストと、同じ」

 

 そんなはずがない。

 全登が大坂夏の陣の最中姿を消し、ネビュラに飛ばされたのは四百年も前の話だ。これは以前聞いたコハクの話とも時系列が一致している。

 だから、地球(オービス)とネビュラで時間の流れにズレがあるはずがない。

 ならば地球人である全登が四百年以上の間、生き永らえていたことになってしまう。

 

 「景真、お前が抱いた疑問は至極真っ当だ」

 男が白いマントを靡かせ、三歩前に歩み出る。

 まだ距離はあるにも関わらずその圧に押されるように景真は半歩、後退りした。

「左手の()()は、お前にどこまで話した?」

 思わず自らの左手を見る。

 巨大空穴の出現を告げたあの時から沈黙を続けている、その左手を。

「なぜ……ミラのことを?」

「ミラ、と名乗ったか。知っているさ。お前よりもよく、な」

 そう答え、再び椅子に腰掛けた。

 肘掛けに腕を置き、頬杖をつく。

 

 「ミラビリス。それが、そいつの真の名だ」

「ミラビリス……」

 ラテン語で奇跡を意味する単語だ。

 ミラは自らを女神の第三の翼、神話における奇跡を司る存在だと名乗った。その名はそのままの意味だったということか。

 

 だが、ここで新たな疑問が生じる。

 なぜその名が、地球の言語に由来しているのか。

 

 「それで、なぜあんたが明石全登なんだ? だったら、未だにこうして生きているのはおかしいだろ」

 これはこの男の正体を見極めるためには避けられない問いだ。

 だが男は一分の動揺も見せず、悠然と口を開く。

「それは俺が、ミラビリスと契約を交わしたからだ」

「契約?」

女神(オルフェナ)を滅ぼす。その尖兵となる契約だ。俺はその契約に生かされている。いや……縛られていると言うべきか」

 

 また()()だ。

 この男もまた、自身と同じようにろくに理由も告げられず女神殺しを命じられたのだろうか。

 そして四百年という人の身に余る……いや、精神すら耐えられるかわからぬ長い時を生かされてきたというのか。

 ――景真にもまた、同じ運命を課そうとしているのだろうか。

 

 「なんでミラは……ミラビリスは女神を殺そうとしてるんだ? この世界は、まあ……厄介な連中もいるけど大体平和じゃないか。問題は”異端者”どもなんじゃないのか?」

「その”異端者”こそが、女神の手足だ。女神を滅ぼさねばならない理由は連中が危険だからなどではない」

 男の目が鈍く光る。

「それを説明するには、一万一千年の過去……あるいは、二十二年後の未来の話から始めねばならん」

 パチン、と男の指が鳴る。

 すると低く地鳴りのような音がし、揺らぐことなく部屋を照らしていたランプが消えた。

 代わりに部屋そのもの――空間が光を孕んだ。

 この光には覚えがある。

 富士山麓の教団施設地下で見た光だ。

 

 『ここからは私、旧、四番艦及び環境管理AIミラビリスがご案内いたします』

 その声はミラのそれとはまた違い、落ち着いた、柔らかな声だった。

 しかし、柔らかでありながら音源がどこにあるかはっきりせず、空気をそのまま振動させているようなその声は、脳を直接揺らされているような気持ち悪さを景真たちに与えている。

 

 『全ての始まりは11371年前。西暦2047年のことです』

 

 今、心の準備も成せぬまま真理の扉が開こうとしていた。

 

 

 

 

 

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