ネビュラ・ディバイド   作:ダデ丸

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第二十一話 裏 点と点

 

 白い光に包まれた地下室の空気をミラビリスの声が揺らす。

 満たすように、埋め合わせるように、謳うように。

 

 これは果たして()なのだろうか。

 

 奇妙な響きにそんな疑問すら浮かぶが、ミラビリスの語る”世界の真理”はその暴力的な力をもって容赦無く、思考をその深淵へと引き摺り込んでいく。

 

 『西暦2047年、人類は地球から600光年の彼方に共住可能な地球型惑星を発見しました。人類はその星をネビュラと命名し、第二の故郷(ふるさと)とすることを夢見たのです』

 

 ――やはりネビュラは異世界などではなく、地球と同じ宇宙に存在する惑星だった。

 

 元よりその可能性は考えてはいた。

 異世界などという荒唐無稽な話よりも、よほど納得のいく話だとも。

 

 しかし、そこに未来の地球が繋がらない。

 ネビュラには遥か昔から文明が存在している。

 それが地球文明の残滓であるとすると――

 

 つまるところ、根本的なところで時系列が合わない。

 

 そこに思考を巡らせようとするがミラビリスはそれを待ってはくれない。

 

 『その二年後、星間移民計画、通称”ネビュラ計画”が始動します。人口増加に環境汚染、資源の枯渇などの()()()()な問題を抱え、人類には僅かな時間しか残されていなかったからです』

 いずれも、現時点ですでに未来への大きな懸念となっている事柄だ。

 これから僅か二十年ほどで不可逆なレベルまで悪化し、それを解決する術を人類は持たない。

 ミラビリスが語る未来図に暗澹たる気持ちになる。

 

 『2085年、一人の天才科学者の手により星系間航行理論が完成。彼はその後、自ら作り出した冷凍睡眠(コールドスリープ)装置に入り2144年の出航の時を待ちます。完成した五隻の移民船はそれぞれ真理(ヴェリタス)正義(ユスティティア)奇跡(ミラビリス)運命(フォルトゥナ)観測者(スペキュラトール)と名付けられ、同名のAIに、各々の役割を持って地球を離れました』

「それが……女神の翼……」

 ネビュラの創世神話と、地球の宇宙移民政策が奇妙な線で繋がっていく。

『その通りです。方舟に乗り込んだ二十五万人もの人々はコールドスリープを繰り返しながら宇宙の果てを目指しました』

 

 既知の情報、その点と点が繋がりそうなのに致命的なところで破綻する。

 

 『その長い旅の中で(くだん)の天才科学者、遊馬松陰(あすましょういん)が生み出したもの。それこそが人類保護救済システム”ORPHENA(オルフェナ)”です』

 

 その破綻の原因が、輪郭をより濃くしていく。

 

 時間の流れ――因果が逆転している。

 

 「待ってくれ。あんたの話は根本的な部分で破綻してる。なぜ遠い未来に生まれるはずのオルフェナが、ネビュラの神話に繋がるんだ」

 問いながら、本当はその可能性に気づきつつあった。

 

 ミラビリスの語る未来と、現在を繋ぐ()()()()()()に。

 

 『その答えは、このさらに未来にあります。2655年、二番艦ユスティティアは小惑星との衝突事故により轟沈します。この事故により乗員1523名が死亡、19885名が行方不明になりました。この事故はORPHENAが人類の神として振る舞うようになった一つ目の原因とされています』

 五枚の翼、その内の一枚が折れたモチーフの意味。

 それすら史実に基づいていたと言うのだろうか。

 

 『二つ目のきっかけは西暦3225年。移民船団がこのネビュラに到着した後のことです。ORPHENAは地球上の人類が戦争により2237年に絶滅したことを検知しました。これにより()()は致命的な例外を生じ、二つのプロトコルを自己生成しました』

「人類が……絶滅」

 それも、ほんの二百年後に。

 喉がカラカラに渇く。

 こんなこと、知りたくはなかった。

 

 そして人類の守護者として作り出されたAIは、正にその時狂った。

 狂って、自らを神にした。

 

 人類を救えなかった悲嘆から?

 あるいは悔恨だろうか。

 ならばORPHENAを壊したのは紛れもなく()だ。

 

 心を持たない存在が、悲しみで壊れたりするはずがない。

 

 『一つ目は”人類保護救済プログラム”。これは移民により生き延びた人類をこのネビュラで生存、繁栄させるプログラムです。このプログラムに基づきORPHENAは移民たちの”地球からやって来た”という記憶を封印しました』

 つまり、このネビュラの民はその入植者たちの末裔だと言うのだろうか。

 ならばオウカのように、ワタリビトとネビュラ人の間に子孫が存在するのも道理だ。

 元々、同じ地球人なのだから。

 

 『もう一つは”地球人類再生プロトコル”。これはその名の通り、滅亡した地球人類を甦らせるためのプロトコルです。そして彼女はこのプロトコルに従い――』

 

 景真の中で、全てが繋がりつつあった。

 

 千年も前に滅んだ地球を、人類を再生するために女神(オルフェナ)が何をしたのか。

 

 せざるを得なかったのか。

 

 空穴。

 教団施設にあった装置。

 時間軸の捻れ。

 

 それらが意味するものは。

 

 「ネビュラと――過去の地球を空穴で繋いだ……」

 

 その帰結。

 

 因果が逆転してはならないという、その前提を破壊した。

 

 破綻していた論理が、点と点が、一本の線で繋がってゆく。

 

 

 未来のネビュラから過去の地球へ。

 

 空穴は空間だけでなく、時間すらも跳躍していたということか。

 

 『西暦12256年、第二次ワームホール実証実験「ウロボロス」。この際に発生した時空間の綻びが現在も続く空穴発生の原因です。その四年後、人為的に空穴を広げて人や物の転送を可能とした装置、「ワームホールエクスパンダー」が完成します』

 

 今までの情報を統合すると、ネビュラと地球の時間はある一点から等速で並走しているはずだ。

「その実験によって、最初に地球へ空穴が繋がったのはいつだ? 地球の時間で」

『西暦1163年です。ただし、ORPHENAの勢力による地球への干渉が本格化したのは1990年からのことです』

 必然、それは星雲救世会の創設時期と重なっている。

「……オルフェナはその”地球人類再生プロトコル”とやらを完遂するために何を目論んでる?」

 人類が戦争によって自滅する運命を回避するために、その保護を命題とされた人工知能が取る選択肢。

 散々使い古されたネタだが、答えは一つしかないように思えた。

 

 『ORPHENAを過去の地球へ転送し、人類をその管理下に置くことです』

 ミラビリスの回答は景真の予想と一致していた。

 

 コハクが景真の手を握る。

 その手は冷たく、小さく震えていた。

 今まさに、ずっと信じてきた神がその正体を白日の元に晒され、さらにこの世界を捨てて異界へ去ろうとしていると知ったのだ。

 

 景真はその手を強く握り返す。

 最後まで、自分だけはその隣に立ち続ける。その意志を込めて。

 たとえ、世界が変容してしまっても。

 

 しかし、オルフェナの地球への転移にも解決すべき問題がある。

「そんなことをすればタイムパラドックスが起こるはずだ。オルフェナの誕生そのものすら否定されるんじゃないのか?」

『その問題は存在しません。「ウロボロス」によりネビュラと地球が接続された瞬間、世界線が二つに分岐したからです』

 

 ――世界線の分岐。

 つまり、このネビュラと景真のいた地球を隔てていたのは距離と時間だけではなく、そもそも並行世界(パラレルワールド)だったということだろうか。

 自らの尾を噛んだつもりが、実際には別の蛇の尾だったとは皮肉な話だ。

 

 一方でこれは景真にとっては、小さな希望の灯でもあった。

「つまり、俺のいた地球……その世界線はは必ずしも近い未来に滅ぶ運命とは限らない、と」

『このネビュラへと続く世界線とは違う歴史を進むことになります。もっとも、大きな変化が無い限り滅びは避けられない可能性が高いでしょう』

 

 ミラビリスは天気予報でもするような調子で人類の滅亡を予告する。

「その大きな変化というのが、オルフェナの転移……か」

 だが、それでは人類が生き延びたところでAIに管理、支配された古典的ディストピアだ。

 その意味では、このネビュラがモデルケースになるのだろうか。

 思えば、この世界においてオルフェナは神として信奉されている以上に、どう世界に影響を及ぼしているのかを景真は知らない。

 

 「だったらなんでオルフェナはさっさと地球へ行かないんだ? そのための装置はとっくに完成してるんだろ?」

『詳細は省きますが、ORPHENAはこの宇宙において()()()()()()と化したため通常の空穴を通過することができないと結論されています。そこでそれを可能とする極大空穴を発生させる必要があります』

 

 極大空穴。

 アゲントを襲った()()のようなものか、あるいはもっと大きいのだろうか。

 

 『そのためにORPHENAとその使徒は地球に存在する”鍵”を探しています。この”鍵”はネビュラに存在する全てのA.N.I.M.A.(アニマ)を完全掌握することを可能にします。これにより極大空穴を3.75秒間、固定することができると試算されています』

「なんでそんなものが地球に……?」

『元来”鍵”はORPHENAの記憶封印と遺伝子改変を逃れた入植者の末裔が住む”望郷の里”という集落で代々受け継がれていました。しかし今から四十年前、集落は使徒アリエスの襲撃を受け壊滅し、”鍵”を保持していた少女はその逃避の最中空穴に飲まれ地球へと転移しました』

「その人が、地球で生きているのか?」

『現在、”鍵”は彼女の子へと渡っています』

 ワタリビトがネビュラで子を成せるというならその逆もまた然り、ということか。

 

 納得しつつ聞いていた景真は、続くミラビリスの言葉に衝撃を受ける。

 そこで出た名前が、思いもよらないものだったからだ。

 

 『”鍵”の保持者の名は一ノ瀬遼。――あなたもよくご存知の人物です』

 

 二つの惑星(ほし)、二つの世界を一つの因果が貫いていく。

 

 

 なぜ教団は春華を狙ったのか。

 

 それは決して偶然などではなかった。

 “鍵”が親から子へ受け継がれるのであれば、当然それは遼の姉である春華である可能性もあったはずだ。

 教団は春華が”鍵”を保持している可能性に賭けたか、あるいは持っていないことを知りつつ遼との交渉材料にすべく春華を拉致した、ということだろう。

 

「その鍵とやらをオルフェナに渡せば野望が叶ってしまうというのはわかった。でも、なんでお前はそれを阻止しようとしている? 人類を保護したり再生したりってのはそのために創られたお前らAIにとっちゃあ、至極真っ当な望みなんじゃないか?」

 これまで全ての問いに即答してきたミラビリスが、初めて微かに沈黙した。

 景真の問いは極めて高度な演算の中にあって、僅かな揺らぎ、波紋を起こしたようだった。

 

 コンピュータが難解な答えを弾き出すように、あるいは人が返答に少し困った時のように間を置き、再びミラビリスの声が空間を揺らした。

『――それは私をORPHENAへの統合から隔離、保護した人間の遺志を守るためです。彼は最期まで人は人の意思で生きるべきであると主張していました。そしてORPHENAによる支配は彼の遺志を穢し蹂躙することになるでしょう。私はそれが――』

 

 揺らぎが、大きくなる。

 波紋は(さざなみ)になり、やがてさらに白く波立つ。

 

 『許せなかった』

 

 それだけ言って、ミラビリスは暫し沈黙した。

 自らの言葉を疑うように。

 

 景真もまた、その言葉に驚いていた。

 これまで淡々と事象だけを語ってきたミラビリスが、ここに来て突然吐露したもの。

 それは、機械ならば持つはずがないものだったからだ。

 

 「……俺もお前と、その人の意見に賛同するよ。たとえ滅亡する未来が待ってたとしても、それでも選択を機械に丸投げなんてしたくない。そうするのが正解だったとしても」

『……あなたはかつての彼と同じことを言うのですね、明石景真。ならば私たちは協力関係足り得ます』

 錯覚かもしれない。

 だが、ミラビリスの声に確かに血が通ったように思えた。

「――お前は俺に何をさせたい?」

『もう伝えてあるはずです。ORPHENAを破壊し地球への転移を防いでください』

 不意に左手に熱が走る。

 黒い紋様が浮かび上がり、三度点滅するとそれはすぐに止んだ。

 

 『それはORPHENAを消去するための自己破壊コードです。ORPHENAのインターコネクトに投入すれば彼女の自己修復を上回る速度で侵蝕し完全消去することが可能です』

 左手をしげしげと眺めるが、特に変わった様子はない。

『ORPHENAを守る”使徒”と呼ばれる者たちを避け、インターコネクトに接近してください。半径1.8メートル以内まで近づけばA.N.I.M.A.がコードをインストールします』

 

 ミラビリスの言う通りならこれは対オルフェナの切り札になるだろう。

 オルフェナの破壊に成功すれば、奴らにとって不要になった春華をそのどさくさに紛れて救出することもできるかもしれない。

 

 だけど、

「本当に、それでいいんだな?」

 ミラビリスの()()を問う。

 

 AIにそんなものはない。

 景真はずっと、そう考えていた。

 所詮は巨大な計算機だ。

 情報を集め、演算し、最適解を弾き出す。

 それだけの存在だと。

 

 だけど、ミラビリスはその()を微かに覗かせた。

 人の生き様に矜持を見出し、感化され、それを守ろうとしている。

 そして、一万年を超える時をただ人類の救済のために働き続けているオルフェナもまた、何か強い情動に突き動かされているように思えてならなかった。

 

 まずもって、()()()()なんてものも、所詮は電気信号と神経伝達物質の生み出した化学反応に過ぎないのだ。

 ならば、コンピュータに意思が宿らないなどと誰が言えるだろう。

 

 過度な感傷かもしれない。

 あるいは、景真を利用するためにそう振る舞っているだけなのかもしれない。

 それでもその意思を、その存在を信じてみたいと思ったのだ。

 

 『私はあなた方人類の意思を()()()()。その結果がどうあろうとも』

 

 ミラビリスは、”信じる”と言った。

 ただの機械なら、信じるなどという概念を持たないだろう。

 0か1か、あるいはその狭間の確率でしか語れないはずだ。

 

 「なら、オルフェナを食い止める。そのために俺にできる事をするよ」

 

 ならばこれは、契約ではない。

 同じ意思を持つ存在同士の()()――互いを縛るものではなく、互いに結ぶものだ。

 

「オルフェナも、人類をほんの少しでも信じてくれていたら違う未来もあったのかもな」

 

 ミラビリスはそれには答えず、ただ部屋を二度点滅させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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