ネビュラ・ディバイド   作:ダデ丸

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第二十三話 裏 二つの世界の狭間で

 

 「ところで」

 

 オウカの行商隊(キャラバン)が駐留している広場へ向かう途中、メノウがやにわに口を開いた。

「あなた方は(つがい)なのか?」

 一瞬その問いの意味が理解できず、歩きながらその言葉を咀嚼する。

 これを聞かれるのはガルス村以来だろうか。

「……俺たちは旅の連れであって、そういうのとは違うよ」

 あの時と同じように否定する。

 コハクは何も言わずただ、尻尾をゆっくりと一度だけ回転させた。

「違うのか? お二人は互いを信頼しているだろう? だから、てっきりそうなのかと思っていたが。無礼を許して欲しい」

 メノウは景真たちを向き、深く頭を下げる。

 彼女はちゃんと街並みに溶け込む気があるのだろうか。

 

 「だが、いずれにせよ羨ましく思うよ」

 再び歩き出したメノウがボソリとこぼす。

「共に歩める相手がいるというのは」

 言葉の通り、その声には羨望の色が滲む。

「”第三の翼”の連中は違うのか?」

 メノウは少し考えてから答える。

「…… 彼らは戦友だ。今は同じ目的――救世教との戦いのために共にいるが、もしその戦いが終われば二度と道が交わることはないだろう」

 

 それはきっと、自分たちも同じだ。

 春華とコハクの母。

 それぞれを取り戻すことが叶えば、景真はオービスへ帰り、コハクはこのネビュラで母がいる日常へと戻っていくのだろう。

 

 チクリと胸が痛む。

 その痛みから目を逸らし、足を前へと進める。

 

 

 荷馬車の周辺にオウカの姿は見当たらなかった。

 数名の隊員が周囲を見張り、十名程度が荷を下ろしたり積み込んだりしている。

 その中の一際小さな人影がこちらに気づくと、元気よく手を振りながら近づいて来る。

 

 「兄さん、姐さん! どうしたんスか?」

 マツリカのよく通る声が広場に響き渡る。

「ん? そっちの綺麗なお姉さんは? ……いやはや、兄さんも隅に置けませんな」

「なっ! 私と景真殿はそのような関係ではない!」

 ニヤケ面のマツリカに顔をまじまじと覗き込まれたメノウが慌てふためいている。

 ついさっき、人にはあんな質問を素面(しらふ)でぶつけておいて自分のこととなるとまるで耐性が無いようだった。

「マツリカ、オウカはどこだ?」

 そのやり取りを無視して本題に移る。

「兄貴なら公爵閣下に会うってので、仲立ちしてくれたルブルム商会に行ってるスよ。……そろそろ戻って来る頃合いかな」

 マツリカが空を見上げて言う。

 どうやら全登の言っていた、オウカが公爵への謁見を取り付けたというのは事実だったようだ。

「行き違いになってもあれだな。ここで待ってもいいか?」

「もちろん! あ、公都名産のアペロがあるッスよ。よかったらお二人も」

 そう言うと、マツリカは一っ飛びで胸ほどの高さの荷台に飛び乗る。

 籠の中を漁る橙色の林檎のような果物を三つ、荷台の上から差し出した。

 三人で目を合わせてからそれを受け取ると、マツリカは「にひひ」と笑い、猫のような静かな着地で荷台を飛び降りた。

 マツリカが手振りで食べるよう促してくるのでそのまま皮ごとかぶり付く。

 シャクリとした歯応えはやはり林檎のそれによく似ている。

 味は林檎のようでもあり、梨のようでもあるが、その酸味はどこか柑橘を思わせた。

「美味い!」

 メノウが声を上げ夢中で果実を齧り、コハクもまた尻尾を振りながら食べている。

 景真はと言うと、普段食べていた果物と比べると甘さが物足りない。

 だけど何か無性に元いた世界を思い出す、そんな味だった。

 

 「お二人さんじゃないか。どうしたんだ?」

 四人でアペロを食べながら雑談していると程なくしてオウカが戻ってきた。

「オウカ。ちょっと頼みがあって来たんだが……」

 オウカはメノウの方をちらりと見る。

「……わかった。場所を移そうか。マツリカ、また少し外す。ここは任せたぞ」

「了解ッス!」

 オウカは首を振ってついて来るよう促し歩き始め、三人はその背を追った。

 

 「アペロはどうだった?」

 無言で前を歩いていたオウカが突然言う。

「ん? ああ、美味かったよ」

「爺ちゃんの好物だったんだ。言っただろ? ワタリビトの」

「……そうか、確かにどこか懐かしい味だったかもな」

 オウカは振り返りもしなかったが、その背が微かに笑った気がした。

 

 

 

 オウカに連れて来られたのは、宮殿と見紛うほどの立派な宿だった。

 

 外観も内装も白で統一され豪奢な調度品で完璧に調えられている。

 オウカはその中を堂々と歩き、階段を上り、ある部屋の前で立ち止まると鍵を取り出した。

 

 ドアを開き、三人を中へと招き入れる。

 

 そこに広がっていたのは、正しく王族の寝室だった。

「アゲントの宿が霞むな……」

 ぽかんと口を開けて高い天井を見上げていたコハクもこくこくと頷く。

 メノウに至っては宿に足を踏み入れた時からずっと絶句していた。

 

 「勘違いしないでくれ。これは儲かったからでも図に乗ってるからでもないぞ。……貴族と付き合うとなると色々面倒なんだ」

 弁明のようにも聞こえたが、その声には疲労の色が滲む。

「商人連中と腹の探り合いをしてた方が遥かにマシだ」

 オウカはそう言うと、玉座の如き椅子にどっかと腰掛け、重厚なテーブルを挟んだソファーに座るよう促す。

「で、だ。朝から俺のところに来たのには事情がある。しかも退っ引きならないやつが」

 景真は膝の上に置いた拳を握る。

 その中でじわりと汗が滲んだ。

「……単刀直入に言う。俺たちも公爵に会わせてくれ」

 意を決して言うと、オウカは拍子抜けしたように目を丸くしている。

「そんなことか。――そもそも俺が謁見を取り付けたのもあんたらが同席するのが条件だった。だから今日、使いを寄越す予定だったんだ。マツリカだけどな」

 公爵が景真たちに会いたがっている、ということだろうか。

 これは願っても無い話だったが、とは言え公爵に要請する内容がオウカのそれと競合することに変わりはない。

 

 「あんたらは公爵に何の用だ?」

 オウカの目が景真の腹の中を探るように鋭く光る。

「それは……」

「俺が公爵に謁見を取り付けたことをあんたらが知るはずがない。なのに今日、あんたらは迷いなく俺の所にやって来た。それに――」

 その視線がメノウに向く。

「あんた、見知らぬ顔だが只者じゃあないな」

 メノウは一切動じずその目を見つめ返している。

 

 いずれにせよ、目的を隠し通すことなど叶わない。

「オウカ、俺たちは公爵に軍を動かすよう要請するつもりだ。異端者と、戦うために」

「……俺が何をしに行くかは?」

「アゲント復興のための人員派遣要請だ」

 オウカは深く息を吐く。

「それを知りながら、あんたらは()()を通そうと言うんだな」

 その声は静かだった。

 だが、確かな怒気を含んでいる。

「オウカ、俺たちは――」

「あんたらが救った命が助けを待ってる。このまま手をこまねいていればすぐに冬が来る。そうなれば家を失った難民たちは少なからず死ぬ。それを見殺しにしろと言うならなぜあの時救った?」

 

 返す言葉も無かった。

 全部わかっていたことだ。

 オウカが難民のために動いていることも、オルフェナを倒すという目的がこの世界で歓迎されるはずもないことも。

 唯一、ネビュラ救世教とそれと一体のフォボス商会は脅威足り得るだろう。

 それでも、「すぐに倒さなければ世界が滅ぶ」というような喫緊の脅威ではあり得ないのだ。

 

 救世教に囚われているであろう春華の救出。

 地球に顕現して人類を管理せんとするオルフェナの野望の阻止。

 

 どちらもこの世界の人間にとって、文字通り()()()な話なのだ。

 

 「オウカ」

 沈黙を破ったのはコハクだった。

「オウカの言うことは正しい。私たちにはアゲントの人たちを助けた、その責任がある。それでも――」

 その手が、膝の上で握りしめた景真の拳に重ねられる。

「もう前に進むしかない。勝手なのはわかってる。けど、異端者を倒さないと取り返しのつかないことになる」

 これは事実だ。

 ただし、取り返しのつかない事態に陥るのはこの世界ではない。

「それは、未来を視たのか?」

「……そう」

 尻尾の先端が小さく震えている。

 これは嘘だろう。

 それは景真が知る限り、初めて聞くコハクの嘘だった。

 そしてその嘘は、景真のために吐かせてしまった嘘だ。

 慚愧の念が湧き、今すぐコハクに謝りたかったがそれを堪える。

 

 オウカが天を仰ぎ、長く息を吐く。

「……勝算は?」

「我々の組織が聖堂騎士団の応援を取り付けている。そこに公国軍が加われば勝機はある」

「あんたらの組織?」

「『第三の翼』だ」

「……聞いたことがないな。兄さんたちもその組織に?」

「いや……俺たちは目的が一致してるだけだ」

 何かを見極めるようにオウカの視線が三人の間を行き来する。

 

 「いいだろう。ただし、アルヴァン公直属の騎士団だけだ。一般兵や人足はこちらに回してもらう。もっとも、それを決める権限は俺には無いが」

「十分だ。……無理を言ってすまない」

 立ち上がり、手を差し出す。

「言っただろう、損得勘定など不要だと。あんたらの真の願いが何かは知らんし、聞くつもりもない。それでもそれが叶うことは願っている」

 オウカも立ち上がり、その手を強く握り返した。

 

 「この後、夕刻に宮殿へ向かう。馳走が振る舞われるだろうから腹は空かせておけ。しかし――」

 オウカが手にしたグラスに瓶の酒を注ぎながら言う。

「姐さんは嘘が下手だな。商売には向いてなさそうだ」

 

 そう指摘されたコハクは尻尾の毛を逆立て、顔を真っ赤に染めた。

 その様子に、景真は心の中でコハクに謝罪を繰り返した。

 

 

 

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