【完結済】ネビュラ・ディバイド   作:ダデ丸

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第三十話 裏 再会

 

 白い通路の先、曲がり角から現れた白い影が揺れ、先頭を走る全登(てるずみ)の足が止まる。

 

 「――使徒だな」

 全登は刀を抜き放ち、その影に向ける。

 幽鬼の如き白い影が、ゆったりとした足取りでこちらに近づいて来る。

 それは透けるような白いワンピースを纏い、腰まである白髪(はくはつ)を揺らす狐族の女だった。

「私はヴァルゴ。女神オルフェナの十二使徒が一柱です。ですが、あなた方と戦うつもりはありません」

「……そんな戯言を俺が信じるとでも?」

「無論、信じてはいただけないでしょう。ですが――」

 その紫紺の瞳が景真に向けられる。

「ハルカ様の所へお連れする、と言ったらどうでしょうか?」

 

 桜色の唇がその名を紡いだ瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 

 「……無事なのか? 先輩は」

 カラカラの喉から、辛うじて声を絞り出す。

「勿論です。あなたの話も伺ってますよ、ケイマ様」

「景真」

 目の前に、大きな手のひらがその言葉を遮るように開かれていた。

「罠だ」

 全登はヴァルゴから目を逸らすことなく言い切る。

「……わかってる。わかってるんだ。……それでも……」

 全登の言う通り十中八九、罠だろう。それはわかっている。

 もし事実だとして、使徒が春華と景真を引き合わせる理由が思い当たらない。

 善意だなどと言うならば、それはつまり()の肖像を見失うことに等しい。

 

 「行こう、ケーマ」

 聞き慣れた声に振り向く。

 コハクがこちらを真っ直ぐに見ている。

 揺るぎない瞳に琥珀色の灯火を宿して。

 この灯火は景真が道に迷った時、幾度もその道を照らしてくれた道標だ。

 

 「ジュスト、私たちはあの人と行く。ううん。行かないといけない。そのために、ここまで来たんだから」

 その瞳を全登へ向け、毅然と言い放つ。

 その言葉に全登は驚いたような顔をし、すぐまたヴァルゴを睨みつける。

「……いいだろう。ただし、僅かでも不審な動きをすればその首を刎ねる」

「――こちらへ」

 ヴァルゴはこちらに背を向けると、静かな足取りで歩き始めた。

 

 巨大な扉が機械音を上げて開く。

 小さな体育館ほどの広間に、床には魔法陣を思わせる紋様。

 この景色を景真は知っていた。

「教団施設の地下にあったアレと似てる……いや、同じだ」

「ええ。ワームホールエクスパンダー。あなたをネビュラへ運んだそれと、同じものです」

 一万年の時を超え、二つの惑星を繋ぐ(ポータル)

 これを使えば、地球へ帰ることもできるはずだ。

 もしヴァルゴの言葉通り春華がここにいるのなら、二つの目的を同時に達成できるかもしれない。

 

 ヴァルゴが右手を胸の前で左から右へ滑らせると、広間の奥の扉が開きその中から人影が姿を現す。

 「カゲ……君? そんな、まさか……」

 久しぶりに耳にする日本語。

 いや、この声をどれほど焦がれたことだろう。

 見紛うはずもない。

 あれは――

 

 「先輩!!」

 全速力で駆け寄り――しかし抱きしめることはしなかった。

 存在を確かめるようにその両肩に手を置く。

 細く固い肩の感触が、景真をここまで駆り立てたその存在を確信させる。

 

 生きていた。

 先輩は生きていた。

 

 胸の奥からとめどなく湧き上がる感情を言葉にしようとして、けれど上手くいかない。

 

 「カゲ君……本当に……本当にこの世界に来てしまっていたんだね……」

「……当たり前じゃないですか。先輩が困ってたら、どこへだって駆けつけるって……」

 そう決まっている。

 それでもまだ、恩を返しきれはしないのだ。

「……ごめん。全部、私のせいだ。自ら危険に飛び込んで……危険だとわかっていたのに……君を、巻き込んでしまった……」

 春華の声が震える。

 いつだって強く、明るく、編集長にも全く物怖じしないあの春華が自らの行いを悔い、泣いている。

「……巻き込まれたなんて思ってません。俺は俺の意思でここまで来たんです。先輩がいないとあんな仕事、やってられないですから。それに、遼も地球で待ってますよ」

 悔いる必要なんてない。

 謝罪もいらない。

 そういう人だからこそ、景真はこんな所まで助けに来たのだから。

 

 「……遼には会ったかい?」

「電話だけです。あの後すぐ、こっちに来たんで」

「そうか。言った通り、少し変わった男だったろう?」

「……いや、先輩ほどじゃなかったかな」

 ()()()()調子でおどけて見せる。

「……相変わらず失礼だな君は」

 春華の顔が綻ぶ。

 この顔が見たくて、これを失うことが耐え難かったがゆえに景真は今、ここにいる。

 

 「感動の再会は済んだかな?」

 微かに弛緩しかけた空気が冷たく張り詰める。

 

 低い声が響き、その場にいた全員の視線が広間の上部を走るキャットウォークに向く。

 巨大な影……牡牛の如き角を生やした大男が降り立つ。

 それは、その巨体からは考えられないほど静かな落着だった。

 

 「……タウラス」

「ヴァルゴ。これはどういう了見だ? なぜ叛逆者どもの手引きをした」

「これも――女神の意思です」

「莫迦なことを。女神がそのようなことを望まれるはずもない」

 呆れたように言い、春華を見る。

「聖女の娘よ、部屋へ戻れ。女神の願いさえ叶えばその身はオービスへ帰してやる」

 

 景真は春華を庇うようにその前に立つ。

 白目の無い真っ黒な瞳で見据えられ、背筋がぞわりと冷える。

「力なき者よ。されど汝は女神の庇護を受けるべき原初の人が一人。ゆえに最大限の敬意を払おう」

 

 刹那、白刃が舞い、タウラスの丸太のような腕を切り裂く。

「その理屈で言うなら、この俺も敬意を払われるべきだな」

 全登がその刀を濡らす血を払う。

「アカシ・テルズミ。汝はもはや人の身にあらず。女神の摂理を離れた呪われし叛逆者よ」

 傷口に光球が集まり血管、筋肉、皮膚と順に修復されていく。

「呪いか。その通りだ。その呪い、今日ここで終わらせる」

 

 残った四人の”十二剣”と全登。

 五振りの刃が光芒を残し、タウラスの巨体を屠らんと牙を剥く。

 

 

 

 巨大な戦鎚が空を切る。

 空気が揺れ、離れて立つ景真の顔を戦鎚が起こした風が撫でた。

 

 タウラスが横に薙いだ戦鎚を流れるように振り上げ、体勢を崩すことなくすぐさま全登の頭目掛けて振り下ろす。

 それを見て、全登は迷うことなく前へ出る。

 

 神速の踏み込み。

 

 タウラスの懐に入り脇腹と脚の腱を切りつける。

 肉を切ったとは思えぬ硬質な音が響き、鮮血が滴る。

 巨大を支える脚を刈られ、否が応にも体勢を崩されたタウラスに四人の十二剣が襲いかかる。

 

 四方からの斬撃、あるいは刺突。

 タウラスは急所を防御したが、両腕と両脚に傷を負った。

 

 「コウギョク。お前はその女を見張っていろ。妙な動きをすれば迷わず斬れ」

「御意」

 全登の指示で一人が戦列を離れ、ヴァルゴを間合いに捉える。

 ヴァルゴはそれを見ても何も言わず、静かに戦況を見守っていた。

 

 「――見事だテルズミ。その牙、よくぞここまで磨き上げたものだ。やはり237年前のあの日、お前は殺しておくべきだった」

「そうだ。貴様らは誤った。全能を気取っていてもそんなものだ」

 言いながら、全登は再びタウラスの懐へと斬り込む。

 片手で振り下ろされた戦鎚の、その先へ――

 

 タウラスの巨大な左拳が全登の体に横から叩き込まれた。

 全身の骨が軋む。

 全登は吹き飛び、戦鎚の柄に接触すると回転しながら壁に叩きつけられた。

 鈍い音が広場に響き渡る。

 

 「我らは全能にあらず。全能に仕える者だ。故に敗北は許されん。だが――ふむ、リブラが斃されたか」

 全登がゆらりと立ち上がる。

 拳の直撃を受けた右腕がだらりと垂れ下がっていた。

()()が死んだのか? あのエルフの小僧、なかなかやるじゃないか」

 全登は刀を床に突き刺すと、左手で右腕を掴んだ。

 服の袖ごと腕を引くと、ガシュッと音を立てて肩から離れ、それを床へ投げ捨てる。

 ガシャン。

 金属音を残して右腕は床を滑る。

 同時にコウギョクと呼ばれた男が新たな腕を投げて寄越すと、全登は左手でそれを掴み右肩に()()した。

 動作を確かめるように、機械仕掛けの指を滑らかに動かしてから刀を掴む。

 

 「次は貴様の番だ()()。あの日奪われたこの腕の借り、返させてもらう」

「ならば、利息にその首を貰い受ける」

 戦鎚がその真ん中から、互い違いに組まれた二振りの戦斧へと分離する。

「洒落た得物だ」

 タウラスは両手に斧を構え、跳ぶ。

 頭上より垂直に振り下ろされた右手の斧を全登は刀で受け流す。

 受け流された斧が床を砕き、返す刀がタウラスの右腕を切り裂いた。

 そこへ左の斧が横薙ぎに振るわれる。

 

 「それはもう見たよ!!」

 女が大剣を振り上げ、全登とそれに迫るタウラスの左腕の間に現れる。

 重厚な刃がタウラス自身の腕の振りも相まり、その筋肉を断ち骨まで到達する。

 腕と共に斧も止まり、タウラスは膝をついた。

「ぬ……ぐぅ」

「うえぇ、かったいわね。切断するつもりで振ったのに」

 タウラスの血が床を染める。

 

 景真はコハク、春華と身を寄せ合うようにしてただその戦いを見守っていた。

 何もできることがない。

 遠くから目で追うのがやっとで、あそこに飛び込めば命はない。はっきりとそれがわかる。

 何の力も持たない景真にはこのまま決着を待ち、その結果に従う他はない。

 無力を痛感し拳を握りしめたその時、耳元で声が響いた。

 

 『ケイマ様』

 直接鼓膜を揺らす透き通るような声。さっきも聞いたこれは、ヴァルゴの声だ。

 コウギョクに見張られながら立つヴァルゴの方に目をやると、あちらも景真に視線を送っていた。

『先ほどのタウラスの流血で(ポータル)のロックが第一段階まで解除されました。第二段階で人を通せます。合図するので用意してください』

 門とやらが開いたら飛び込め、と言うのだろうか。

 やはりその意図が読めない。

 訊ねたいことは山ほどあるが、こちらの声は届かないため黙って聞いている他ない。

『……私の行動に疑問を持たれるのは当然です。私は女神の迷いにより生まれました。ほんの一割に満たずとも、母の中には確かに葛藤があったのです』

 

 AIが迷い、葛藤する。

 景真はその可能性を完全には否定できなかった。いや、否定したくなかっただけかもしれない。

 ミラビリスが見せた感情の片鱗。あれが本物だったと信じたかった。

 だから景真は、ヴァルゴに頷いて見せた。それを見て、彼女は淡く微笑んだ。

 

 突然、広間の空気が冷える。

『――っ!? なぜもう門が開こうとしているの?』

 室温が下がったわけではない。

 照明が落ちたわけでもないのに薄暗くなったように感じる。

 全登やタウラスたちも異変に気づき、戦いを止めている。

 

 キィ――

 軽い耳鳴りを覚え、辺りを見回す。

 

 この空気に覚えがある。

 過去に二度、いや三度味わったはずだ。

 

 この――空穴(くうけつ)の発生を。

 

 胸の辺りに振動を感じる。

「まさか……」

 内ポケットに手を差し入れ、スマートフォンを取り出す。

 

 発信元は、

 

 ――非通知だった。

 

 

 

 

 

 

 

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