アビドスの美女先生(中身は男)は、今日を生き延びたい   作:気弱

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今回軽くですが酷い要素があります


覚悟と過去への決別

夕闇が完全に教室を支配し、遠くでカラスの鳴き声が不吉な弔鐘のように響き渡る。先生は、自分の手がまだ細かく震えていることに気づいた。ホシノに拒絶され、振り払われた右手の感覚だけが、酷い火傷を負ったかのように熱く、そして心の芯まで凍りつかせるほどに冷たかった。

 

「……はは、何が『先生』だ。結局、俺は何も変わっちゃいない」

 

自嘲気味に呟いたその声は、かつてカイザーの戦場で信じていた部下たちに裏切られ、暗い泥水を啜ったあの絶望の夜と同じ、湿り気を帯びた孤独な響きを湛えていた。

 

そんな時

 

「……いつまでそうやって、悲劇のヒロイン気取ってるのよ」

 

不機嫌そうな、しかしどこか必死に感情の決壊を押し殺した声が届く。振り返ると、そこには教室を出ていったはずのセリカが立っていた。その後ろには、影のように静かに、けれど揺るぎない存在感を放つシロコの姿も見えた

 

「……二人とも。私なんて放っておいて、早くホシノさんを追いかけてください」

 

申し訳ないという自責の念と、今まで彼女たちを騙し続けていたという重い事実。それらに押しつぶされそうになり、先生は彼女たちの目を見続けることができず、力なく顔を逸らしてそう告げる

 

「ホシノ先輩なら、ノノミ先輩とアヤネが追いかけてるから大丈夫よ。居場所も見つけてくれたみたいだし」

 

「………」

 

何も言い返せずに立ち尽くす先生に、セリカはさらに言葉を重ねる

 

「あんなに感情を表に出して人を拒絶する先輩なんて、今まで見たことがなかったわ。あんなに怒って……あんなに泣いて。正直、あんたがカイザーの幹部だったって聞いた時は、心臓が止まるかと思ったし、今だって吐き気がするほど最低な気分よ」

 

「でも」と、セリカは震える声を繋ぐ。

 

「私たちが過ごしてきた時間は短くても、あんたのことはよく知ってるつもりよ。先生がどうしてか可愛い服をキラキラした目で見つめていたり、私たちより最新ファッションや流行りのスイーツに目がないこと……。そして、私たちを本気で騙して傷つけるつもりなんて、微塵もなかったってこともね」

 

「セリカ……?」

 

「ん。私もそう思う」

 

シロコが静かに、けれど断固とした口調で同意した

 

「カイザーPMCの中将として君臨していた頃の先生なんて、私は知らない。でも、自分が襲われて怪我までしたのに、私たちのことを心配してくれるかっこいい先生、私がブラを買うなんて言った時本気で慌ててた可愛い先生のことは知ってる。……あれは、本気で私たちを想ってなきゃ出ない言葉」

 

「先生。あんたが過去に何をしたか、本当は何者だったかなんて、今の私たちにはどうでもいいの。……いや、よくはないけど! でも、それ以上に大切なのは、今この瞬間、あんたが誰を助けたいと思ってるか。そうでしょ?」

 

セリカの叫びに近い言葉が、先生の胸の奥底に鋭く、そして温かく突き刺さった

 

そうだ。俺はあの組織が嫌で、あの理不尽な力が全てを支配する論理が反吐が出るほど嫌いで、全てを投げ打って逃げ出したはずだった。そして、この吹き溜まりのようなアビドスで、ただ純粋に明日を信じて足掻く彼女たちの姿に、ボロボロだった心を引き上げてもらったのだ。

 

「……俺は」

 

先生は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、かつて冷徹な「中将」として戦場を俯瞰していた頃の鋭利な光と、愛すべき教え子を想う温かな「先生」としての不退転の決意が、激しく混ざり合う。

 

「俺は、君たちを守りたい。……たとえ、ホシノさんに一生許されなかったとしても。君たちの日常を土足で踏みにじり、未来を奪おうとするあの男を、俺が培ってきた全ての『技術』と『知略』を動員して……完膚なきまでに叩き潰す」

 

その言葉を聞いた瞬間にシロコの口角がわずかに上がった。戦術の専門家として、先生の中に宿った「本物の闘志」を感じ取ったのだ。

 

「ん。いい返事。……作戦は?」

 

先生は、かつて数万の兵を動かしたあの頃よりも冷たく、そして狂おしいほどに熱い笑みを浮かべる

 

「カイザーのやり方は、それこそ骨の髄まで熟知している。奴らは効率と拡大を重視するあまり、末端のシステム管理が驚くほど甘い。……中将としての私の特権権限、そして逃走時に隠し持っていた『裏のアクセスコード』。これを使えば、奴らの警備機械と兵站ネットワークを、内部から一瞬で崩壊させられる」

 

先生は机に置かれた端末を手に取り肉眼では追えないほどの速度でコードを打ち込み始めた。その横顔は、もはや「可愛い先生」の仮面を脱ぎ捨てかつて一国の軍事バランスさえ左右した冷徹な軍師そのものだった

 

「セリカさん、シロコさん。……一緒に…俺とついてきてくれるか?」

 

セリカは鼻を啜り、いつものようにツンと顔を背けながらも、愛銃を握り直す手に力を込める

 

「当たり前でしょ! あんたを一人で行かせて、またどこかで変な女装趣味に走られたりしたら、今度こそ末代まで呪ってやるんだから!」

 

「ん。先生の指揮なら、銀行強盗よりずっと刺激的で……楽しみ」

 

二人の言葉に背中を押され、先生は端末を握りしめて立ち上がる。だが、向かうべき場所はまだカイザーの拠点ではない。まずは、この学園の屋上で一人、凍えるような夜風に身を晒しているであろう、あの少女の元へ

 

「……何の用? もう話すことなんて何もないって、言ったはずだけど」

 

月明かりが青白く照らす屋上で、ホシノは先生の気配を察するやいなや、袖で乱暴に涙を拭い、こちらを振り返ることなく突き放すように言い放つ

 

背中越しに響く、凍てつくような拒絶。しかし、先生は一歩も引かなかった。シロコとセリカ、そして合流したアヤネとノノミが見守る中、先生はホシノの隣まで歩み寄り、共に沈黙の海のような砂漠を眺めた

 

「……昔の話をさせてほしい。これはただの、俺の独り言だ。聞き流してくれても構わない」

 

「っ…」

 

ホシノは拒絶の言葉を飲み込み、ただ黙って、遠くの地平線を見つめていた。

 

「昔の俺は、今よりもずっとナヨナヨしていてさ。でも、純粋に誰かの助けになりたくて、カイザーPMCに入ったんだ。だけどあそこは、力だけが全ての絶対的な正義で、弱者を弄び、消費するだけの場所だった。それでも……それでも何かを変えたくて。必死に血を吐くような思いで勉強し、力のない俺が生き残るために合気道を習得して……気づけば、17歳の時には中将まで登り詰めていた」

 

「だけど、そこで待っていたのは組織の改善なんて高潔なものじゃない。力なき俺を排除しようとする、かつての同僚たちの醜い嘲笑と嫉妬だけだった」

 

ホシノの肩が、一瞬だけ微かに揺れる。後ろで見守る四人も、先生が初めて吐露する「男としての過去」に息を呑んでいた。

 

「合気道っていうのはな、力を持たない俺が、巨大な力に対抗できる唯一の手段だった。……それしかなかった俺に、昨日まで一緒に笑い合っていたはずの仲間たちは、寄ってたかって俺を後ろから組み伏せたんだ。合気道さえ使えないように、多勢で押さえつけて……」

 

「……先生……?」

 

先生の肩が激しく震え始める。必死に言葉を紡ごうとするが、当時の恐怖がフラッシュバックし、奥歯がガタガタと鳴って言葉が形にならない。

 

ホシノもその異変に気づき、吸い寄せられるようにゆっくりと先生の方を向く

 

「……君たちには、口にするのも汚らわしいようなことをされた。なんでもよかったんだろうな。俺を壊せれば、それで……それが朝まで続いて、気がついた時には、ただ汚れた俺が、冷たくて暗い倉庫の隅に転がっているだけだった。そこから怖くなって、必死に全てを捨てて逃げ出したんだ。過去からも、自分からも。そしてこの曖昧な性別の仮面さえも、俺にとっては自分を隠すための避難所だった。……そんな時に、君たちに出会った。女性として扱われることで、ようやく過去を忘れて、楽しく過ごすことができたんだ」

 

先生はホシノの肩をゆっくりと、しかし確かな意志を込めて掴み、その瞳を真っ直ぐに見つめる。ホシノは、想像を絶する重い過去と、先生の震える指先から伝わる苦痛に、拒絶の言葉を失っていた。

 

「君たちに会って、俺は初めて知ったんだ。力がなくても、特別な才能がなくても、ただ守りたいもののために笑うことができるんだって。……俺がカイザーにいたことは、決して消えない罪深い事実だ。でも、今の俺がこの命を、この知恵をかけて守り抜きたいのは、君たちが笑える未来だけなんだ。……だから、お願いだ。あのクソタヌキ親父を倒すために、ホシノ、お前の力を貸してくれ」

 

長い、長い沈黙が流れた。夜風の音だけが二人を包み込む。

 

やがて、ホシノがポツリと、子供のように弱々しい声で口を開いた

 

「……先生は、本当にずるいよ。そんな顔で、そんな掠れた声で……そんなこと言われたら、信じないわけにいかないよね」

 

ホシノがゆっくりと顔を上げた。その瞳には、まだ涙の跡が痛々しく残っていたが、その奥には、これまで以上に強固で、確かな信頼の火が灯り直していた。

 

「……分かった。でも、一つだけ約束して?……もう、隠し事はなしだよ、先生。次は、ちゃんとおじさん達に相談すること。……いい?」

 

「うん。約束する…「私」も一人で悩むのは辞めるよ」

 

「ふふっ……もう、かっこいい『中将』の先生はおしまい?」

 

「俺、より私の方が可愛いからね」

 

「先生ーー!」

 

ようやくホシノが、いつものように柔らかく、けれど力強い笑顔を先生に向けた。その瞬間、後ろで控えていたシロコたちが我先にと駆け寄り、先生とホシノを包み込むように輪を作った。

 

「よし! 私たち全員であの狸親父に、特大の一泡を吹かせてやりましょう!」

 

「「「おーー!!」」」

 

砂漠の夜明けは近い。かつて絶望に逃げ出した「中将」は、今、愛する生徒たちのために、最も恐れた過去と対峙する「本当の大人」へと変わったのだ。

 

 




2月まで投稿はないと言ったけどWiFi繋げられてるうちに沢山書いてしまった
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