アビドスの美女先生(中身は男)は、今日を生き延びたい   作:気弱

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エピローグ:砂漠の月と、レースの境界線

理事長との熾烈な決戦から数日後、キヴォトスに束の間の平穏が戻り先生は久しぶりの休暇を謳歌するため巨大なショッピングモールへと一人足を運んでいた

 

その一角、パステルカラーの色彩と甘い香りが漂うファンシー雑貨とレディースルームウェアのショップ。その隅で、先生はまるで時が止まったかのように固まっていた

 

対策委員会の面々やヒナ、便利屋68の少女たちに「男」であることは既に明かしている。あの日、中将という過去を背負いながらも大切な生徒たちのために強く頼りがいのある「男」として生きるのだと固く心に誓ったはずだった

 

だが、目の前の光景がその覚悟を脆くも崩し去りかけていた

 

視界を占めるのは新作の「フレンチガーリー・ナイトウェア」

繊細なレースが幾重にも重なるパフスリーブ、胸元で揺れる小ぶりなパール、背中を彩る贅沢なサテンのリボン。それは可愛いものを愛する者にとって、まさに聖杯のごとき輝きを放っている

 

(……ああ、なんて可愛いんだろう。これを着て、あのクジラのぬいぐるみを抱いて眠れたら、どんなに幸せだろうか……)

 

吸い込まれるように無意識に滑らかな生地へ手を伸ばす。自分が「男」であると告げたあの日の決意は心の奥底で叫び続ける「可愛いものへの渇望」の前に、いとも容易く決壊していく。

 

(だめだ、戻さなきゃ。僕は男として生きると決めたんだ。でも……このパステルブルーは僕のパーソナルカラーにぴったりな気がする。いや、だめだ! でも……!)

 

葛藤の末、先生は断腸の思いで震える手を使ってその服を棚に戻す。その表情は先日の決戦で指揮を執っていた勇ましい男のものではなく、泣く泣く宝物を諦める一人の少女のような悲愴感に満ちていた

 

「ん。戻すの? 先生に似合いそうなのに」

 

「ひゃぁぁぁ!?」

 

その時鼓膜のすぐ傍で響いた低く確信に満ちた声に先生は物理的に数センチほど飛び上がる。驚きで肩をすくめ、内股気味に身を縮める仕草はどこからどう見ても可憐な少女の反応そのものだ

 

「ん……叫び声も可愛いね、先生」

 

振り返れば背後を完全に取っていたシロコを筆頭に、ホシノ、セリカ、ノノミ、アヤネ――対策委員会の面々が完璧な包囲網を形成して勢揃いしていた。

 

「あんたがその部屋着を見ながら一時間近くも粘ってるから、不審者かと思ったわよ」

 

セリカが呆れたように腰に手を当て、ジト目で先生を射抜く。先生は顔から火が出るほど赤くなり、手近なフリフリの部屋着を、あたかも隠しきれない秘密を守るかのように背後へ隠した。

 

「ち、違うんだ、セリカさん! これは、男として甘い誘惑に屈してはいけないと、決別の儀式を執り行っていたところで……!」

 

「嘘おっしゃい!!」

 

一喝され、先生はビクッと大きく肩を揺らした。その姿はお菓子を盗み食いしているところを見つかった子供のように無防備で残酷なまでに「可愛い」かった。

 

「先生、自分の顔を見たことないでしょ。さっきからその服を眺めるあんたの目は、獲物を狙うシロコ先輩よりギラギラしてたわよ。今さら『男の決別』なんて、説得力ゼロなんだから!」

 

狼狽する先生の前でホシノが静かに一歩を踏み出す。その瞳は夜の砂漠を照らす月のようにすべてを穏やかに見透かしていた。彼女は先生の肩にそっと手を置き、羽のように優しいが逃げ場を許さない確かな重み

 

「先生、勘違いしないで。おじさんたちは、先生が『何者か』なんて、もうどうでもよくなっちゃったんだよ。あの日、あいつに屈辱的な言葉を投げつけられた時、私たちが何より怒ったのはね、先生が心から大切にしている『好き』という気持ちを汚されたからなんだ」

 

先生は言葉を失い、目を見開いた。彼女たちは、そんな想いで自分を支えてくれていたのかと

 

「あんたさ、自分が可愛いものを見てる時の姿がどれだけ純粋か分かってないでしょ」

 

セリカがどこか誇らしげに鼻を鳴らす。

 

「男だろうが中将だろうが、あんたの心が『可愛い』って叫んでるなら、それを否定する権利なんて誰にもないわ。ましてや、自分自身で否定して縛り付けるなんて、この私が絶対に許さないんだから!」

 

「セリカちゃんの言う通りです。先ほどの表情なんて、ホシノ先輩が新作のクジラを見つけた時と同じくらい、守ってあげたくなる可愛さでしたから!」

 

アヤネの追撃にホシノが慌てて「おじさんを引き合いに出す必要あるかなぁ!?」と抗議する。その賑やかなやり取りが先生の頑なな心を解きほぐしていった

 

「ふふ、先生♪ 好きを我慢しなくてもいいんですよ。先生の心はとってもデリケートなのですから」

 

ノノミが神速の手際で、レースのヘッドドレスやお揃いの猫耳ヘアバンドそしてフリル付きルームシューズを腕の中に山積みにしていく。アヤネもタブレットを操作し計算機を弾いていた

 

「先生のパーソナルカラーと骨格に基づけば、そのパステルブルーは理論上の正解です。予算の心配は無用ですよ? 私たちからの『福利厚生』ですから」

 

「ん。先生、似合う。確信がある。今すぐ、試着室へ……私の興奮、最高潮」

 

シロコが有無を言わせぬ圧力を伴って背中を押す

 

「ま、待って!? みんな目が本気すぎるよ! 本当に試着だけで終わる目じゃないよね!?」

 

必死の抵抗も虚しく、少女たちの「愛情」という名の鉄壁の包囲網を前についに白旗を上げた。かつて戦場を指揮したその手は、今やパステルカラーのレースに埋もれ、先生は観念したように試着室のカーテンの向こうへと消えていった

 

数分の沈黙の後、重厚なカーテンがゆっくりと開かれる

 

そこに現れたのはもはや「先生」という記号すら消失しかねないほどの完璧な可憐さを纏ったひとりの「少女」の姿だった

幾重にも重なるパステルブルーのフリルが、先生の細い肩や腰のラインを優しく包み込み、精緻なパフスリーブが白い肌の透明感を際立たせていた。背中に結ばれた大きなサテンのリボンは、まるでこれから贈られるギフトの封印のように気高く、愛らしく

 

気恥ずかしさに俯き、フリルの袖口を弄ぶ仕草は女性として育てられた彼のルーツが衣装という触媒を得て鮮やかに開花した瞬間だった。

 

少女たちから満場一致のそして熱烈な拍手が送られる

 

「……ふふ。やっぱりね。かっこつけて背伸びしてる先生より、こっちの方がずっと『らしい』や。ね、先生?」

 

ホシノの柔らかな笑い声に先生は耳まで真っ赤に染め上げながら鏡に映る自分の姿を恐る恐る見つめた

そこには無理をして「男」を演じている時の歪な強がりはなく、ただ純粋に好きなものに包まれた充足感で輝く自分がいた。性別という壁を、教え子たちが軽々と飛び越え、あるがままの自分を肯定してくれた。その温かな熱に、胸が震える。

 

だが、感動の余韻をノノミが打ち砕く。

 

「さあ! 決起集会はここまで。次は先生の魅力を最大限に引き出す『お出かけ用の外着』を揃えに行きましょう♪」

 

「え……? 次のお店って……?」

 

「決まってるじゃない! 今のはあくまで『部屋着』。次は『外着』を揃えるのよ!」

 

セリカが胸を張り、アヤネが冷徹な正確さでタブレットをフリックする。

 

「先生に似合いそうなブティックはすべて最短ルートでピックアップ済みです。一分の無駄もありません」

 

「ん。早く行こう。次は……ゴシックなのも試したい。先生の白い肌に黒のレースが映える。確信がある」

 

普段は感情の起伏が少ないシロコまでもが鼻息を荒くし、獲物を逃がさない力強さで先生の細い手首を掴んだ。

 

「えっ、ちょっと待って! もう一着でキャパオーバーだから! 満足したから、もういいから――!!」

 

広大なショッピングセンターに先生の悲痛な叫びがこだまするが聞き入れられることはなく、彼はそのままキヴォトス最強(?)の「捕食者」たちに囲まれ、次なるブティックへと連行されていった。

 

数時間後。喧騒を離れたクラシカルなティーサロン

 

柔らかな西日が差す特等席に、一際目を引く可憐な存在が佇んでいた。ボルドーのジャンスカに精緻な刺繍のブラウス。まさに良家のお嬢様のような、気品と可愛らしさが同居した装いの先生だ。通りがかる誰もが「凛とした美少女」だと信じて疑わない

 

「ん。やっぱりノノミの審美眼は正確。この襟元のレース、先生の細い首筋によく映えてる。計算通り」

 

シロコは満足げに頷き、スマホには恥じらう先生の決定的な瞬間が数百枚保存されていた。

 

「シロコちゃんが選んだパールのカーディガンも、先生の透き通るような肌の色にぴったりでしたよ♪」

 

ノノミが優雅に紅茶を注ぎ足す隣で、ホシノは誇らしげに目を細める

 

「ん。でもホシノ先輩が持ってきた、あの『働きたくないでござる』Tシャツは流石に却下」

 

「あはは、厳しいなぁ。あれはおじさんなりのハイセンスだったんだけどね。ま、本気を出せば似合う可愛いリボンくらい選べるんだよ?」

 

そんなやり取りを横目に、セリカはどこか複雑そうに先生を凝視していた。

 

「……本当に。あんたってば、下手に女の子が努力して自分を磨くのが馬鹿馬鹿しくなるくらい可愛いんだから。嫉妬しちゃうじゃない。反省しなさいよね」

 

毒づきながらも、セリカは「はい、あーんして」とお気に入りのケーキを先生の口元へ運ぶ。

 

「あ、あの……自分でおやつくらい食べられるから……!」

 

「いいから! 今のあんたは、可愛く甘やかされるのが仕事なの!」

 

強引な献身に根負けし先生は小さく口を開いた。クリームの甘さと、それ以上に甘やかな少女たちの好意。フリルの袖口を指先で弄びながら、困ったように、けれど心底幸せそうに微笑む

 

かつては「男」であることを隠さねばならない強迫観念と、軍の「中将」という重すぎる過去に押し潰されそうになっていた先生が、今は自分の「好き」を分かち合い、性別の壁さえも笑い飛ばして肯定してくれる生徒たちに囲まれている

 

ティーカップが触れ合う音、途切れることのない賑やかな笑い声。それらはすべて、先生がキヴォトスで築き上げた何物にも代えがたい「居場所」の証明だ

 

「元中将」でも「性別を隠した先生」でもない、ただの「可愛いものが大好きな先生」の毎日はこれからも彼女たちの奔放な愛情に振り回されながらどこまでも明るく続いていくのだった。




この先生にならどんな性癖も詰めるのでは…?と最後まで楽しく書けました!正直他にもお風呂上がり(タオルのみ)の先生を見たヒナとアル、そしてシロコの話も書こうと思ったのですが…もし好評だったら番外編で書くかもです!
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