クインテットの日常   作:戦竜

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2人とハイヒールでキス

正直に言うと、最初にその話題を振ってきたのは、やっぱり真唯だった。

 

「れな子と紫陽花は、背が同じくらいだから……キスする時も楽そうでいいな」

 

放課後の教室。

窓から差し込む夕方の光が、机の上をオレンジ色に染めている中で、

真唯はいつもの落ち着いた声で、そんなことを言った。

 

――何を、さらっと。

 

「ちょ、ちょっと真唯……急に何言ってるの?」

 

思わず声が裏返る。

心の準備というものがあるでしょう、心の。

 

わたしの動揺をよそに、

紫陽花さんは一瞬きょとんとしたあと、ふわっと柔らかく笑った。

 

「……確かに、れなちゃんと私は身長、ほぼ同じだもんね」

「だろう?」

 

真唯はうんうん、と満足そうに頷く。

どうやら、完全に納得しているらしい。

 

いや、そこ納得するとこなの?

 

「でもさ」

 

わたしは一度咳払いをしてから、少しだけ真面目な顔で続けた。

 

「背が高い人に、ちょっと背伸びしてキスするのも……

ロマンチックだと思うんだけど」

 

言ってから、少し恥ずかしくなった。

自分で言うと、破壊力がある。

 

「うん。私もそう思うよ」

 

紫陽花さんが、穏やかな声で同意する。

横顔が夕焼けに照らされていて、綺麗すぎて、

見てはいけないものを見た気分になる。

 

……でも、目の保養になるなぁ。

 

すると真唯は、顎に指を当てて「ふむ……」と考え込んだ。

 

「なるほど。つまり――高さの問題、というわけだね」

「え?」

「え?」

 

わたしと紫陽花さんが、ほぼ同時に声を出した。

 

その瞬間にはもう、真唯の中では結論が出ていたらしい。

 

「放課後、二人とも少し時間をもらえるかな?」

 

にこり。

その完璧な笑みを見た瞬間、背筋に嫌な予感が走った。

 

絶対、ろくなことにならない。

 

 

連れて行かれたのは、街中でもひときわ高級感のある靴屋だった。

 

ガラス張りの外観に、落ち着いた照明。

一歩足を踏み入れただけで、空気が違う。

 

「……ここ、真唯の家の系列店?」

「そうだよ。ちょうどいいだろう?」

 

ちょうどいいって、何が。

 

店内には、磨き上げられた床と、ずらりと並ぶハイヒール。

ヒール、ヒール、ヒール。

値札は見ない。見ないと決めた。

 

「(どうせ真唯が払うんだろうけど……それが逆に落ち着かないんだよ……)」

 

「さあ。二人とも、好きなものを選んでくれ」

「えええ……」

 

声が自然と小さくなる。

こんな細くて、見るからに高そうな靴、人生でほとんど縁がなかった。

 

転びそうだし、足痛そうだし、何より――わたしには分不相応だ。

 

一方で、紫陽花さんはというと。

 

「……どれも綺麗。迷っちゃうね」

 

棚を見つめる目が、きらきらしている。

さすがというか、似合いそうな未来しか見えない。

 

「余裕だなぁ……」

 

わたしは結局、一番無難そうな白のヒールを、ほぼ消去法で選んだ。

高すぎない、細すぎない、主張しない。

――わたしらしい選択だと思う。

 

紫陽花さんは少し悩んだ末、淡い色合いのヒールを手に取った。

 

「それ、紫陽花さんにすごく似合いそう」

「ありがとう。れなちゃんのも、可愛いと思うよ」

 

可愛い、のかな……。

 

試着室でヒールを履いてみると、ぐらっと視界が揺れた。

 

「うわ……世界が違う……」

 

床が、ちょっと遠い。

 

「ふふ」

 

紫陽花さんが楽しそうに笑う。

 

外に出ると、真唯と目線が、ほぼ同じ高さだった。

 

「……おお」

 

思わず、間抜けな声が出た。

 

「これで、条件は同じだね」

 

真唯はそう言って、静かに一歩近づいてくる。

 

距離が、近い。

いつもより、ずっと。

 

「……いいかな?」

 

改めて訊かれると、心臓が跳ねる。

でも――

 

わたしは、こくりと頷いた。

 

そっと、触れるだけのキス。

ヒールの不安定さもあって、体に余計な力が入る。

 

真唯の香水の匂いが、いつもより近くて。

息が、混ざる。

 

――心臓が、うるさい。

 

「……どう、かな?」

「……ちょっと、変な感じ。でも……悪くない」

 

正直な感想だった。

 

次は紫陽花さん。

同じようにヒールを履いたまま、真唯と向き合う。

 

二人のシルエットは、不思議なくらい綺麗で――

胸の奥が、ほんの少しだけ、きゅっとする。

 

それからわたしは、一度ヒールを脱いだ。

 

「今度は……紫陽花さんと、ね」

「うん……」

 

ヒールを履いた紫陽花さんに、少しだけ顔を上げる。

背伸び。

 

いつもと逆の感覚に、くすぐったい気持ちになる。

 

唇が触れた瞬間、思った。

 

「(……あ、これ)」

 

新鮮だ。

同じ人なのに、距離と高さが変わるだけで、こんなにも印象が違う。

 

紫陽花さんの息遣いが、近い。

自然と、笑ってしまった。

 

「……結構、いいかも」

「そう?私も好き、かも」

 

紫陽花さんが、柔らかく微笑む。

 

真唯は、その様子を満足そうに眺めていた。

 

「つまりは、だね」

 

楽しげに、彼女は言う。

 

「高さが違っても、同じでも――どれも、私たちの関係ということだ」

「……真唯らしい結論」

 

わたしは苦笑しながらも、二人の手を握った。

 

真唯と紫陽花さん。

どちらか一人だったら、きっとここまで楽しめなかった。

 

ハイヒールなんて、慣れないし、ちょっと疲れる。

足も、そのうち痛くなると思う。

 

でも――

 

こういう小さな違いを、三人で面白がれるのは。

三人で笑えるのは。

 

わたしたちが、三人恋人だからだ。

 

そう思うと、胸の奥が、じんわりあたたかくなった。

 

「(……結構、新鮮で、良いかも)」

 

本当に、そう思ったのだった。




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