今日は、朝から機嫌がいい。
理由は単純で――紫陽花さんの家に、久しぶりに遊びに行くからだ。
鏡の前でくるっと一回転する。
ワンピース、ちょっとだけ気合い入れた。いつもより色も明るめ。
別にデートじゃないし、気合い入れすぎるのも変だけど、
でも「どうでもいい格好」で行くのは違う気がして。
「……よし」
小さく拳を握って、家を出た。
前にお邪魔した時は、正直ちょっと緊張していた。
でも今日は違う。
紫陽花さんの弟さん二人とも、一緒に遊ぶ予定だって聞いてるし、
なんならゲームもやるらしい。
――ゲーム。
そこは、ちょっとだけ、いやかなり、自信がある。
◯
インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「れなちゃん!」
っと花が咲いたみたいな笑顔で、紫陽花さんが出迎えてくれる。
「いらっしゃい。うちに来るの久しぶりだね」
「うん!今日はお邪魔します!」
靴を脱いで上がると、家の中は相変わらず落ち着いた雰囲気だった。
生活感はあるのに、どこか整っていて、紫陽花さんらしい。
「おちびたち、もうリビングで待ってるよ」
「待ってる……?」
その言葉に首を傾げつつ、リビングに入る。
そこには――
「よっしゃー!今のドリフト完璧!」
「ずるいって!それ反則!」
テレビの前、ソファに二人。
コントローラーを握りしめ、画面ではカラフルなコースをカートが疾走していた。
「あ、れな子お姉ちゃん!」
「こんにちはー」
きーくんが素直に挨拶してくれる横で、
こーくんは一瞬だけこちらを見て、ふん、と鼻を鳴らす。
「……また来たんだ」
その態度に、ちょっと笑ってしまった。
思春期だなあ、って。
「マリオカートやってたの?」
「うん。れな子お姉ちゃんもやる?」
「もちろん!」
わたしは即答した。
四人で並んで、マリオカート。
コースはおなじみのものから、ちょっと癖のあるやつまで。
正直に言うと――
わたしは、FPSをやることが多い。
反射神経には自信があるし、視野も広い。
だから、最初は「まあ、いけるでしょ」くらいに思っていた。
……甘かった。
「うわっ、赤甲羅!」
「はい残念ー」
「今のショートカット見た?」
弟二人、普通にうまい。
紫陽花さんも、さりげなく安定感がある。
「え、ちょ、ちょっと待って!?」
「れな子お姉ちゃん、そこ減速しすぎ」
「アイテムの使いどころ雑」
容赦ない。
結果――わたし、最下位。
「……」
「れな子お姉ちゃんよえーなー」
「ゲーマーって聞いてたのに」
こーくんが、にやにやしながら言ってくる。
むっ。
正直、むちゃくちゃムッとした。
でも、ここでムキになるのは大人気ない。
「まあまあ、ジャンル違うしね。FPSとレースは別物だよ。
今日は肩慣らしってことで」
胸を張って言ったけど――内心は、めちゃくちゃ悔しい。
虚勢です。完全に。
何戦かして、だんだん盛り上がってきた。
リビングの空気も、わいわいしてきて。
そのうち、わたしとこーくんの勝負が、妙に拮抗し始めた。
「……っ、負けないから!」
「こっちこそ!」
最終ラップ。
コースは急カーブの連続。
その時だった。
「うわっ――!」
こーくんが、画面に集中しすぎて、体ごとバランスを崩した。
ソファの縁から、ずりっと滑る。
「危な――!」
考えるより先に、体が動いた。
横から手を伸ばして、ぎゅっと抱きしめる。
柔らかい感触。
子どもだけど、確かに「人」を抱きとめた感覚。
「だ、大丈夫!?」
わたしが声をかけると――
「……っ!」
こーくんの顔が、一気に真っ赤になった。
「へ、平気だし!触んな!放せよ!」
乱暴に突き飛ばされて、わたしは一歩よろける。
「え……」
何が起きたのか、分からなかった。
「こら!助けてくれたんでしょ!」
紫陽花さんが注意するけど、こーくんは聞く耳を持たない。
「う、うるさい!」
そう言い残して、リビングから走って出ていってしまった。
残されたわたしたちは、ただ唖然とするしかなかった。
その日は、なんとなく気まずいままお開きになった。
帰り道、わたしはずっと首を傾げていた。
「……思春期、難しい」
それしか言葉が見つからなかった。
◯
数日後。
教室で、紫陽花さんと並んでお弁当を食べている時。
「……実はね」
「うん?」
紫陽花さんが、少し困ったように切り出した。
「こーくんの様子が、ちょっとおかしくて」
「おかしい?」
唐揚げを一個、箸で持ち上げながら聞く。
「れなちゃんの話ばっかりするの」
「……わたしの?」
「『今度は俺がれな子お姉ちゃんを守るんだ』とか、
『彼氏とかいるのかな』とか、顔真っ赤にして言っててね」
わたしは、唐揚げを口に運ぶ手を止めた。
「……はあ」
「それだけならまだしも、『あいつ、やわらかくていい匂いしたな……』って」
ぶふっ。
危うく、唐揚げを吹き出すところだった。
「ちょ、ちょっと待って。わたし、何もしてないよ!?」
「うん、分かってる。完全に一人で暴走してる」
紫陽花さんは、苦笑いだった。
わたしは、よく分からないまま、残りの唐揚げをかじる。
……子どもって、よく分からない。
というか、人間って、よく分からない。
「……まあ、元気なら、いいか」
自分でも驚くくらい、どうでもよさそうに言っていた。
紫陽花さんが、ふふっと笑う。
「れなちゃんは、そういうとこだよね」
何が「そういうとこ」なのかは、最後まで分からなかった。
わたしは、ただもう一個、唐揚げを口に入れた。
もぐもぐ。
――うん、やっぱり、唐揚げは美味しい。
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