休日の街は、平日とはまるで別の顔をしている。
人が多くて、音が多くて、でもその分だけ、どこか浮き立っている。
今日は、紫陽花さん、香穂ちゃん、紗月さん、そしてわたし――四人で遊ぶ日だ。
本当は真唯も一緒の予定だったけど、仕事が入ってしまって来られなかった。
「あとでマイマイに写真送ろうね。自撮りで」
映画館を出るとき、香穂ちゃんがそう言って、スマホをひらひら振った。
うん、と全員が自然に頷く。
真唯は来られなかったけど、ちゃんと今日の空気を共有したかった。
話題のアクション映画は、正直すごかった。
爆発は多いし、アクションは派手だし、
途中で何度も「えっ!?」って声が出そうになった。
……わたしは我慢したけど。
たぶん、香穂ちゃんも同じことを思ってたはずだ。
「次、どこ行こっかー」
映画館を出て、駅前の通りを歩きながら、香穂ちゃんが言う。
紫陽花さんは少し首を傾げて、周りを見渡していた。
「雑貨屋さん、さっき見かけたね」
「カフェも多いよね」
「しかし……人、多いわね」
紗月さんは、相変わらず落ち着いた声で、でもちゃんと周囲を見ている。
わたしはというと、四人で並んで歩いているだけで、
少し嬉しくて――つい足取りが軽くなっていた。
そのときだった。
前から歩いてきた男性と、紫陽花さんの肩が――
「きゃっ」
短い音。
次の瞬間、紫陽花さんがバランスを崩して、尻もちをついた。
「――っ!」
わたしは反射的に声を上げた。
「だ、大丈夫!?紫陽花さん!」
「アーちゃん!」
香穂ちゃんもすぐに駆け寄る。
紫陽花さんは驚いた顔をしていたけど、
すぐに自分の身体を確認するように手を動かした。
「だいじょうぶ……びっくりしただけ」
その言葉に、少しだけほっとした。
でも――
ぶつかったはずの男性は、振り返りもせず、そのまま歩いていった。
スマホを見たまま。
まるで、何もなかったみたいに。
「……え?」
一瞬、頭が追いつかなかった。
怪我がないことよりも、その光景のほうが、ずっと現実感がなくて。
そのとき。
「――ちょっと」
低く、はっきりした声。
紗月さんだった。
彼女は、迷いなく男性の背中に向かって歩いていく。
早足でもなく、でも確実な足取りで。
「今、ぶつかったでしょう」
男性は足を止めて、振り返った。
きょとんとした顔。完全に状況を理解していない。
「……は?」
「あなた、歩きスマホしていて、彼女にぶつかったわ。謝りなさい」
はっきりとした声だった。
感情的ではない。でも、逃げ道を与えない言い方。
「え、いや……急に何……?ぶつかった覚え、ないんだけど……」
男性は、困惑したように視線を泳がせる。
その様子を見て、わたしの胸がざわっとした。
――気づいてなかったんだ。
悪意というより、無関心。
それが、余計に腹立たしかった。
「ちょっとちょっと!」
次に前に出たのは、香穂ちゃんだった。
「見てたよ!?普通にぶつかってたからね!?しかも転んでるし!」
「え、だから……」
「だからじゃないでしょ!危ないじゃん!」
香穂ちゃんは、完全に戦闘モードだった。
声も大きいし、勢いもある。
男性は、明らかに動揺していた。
周囲の視線も集まり始めている。
……正直、怖かった。
もし逆ギレされたら。
もし変な人だったら。
頭のどこかで、そう思っていたのに――
それでも。
紫陽花さんが、地面に座り込んだままなのが、どうしても我慢できなかった。
わたしは、一歩前に出た。
喉が、きゅっと縮む。
心臓の音がうるさい。
でも、言わなきゃ。
わたしは、指で紫陽花さんを指した。
「……あの。さっき……あなたが、歩きスマホをしていて、
この人に……ぶつかったんです」
声が、小さい。
途中で詰まりそうになる。
「……ですから、一言、謝ってください」
自分でも分かるくらい、たどたどしかった。
でも、ちゃんと伝えた。逃げなかった。
男性は、ようやく周囲と状況を理解したのか――
「あ……。すみませんでした……」
それだけ言って、足早に立ち去っていった。
背中が遠ざかるのを見て、わたしは一気に力が抜けた。
「……はぁ……」
「ふんっ、甘いわよ」
紗月さんは腕を組んで鼻を鳴らし、まだ納得してない感じ。
香穂ちゃんも、肩の力を抜いたように息を吐く。
「もう……びっくりさせないでほしいよね」
「ほんとに……」
わたしは、紫陽花さんのほうを見た。
「紫陽花さん……ほんとに大丈夫?」
「うん。怪我はないよ」
そう言って、立ち上がる紫陽花さん。
でも、その表情は少しだけ困ったようだった。
そして、わたしたち三人を見て、静かに言った。
「……ありがとう。みんなの気持ちは、とても嬉しかった」
そのあと、少し間を置いて。
「でもね。もし、怖い人だったら……みんなが危ない目にあったかもしれない」
胸が、きゅっとした。
「私のために、あそこまでしなくてもいいんだよ……」
その言葉に、最初に反応したのは紗月さんだった。
「それでもよ」
即答だった。
「瀬名のためだからこそ、言ったの。黙って見ているほうが、私は嫌」
香穂ちゃんも、にっと笑う。
「友達のためなら平気平気!それにさ、見過ごすほうが後悔するし!」
わたしは、一瞬だけ迷ってから、口を開いた。
「……わたしも、紫陽花さんが傷ついて泣き寝入りするほうが……
自分が危ないかもって思うより、ずっと嫌かな」
本音だった。
紫陽花さんは、少し驚いたように目を瞬かせて――
「……もう」
そう言って、少しだけ拗ねたように眉を下げる。
「むちゃ、しないでね。でも……ありがとう、みんな」
そして、ふわっと笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわり温かくなった。
また、四人で歩き出す。
さっきまでと同じ街、同じ通り。
でも、なんだか少しだけ、世界が違って見えた。
――どことなく、みんなと結束が強まった気がしたから。
そう思いながら、わたしは紫陽花さんの隣を歩いた。
モチベ維持のために感想・評価をもらえると助かります。