12月。
朝、吐く息が白くなるたびに、季節が一段階進んだことを実感する。
寒いのは苦手なはずなのに、嫌いじゃない。
この時期になると、自然と「守りたいもの」を考えてしまうから。
私がマフラーを編み始めたのは、そんな冬の入り口だった。
ただのマフラーじゃない。
れなちゃんと真唯ちゃん、そして私――三人で使う、一本の超ロングマフラー。
正直に言えば、少しだけ迷いはあった。
恋人同士でマフラーを巻くのはよくある。
二人で肩を寄せ合って、寒さを分け合う光景も、街では珍しくない。
でも、三人で巻くマフラーは、あまり聞いたことがない。
それでも、私は手を止めなかった。
人にどう思われるかよりも、
「三人で幸せになる」と決めたことのほうが、ずっと大事だったから。
このマフラーは、その証。
誰に見せるためでもなく、三人が三人であるためのもの。
だから、二人には内緒。
学校では編まなかった。
もし見つかったら、すぐにバレてしまう。
れなちゃんは勘がいいし、真唯ちゃんは観察眼が鋭い。
実際、ある日の休み時間――
真唯ちゃんが、私の手をじっと見つめてきた。
「紫陽花、ちょっと手、見せて」
理由を聞く前に、手を取られる。
指先に、真唯ちゃんの体温が触れた。
「……最近、指先が少し固くなってる」
そう言って、一本一本、丁寧に触れられる。
指の腹をなぞられて、関節を確かめられて、
まるで大切なものを点検するみたいに。
「え、あの……」
恥ずかしくて視線を逸らすと、真唯ちゃんは小さく笑った。
「変な意味じゃないよ。紫陽花の手、好きだから」
それ以上は何も言わなかった。
でも、胸の奥がじんわり温かくなる。
これも、スキンシップの一つなのかな。
そう思うことにした。
れなちゃんはというと、
最近「欲しいものがあるんだ」と言って、こつこつ貯金していた。
何を買うのかは教えてくれない。
でも、少しだけ誇らしげな表情が可愛くて、無理に訊かないでおいた。
そんな何気ない会話。
何気ない日常。
それが、私にはたまらなく愛おしかった。
そして――クリスマスイブ。
三人で過ごす、約束の日。
約束の時間より少し早く、私は待ち合わせ場所に着いた。
バッグの中には、完成したマフラー。
指先に残る、編み目の感触。
何度もほどいて、何度もやり直した跡。
「……喜んでくれるかな」
少しだけ、不安になる。
でも、そんな気持ちは――二人の顔を見た瞬間、吹き飛んだ。
「紫陽花さん!」
「やぁ、寒くないかい?」
いつも通りの声。
いつも通りの距離。
それが、嬉しかった。
少し歩いたあと、私は意を決して言った。
「……あのね、二人にプレゼントがあるの」
マフラーを差し出した瞬間、最初に反応したのは、れなちゃんだった。
「……え?」
声が、少し遅れて出た。
目の前のそれを、すぐに理解できなかったみたいで、
視線がマフラーの端から端へ、ゆっくり移動する。
「ちょ、待って……長くない?え、これ、まさか……」
そこで、私が何も言わないと気づいた瞬間。
れなちゃんの表情が、ぱっと笑顔に変わった。
「あ……」
息を吸う音が聞こえた。
そして次の瞬間、ぎゅっとマフラーを両手で掴む。
「……三人で、使うやつ?」
その声は、震えていた。
「うん」
そう答えた途端、れなちゃんの目が、みるみる潤んでいく。
「なに、それ……ずるいよ……」
笑おうとしているのに、うまく笑えない。
眉が下がって、唇が震えて、あっという間に、涙がこぼれた。
「……嬉しすぎる!」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
止めようともしない涙。
「だってさ……わたし、三人でマフラー巻くとか、
一回も想像したことなかったのに……」
鼻をすすりながら、それでもマフラーから手を離さない。
「紫陽花さんが……そんなの、当たり前みたいに作ってくるのがさ……」
言葉が詰まって、そのまま、声にならない嗚咽に変わる。
私は思わず、「れなちゃん……」と名前を呼んだ。
でも、その時――静かに息を吐いたのは、真唯ちゃんだった。
「……」
一歩、こちらに近づく。
マフラーを、れなちゃんとは反対側から、そっと持ち上げる。
「編み目、すごく丁寧だね」
いつもの真唯ちゃんらしい、落ち着いた声。
でも、指先がわずかに止まっている。
「……これ、相当時間かかってる」
私が何も言わずにいると、真唯ちゃんは小さく笑った。
「紫陽花、学校で編まなかった理由……今なら分かる」
その笑みは、どこか照れていて、ほんの少しだけ、弱かった。
「三人で使うものだから、私たちに先に知られたくなかったんだろう?」
そう言われた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
真唯ちゃんは、マフラーを胸元に引き寄せて、一度だけ、目を伏せた。
そして、はっきりと言った。
「嬉しいよ。すごく」
その一言で、れなちゃんが顔を上げる。
「……真唯も?」
「もちろん」
真唯ちゃんは、即答した。
「三人で共有するものを、紫陽花が選んでくれたことが、何より嬉しい」
れなちゃんは、涙を拭いながら、へにゃっと笑った。
「もうさ……泣かせにきてるよね、これ……」
そう言いながら、マフラーを頬にすりっと寄せる。
「……あったかい……」
私は、その二人の様子を見て、ようやく実感した。
――ちゃんと、届いた。
このマフラーは、三人で幸せになる、っていう私の覚悟を、
ちゃんと、二人の心に結びつけてくれた。
「……気に入ってくれて、よかった」
そう言うと、れなちゃんが、涙声のまま叫ぶ。
「当たり前でしょ!一生使うから!うぇぇぇん……」
真唯ちゃんは、静かに頷いた。
「大事にする。三人で、ね」
その言葉を聞いた瞬間、胸が、いっぱいになった。
ああ、よかった。
本当に、編んでよかった。
すると今度は、二人が顔を見合わせて、少し照れたように言う。
「実は……私からも、あるんだ」
真唯ちゃんが差し出したのは、三つ揃いの、シンプルな指輪。
「三人でつける指輪。家族指輪って呼ばれることもあるらしい」
高価なものだと、すぐに分かった。
思わず、れなちゃんと顔を見合わせてしまう。
「こんな高価なの……いいの?」
「いいよ」
即答だった。
「私は、本気だから」
その一言で、胸がいっぱいになる。
そして、れなちゃんの番。
「えっと……わたしからは、これ!」
取り出したのは、三つお揃いのマグカップ。
「ずっと貯金してたの、全部これのため!」
少し照れながら、でも誇らしそうに続ける。
「三人でさ、このマグカップ使ってゲームしたり、
こたつでダラダラしたりするのが夢で……」
……もう、だめだった。
嬉しすぎる。
三人とも、三人で共有するものを選んでいた。
私は思わず、二人に抱きついた。
「絶対……幸せになろうねっ!」
「なるに決まってるでしょ!」
「うん、ずっと一緒だよ」
その時、空から――静かに、雪が降り始めた。
三人で、ロングマフラーを巻く。
肩が触れて、体温が混ざる。
夜の街へ、ゆっくり歩き出す。
寒さなんて、もう気にならなかった。
だって――こんなにも、あたたかいんだから。
◯
夜の街は、クリスマスイブらしく少しだけ浮き足立っていた。
イルミネーションの光が歩道に反射して、雪がゆっくり舞っている。
私たちは、三人で一本のロングマフラーを巻いて歩いていた。
正直、視線を感じないわけじゃない。
長すぎるし、三人だし、目立つ。
でも――
立ち止まる人はいなかった。
眉をひそめる人も、いなかった。
代わりに、聞こえてきたのは。
「あ、見て。かわいい」
通りすがりの女の人が、連れの人の袖を引いて、小さくそう言った。
声はひそひそだったけれど、そこには驚きより、微笑みがあった。
少し先では、ベンチに座っていた年配の夫婦。
おばあさんが、私たちを見て、ふっと目を細める。
「若いっていいわねぇ。あんなふうに、くっついて歩けるの」
おじいさんは、頷きながら笑った。
「寒いのに、あったかそうだ」
それだけで、胸がじんわりする。
横断歩道で信号を待っていると、
小さな女の子が、じっとこちらを見上げていた。
「ママ、あれ、ながーい」
母親は一瞬驚いた顔をして、すぐに柔らかく微笑む。
「ほんとだね。みんなで分けてるんだね」
女の子は、ぱっと顔を輝かせて、
「いいなぁ。あったかいね!」
その一言が、まっすぐ胸に刺さった。
コンビニの前を通り過ぎると、
店の外で立ち話をしていた大学生くらいの二人組。
ちらっとこちらを見て、一人が小さく言う。
「仲いいんだな」
もう一人は、肩をすくめて笑った。
「寒い夜は、そういうのが一番だろ」
それ以上、何も言わない。
ただ、それだけ。
私は気づく。
――誰も、私たちを「変だ」と言わない。
三人でいることを、無理に説明しなくてもいい。
ただ、
あたたかそうで、
仲が良さそうで、
幸せそう。
それだけで、十分だった。
れなちゃんが、マフラーの中で、小さく息を吸って言う。
「……なんかさ」
「うん?」
「世界、優しくない?」
真唯ちゃんが、静かに笑う。
「紫陽花が編んだマフラーの効果かもね」
私は、二人の腕に少し力を入れた。
「だったら……ずっと、巻いていようね」
雪は、変わらず降り続けている。
でも、寒くない。
この街は、この夜は、ちゃんと、私たちを受け入れてくれていた。