紫陽花さんの家に来るのは、何度目だろう。
正直、何度来ても紫陽花さんに会えるってだけで超嬉しい。
「おじゃまします!」
「どうぞ、れなちゃん!」
天使スマイルの紫陽花さんに出迎えられ、ウキウキのわたし。
玄関で靴を揃えた瞬間から、今日は少し空気が違った。
理由は分かっている。弟くんたちがいない。
本当に、文字通り――紫陽花さんと、二人きり。
「……ふぅ」
深呼吸をひとつ。
紫陽花さんと二人きりで、心臓がうるさくて仕方なかった。
「れな子おねえちゃ~ん♡」
背後から、ふにゃっとした声。
振り返ると、そこには――
見慣れたはずの紫陽花さんなのに、
明らかに様子がおかしい紫陽花さんがいた。
距離が近い。
目がきらきらしてる。
語尾が、甘い。
「……あ、あれ?紫陽花さん?」
「えへへ~。れな子おねえちゃ~ん」
両手を広げて、すりっと寄ってくる。
完全に、家出旅行の時の5歳児モードの紫陽花ちゃんだった。
「……ど、どうしたの?」
「なんでもな~い。今日はね、甘えたいきぶん♡」
二人きりの甘い空気が紫陽花さんをそうさせたらしい。
紫陽花さんは、たまにこういうスイッチが入る時がある。
そして、そのスイッチは、たいてい事前に説明されない。
まぁめちゃくちゃ可愛いので、むしろウェルカムなんですが。
「……はいはい」
口ではそう言いながら、声の端はどうしても甘くなる。
わたしはそっと紫陽花ちゃんを抱きしめて頭に手を置いた。
なで。
なでなで。
指先に伝わる、柔らかい髪。
めっちゃ柔らかくて、良い匂いするからドキドキする。
「ん~……」
紫陽花ちゃんは、くすぐったそうに目を細めて、
猫みたいに少しだけ頭を預けてくる。
「(か、かわいい……!)」
だめだ。
一瞬でもそう思った時点で、だめだ。
――落ち着け、わたし。
これはお世話。
これは年上ムーブ。
妹みたいなもの。
恋人だけど、今はそういうのじゃない。
そう、何度も心の中で言い聞かせる。
……なのに。
撫でる手を止めようとすると、
紫陽花ちゃんが「えへへ」と嬉しそうに笑うから、
結局、手が離れない。
「(……ちがう、ちがうちがう)」
胸の奥が、もぞっとする。
甘いような、落ち着かないような、明らかに「やばい」種類の感覚。
この状況に慣れてはいけない、と理性が必死に警告しているのに、
紫陽花ちゃんは遠慮なんて一切なく、全身で「甘えたい」を表現してくる。
「(……わたし、今めちゃくちゃデレてない?)」
自覚した瞬間、背徳感が一気に押し寄せた。
かわいい。
でも、だめ。
嬉しい。
でも、よくない。
その全部が同時に来て、わたしは内心で一人、静かに修羅場を迎えていた。
「れな子おねえちゃん、ジュースのむ~?」
「ありがとう。でも、こぼさないように――」
言い終わる前だった。
がつん。
紫陽花ちゃんの肘が、テーブルの端に当たった。
「あっ」
次の瞬間、オレンジ色の液体が、勢いよく跳ねた。
「……あ」
わたしの服に、ぽたぽた。
「あああ……!」
紫陽花ちゃんが固まる。
わたしは、一瞬だけ状況を確認してから、すぐに動いた。
「だいじょうぶだいじょうぶ!」
ティッシュを掴んで、服を押さえる。
染みにならないように、軽く叩いて、吸わせて。
床にこぼれた分も、さっと拭く。
「まだ乾く前だから平気だよ。ほら」
実際、大したことはなかった。
色も薄いし、洗えば落ちる。
――問題は、そこじゃなかった。
「ごめんね……」
紫陽花ちゃんの声が、震えた。
見上げると、目の端に、涙が溜まっている。
「れな子おねえちゃん……ごめんね……」
5歳児モードいつまで続くの……?
「ほんとに気にしてないって!」
わたしは慌てて言った。
これは本心だ。全然怒ってない。
「事故だし。ほら、拭いたらもう――」
そのとき。
紫陽花ちゃんが、なぜか――立ち上がった。
「……?」
次の行動を、わたしは理解できなかった。
紫陽花ちゃんは、もぞもぞとスカートに手をかけて――
「えっ、ちょ、なにを!?」
慌てて声を上げる。
「……悪いことした子にはね」
紫陽花ちゃんが、しょんぼりした顔で言う。
「お尻ぺんぺん……」
「それどこ情報!?」
即ツッコミ。
「香穂ちゃん……」
「あの人かぁぁぁ……!」
頭を抱えた。
どうしてこうなった。
待って。待って待って待って。
わたし、今、何を求められてるの?
「だ、だめだよ!そんなの!」
必死に言うけど、紫陽花ちゃんは、完全に役に入り込んでいた。
スカートも下着も脱いで完全にお尻が露出している。
くっと腰を曲げてお尻を突き出し、ちょこん、とこちらを見る。
「おねがい……」
「……っ」
ずるい。
その顔は、ずるい。
どうして……どうして、わたしが……
数秒、沈黙。
……わたしは、負けた。
「……ほんとに、軽く……だよ?」
自分でも、情けない声だった。
そっと、ためらいながら――手のひらで
ぺちん!
「ひゃっ!?」
紫陽花ちゃんが、驚いたような声を出す。
「も、もう一回……」
「えっ」
「ちゃんと……」
なんで確認してくるの!?
ぺちん!
「きゃっ……!」
そして、勢いで――あと数回。ほんの、流れで。
ぺちん!ぺちん!
「も、もう……」
ぺちーん!
わたしの方が、息も絶え絶えだった。
何やってるのわたし……!
そのとき。
「あ……」
紫陽花ちゃんが、ぱっと顔を上げた。
目の焦点が、合う。
「……え?」
数秒の沈黙。
「……」
「……」
正気に戻った紫陽花さんが、ゆっくりと立ち上がり、深呼吸を一つ。
二人して顔を真っ赤にして、視線を逸らした。
まだ少し手のひらに紫陽花さんのお尻の感触が残っている。
部屋に、気まずさが満ちる。
「……私たち、なにしてたんだろうね」
紫陽花さんが、ぽつりと呟く。
「ほんとだよ……」
それ以上、言葉は続かなかった。
その後は、何事もなかったかのようにお茶を飲んで、
映画を流して、雑談して。
笑った……はずだった。
でも。
内容は、まったく、覚えていない。
ただ、頭の中でぐるぐると回っていたのは――紫陽花さんのお尻。
ほんとに、何やってたんだろう、わたしたち……
紫陽花さんの横顔を見ながら、
わたしは、静かに背徳感に苛まれていたのだった。
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