クインテットの日常   作:戦竜

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オタクになったれな子

ここ最近のわたしは、明らかに様子がおかしかったと思う。

 

いや、別に体調が悪いとか、学校でなにか大事件があったとか、

そういう重たい話ではない。むしろ逆だ。

胸の奥がふわふわして落ち着かず、意味もなくスマホを開いてしまう。

授業中ですらノートの隅に欲しいものの名前を書きそうになるくらい、

完全に浮かれていたのである。

 

原因は、ひとつ。

香穂ちゃんに教えてもらったアニメだった。

 

最初はほんの軽い気持ちだったのだ。

香穂ちゃんが「これ絶対れなちん好きだと思う!」と目を輝かせながら勧めてきて、

そんなに言うなら一話だけ見てみるか、くらいの気持ちで再生ボタンを押した。

いつものわたしなら、新しい作品にハマるまでには少し時間がかかる。

キャラの名前を覚えるのも遅いし、

設定を理解するまで「えっ、この人誰だっけ?」となることも珍しくない。

 

なのに、そのアニメは違った。

 

一話の時点で、まず映像が良かった。

色使いがかわいくて、画面の空気そのものがきらきらしていて、

キャラクターたちが動くたびに「うわ、好き……」という

感情がじわじわと胸にたまっていった。

二話で推しができ、三話でもう完全に落ちた。

四話を見終えた頃には、わたしはその作品名を検索し、

登場人物のプロフィールを眺め、主題歌を聴き、関連イラストを漁り、

気づけば通販サイトのおすすめ欄にずらりと並んだグッズを真顔で見つめていた。

 

フィギュア。

アクリルスタンド。

タペストリー。

缶バッジ。

ポスター。

キーホルダー。

クリアファイル。

 

世の中には、こんなにも人を破産へ導く魅力的なものがあるのか。

 

スマホの画面を見ながら、わたしは何度も深呼吸した。

落ち着け、わたし。グッズというのは冷静に選ばなければならない。

勢いで買って届いてから「置く場所がない……」と泣く未来が見える。

だがしかし、欲しい。めちゃくちゃ欲しい。

なにより、推しを日常の視界に置きたかった。

目が覚めた時も、部屋に帰ってきた時も、

ゲーム中にふと横を向いた時も、そこにいてほしい。

生活空間の中に、推しの気配がほしかった。

 

その願望に気づいてしまった瞬間から、わたしの心はもう後戻りできなかった。

 

幸い、お小遣いの貯金はそこそこあった。

毎月ちまちまとためていた分があるし、

なにか大きなものを買う予定も今のところない。

グッズの値段も、高級フィギュアみたいな物でなければ手が届かない額ではない。

つまり、やろうと思えば、かなりいける。

 

かなりいける、というのが危険なのだ。

 

人間、絶対に無理なものは早めに諦めがつく。

でも、頑張れば届くものは、理性が一番試される。

 

放課後の帰り道でも、夕飯の時間でも、お風呂でも、寝る前の布団の中でも、

わたしの頭の中では「どのグッズから買うべきか会議」が開催され続けていた。

フィギュアを優先するべきか。

いや、部屋の印象を一気に変えるならタペストリーが先か。

棚の上に並べるならサイズ感を揃えたい。

でも壁面を使えば部屋は一気にオタクっぽくなる。

むしろ、そのオタクっぽさこそ今回の目的ではないのか。

 

痛部屋。

その単語を頭の中で唱えた瞬間、

わたしは自分の頬がにやけるのを止められなかった。

なんて甘美で、なんて覚悟のいる響きなんだろう。

 

好きなものに全振りした空間。

自分の「好き」を遠慮なく可視化した部屋。

普通の部屋ではない。

誰が見ても「あっ、この人、かなり好きなんだな」と一目で分かる部屋。

 

……やりたい。

めちゃくちゃ、やりたい。

 

ただし、問題があった。

わたしはこういうことに関して、熱が上がると周囲が見えなくなるタイプなのだ。

かわいい!好き!欲しい!で突っ走って、

あとから「え、これどうやって飾るの……」と頭を抱える未来が容易に想像できた。

フィギュアもタペストリーも、それなりに場所を取る。買って終わりではない。

どこに置くのか、どこに貼るのか、部屋全体のバランスはどうするのか、

色味は合うのか、生活の邪魔にならないのか。考えることは意外と多い。

 

つまり、ここは経験者に頼るべきだ。

そして、わたしの身近には、その手の知識を豊富に持っていそうな人物がいた。

 

そう、わたしを沼に引きずり込んだ張本人、香穂ちゃんである。

 

香穂ちゃんは、「好きなものを好きと胸を張って言える人」の代表みたいな子だ。

かわいいものも派手なものも、自分がいいと思ったら堂々と楽しむ。

その姿勢がかっこいいし、部屋づくりやグッズ選びも絶対うまい。

なにより、わたしをこの沼に落とした張本人だ。責任を取ってもらおうじゃないか。

 

翌日、わたしは休み時間に意を決して香穂ちゃんへ相談した。

 

「実はちょっと、相談が……」

「なになに?れなちんがそんな真面目な顔してると逆に気になるんだけど」

「いや、真面目というか、その……あのアニメのグッズが欲しくて」

「おっ」

 

香穂ちゃんの目が、一瞬で輝いた。

あ、これはもう通じたな、とわたしは察した。

 

「しかも、ちょっとだけじゃなくて、割としっかり欲しくて」

「うんうん」

「で、どうせ買うなら部屋もいい感じにしたいんだけど、

たぶんわたし一人だと失敗する気しかしないっていうか……」

 

そこまで言ったところで、香穂ちゃんは机に身を乗り出してきた。

 

「任せて、れなちん。そういうの、超楽しいやつじゃん!」

 

その返答があまりにも早くて、あまりにも頼もしくて、

わたしは思わず「え、いいの!?」と声を上げてしまった。

 

「いいに決まってるでしょ。

推し活は勢いも大事だけど、配置と統一感も大事だからね。

グッズって単体でかわいいだけじゃなくて、どう見せるかで満足度ぜんぜん違うし。

部屋に合うやつ選べば、帰るたびにテンション上がる空間になるよ」

「うわ、言葉に説得力がありすぎる……」

「でしょ?だから放課後、れなちんの家で作戦会議しよ!」

 

こうして、わたしの一大計画は本格的に動き出したのだった。

 

 

放課後。

自宅に香穂ちゃんを招き、自室へ案内する。

 

「おじゃましまーす!」

 

明るい声と一緒に部屋へ入ってきた香穂ちゃんは、まず全体をぐるっと見回した。

ベッド、本棚、机、カラーボックス、壁、窓、空いているスペース。

それらを順番に見ていく様子はちょっとしたインテリアコーディネーターみたいで、

わたしはなぜか背筋を伸ばしてしまった。

 

「へえー、れなちんの部屋、思ったよりすっきりしてる」

「思ったよりってなに」

「もっとこう、教科書とゲームとお菓子の袋が混在してる感じかと」

「ひどい偏見!」

「でもこれ、逆にすごくやりやすいかも。

ベースがシンプルだから、グッズ入れた時に映えそう」

 

そのひと言で、わたしのテンションは一気に上がった。

映える。いい言葉だ。自分の部屋が、推しグッズによって映える未来。

想像しただけでにやにやする。

 

わたしはノートパソコンを机に置き、通販サイトを開いた。

香穂ちゃんはわたしのすぐ横まで寄ってきて、二人で画面をのぞき込む。

最初は「かわいい!」とか「この衣装好き!」とか騒ぐだけになるかと思ったけど、

実際に選び始めると、想像以上に真剣な時間になった。

 

「まず、フィギュアはどこに置きたい?」

「えっ、そこから?」

「そこから。置き場所が決まればサイズも数も決めやすいから」

 

なるほど、たしかにそうだ。

 

香穂ちゃんに言われて、わたしは部屋の中を見渡した。

本棚の上は空いているけど、少し高い。見上げる感じになる。

机の横のカラーボックスの上なら、視線の高さ的にもいいかもしれない。

ベッドの近くは、寝返りでぶつけたりしたら嫌だ。

窓際は日光が強いと色あせが心配。

 

フィギュアは、サイズ違いをいくつか候補に出して比較した。

小ぶりで並べやすいもの。存在感のある一体。表情違いのバリエーション。

わたしは気に入ったものを次々カートに入れかけたけれど、

そのたびに香穂ちゃんが「待って、まず全体見よう」とストップをかけてくる。

その冷静さが本当にありがたかった。

 

「この子めっちゃかわいくない!?」

「かわいい。でもそれ単体で終わらせるならいいけど、

今回は部屋づくりだからね。他のグッズとの相性も見る」

「ぐっ……正論」

「あと、れなちんの推しってこの子中心でしょ?

だったら主役を決めた方がいいかも。部屋に入った時、最初に目がいく存在」

「主役……!」

 

そうか。

グッズを並べるんじゃない。空間を作るんだ。

 

その考え方に切り替わった瞬間、選び方が変わった。

メインにするフィギュアを一つ決め、その周りにサブのグッズを配置する。

壁には大きめのタペストリーを使って視線を集め、棚には小物を並べて密度を出す。

色味や構図も考えて、部屋全体に「この作品が好き」という空気を浸透させていく。

たったそれだけのことなのに、まるで自分の好きという感情を

立体的に組み上げていく作業みたいで、とてつもなく楽しかった。

 

タペストリー選びは、さらに悩んだ。

 

「サイズ、こんなにあるの!?」

「あるよー。小さいのから大きいのまで。

れなちんの部屋だと、この壁にかけるならこのくらいがちょうどいいかな」

 

香穂ちゃんが壁を指差す。

大きすぎると圧迫感が出るし、小さすぎると存在感が弱い。

しかも絵柄も、全身絵かバストアップか、

背景の華やかさはどうかで印象が変わる。

どれも良く見えてきて、逆に決められない。

 

二人して真剣な顔で画面を見つめ、時々「これだ!」と盛り上がり、また悩む。

その時間はあっという間に過ぎた。気づけば外はかなり暗くなっていて、

時計を見ると二時間近く経っている。

なのに疲れた感じはなくて、むしろまだ見ていたいくらいだった。

 

最終的に、フィギュア数点、タペストリー数枚、

アクスタや小物類まで、かなりしっかり選び終えた。

カートの中身を見た時は少しだけ血の気が引いたけれど、

貯金額と照らし合わせて「いける……いけるはず……」と自分に言い聞かせた。

 

「注文、押すよ?」

 

わたしがそう言うと、香穂ちゃんはにやっと笑って親指を立てた。

 

「押しちゃえ、れなちん。新しい世界の扉だよ」

「表現が壮大!」

 

でも、たしかにそんな気分だった。

わたしは心の中で小さく気合を入れて、購入確定のボタンを押した。

 

その瞬間、妙な緊張と興奮が一緒に押し寄せてきた。

 

「やっちゃった……」

「おめでとう、れなちん。沼の住人へようこそ」

「歓迎の言い方がちょっと怖い!」

 

香穂ちゃんが帰ったあとも、わたしはしばらく注文履歴を何度も見返してしまった。

本当に頼んだんだ。夢じゃないんだ。届くんだ。

そう確認するたびに、ふふ、という笑いがこぼれる。

寝る前には、部屋のどこに何を置くかを改めて想像しながら、

やたら寝つきの悪い夜を過ごした。

 

 

そして三日後。

学校から帰ってきたわたしを待っていたのは、見慣れない段ボールの山だった。

 

「うわあああああ!」

 

玄関先で思わず声が出た。

母に「そんな大きい声出さないの」と軽く注意されたけれど、無理である。

だって届いている。届いてしまっている。わたしの夢が、箱になって積まれている。

 

段ボールの表面に貼られた伝票を見ただけで心臓が跳ねた。

一刻も早く開けたい。だが、今日は香穂ちゃんと一緒に飾る約束をしている。

勝手に全部開けてしまうのは、なんというか、もったいない。

祭りの前に一人で花火を打ち上げるようなものだ。

ここは我慢。わたしは深呼吸し、段ボールたちをそっと自室へ運び込んだ。

 

放課後になってやってきた香穂ちゃんは、

その山を見た瞬間に「おおー!」とテンションを上げた。

 

「いいねいいね!この感じ!届いた時が一番祭り感ある!」

「わたし、今日一日これのことしか考えてなかった……」

「分かる。じゃあ開封式、始めますか!」

 

そこから先は、まさに幸福の連続だった。

 

カッターで丁寧にテープを切る。

緩衝材をめくる。

箱が見える。

ビニールを外す。

絵柄が見える。

そのたびに「わあ!」「かわいい!」「やばい!」と声が出る。

 

画面で見ていた時もかわいかったけれど、実物はやっぱり違う。

サイズ感も、色の鮮やかさも、存在感も、

手元にあるだけで一気に現実味を帯びてくる。

フィギュアの箱を持った時の重みですら嬉しい。

タペストリーを広げた時の布のなめらかさや、印刷の綺麗さにも感動した。

推しが、うちにいる。もうその事実だけで胸がいっぱいになる。

 

「れなちん、顔やばいよ」

「えっ」

「めちゃくちゃ幸せそう」

「そ、そう?」

「うん。にやけ方がオタク」

「うわあ、自覚はあるけど人に言われるとちょっと恥ずかしい!」

 

けれど、恥ずかしさより嬉しさの方が圧倒的に大きかった。

 

飾りつけは、想像以上に試行錯誤の連続だった。

まずフィギュア。箱から出す時点で緊張する。

傷つけないように、パーツを落とさないように、慎重に慎重に。

台座にはめ込み、角度を調整し、棚の上へ仮置きしてみる。

でも、いざ置くと「なんか違う」となる。

少し右か、いや左か。後ろにアクスタを置くとごちゃつくか。

二人でしゃがんだり立ったりしながら、何度も見え方を確認した。

 

タペストリーも難しかった。

壁のどこに、どの高さで、どの絵柄を持ってくるか。

少し位置が違うだけで印象がかなり変わる。

部屋に入ってすぐ目に入る場所にメインを置くのか、

ベッドの上を華やかにするのか、

机から顔を上げた時に見える位置を重視するのか。

悩みに悩んで、結局いったん仮留めしてから少し離れて見て、

また直す、を何度も繰り返した。

 

その作業は大変ではあったけれど、不思議と面倒ではなかった。

むしろ、どんどん自分の部屋が自分の好きで満たされた空間へ

変わっていくのを見るのが楽しくて仕方なかった。

今までただの壁だったところに推しが現れ、空いていただけの棚に物語が生まれ、

机の周りに色が増えていく。部屋の空気そのものが変わっていく感じがした。

 

途中でわたしたちは何度も笑った。

「こっちの角度、神!」とか、「この並び、オタクの夢!」とか、

「やばい、部屋に帰るのが楽しみすぎる!」とか、

そんなことばかり言っていたと思う。

冷静に考えればかなりうるさかった気もするけれど、

その時はもう、テンションが最高潮に向かって駆け上がっていた。

 

そして、最後の小物を置き終えた時。

わたしたちは同時に数歩下がって、部屋全体を見た。

そこにはもう、数日前までの普通のわたしの部屋はなかった。

 

壁にはタペストリー。

棚の上には並んだフィギュア。

推しを中心に構成された色と配置。

ただ物が増えたのではなく、ひとつのテーマを持った空間になっている。

部屋に入った瞬間に「何が好きなのか」が分かるのに、

ごちゃごちゃしすぎず、ちゃんと見せたいものが見える。

自分の理想が、ちゃんと形になっていた。

 

「……できた」

 

思わず、ぽつりと呟く。

 

「できたね、れなちん」

 

香穂ちゃんも、満足そうに頷いた。

次の瞬間、わたしたちは顔を見合わせて、ほとんど反射みたいに手を振り上げた。

 

「やったーっ!」

 

ぱんっ、と高い音を立ててハイタッチが決まる。

その一撃だけで、ここまで積み上げてきた時間全部が報われた気がした。

わたしは笑いが止まらなくて、香穂ちゃんも「最高じゃん!」と声を弾ませている。

 

それからはもう撮影大会だった。

 

スマホを構えて、正面から一枚。

斜めから一枚。

フィギュアのアップ。

タペストリーの全体。

机まわりの雰囲気。

棚の並び。

 

「ちょっと待って、この角度めっちゃ良くない!?」

「ほんとだ、奥行き出てる!」

「やばい、SNSに載せたい!」

「載せよ載せよ!」

 

わたしは選びに選んだ写真を数枚アップし、短いコメントを添えて投稿した。

自分の部屋をSNSに載せるなんて少し勇気がいったけれど、

それ以上に「見てほしい!」という気持ちの方が強かった。

だって、こんなに頑張ったのだ。こんなに好きが詰まっているのだ。

これはもう、自慢したいに決まっている。

 

香穂ちゃんが帰ったあとも、当然SNSが気になる。

投稿してすぐは数件だった反応も、時間が経つにつれてじわじわ増えていった。

わたしは何度もアプリを開いては閉じ、

また開いては「増えてる!」と小さく騒ぐという、

かなり落ち着きのない行動を繰り返した。

 

そして、ある瞬間。

 

「えっ、うそ」

 

思わず声が出た。

いいねの数が、40に届いていたのである。

 

「よんじゅう!?!?」

 

わたしはベッドから飛び上がった。

いや、本当に飛び上がった。身体が勝手に跳ねた。

だって嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。

わたしの頑張った痛部屋が、40人もの人に「いいね」と思ってもらえたのだ。

もちろん、数字の大きさそのものがすべてじゃない。

でも、自分の好きが誰かに届いた感じがして、胸の奥がじんわり熱くなった。

 

「やったぁぁぁ!」

 

叫んだ次の瞬間、壁の向こうから遥奈の怒鳴り声が飛んできた。

 

「うるさい!」

「あ、ごめ――いやでも今はしょうがないでしょこれは!」

「知らない!」

 

相変わらず辛辣である。

けれど、今のわたしのテンションはそんなことで下がるはずもなかった。

むしろ少し怒られたくらいではびくともしない幸福感が全身を支配していた。

 

口元が勝手にゆるむ。

笑いをこらえようとしても無理だ。

喉の奥から、なんとも言えない怪しい笑い声まで漏れてくる。

 

「デュフフ……」

 

……やばい。

自分でもやばいと思う。

でも止まらない。だって部屋は最高だし、SNSの反応は嬉しいし、

今わたしはたぶん人生でもかなり上位に入るくらい満たされている。

 

そのままコメント欄を見ていた時だった。

 

「天井にタペストリーは貼らないんですか?」

「どうせなら抱き枕もいいかも知れないですね」

 

フォロワーさんからのその言葉を見た瞬間、わたしの思考はぴたりと止まった。

 

天井。

抱き枕。

 

……なるほど。

 

今の部屋でも十分満足している。

すでにかなり完成度は高い。

だがしかし、まだ上があるのでは?

 

ベッドに寝転がった時、天井に推しがいたら。

抱き枕があったら、部屋の住んでる感はさらに増すのでは?

痛部屋としての徹底度が、一段階上がるのでは?

 

わたしはスマホを握ったまま、真剣な顔で天井を見上げた。

真っ白な、何もない空間。

そこにタペストリーがあったら。

……強い。かなり強い。

 

「よし!」

 

気づけば声に出していた。

 

「徹底的にやっちゃおう!!」

 

部屋の真ん中で、わたしはびしっと拳を握った。

 

「えいえいおー!!」

 

もちろん、その直後にまた遥奈から

「だからうるさいって言ってるでしょ!」と怒られた。

でも、そんなの関係なかった。

好きなものを好きなだけ詰め込む。

中途半端ではなく、自分が満足するまでやる。

そう決めた時のわたしは、わりと無敵なのだ。

 

後日。

追加でいくつかグッズを注文した結果、貯金は見事に底をついた。

 

お財布の中身を確認した時は、さすがにちょっとだけ「うっ……」となった。

しばらくは節約生活である。

コンビニで気軽に甘いものを買うのも控えなければならないかもしれない。

人は推しのためならここまで潔くなれるのか、と自分でも少し驚いた。

 

でも、後悔はなかった。

 

なぜなら今、わたしの部屋は最高だからだ。

 

学校から帰って、ドアを開ける。

すると視界に入るのは、好きで満たされた空間。

推しがいる。

棚にも、壁にも、視線の先にも。

椅子に座ってゲームをしていても幸せだし、

少し疲れてベッドに寝転がればまた別の角度から推しが見える。

アニメを流せば、その作品世界に包まれている感じが増して、前より何倍も楽しい。

まるで自分の部屋そのものが、日常の中に作られた小さな聖域みたいだった。

 

お金はなくなった。

だが、幸福度は爆上がりした。

 

これでいいのだ。

たぶん、いや、絶対にいい。

 

わたしはベッドに寝転がり、ゲーム機を手に取りながら、改めて部屋を見渡した。

好きなものに囲まれるって、こんなに気分がいいんだ。

画面の中のキャラクターも、物語も好きだ。

そして、それを大事に思う自分の気持ちも、たぶんけっこう好きだった。

 

痛部屋。

最初はちょっと勇気のいる響きだったその言葉も、今ではすっかり愛おしい。

 

わたしだけの城。

わたしだけの好きの集積。

誰にどう思われても、ここは間違いなく、今のわたしが一番落ち着ける場所だった。

 

ゲームを起動し、アニメのグッズに囲まれたままコントローラーを握る。

部屋の空気はすっかり、自分の好きなもので染まっている。

 

最高だ。

 

そんなふうにしみじみ思いながら、わたしはニコニコと画面に向き直ったのだった。




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