クインテットの日常   作:戦竜

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王塚真唯と青い憧れ

その日は、抜けるような青空だった。

皮肉なことに、王塚真唯の記憶に刻まれた「あの日」の空は、

彼女が何よりも欲した色をしていた。

 

当時、真唯は小学校一年生。

まだ「完璧」という鎧を纏う前の、等身大の少女だった頃の話だ。

 

母であるルネに連れられてやってきたのは、

街でも評判の少し小洒落たファミリーレストランだった。

真唯は、この場所が好きだった。赤いビニール張りの椅子、

少し背伸びをしたような大人たちの話し声、

そして何より――大好きな「お子様ランチ」があるから。

 

「真唯、姿勢を正しなさい。王塚家の娘として恥ずかしくない振る舞いをね」

 

向かいに座るルネの言葉に、

真唯は「はい、ママ」と小さく頷く。

けれど、心の中では期待に胸を膨らませていた。

ここのお子様ランチには、今テレビで大人気の

『電光戦隊シャイニングファイブ』のフィギュアが

おまけで付いてくるという噂を聞いていたからだ。

 

真唯は、ブルーが好きだった。

冷静沈着で、誰よりも足が速くて、少しクールだけど仲間思いなブルー。

学校の友達が「ピンクが可愛い」「イエローがおしゃれ」とはしゃぐ中で、

真唯は密かに、その深く鮮やかな青色に憧れを抱いていた。

 

「お待たせいたしました。お子様ランチでございます」

 

店員がトレイを運んできた。

ハンバーグ、エビフライ、ケチャップライス。

そして、その横に添えられていたのは――。

 

「(あ……!)」

 

真唯の瞳が輝いた。

そこに鎮座していたのは、紛れもない『シャイニングブルー』のフィギュアだった。

ポリ塩化ビニルの独特な匂いすら、真唯にとっては宝物の香りに思えた。

小さな手が、吸い寄せられるようにそのフィギュアへと伸びる。

 

しかし、その指先が「青」に触れる直前。

冷ややかな、氷のような声がテーブルを支配した。

 

「ちょっと。店員さん」

 

ルネの声だった。真唯の指が、ぴたりと止まる。

 

「……はい、何か失礼がございましたでしょうか?」

 

困惑する店員に、ルネは扇子を畳むような鋭さで言い放った。

 

「うちの子は、女の子なんですよ?なのにこのおまけ、

ピンクじゃないのはおかしいじゃないですか。手違いでしょう?」

 

店員は一瞬、絶句した。

 

「も、申し訳ございません!ブルーが一番人気でしたので、

つい良かれと思って……。すぐに交換いたします!」

「えっ……」

 

真唯の口から、小さな、漏れるような声が出た。

店員の手が、真唯の目の前からブルーを奪い去っていく。

代わりに置かれたのは、ひらひらとしたスカートの造形がなされた、

シャイニングピンクのフィギュアだった。

 

「お待たせいたしました。こちら、ピンクでございます」

 

ルネは満足げに頷き、当然の権利を行使したかのように平然とコーヒーを啜った。

真唯は、目の前のピンクを見つめたまま、動けなかった。

ピンクが嫌いなわけじゃない。

けれど、今欲しかったのは、心に決めていたのは、あの凛々しいブルーだったのだ。

 

「……ママ。私、ブルーの方が……」

「真唯」

 

ルネの言葉が、真唯の言葉を遮る。

その瞳には、娘への愛情という名の「矯正」が宿っていた。

 

「真唯も、戦隊ヒーローなんかに興味を持つんじゃありません。

ましてや男の子のキャラクターを欲しがるなんて。女の子は女の子らしくしなさい。

可愛らしく、清楚で、誰からも愛される花のように。……いいわね?」

「……はい。わかりました……」

 

真唯は視線を落とした。

大好きだったはずのハンバーグが、急に砂のような味に思えた。

その日以来、家でのテレビ視聴は厳しく制限された。

戦隊ヒーローの放送時間は、決まってピアノの練習か、

マナーレッスンの時間へと変えられた。

 

真唯の中から、「青」が消えた。

正確には、深い、深い心の奥底へと、誰にも見つからないように隠されたのだ。

 

それから、9年の月日が流れた。

 

真唯は高校一年生になった。

そこには、文武両道、容姿端麗、

誰に対しても優しく完璧な「学園のスパダリ」――王塚真唯がいた。

彼女は母の望み通り、誰からも愛される女の子らしさの結晶のような存在になった。

 

……はずだった。

 

「ただいま戻りました」

 

王塚家の玄関をくぐり、真唯は自分の部屋へと向かう。

ルネとすれ違う際、優雅に一礼する。

母は満足そうに微笑み、「今日も素敵ね、真唯」と声をかける。

真唯はそれに対し、完璧な角度の笑顔で返した。

 

だが、自室のドアを閉め、鍵をかけた瞬間。

真唯の表情から「完璧なスパダリ」の仮面が剥がれ落ちる。

 

「……ふぅ。……疲れた」

 

制服のリボンを緩め、彼女が向かったのは、

部屋の最奥にある特注のコレクションケースだった。

 

そこには、異様な光景が広がっていた。

歴代戦隊ヒーローの、「ブルー」のフィギュアだけが、

整然と、かつ情熱的にディスプレイされているのだ。

 

初代から最新作まで。

剣を構えるブルー、銃を構えるブルー、風に吹かれるマントをなびかせるブルー。

そこは、母の支配が及ばない、真唯だけの「青の聖域」だった。

 

かつてブルーを取り上げたルネは、今のこの光景を、実は知っている。

数年前、真唯が初めてフィギュアを買ってきたとき、真剣な話し合いがあった。

その時の真唯の瞳は、これまでの「いい子」な真唯からは想像もつかないほど、

強く、激しく、青く燃えていた。

 

『ママ。私は、ママが望む「王塚真唯」であり続けます。

成績も、振る舞いも、理想通りにして差し上げましょう。

……ですが。この場所、私の心の中だけは、ママには一歩も譲りません』

 

その気迫に押されたのか、単に「年頃の反抗期」と片付けたのか。

ルネはそれ以降、真唯の部屋のコレクションについて口を出すのをやめた。

黙認、という名の敗北だった。

 

真唯は、ケースの中から一番新しいブルーのフィギュアを手に取った。

指先でその滑らかな質感をなぞる。

 

「……かっこいい」

 

思わず口を突いて出たのは、一人の少女としての、純粋な憧れだった。

女の子らしく。それはそれでいい。

けれど、「らしく」という言葉は、他人から押し付けられるものではない。

 

自分が何を愛し、何に心を震わせるか。

それだけは、世界の誰にも、たとえ親であっても奪うことはできないのだ。

 

「私は、私らしく。……ね、れな子」

 

ふと、学校で出会った一人の少女の顔が浮かぶ。

自分を「完璧」という枠から引きずり出し、かき乱し、

けれど最高に自分らしくいさせてくれる、あの不思議な少女。

 

「青、好きなんだね」

 

れな子が無邪気にそう言った日のことを、真唯は思い出していた。

 

真唯はフィギュアを元に戻すと、鏡の前に立った。

そこには、ルネが愛した「美しい娘」と、

真唯自身が愛した「青い志」を宿した瞳の少女が、共存していた。

 

「さて。明日も『スパダリの王塚真唯』を楽しむとしようか」

 

不敵に、けれどどこか楽しげに微笑む彼女の背後で、

数多の「青」が静かに、けれど力強く、彼女の背中を支えていた。




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