「……ねぇ、本当に大丈夫?わたし、お邪魔じゃないかな?」
紗月さんの自宅――
古びたけれど綺麗に掃除された、紗月さんの狭いアパートの一室で
わたし、甘織れな子は恐る恐る口を開いた。
目の前には、スパダリこと王塚真唯が、
我が家のような顔をして座布団に収まっている。
「気にしなくていいわ。真唯は昔から入り浸っているし、
一人増えたところでどうということはないわ」
紗月さんは相変わらずのクールな表情で、お茶を差し出してくれた。
その所作一つとっても、ここが四畳半だということを忘れさせる気品がある。
「ふふっ、れな子。紗月がこう言っているんだ、甘えていいんだよ。
さあ、今日はとことん遊ぼうじゃないか!」
真唯がキラキラした笑顔で言う。
よし、それじゃあ今日の本題に入りますか。
◯
今日の出し物は、なんとレトロゲーム。
紗月さんが押し入れから引っ張り出してきたのは、
お母さんのお下がりだという伝説のハード『ゲームボーイアドバンス』。
ソフトは名作『ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン』。
「これで通信対戦をするつもりだったのだけれど……
さすがに通信ケーブルなんて、今はもう骨董品ね」
紗月さんが困ったように眉を寄せた。
ふふふ……ここで引き下がるわたしじゃない。
カーストトップで、ガジェットと執着心も一級品のわたしを見くびらないでほしい。
「……ふっふっふ、紗月さん。
今の時代、そんな悩みは『Switch』が解決してくれるんですよ!」
ドヤ顔で鞄から取り出したのは、なんとSwitch3台。
……え?なぜ3台もあるのかって?
それは、予備の予備まで用意するのが真のゲーマーの嗜みだからだよ!
「今のSwitchなら、公式の配信サービスでGBAのソフトが遊べるんです!
通信もワイヤレス!時代は令和なんですよ!」
「……準備良すぎじゃないかしら、甘織」
引き気味の紗月さんを余所に、わたしたちはさっそく対戦を開始した。
「いっけえええ!わたしの愛しいラプラスちゃん!『れいとうビーム』で粉砕!」
画面の中で、わたしの育て上げたラプラスが、
真唯のライチュウ(通称:マイチュウ)を氷漬けにする。
「な、なぜだ!?相性は私のマイチュウの方が圧倒的に有利なはず……
なのに、どうして一撃で……っ!?」
真唯が驚愕に目を見開く。
当然だよ、真唯。
チミのライチュウは「可愛いから」という理由で捕まえた野生児。
対する私のラプラスは、孵化作業を数百回繰り返し、
個体値を極限まで高めた努力値振り切り個体なんだから!
再び氷の光が画面を走る。
今度は真唯のフシギバナのHPバーが一瞬で赤になり――
ドン。瀕死☆
「勝ったぁぁぁ!圧倒的勝利!
ちゅきちゅきちゅっちゅ♡ わたしのラプラスちゃん最高!」
わたしは液晶画面に熱烈なキスを贈る。
ああ、画面越しに感じるこの勝利の味。最高に気持ちいいのぉ♡
「……甘織、少し落ち着きなさい。真唯が本気で落ち込んでいるわよ」
「わ、私のポケモンが……。れな子、君は一体どんな魔法を使ったんだい?」
震える真唯に、紗月さんが溜息混じりに解説を入れる。
「真唯、無駄よ。甘織は『6V』も平気で粘るような、いわゆる廃人なのよ」
「ろくぶい……?禄高のことか?」
「違うわよ。まあ、とにかく素人と玄人の差ってこと」
真唯が「なんだそれは……」と宇宙の真理に触れたような顔をしている。
いい気になったわたしは、Switchを指先でプラプラさせながら、
今度は紗月さんに狙いを定めた。
「ねえ、紗月さん?次は紗月さんの番ですよ。
氷の女王も、わたしのラプラスの前では溶けちゃうんじゃないかなぁ~?」
「……いいわ。その挑戦、受けて立つわ」
――5分後。
「ぎゃあああああああああああ!?」
私のラプラスは、
紗月さんのサンダースが放った『10まんボルト』の前に、一瞬で塵となった。
即落ち2コマ。ぐうの音も出ない完敗。
「……あの、紗月さん。そのサンダース、努力値調整完璧すぎませんか……?」
「母から『これだけは負けるな』と教わった育成理論よ。甘いわね、甘織」
氷の女王は、ゲームの世界でも女王だった。
「さて。負けた二人には、お約束の『罰ゲーム』が必要よね?」
紗月さんの目が、サド気味に光る。
まずはターゲットにされたのは、
まだマイチュウの敗北から立ち直れていない真唯だ。
「真唯。貴方の完璧主義を少し崩してあげましょうか。
……甘織は知らないでしょうけど、真唯は小学生の頃、
お泊り会でおねしょをしたことがあるのよ」
「ちょ、紗月!?それは……!」
「私が自分のせいにして庇ってあげたけれど、親と先生にはバレバレだったわ。
真唯、泣きじゃくって私のパジャマを握りしめていたわよね」
真唯の顔が、熟れたトマトのように真っ赤になる。
「れ、れな子!今の話を聞いたかい!?もし、もし記憶してしまったのなら、
今すぐ脳みそを他人と移植してはもらえないだろうか!?いますぐ!スワップ!」
「真唯、落ち着いて!脳みそスワップは流石にヤバいから!」
頭のネジが数本飛んでしまった真唯を宥めるのは大変だった。
完璧超人の意外な弱点……ごちそうさまです。
「次は甘織ね」
紗月さんの冷たい指先が私を指す。ひいいっ。
「……貴方、先日私が貸した官能小説の続きが気になるからって、
夜中に『続巻も貸してください、お願いしますなんでもしますから』って
メッセージ送ってきたわよね?」
「わーわーわーっ!言わないで!それは言っちゃダメなやつ!」
わたしは耳まで真っ赤にして悶絶した。
あの背徳感あふれる文体、ねっとりとした描写……
一度読んだら止まらなくなっちゃうんだよ!
「ほう……」
隣で復活した真唯が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「れな子。そんなに興味があるのなら……
今ここで、私と『そういうこと』をしてみるかい?」
「絶対しないから!挑発し返さないで!」
ぐぬぬ……このままじゃ一方的にやられっぱなしだ。
どうにかして、この涼しい顔をしている紗月さんの鼻をあかしてやりたい。
紗月さんの弱点。
鉄壁の防御を誇る彼女に、
ギャラドスへの電気技のような「4倍ダメージ」を与える攻撃……。
……あ。
あった。
「……ねえ、紗月さん。そんなこと言っちゃっていいんですかねぇ?」
わたしは、ニヤリと口角を上げた。
「……なによ。私に弱点なんてないわよ」
「いいえ、あります。……わたし、知ってるんですよ。
前に紗月さんとキスしたとき、わたしがちょっと勇気を出して舌を入れたら……
紗月さん、耳まで真っ赤にして、小鹿みたいに身体を震わせて――」
「ひっ、……な、ななななっ……!」
紗月さんの顔が、一瞬で沸騰した。
キマった!4倍ダメージ!効果はばつぐんだ!
しかし、次の瞬間。
紗月さんがスカートのポケットから取り出したのは、
スマホでもハンカチでもなく――護身用のスタンガンだった。
バチバチバチィッ!!
「甘織……これで4倍ダメージ、受けてみる?『れなドス』さん?」
「ひいいいいいっ!?ス、スタンガン!?
女子高生が持ち歩いていい出力じゃないからそれ!?」
青白い火花を散らすスタンガンを前に、わたしは腰を抜かしそうになる。
けれど、ここで引いたらカーストトップ層の誇りが廃る!
「……そんなに怒るってことは、図星なんだ!
紗月さんは、クインテットの中で一番、身体が敏感なくせに――っ!!」
「だっ、黙りなさいっ!!」
わーわーぎゃーぎゃー
結局、恥ずかしさで爆発した紗月さんに、
クッションやぬいぐるみを山ほど投げつけられ、
わたしはアパートの隅へと追いやられた。
真唯は横で「クインテットで一番……ほう、それは興味深いデータだ」と
メモを取ろうとして、また紗月さんに怒られている。
狭いアパートの一室。
外は少しずつ夕暮れの色に染まっていた。
「……全く。貴方たちといると、本当に疲れるわ」
髪を少し乱した紗月さんが、ふいっと窓の外を向いて呟く。
でも、その耳の先はまだ少し赤い。
「でも、楽しかっただろう?紗月」
真唯が優しく笑いかける。
「……否定はしないわよ。次は、もっとマシな罰ゲームにしましょう」
「へへ、じゃあ次はみんなであっち向いてホイの負け残り暴露大会ね!」
「れな子、それは自爆しに行くようなものじゃないかい?」
わたしたちは顔を見合わせて笑った。
こうして一緒にバカをやれる時間は、
どんなレアなポケモンを手に入れるよりも、ずっとずっと大切な宝物だ。
……あ、ところで紗月さん。
さっきの官能小説の続き、本当に貸してくれませんか?
「……スタンガン、もう一回浴びたいかしら?」
ごめんなさい黙ります!
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