クインテットの日常   作:戦竜

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スパイスとクインテット

「……え、なにこの空気。冷たい。氷河期?

もしかしてわたし、また異世界転移とかしちゃった?」

 

目の前には、四つの皿。

そして、自分の手元にある、見慣れた、安心感しかない黄色っぽい茶色の海。

家庭科室の換気扇が回る音だけが、シュコー……と虚しく響いている。

さっきまでの「誰のカレーが一番美味しいか、決めなさい甘織れな子!」という、

まるで最終決戦直前のような熱気はどこへやら。

 

真唯、紫陽花さん、紗月さん、香穂ちゃん。

我が校を代表する美少女たちが、揃いも揃って死んだ魚のような目で、

自分の作った至高のカレーをモソモソと口に運んでいる。

 

「そういうとこだよ、れなちん」

「れなちゃんなんてもう知らないもん」

「甘織のくせに生意気」

「……まあ、角が立たないという意味では正解かもしれないが、

みんなは納得しないだろうね」

 

四者四様の拒絶。四者四様の溜息。

えええええええ、なんで!?わたし、そんなにおかしいこと言った!?

だって、正直に言ったんだよ?

嘘をつくのは良くないって、道徳の教科書にも書いてあったもん!

 

 

そもそも、今日という日は平穏に過ぎるはずだった。

「今日は調理実習でカレーを作ります。班ごとに協力して――」

という先生の言葉を遮るように、真唯と紗月さんが挙手したのが運の尽き。

 

「先生、提案があります。私たちは各々の『カレー道』を極めるべく、

一人一皿ずつ、独自のカレーを作る許可をいただきたい」

「……は?」

 

先生も最初は困惑していた。

でも、真唯の「向上心」という名の有無を言わせぬオーラと、

紗月さんの「論理的かつ情熱的な説得

(※たぶん半分くらいは真唯への対抗心)」に絆され、

なぜか許可が下りてしまったのだ。

 

そうして始まった、一班五人による、五通りのカレー作り。

 

私は、もう必死だった。

隣で真唯が「スパイスのテンパリングが……」とか呟きながら

本格的な香りを漂わせている中、私はタマネギを切るだけで涙の洪水。

 

「ううっ、目が……目がぁ……!」

「れな子、大げさだよ。ほら、貸して。私が切るから」

「だ、だめだよ真唯!これはわたしの戦いなんだから!」

 

強がった結果、わたしのまな板の上には、

まるで芸術家が苦悩の末に叩きつけたような、

大小不揃いなジャガイモとニンジンの破片が散らばった。

一方の四人は、まるでお手本のような手つきで調理を進めていく。

 

紫陽花さんは、まるで聖母のような微笑みを浮かべながら、

隠し味にリンゴをすりおろしている。

香穂ちゃんは「やっぱ肉っしょ! カレーはパワー!」と、

どこから出してきたのか分からない厚手のカツを揚げ始めている。

紗月さんに至っては、もはや化学実験のような精度で計量スプーンを操っていた。

 

わたしは、ただただ祈るような気持ちで、市販のルーを割り入れた。

そう、日本が生んだ奇跡、バーモントカレーである。

 

三十分後、テーブルには五つの小宇宙が並んだ。

審査員はわたし。

生殺与奪の権を握らされたわたしは、震える手でスプーンを取った。

 

一皿目:王塚真唯・作『王者の洗練カレー』

まず見た目が美しすぎる。野菜の切り方がミリ単位で揃っていて

、盛り付けは高級ホテルのそれだ。

一口食べると、華やかなスパイスの香りが鼻を抜ける。

 

「辛すぎず、でも物足りなくない……中辛の極致。

真唯、これお店出せるよ。今すぐ予約するよ」

 

真唯はフッと不敵に笑った。「君の口に合うように調整したからね」と。

 

二皿目:瀬名紫陽花・作『陽だまりの家庭的カレー』

紫陽花さんのカレーは、とにかく優しい。

一口食べた瞬間、実家のリビングにワープしたかと思った。甘口。

でもただ甘いだけじゃなくて、野菜の旨味が溶け込んでいる。

 

「あぁ……落ち着く。紫陽花さん、わたしのママになって……」

「ふふ、れなちゃん。おかわりもあるからね」

 

三皿目:琴砂月・作『計算された情熱カレー』

こちらは打って変わって刺激的。

辛い。でも、旨い。辛さが引いた後にやってくる、フルーティーな酸味とコク。

 

「これ、スプーンが止まらない……! 紗月さん、これ魔力か何かが入ってる?」

「ふん、当然よ。あなたの食欲を科学的に刺激するように調合したんだから」

 

四皿目:小柳香穂・作『わんぱくメンチカツカレー』

トッピングの暴力。でも最高の暴力。

濃いめの中辛カレーの上に、サクサクのメンチカツ。

 

「カレーにカツ!義務教育で教えるべき正解!香穂ちゃん、君は天才か!」

「でしょでしょー!やっぱガッツリいかないとね!」

 

どれも、本当に美味しかった。

もしわたしがアラブの石油王だったら、四人を専属シェフとして雇い、

日替わりでカレーパーティーを開催していただろう。

「一生わたしにカレーを作ってください」と、

全員にプロポーズしたくなるレベルだった。

 

だが。

 

最後に自分のカレー――不恰好なジャガイモが転がる、

何の変哲もないバーモントカレーを口にした瞬間。

 

「……あ」

 

脳内の細胞が、一斉にスタンディングオベーションを始めた。

実家のような安心感。

テレビCMで見たあのメロディが脳裏をよぎる。

結局、これなんだ。

この、秀才たちが知恵を絞って作り上げた「究極」を、

圧倒的な「最大公約数の幸せ」で殴り倒すような味。

 

「……決めた。わたし、これが一番好きだわ」

 

そして氷河期へ

 

「……え?」

 

誰かの声が漏れた。

 

わたしは、キラキラした目で四人を見た。

 

「みんなのカレーも、本当に、本っ当に美味しかった!異次元の味だった!

でも、なんて言うか……最後に自分のバーモントカレー食べたら、

あ、これだわってなっちゃって。結局、日本人のDNAにはこれが刻まれてるんだよ。

秀樹も言ってた気がするし!」

 

……。

…………。

 

そこからの反応は、冒頭の通りである。

 

真唯は呆れたように首を振り、

紫陽花さんは頬を膨らませてそっぽを向き、

紗月さんは怒りを通り越して憐れむような目でわたしを見、

香穂ちゃんは力なく笑っている。

 

「れな子。君のその、あまりにも強固な『一般人感覚』は、

時にどんな天才の努力をも無に帰す破壊力を持っているね」

 

真唯がボソリと呟く。

 

「ご、ごめんってば!みんなのが美味しくなかったわけじゃないんだよ!?

ただ、こう、慣れ親しんだ味っていうか、落ち着くっていうか……」

「……れなちゃんなんて、もう知らない。

今夜のご飯は、もっと辛いカレーにしてやるんだから」

「あ、紫陽花さん、それはご褒美じゃなくて罰なの!?」

「甘織。私の計算では、あなたは私のカレーの完璧な調和に屈するはずだったのよ。

それが、市販のルーに負けるなんて……私のプライドがズタズタだわ」

「紗月さん、泣かないで! そのプライド、私が美味しくいただくから!」

「れなちん、そういうとこだよ……。なんか、必死にオシャレしてきたのに、

『あ、ユニクロが一番落ち着くよね』って言われた気分だよ……」

「香穂ちゃん、ユニクロはいいぞ……!」

 

四人はそれぞれ、自分の作った「至高のカレー」を黙々と食べ始めた。

その背中は、どこか寂しげで、

でも少しだけ「まあ、れな子らしいか」という諦めに満ちていた。

 

わたしはといえば。

気まずい空気の中、自分のカレーを一口。

 

「……うん。やっぱり美味しい」

 

ジャガイモがちょっと硬い。ニンジンはデカすぎる。

でも、この安定した、裏切らない味。

四人との関係も、このカレーみたいに、ちょっとデコボコしてて、

でも結局「これがいいんだよね」って笑い合えるものになればいいな……なんて。

 

「……甘織。何一人でいい話風にまとめて満足しているの?皿を洗いなさい」

「はい、紗月様!すぐに洗います!」

 

わたしの日常は、今日もスパイスの効いた、

でも最後は甘口(バーモント的な意味で)な平穏に包まれている。




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