クインテットの日常   作:戦竜

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寝癖がひどいれな子

「……終わった。完全に終わった」

 

朝、絶望とともに目を開けた瞬間、

時計の針はすでに一限目の開始時刻を指そうとしていた。

昨日、紫陽花さんと深夜までメッセージのやり取りをして、

ニヤニヤしながら「あはは、紫陽花さん尊い……」なんて、

のたうち回っていた報いがこれだ。

 

朝食?抜きだ。

洗顔?そんなの学校の水道でやればいい。

わたしはパジャマを脱ぎ捨て、制服に飛び込み、

カバンをひっつかんで家を飛び出した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 

全力疾走。

中学時代の「ぼっち隠密行動」で鍛えた脚力が、今、この土壇場で火を噴く。

息を切らし、心臓をバクバクさせながら、わたしは校舎の階段を駆け上がった。

廊下を突き進み、教室のドアの前に立つ。

予鈴はもう鳴った。でも、まだ先生は来ていないはず。

 

「ご、ごめんなさ……遅れま――」

 

ガラッ!と勢いよくドアを開けた。

その瞬間。

 

「………」

 

教室内の時が止まった。

ガヤガヤとしていた喧騒が、

まるでマイナス200度の液体窒素をぶっかけられたかのように一瞬で凍りついた。

三十人以上のクラスメイトたちの視線が、

一点の曇りもなく、わたしの顔――というか、頭部に集中している。

 

え、何? 私、そんなにヤバい顔してる?

走ってきたから顔が真っ赤なだけだよね?

沈黙を破ったのは、わたしの天使、紫陽花さんだった。

 

「……れ、れなちゃん?どうしたの、その髪……っ!」

 

紫陽花さんが、見たこともないような衝撃を受けた表情で、

口元を両手で押さえている。

その隣で、香穂ちゃんが

「ぶふっ……!!」と、変な音を立てて噴き出した。

 

「へ?髪?」

 

わたしは状況が飲み込めない。

確かに急いでいたから櫛なんて通してないし、ボサボサな自覚はある。

でも、そんなにクラス全員がドン引きするほど……?

 

「……っ、あはははは!れなちん!やばい!めっちゃカードゲーム強そう!!」

 

香穂ちゃんが机をバンバン叩きながら爆笑し始めた。

カードゲーム?何の話?

 

「ねえねえ、れなちん!『俺のターン!ドロー!』って言ってみて!今すぐ!」

「えっ、ええ……?香穂ちゃん、何言ってるの……?」

 

わたしは困惑する。状況が全く見えない。

すると、紫陽花さんがおずおずと、震える手でわたしの頭を指さした。

 

「……れなちゃん、とりあえず、トイレで鏡を見てきたほうがいいよ。急いで!」

 

紫陽花さんの必死な、そしてどこか哀れみを含んだ瞳に押され、

わたしは訳も分からず「は、はいっ」と頷き、

教室を飛び出してトイレに駆け込んだ。

 

手洗い場。

わたしは恐る恐る、鏡の前に立った。

 

「…………」

 

そこに映っていたのは、甘織れな子という女子高生ではなかった。

重力という概念を真っ向から否定した、鋭利なシルエット。

後頭部は漆黒のトゲのように逆立ち、

前髪の一部はなぜか黄金色(光の加減か?)に輝き、

左右にはマゼンタ色の稲妻のような毛束が突き出している。

 

これ、知ってる。

日曜朝の再放送とか、ネットのミームで見たことある。

 

……武藤遊戯だ。

 

寝癖でボサボサという次元を、銀河の彼方まで通り越している。

昨夜の私の寝相は、一体どういう物理法則に基づいていたというのか。

デュエルスタンバイどころの騒ぎではない。

わたしは今すぐこの世界からログアウトしたい。

 

「イワーーーーーーーーーーーーーク!!!」

 

無人のトイレに、わたしの魂の絶叫が響き渡った。

無理だ。こんなの直せるわけがない。

必死で蛇口をひねり、大量の水を頭にぶっかける。

 

「冷たっ!ぐ、ぐぬぬ……直れ、直れわたしの髪……!

凡骨になれ!一般人になれ!」

 

しかし、わたしの髪は鋼鉄のような意志を持って、天を突き刺し続けている。

濡らせば濡らすほど、そのシルエットはより「強靭! 無敵! 最強!」と

言わんばかりに輝きを増していく気がする。

無情にも響き渡る授業開始のチャイム。

 

わたしは、遊戯王の主人公のまま、教室に戻るしかなかった。

 

一時間目、二時間目、三時間目。

授業中、わたしは地獄の淵にいた。

 

後ろの席から聞こえる「シュッ……シュッ……」という、

誰かが笑いを堪えて鼻を鳴らす音。

教壇に立つ先生が、二度見どころか五度見くらいして、

教科書を読む声を震わせている事実。

そして何より、窓に映る自分の影が、

どう見ても「決闘者(デュエリスト)」にしか見えないこと。

 

(……うう、死にたい。今すぐ消えたい。地割れが起きて私を飲み込んでほしい)

 

休み時間になるたび、クラスメイトたちのヒソヒソ声が耳に刺さる。

 

「……見た?甘織さんのアレ」

「……コスプレかな?」

「……いや、あれは天然だとしたら神がかってるよね」

 

ウッ……!

古の、中学時代の「ぼっち陰キャ・甘織れな子」が、胸の奥で暴れだす。

みんなわたしのことを笑っている。

「あいつ、頭おかしいんじゃないの?」

「変な宗教始めた?」なんて言われてるに違いない。

被害妄想の黒い雲が、私の思考をみるみる塗りつぶしていく。

机に突っ伏して、プルプルと震える。私はもう、このまま貝になりたい。

 

その時だった。

 

「……れなちゃん。大丈夫?」

 

優しく、柔らかい、春の陽だまりのような声。

顔を上げると、そこには心配そうに眉を下げた紫陽花さんと、

ニカッと笑う香穂ちゃんが立っていた。

 

「……紫陽花さん、香穂ちゃん……」

「れなちん、さっきから震えすぎっしょ!

さすがにその髪で一日過ごすのは、伝説のデュエリストでもキツいよねー」

「ごめんね、れなちゃん。朝、笑っちゃって……。

でも、もう大丈夫だよ。私たちが直してあげる」

 

紫陽花さんが、カバンから可愛いポーチを取り出した。

中には櫛やヘアオイル、そして持ち運び用のヘアアイロンまで入っている。

 

「……え、直してくれるの?」

「もちろん!れなちゃんのサラサラの髪、私が元に戻してあげる」

 

紫陽花さんが私の後ろに回り、香穂ちゃんが私の隣の席に座った。

二人に囲まれる。

 

「じゃあ、いくよー。れなちん、リラックスして!」

 

香穂ちゃんが、私の肩をポンと叩く。

 

「いい? れなちんはさ、どんな髪型してても、れなちんだよ。

それに、今日の寝癖、ぶっちゃけめちゃくちゃ面白かったし!

クラスのみんなも、バカにしてるっていうより、

『甘織さん、あんな面白いところあるんだ』って、親近感持ってる感じだったよ。

だから、そんなに落ち込まないで!」

「香穂ちゃん……」

「そうだよ、れなちゃん。れなちゃんは、いつも一生懸命だから。

寝癖がすごくなっちゃったのも、きっと頑張って起きた証拠だよね」

 

紫陽花さんが、私の髪にシュッと、いい香りのミストを吹きかけた。

フローラルな、甘くて優しい香りが鼻腔をくすぐる。

そして、ゆっくりと櫛が通される。

 

「ふふ、れなちゃん、髪サラサラ……。

地毛がすごく綺麗だから、ちゃんと直せばすぐ元通りだよ」

 

紫陽花さんの、甘く囁くような声音。

耳元で聞こえるその声が、

わたしの脳内に直接ドロドロとした快楽物質を流し込んでくる。

紫陽花さんの指先が、時折、私の耳や首筋に触れる。

 

「あっ、ひゃい……」

 

変な声が出た。

でも、紫陽花さんは気にせず、丁寧に、愛おしむように私の髪を梳かしていく。

 

「れなちゃんは、可愛いね」

 

さらりと、とんでもない殺傷能力を持つ言葉を吐く紫陽花さん。

待って。心臓が持たない。

一方で、香穂ちゃんは私の前からポジティブな言葉を浴びせてくる。

 

「そうそう! れなちんは素材がいいんだから!

この寝癖だって、ある意味才能だよ。

普通、あんな風にならないもん。れなちんは、運命に選ばれし者なんだよ!」

「……え、選ばれし、デュエリスト……?」

「あはは!そうそう!でも今は、可愛い可愛いれなちんに戻る時間だね!」

 

紫陽花さんの温かい手のひら、香穂ちゃんの明るい笑顔。

左右から押し寄せる「肯定」の嵐。

あれ?なんだろう。

さっきまであんなに死にたかったのに。

世界中の人から笑われているような気がしていたのに。

 

今は、なんだか……。

 

「……ぐ、ぐふ。ぐふふ……」

 

……あ、いけない。わたしの中の「チョロイン」が、完全に覚醒してしまった。

紫陽花さんの甘い声と、香穂ちゃんの元気が出る声。

この二人に挟まれて、髪を弄ってもらっているというシチュエーション。

これ、ご褒美じゃない?

もしかして、寝癖が爆発してよかったのでは?

むしろ、毎朝これくらいの寝癖をつけてくるべきなのでは?

 

「……れなちゃん?顔が緩んでるよ?」

 

紫陽花さんがクスクスと笑いながら、鏡越しに私を見てくる。

 

「あ、いや、えへへ……。なんか、二人とも優しいから……」

「あったりまえじゃん! 私たち、友達っしょ?」

 

香穂ちゃんが私の頬を軽くつっつく。

 

「はい、できたよ、れなちゃん」

 

数分後。

鏡の中にいた「武藤遊戯」は、どこにもいなかった。

いつもの、少し気弱そうで、

でも整えられたサラサラヘアの甘織れな子が戻っていた。

いや、紫陽花さんの魔法によって、いつも以上にツヤツヤしている気がする。

 

「……わあ、すごい。本当に直ってる」

「でしょ? 頑張ったよ、私」

 

紫陽花さんが満足げに微笑む。

香穂ちゃんも「よっ! 美少女復活!」と拍手してくれた。

 

予鈴が鳴る。四時間目が始まる合図だ。

私は、もう下を向いて歩く必要はなかった。

 

「二人とも、本当にありがとう!わたし、頑張る。

四時間目は、もうドローとか言わないように気をつける!」

「あはは! それはそれで見てみたいけどね!」

 

二人が自分の席に戻っていく。

わたしは、自分の髪を指でなぞってみた。

ほのかに残る、紫陽花さんのヘアミストの香りと、二人の手の温もり。

 

(……寝癖も、たまには悪くないなぁ。ぐへへ)

 

わたしはニヤつく顔を必死で抑えながら、教科書を開いた。

心の中では、自分に向かって、完璧な勝利宣言(デュエルスタンバイ)をしていた。




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