紗月のアパートは、相変わらず静かだった。
ワンルームの空間に置かれた最低限の家具、整えられすぎていない生活感。
それが彼女らしいと、真唯は何度目かの訪問で改めて思う。
「それでね、突然なのだけど」
座布団の上に足を組んで座り、
湯気の立つマグカップを両手で包みながら、真唯が唐突に口を開いた。
「……嫌な予感がするのだけれど」
紗月は視線だけを向けて、淡々と返す。
「乳首当てゲームをしよう」
「……は?」
あまりに予想外の単語に、紗月の眉がわずかに動いた。
「なにそれ」
「文字通りだよ。服の上から、相手の乳首の位置を当てるだけ」
真唯は悪びれもせず言い切る。
その顔は真剣で、どこか妙に張り切っていた。
「今度、れな子とやることになってて……その練習さ」
「意味が分からない……」
紗月はため息を一つ吐いた。
が、すぐに理解もしてしまう。
真唯がこういう提案をした時点で、拒否権はほぼ存在しない。
「どうせ断ってもやるのでしょう?」
「うん」
即答だった。
「……はあ」
観念したように肩を落とし、紗月はカップをテーブルに置く。
「一回だけよ」
「ありがとう」
真唯は嬉しそうに身を乗り出した。
「それでは、私からだね」
そう言って、真唯は紗月の方へ少し距離を詰める。
近い。思ったより、ずっと。
「服の上から、よね」
「そう」
確認するように言いながら、真唯の指先が宙で迷う。
視線は真剣だが、その真剣さが逆に変な緊張を生んでいた。
「……ここ!」
えい、と軽く突かれた指先が、紗月の胸に触れる。
「……違うわ」
即座に返され、紗月は小さく鼻で笑った。
「フッ」
「ちょっと、その笑い方はずるくないか?」
真唯は悔しそうに頬を膨らませる。
「もう一回!今のはウォーミングアップとしてだから!」
「理由になっていないけれど……まあ、もう一度だけよ」
「よし!」
真唯は今度こそ、と真剣に狙いを定める。
指先が服の上を、ほんのわずかに彷徨う。
――近い。
距離が、意識せずにはいられないほど。
「……ここっ!」
再び一突き。
「残念」
「えええ……」
肩を落とす真唯に、紗月は涼しい顔で告げる。
「次は、私の番ね」
「え、あ……うむ」
言われて初めて、真唯は自分が突かれる側になることを意識したようだった。
紗月は少しだけ間を置き、真唯の正面に向き直る。
「動かないで」
「……うん」
その声が、わずかに硬い。
紗月の指が、迷いなく伸びる。
服越しに、正確な胸の位置へ。
つん。
「……っ!?」
真唯の体が、びくっと跳ねた。
「当たりのようね」
「そ、んな……」
驚きに目を見開いたまま、真唯は言葉を失う。
「どうして……」
「覚えているだけ。昔、一緒に着替えた時に見えたから」
事実を述べただけの、平然とした口調。
だが、その言葉とは裏腹に、紗月自身の頬にも熱が集まっていく。
「……」
真唯の頬が、じわじわと赤く染まっていく。
「な、なんか……」
言いかけて、言葉に詰まる。
「……妙な気分」
紗月も同じだった。
胸の奥が、落ち着かない。
「……私たち、何をしているのかしら」
思わず漏れた独り言に、真唯が小さく頷く。
「うむ……これは」
一拍置いて、
「危険な遊びかもしれない」
その言葉に、二人は顔を見合わせ、そして同時に視線を逸らした。
もしも、ここにまいさつ過激派の花取がいたら、
状況を理解した瞬間に鼻血を吹き出していただろう。
部屋に、気まずい沈黙が落ちる。
さっきまでの軽さが、嘘のように消えていた。
「……今日は、ここまでね」
「……うむ」
そう答えながらも、真唯の頬の赤みはなかなか引かなかった。
紗月も同じだった。
ただの遊びのはずだった。
それなのに、指先の感触だけが、妙に鮮明に残っている。
しばらくして、どちらからともなくカップに手を伸ばす。
視線は合わない。
カップの中のココアはまだほんのり温かった。
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