ヤムチャになったってどうしたらいい 作:茉莉
神殿の広場で、俺はミスター・ポポと向かい合っていた。重力スーツの出力を最大に設定しているせいで、肺が潰されるような圧迫感がある。だが、目の前のポポはまるで見えない風のように、俺の渾身の拳を最小限の動きで受け流した。
「ヤムチャ、無駄、多い。体は重くても、心は空っぽにする。無駄な力、気の漏れ、それ、全部敵に教えちゃう」
ポポの淡々とした指摘に、俺は苦笑いを浮かべながら膝をついた。汗が滝のように流れ、神殿の床を濡らす。
「……言うのは簡単ですけどね、ポポさん。こっちは死ぬ気で重力に逆らってるんだ。どうしても力んじまう」
俺はデバイスを確認しようと腕を上げたが、すぐにその動きを止めた。ポポが言いたいことは分かっている。数値や科学に頼りすぎるあまり、俺は「野生の直感」を疎かにしていた。俺はデバイスのスイッチを切り、重力スーツの負荷はそのままで、ゆっくりと目を閉じた。
「機械を信じるな……自分の中の、もっと深いところにある感覚を信じろ、か」
「そう、それ。ヤムチャ、やっと少し、静かになった」
ポポの気配がふっと消えた。俺は目を開けず、全神経を指先に集中させた。空気がわずかに動く。右肩の後ろ、三センチ。
「そこだ!」
俺は振り向きざまに、無意識の状態で「操気弾」のエネルギーを拳に纏わせ、正拳突きを放った。空気を切り裂く鋭い音が響き、俺の拳はポポの鼻先でぴたりと止まった。
「……当たったか?」
俺が恐る恐る目を開けると、ポポは珍しく少しだけ口角を上げたように見えた。
「今の、いい。科学、きっかけ。でも、最後は、自分。ヤムチャ、面白い武道家」
その様子を神殿の奥から見守っていた神様が、杖を鳴らしながら歩み寄ってきた。神様の表情は真剣そのもので、その瞳には遠く地上で蠢く邪悪な気配が映っているようだった。
「ヤムチャよ、お主の成長には目を見張るものがある。だが、運命の歯車はわしの予想よりも早く回り始めているようだ。お主が恐れていた『あの影』が、ついに地上に現れようとしている……」
「ピッコロ大魔王ですね」
俺が先回りして名前を出すと、神様は一瞬、驚きに目を見開いた。
「なぜその名を……。いや、お主の不思議な知識の出所は問わぬ。だが、今の大魔王はかつてないほどの怒りに満ちている。ヤムチャ、お主はその身に纏った『科学の鎧』を脱ぎ捨て、真の意味で地球の盾となる覚悟はあるか?」
神殿の冷たい風が、俺の火照った肉体を撫でる。
重力負荷を解除した俺の体は、まるで羽毛のように軽い。だが、その内側にはブリーフ博士の科学で練り上げられた筋密度と、神殿での修行で手に入れた「静寂の気」が、爆発を待つマグマのように渦巻いていた。
「……勿論です。俺はその為にここにいます。」
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「そろそろですね。神様」
「うむ。お主の言う通りだ、ヤムチャよ。ピッコロ……わしの半身が、ついに若さを手に入れてしまった。地上の気は、悲鳴を上げておる」
神様が悲しげに空を見上げた。地上では、ピッコロ大魔王が神龍によって永遠の若さを手に入れ、キングキャッスルを占領。世界に向けて「恐怖による支配」を宣言した頃だろう。
「ポポ、用意はできているか」
「……はい、神様。ヤムチャ、これ。持って。お前、もうポポより、静か」
ミスター・ポポが差し出したのは、カプセルコーポレーションのマークが入った俺の新しい道着だった。見た目は以前のままだが、これは神殿の素材を織り交ぜ、博士が改良した「対衝撃・気導電繊維」製だ。
俺は道着に袖を通し、最後に重力デバイスの通信機能をオンにした。
『ヤムチャ! 聞こえる!? 悟空が……悟空が、カリン塔から飛び出していったわ!』
ブルマの切羽詰まった声が、デバイスから響く。
「……ああ、わかってる。俺も今から向かう。ブルマ、もし俺が負けそうになったら、西の都の秘密地下室にある『あれ』を使え。いいな?」
『えっ、ちょ、ちょっとヤムチャ! 不安になるような事言わないでよ!』
俺は苦笑いして通信を切った。これは、最悪の事態まで想定する「慎重派」としての最終確認だ。
「神様、ポポさん。お世話になりました」
「行くがよい、ヤムチャ。お主の存在が、この歴史の歪みを正す光となることを信じておる」
俺は神殿の縁から、一気に下界へと飛び降りた。
高度数千メートルからの自由落下。だが、恐怖はない。俺は空中で気を制御し、流星のような速さでキングキャッスルへと急降下した。
視界の先で、巨大な爆発が起きるのが見えた。
そこには、若返ったピッコロ大魔王の圧倒的な暴力の前に、ボロボロになりながらも立ち上がる小さな背中があった。
「……遅かったか。いや、まだ間に合う!」
ピッコロ大魔王が、トドメの爆力魔波を放とうと腕を掲げた瞬間。
俺は「狼牙・瞬光閃」をさらに神殿の技術で昇華させた**「瞬光・縮地」**を使い、悟空の前に割って入った。
「――そこまでだ、大魔王」
俺は片手で、放たれた巨大な気の塊を掴み取った。神殿で学んだ「気の調和」だ。俺の手に触れた瞬間、大魔王の破壊のエネルギーは霧散し、静かに消えていった。
「な……な……なんだとォ!? 貴様、何者だ!!」
若返ったピッコロ大魔王が、初めてその顔を驚愕に歪めた。
「ヤムチャ………」
背後で悟空が、超神水の力で覚醒した瞳を細めて俺を見上げる。
「悪いな悟空、少し先取りさせてもらった。……ここからは、俺たち二人でこいつを片付けるぞ」
俺は、一歩前に出た。
かつて「噛ませ犬」と呼ばれた男の気配は、もうどこにもない。
今の俺は、地球を守る「生存戦略」の執行者だ。
「……来いよ、ピッコロ。お前の『恐怖の時代』、俺がここで終わらせてやる」