ヤムチャになったってどうしたらいい   作:茉莉

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第14話

第23回天下一武道会、本戦第1試合。会場を埋め尽くす観客の喧騒が、俺がリングに上がった瞬間にふっと遠のいた。

対峙するのは、どこにでもいそうなしがない中年男、シェン。だが、その抜けたような表情の奥に潜む、深淵のごとき澄み切った気を俺は見逃さない。中身は神様だ。原作では、ヤムチャがその実力を見誤り、不意を突かれて情けなく敗北した因縁の相手である。

「おや、お若いのにずいぶんと落ち着いた構えですな。ヤムチャさんとおっしゃいましたかな?」

シェンがとぼけた声で言い、メガネをクイと直す。その指先の動き一つに、一切の淀みがない。俺は無言で重心を落とした。道着の下で、三年間鍛え上げた筋肉が、獲物を狙う猛獣のようにしなやかに脈打つ。

「神様……いや、シェンさん。あんたがどれほど『上』の存在か、俺は痛いほど知ってる。だから、最初から俺の全力を見せる。……行きますよ」

審判の「始め!」の合図が響く前に、俺は既に動いていた。

重力五十倍の世界で磨き上げた一歩。それは「踏み込む」というより、空間を「削り取る」に近い。瞬きすら許さない速度でシェンの懐に潜り込み、俺は「狼牙風風拳・零式」を解き放った。

最短、最速、そして最重量。拳の軌道が空気を切り裂き、真空の刃となってシェンを襲う。

「ほう……! これは驚いた!」

シェンは驚愕に目を見開きながら、まるで柳の枝が風に舞うような動きで、俺の連撃を紙一重でかわしていく。だが、俺は止まらない。一撃一撃が「アンチ・エネルギー」の理論に基づき、シェンが逃げようとする方向に先回りして気の壁を構築していく。

「ただの連撃ではない……! 私の気の流れを読んで、逃げ場を潰しているのか!」

シェンの声に余裕が消えた。彼は咄嗟に右手を払い、俺の拳の軌道を逸らそうとする。原作なら、ここでヤムチャはバランスを崩し、股間を打つなり不格好に転ぶなりしていたはずだ。だが、今の俺は違う。

逸らされた瞬間に、俺は右手の指先から「微小操気弾」を放出した。

「なっ……!?」

至近距離での爆発的な推進力。それを反動にして、俺は空中で不自然なほど急激に体を捻り、シェンの顎を狙った膝蹴りを叩き込む。シェンは辛うじて腕を交差させてガードしたが、重力修行で密度を増した俺の脚力は、神の器であっても防ぎきれるものではない。

ドォォォォン!!

凄まじい衝撃音が会場に響き渡り、シェンの体がリングの端まで弾け飛んだ。観客席が静まり返る。悟空や天津飯ですら、椅子から身を乗り出しているのが視界の端に見えた。

「……ふう、ふう……。ヤムチャさん、あんた、本当に人間なのかね?」

シェンが土埃を払いながら立ち上がる。そのメガネは割れ、中にある「神」の瞳が鋭く光った。彼はゆっくりと、だが確実に、その「神としての気」を解放し始めた。会場全体の重圧が増し、空気がチリチリと震える。

「正直に言いましょう。私はお主を、悟空の下にいた一武道家として侮っていた。だが、訂正せねばならん。お主は今、この地球において、誰よりも『次』を見据えている……そうでしょうな?」

「……何のことですか」

「誤魔化さなくていい。お主のその気。これは、ピッコロを倒すためのものではない。もっと遥か先……宇宙の果てから来る絶望に、独りで立ち向かおうとしている者の気だ」

神様の言葉が胸に刺さる。そうだ、俺は怖かったんだ。サイヤ人が来るのが、栽培マンに自爆されるのが、自分が愛する者たちを守れずに死ぬのが。だから、ここまで自分を追い込んできた。

「だったら、その絶望を希望に変える力があるかどうか……わしが試してやろう!」

シェンが動いた。今度は向こうからだ。その動きはもはや物理法則を無視していた。残像すら残さず俺の背後を取り、手刀が首筋を狙う。俺は「完全気配察知」を全開にし、その一撃を肩で受けて受け流す。

肉体と肉体が激突する音が、まるで大砲の斉射のように連続して響く。

俺は左手に「操気弾」を練り、それを球体ではなく「刃」の形に変形させた。新技「操気斬」。これを盾と剣のように操り、シェンの神速の連撃を捌きながら、隙あらばその急所を狙う。

「見事だ! 科学と武術、そして執念。それらが完全に調和しておる!」

シェンが空高く舞い上がった。彼は両手を広げ、太陽の光を一点に集めるような構えをとった。神様の放つ、最大級の衝撃波。

「これを受けきってみせよ、ヤムチャ!」

巨大な光の柱が俺を目がけて降り注ぐ。逃げ場はない。だが、俺は逃げるつもりもなかった。俺は腰を深く落とし、両手を前に突き出した。

「アンチ・エネルギー……全出力!!」

放たれた神の光が俺に触れた瞬間、激しい放電現象が起きた。俺は自分の中の気を、敵の気の周波数と完全に逆位相でぶつけ、そのエネルギーを「中和」していく。眩い光の中で、俺の道着がボロボロと焼け落ちていくが、俺の肉体は一歩も引かない。

「おおおおおおおっ!!」

俺は咆哮した。光を切り裂き、その中心を突き抜ける。神様が驚愕に顔を歪める中、俺の右拳がシェンの腹部に深く沈み込んだ。

「がはっ……!!」

神様の意識が一瞬飛び、シェンの体がリングに激突した。

静寂。

そして、割れんばかりの歓声。

シェンは、動かない。審判が震える声でカウントを始める。

「……ハ、8、9、10、……! そこまで! 勝者、ヤムチャ選手!!」

俺は荒い息を吐きながら、リングの上に膝をついた。全身の筋肉が焼けるように熱い。重力スーツを脱いでも、これほどの激闘になるとは。

シェン……中身の神様が、ふらつきながら立ち上がり、俺に手を差し伸べた。その顔には、隠しきれない賞賛と、どこか安堵したような微笑みが浮かんでいた。

「……まいりましたな。ヤムチャよ、お主の勝ちだ。……わしの目に狂いはなかった。地球の未来、お主に、そしてお主ら若者に、預けても良さそうじゃ」

「……ありがとうございます、神様」

俺はその手を握り返した。

原作では「おっちょこちょい」で片付けられたこの一戦。俺は今、神という究極の壁を、自らの力で乗り越えた。

観客席ではブルマが泣きながら名前を呼んでいる。悟空は興奮で拳を突き上げ、マジュニアは……屈辱と驚愕の混ざった目で俺を凝視していた。

「……次は、お前だ。マジュニア」

俺はリングを降りながら、心の中で自分に言い聞かせた。

 

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