ヤムチャになったってどうしたらいい   作:茉莉

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第15話

マジュニアとの激闘を前に、会場を別の意味で熱くさせた一戦があった。準々決勝の最終試合、孫悟空対「匿名の少女」の一戦だ。

その少女は、どこか凛とした気品と、苛烈なまでの闘志を秘めていた。俺は控え室でモニターを見守っていたが、その動きを見てすぐに合点がいった。

(間違いない。チチだ……! 原作通りだが、あの子も相当鍛えてるな)

「始め!」の合図と共に、少女が凄まじいスピードで悟空に肉薄した。その体術は、かつての牛魔王直伝の剛腕に、女性らしいしなやかさと鋭い踏み込みが加わった、極めて完成度の高いものだった。

「おめえ、誰だ? なんだか、オラを怒ってるみたいだけど……」

悟空は困惑しながらも、軽やかなステップで少女の突きをかわしていく。だが、少女の攻撃は止まらない。

「忘れたとは言わせねぇ! あんな約束をしておきながら。おら待ってただ。でも、今まで一度も……!」

「約束……? メシの話か?」

少女の怒りが頂点に達した。彼女は地面を強く踏み締め、空中高く跳躍すると、両脚を鞭のようにしならせた。

「この……朴念仁! 覚悟するだっ!」

空中で鋭い旋回を加えながらの連撃。俺の横で観戦していたクリリンが「うわあ、悟空のやつ、女の子に本気で狙われてるぞ」と苦笑いしている。だが、神様の下で修行した今の悟空にとって、その動きはまだ捉えられる範囲内だった。

「ごめんよ、よくわかんねえけど……エイッ!」

悟空が少女の手首を軽く叩き、その勢いを利用して彼女をリングの端へと誘い込んだ。少女は体勢を崩しながらも、何とか踏み止まって叫ぶ。

「勝ったら教えてあげるだよ! 私が誰だか!」

「よし、分かった! だったら、ちょいと本気出すぞ!」

悟空がふっと姿を消した。神速の移動。少女が周囲を見渡した瞬間、悟空の声が背後から響く。

「そこだ!」

悟空の掌底が、少女の背中に優しく、しかし確実に触れた。そのまま押し出すような気の放出。少女は抗う術なく、リングの外へとふわリと舞った。

「そ、そこまで! 勝者、孫悟空!」

審判の宣告と共に、少女は土埃を払いながら立ち上がった。

「約束だぞ、勝ったからおめえが誰か教えてくれ。」

 

「………おら、ちちだよ。」

 

「いっ?!チチっ?!」

悟空は驚愕しながら叫ぶ。

 

「……ひどいわ悟空さ。本当に忘れちゃっただか。あの時、お嫁さんに来てくれるって約束したじゃねえか!」

目に涙を浮かべながらチチは悟空に詰め寄った。その口調は、山育ちの素朴さと、一途な乙女心が混ざり合った独特の訛りを含んでいた。

 

「わ、わわ、泣くなよ! おら、本当に思い出せねぇんだ……。お嫁さんってのは、一体何なんだ?」

悟空が困惑して後退りすると、チチは顔を真っ赤にして叫んだ。

「お嫁さんっつったら、お嫁さんだべ! あんた、おらが大人になったら迎えに来てくれるって、指切りまでしたでねぇか! 嘘つきは泥棒の始まりだぞ!」

「指切り……? ああ! あの、美味いもんかと思ってたアレか! お嫁さんってのは、食いもんじゃなかったのか?」

悟空のあまりに的外れな返答に、控え室で見ていた俺も思わず額を押さえた。クリリンに至っては「悟空、お前……そりゃねえよ」と絶句している。

「食いもんだなんて……! おらは食いもんじゃねぇだ! 悟空さの奥さんになって、毎日ご飯を作ったり、一緒に暮らしたりすることだべ!」

チチが必死に説明すると、悟空はやっと事の重大さを理解したようで、神妙な顔つきで「あ、ああ……そういうことだったのか」と呟いた。

「で、どうなんだべ、悟空さ。約束、守ってくれるのか……?」

上目遣いで、不安そうに自分を見つめるチチ。その真っ直ぐな想いを感じ取ったのか、悟空はニカッと太陽のような笑顔を見せた。

 

 

「おう! 約束だもんな! よく分かんねぇけど、約束したんなら守らねぇとな! よし、結婚すっぞ!」

「……悟空さ!!」

チチはパッと顔を輝かせ、嬉しそうに悟空の腕にしがみついた。会場からは割れんばかりの拍手と、どこか呆れたような笑いが沸き起こる。

 

「なんと!結婚してしまいました!こんなことは天下一武道会が開催されて初めてのことです!」

司会者は驚きながら話す。

 

(……やれやれ。これであの夫婦も確定か。悟空らしいというか何というか……)

俺は苦笑いしながら、幸せそうな二人を見つめた。

だが、その微笑ましい光景の裏で、マジュニアの殺気はより一層研ぎ澄まされていた。

「さて……余興は終わりだ。悟空、お前はチチとの未来を掴み取った。なら、俺は……俺たちの未来をこの手で守り抜く」

俺は立ち上がり、準決勝のリングへと向かう。

 

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