ヤムチャになったってどうしたらいい 作:茉莉
ピラフの城の、頑丈な鉄格子の牢獄。俺たちはピラフ一味の罠にハマり、完全に閉じ込められていた。
「もう最悪……。私のドラゴンボールがあんなチビの手に渡っちゃうなんて!」
ブルマが泣き言を漏らす中、俺は冷や汗を流しながら周囲を警戒していた。原作通りの展開だ。この後、悟空があの話を始める。
「なあ、みんな。夜はあんまり外を見ちゃいけねえぞ。じっちゃんが言ってたんだ、夜にはとんでもねえ化け物が出るってな」
悟空が何気なく言ったその言葉に、俺の心臓が跳ね上がった。
「ば、化け物……? 悟空、お前、それを見たことはあるのか?」
俺が恐る恐る尋ねると、悟空はケロッとした顔で「いや、オラはいつも寝ちまうから見てねえけど。じっちゃんはそいつに踏み潰されて死んじまったんだ」と答えた。
「ちょっと……それってまさか……」
ブルマが顔を青くして窓の外を見上げる。そこには、不気味に輝く満月があった。
「悟空、見るな! 月を見るんじゃない!」
俺は叫んだが、一歩遅かった。悟空の視線が銀色の月に固定される。ドクン、と大きな鼓動が牢獄に響き渡った。
「う……うあああああ!!」
悟空の体が膨れ上がり、顔が獣のように突き出す。鉄格子を飴細工のように捻じ曲げ、巨大な咆哮が城を震わせた。大猿化だ。
「ひいいいっ! なにあれ、嘘でしょー!!」
腰を抜かしたブルマをプーアルに任せ、俺は瓦礫の中から這い出した。凄まじい破壊の衝撃。理性を失った大猿が、城を粉砕していく。
(クソ、知識で知っていても、この威圧感は異常だ……。死ぬ、マジで死ぬぞ!)
俺は腰の剣を引き抜き、暴れ回る大猿の背後に回り込もうとした。原作通りならシッポを切ればいい。だが、大猿の動きは巨体に似合わず速かった。
「そこだっ!」
斬りかかろうとした瞬間、巨大な尻尾が鞭のようにしなり、俺の胴体を直撃した。
「がはっ……!!」
壁に叩きつけられ、視界が真っ暗になる。剣が手から滑り落ちた。トドメを刺そうと、大猿の巨大な拳が振り下ろされる。
(終わりだ……。ヤムチャの運命は変えられないのか……?)
その時、崩れた床の隙間に、淡く光る七つの球が見えた。ピラフが用意していたドラゴンボールが、衝撃でこちら側に転がってきたのだ。俺は必死に手を伸ばした。
「出でよ神龍! そして、願いを叶えたまえ!!」
空が割れ、巨大な龍が姿を現す。
「……願いを言え。一つだけ叶えてやろう」
「神龍! あの大猿……悟空の理性を取り戻してくれ! 奴を自分自身の心に戻してやってくれ!」
本来ならパンティを願う場面だが、俺は全霊を込めて叫んだ。神龍の眼が赤く光り、次の瞬間、大猿の荒々しい咆哮が止まった。巨大な瞳に、一筋の理性の光が宿る。
「……あ、ああ……。オラ、何を……。じっちゃん、じっちゃんを殺したのは……この姿になったオラだったのか……?」
悟空の呟きと共に、巨体が急速にしぼんでいく。人間に戻った悟空は、全裸のまま呆然と地面に膝をつき、自分の手を見つめていた。その震える肩は、あまりに小さかった。
「……オラが、じっちゃんを。オラは、化け物だったんだ……」
俺は痛む体を引きずりながら、悟空のそばへ歩み寄った。ブルマも、恐る恐るだが心配そうについてくる。俺は少年の肩を力強く掴んだ。
「自分を責めるな、悟空。お前は化け物なんかじゃない。……お前の中にいる『強さ』が、まだ上手く扱えなかっただけだ。孫悟飯じいさんは、お前を恨んでなんかいない。むしろ、お前がこれからも元気に生きていくことを願ってるはずだぜ」
「……ヤムチャ……」
「失ったものは戻らないかもしれない。けど、お前はじっちゃんの分まで、もっともっと強くなって、楽しく生きればいいんだ。それが一番の供養になる。そうだろ?」
悟空は袖で乱暴に涙を拭くと、俺の顔をじっと見つめ、小さく、だが力強く頷いた。
「……おう。オラ、負けねえ。じっちゃんの分まで、もっと修行して強くなるぞ!」
数日後、俺たちは一旦西の都へと戻った。ブルマは「ヤムチャって、意外と頼りになるじゃない。まあ、少し女の扱いは下手みたいだけど」と少し照れくさそうに笑い、俺の腕を掴んで歩くようになった。彼女の気の強さには相変わらず圧倒されるが、悪い気はしない。
「じゃあな、悟空! 亀仙人のじっちゃんのところに行くんだろ?」
「おう! ヤムチャも、ブルマも、元気でな! 次に会う時は、もっともっと強くなってるからな!」
筋斗雲に乗って空高く飛び去る悟空の背中を見送りながら、俺はふう、と溜息をついた。
「さて……。次はいよいよ、天下一武道会か。クリリンに先を越される前に、俺も修行の計画を練り直さないとな」
隣で「ねえ、都に着いたら美味しいもの奢ってよね!」と騒ぐブルマに適当な相槌を打ちながら、俺は次の「生存ルート」を頭の中に描き始めていた。