ヤムチャになったってどうしたらいい   作:茉莉

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第21話

一年。その月日は、漫然と過ごせば一瞬だが、死の運命を覆そうとする執念の前では、地球の戦士たちを別次元の存在へと変貌させるに十分すぎる時間だった。

カプセルコーポレーションの地下十階、外壁を特質合金で覆われた最新鋭の重力室。そこはもはやトレーニングルームではなく、生存を賭けた「戦場」と化していた。室内に渦巻く空気は、凄まじい圧力によって粘り気を帯び、普通の人間の肺ならば吸い込むことすら許されずに潰れるだろう。

「重力五十倍……! まだだ、まだ止めるなブルマ! 六十まで上げろ!」

俺の叫びが、重い空気をつんざいてスピーカーに届く。コントロールルームのモニター越しに見えるブルマは、青ざめた顔でレバーを握る手を震わせていた。

「もう……あんたたち、本当に人間やめてるわよ! 警告アラートが鳴りっぱなしなんだから!」

そう言いながらも、彼女は俺の覚悟を汲み取り、非情に数値を跳ね上げる。ガクン、と膝が折れそうになる衝撃。全身の毛細血管が悲鳴を上げ、視界が真っ赤に染まりかける。だが、今の俺たちは、かつての俺たちではない。

クリリンは、地を這うような重圧に抗いながら、指先から黄金色の「気円斬」を三枚同時に練り上げていた。それもただの放出ではない。重力に逆らって複雑な軌道を描かせ、自身の周囲を旋回させる多重操作。額から流れる汗が床に叩きつけられる中、彼は呼吸を整え、かつてない精度で気を研ぎ澄ませていた。

その隣では、天津飯が「四身の拳」を展開し、自分自身と超高密度の組手を繰り広げていた。重力六十倍という極限状態での分身。それは気の消費も肉体への負担も通常の比ではない。四人の天津飯が放つ拳は、空気を爆ぜさせ、重力を切り裂く。餃子もまた、その凄まじい気の余波に耐えながら、超能力による自己防衛とサポートに全神経を集中させていた。

そして俺は、その熱狂の中心で、自身の気を極限まで凝縮させていた。

「(外に放つんじゃない……内側に、筋肉の繊維一つ一つに流し込め……!)」

新技「剛気纏(ごうきまとい)」。全身の気を細胞レベルで浸透させ、肉体そのものを気の硬化膜へと作り変える技術だ。重力によって押し潰そうとする外的圧力と、内側から溢れ出す気の斥力。その完璧な拮抗点を見出した瞬間、俺の体は白銀の輝きを放ち、五十倍、六十倍という絶望的な負荷が、まるで羽毛のように軽く感じられた。

 

 

隔離室の強化ガラスの向こう側で、ラディッツはこの一年間、文字通り「常識が崩壊する音」を聴き続けていた。

当初、拘束され治療ポッドから出されたばかりの彼は、モニターに映る俺たちの姿を見て、鼻で笑っていたものだ。「下級戦士のカカロットならいざ知らず、戦闘力数百のゴミ虫どもが、鉄の箱の中で踊ったところで何が変わる」と。だが、月日が流れるにつれ、その嘲笑は困惑に変わり、やがて言いようのない戦慄へと塗り替えられていった。

重力室の数値が10倍、20倍と上がるたびに、スカウターなしでも肌で感じる俺たちの「気」が、指数関数的に膨れ上がっていく。ラディッツにとって、戦闘力とは生まれ持った資質であり、劇的に変化することのない「宿命」だった。しかし、目の前の地球人たちは、自らの肉体をあえて破壊し、再生させることで、その宿命を強引に書き換えている。

「……信じられん。ありえん……! 下級戦士のカカロットならいざ知らず、なぜ、なぜ貴様らのようなただの人間が、これほどまでに……!」

モニターを見つめるラディッツの瞳は、今や絶望に激しく揺れていた。かつて自分を見下していたエリート戦士たちの面影が、今の俺たちの圧倒的な練度の前に、ひどく矮小なものに思えてきたのだろう。

俺は重力解除のスイッチを押し、室内に満ちていた凄まじい圧力を霧散させた。急激な解放感に、一瞬だけ肺が軽く浮くような感覚を覚える。浮き出た血管が脈打つ腕の汗を拭い、俺はゆっくりと歩み寄って、強化ガラス越しにラディッツを真っ向から見据えた。

「ラディッツ。お前の言う『才能』なんて、俺は最初から信じちゃいないんだよ」

俺の声は低く、だが鋼のような確信を帯びていた。

「俺は、自分が無様に死ぬ未来を……いや、お前たちに蹂躙される運命を、誰よりも知っていた。だから、その運命を殺すためにここまできたんだ。血の滲むような修行も、科学の力も、すべては『絶対に負けない』という執念の結果だ」

ラディッツは言葉を失い、俺の瞳の奥にある底知れない暗闘の歴史に気圧されたように後退った。俺はさらに言葉を重ねる。

「お前も、本当に死にたくなければ、その頭でよく考えろ。もうすぐ、お前の言う『エリート』共がこの星に降り立つ。だが、そいつらはお前を同胞として助けに来るのか? それとも、役立たずとして処理しに来るのか……。ベジータという男がどんな奴か、お前が一番よく分かっているはずだ」

その名を聞いた瞬間、ラディッツの体がびくりと跳ねた。彼は俯き、震える拳を強く握りしめた。かつて彼を支配していた「サイヤ人の誇り」という名の呪縛が、ベジータの冷酷な笑みを思い出すたびに、砂の城のように崩れていく。

「…俺は、………」

ラディッツが呟くのを背に、トレーニングルームを後にする。

「お前の席は、今のところここにある。だが、明日もそこにあるかどうかは、お前の選択次第だぜ」

沈黙が支配する地下施設に、俺の足音だけが冷たく響いていた。

 

そして、ついに運命の日が訪れた。

平穏だった西の都の空が、前触れもなく異様な赤紫に染まり、成層圏を突き抜けてきた二つの巨大な火の玉が、轟音と共に荒野へと着弾した。大地を揺らす凄まじい衝撃波が数キロ先まで伝わり、巻き上がった土煙は天を衝く巨大な柱となって立ち昇る。

「……来たか。ついに、この時が」

俺は、静かに溢れ出しそうになる気を抑えながら呟いた。

傍らには、一年間の地獄を共に生き抜いたクリリン、天津飯、餃子。彼らの構えには、かつての迷いなど微塵もない。そして、ピッコロによる野生と魔族の教えを叩き込まれ、幼いながらも猛獣のような鋭い眼光を宿した悟飯。さらに、あの世の果て、界王様のもとで死の淵を超える修行を完遂し、この世に戻ってきたばかりの悟空も、道着の裾を風になびかせながら合流した。

深いクレーターの底から、ゆっくりと二人の影が浮かび上がる。

一人は岩のようにそそり立つ巨漢、ナッパ。そしてもう一人は、小柄ながらも、触れるものすべてを切り裂くような底知れぬ威圧感を放つ男、ベジータ。

「ふん。ラディッツの奴、まだ死んではいないようだな。だが、随分と無様に、情けない姿を晒しているようだ。あんなカスでも、一応はサイヤ人の端くれだというのに」

ベジータは、左耳に装着したスカウターを指先で軽く弾き、冷酷極まりない笑みを浮かべた。その瞳には、地球の戦士たちなど最初から眼中にないといった傲慢さが宿っている。

ナッパがニヤつきながら、重厚な音を立てて一歩前に出た。

「おいベジータ、こいつらを見てみろ。期待して損したぜ。スカウターの数値はどれも1000前後をうろついてやがる。……おいおい、ラディッツの野郎、こんなゴミ掃除に一年もかけたのか? まったく、呆れて物が言えねえぜ」

「……ナッパ、その数値を鵜呑みにするな。冷静になれ」

ベジータの眼が細められた。

「奴らは意図的に気の出力を抑え、数値を隠している。でなければ、ラディッツがこれほど長く手間取るはずがない」

その洞察力に、俺は口角を吊り上げ、不敵な笑みを返した。

「さすがだな、王子様。察しが良くて助かるぜ。挨拶代わりに、まずはその便利な『おもちゃ』をぶち壊してやろうか」

刹那、俺は体内の「気」のダムを、一気に決壊させた。

ドォォォォォォン!!

白銀のオーラが火柱のように爆発し、足元の荒野が激しく隆起して砕け散る。暴風のごとき圧力が二人を襲い、逃げ場のない大気の震えがスカウターの演算能力を瞬時に超越した。

「ピピピピ……!! ボンッ!!」

過負荷に耐えきれなくなった二人のスカウターが、火花を散らして同時に粉砕された。砕け散った電子部品が、ベジータの頬をかすめて背後に飛び散る。

「な、なんだと……!? 計測不能だと!? 馬鹿な、そんなことがあってたまるか!」

ナッパが驚愕に顔を歪め、自身のスカウターがあった耳を抑えてたじろぐ。

「悟空、ピッコロ。ナッパの方は任せる。……ベジータは、俺がやる」

俺は静かに歩を進め、重力100倍の極限修行で練り上げた「実体化した殺気」を、ベジータ一人に集中してぶつけた。周囲の石ころが、俺の放つ重圧だけで粉々に砕けていく。

「……お前が来るのを、ずっと待ってたぜ。ベジータ。……俺は、あんたにだけは……たとえ天がひっくり返っても、絶対に負けるわけにいかないんだ」

かつての原作で、栽培マンの自爆という屈辱にまみれて命を落とした、あの無念。その運命を完全に殺し、新しい歴史を刻むために。俺は腰を低く落とし、指先まで神経を研ぎ澄ませた、生涯で最高の「狼牙風風拳」の構えをとった。

「来いよ、王子様。地球人が、あんたのプライドごと叩き潰してやるぜ」

 

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