製パン戦争 Day2
「んんっ!?まさか敵情視察ですかなぁ、マスター。この黒髭、感心しませんぞ!」
「いや、工房じゃなくて町中で話しかけただけじゃん」
町中を移動していた二人の前に偶然現れた大男、黒髭。
「海賊の飯屋」の看板を掲げ、いまいち進捗の無いこの製パン戦争においてある程度の結果を出す陣営。まさかやり手なのだろうか。
「おっと、確かに。いやぁ、フランス陣営が出てきたときはもうこれ無理だろ.....となりましたがなんとかなるもんですなぁ!」
「黒髭さん達はどのようなパンを生産されていらっしゃるのですか?」
「よくぞ聞いてくれました。輝かしくはこちらの一品、海賊を唸らせた至宝の味を!」
黒髭が差し出したのは瓶にぎっしり入った乾パン。
一目見て分かる味気のなさ。見た目も普通、品質も普通。
ただ一点。その堅さは本物であった。
「いやこれ、海賊を唸らせたっていうのは堅さで苦しんだってことだったりしない?」
「何を言うか、マスター!当時は主食!長持ちしてかさばらなくて、多少かびても食えるすげー奴なのよ!」
「これは....ハードタックですね。材料は小麦粉と水のみ。水やスープに浸して食べるのが一般的だったと言います。ビスケットなんて呼ばれ方もありますね。海賊の時代ともなれば保存技術も未熟です。そういった点も評価されたのでしょうか」
「さすがはマシュ氏、実に博識....。だが、それだけではないのだよ、フフフフ....」
含みのある笑みを浮かべる黒髭。海賊の胃袋を支えた乾パンは確かに彼にとっては十八番だろう。
自分自身が飽きるほど食べたともなれば自信が付くのも当然か。めっちゃ堅い食品を売りに出すというのは他陣営にない勝負師とも言える。
「黒髭、笑い方が気持ち悪いよ」
「笑っただけなのに!? ひどいですぞ、マスター。この乾パンの最大の長所をお伝えするところだったというのに。」
「いいの?情報与えても」
「モチのロン。だってたいしたことないから。この乾パン、秘伝の製法。それは...。
1.小麦粉と水を練る
2.薄い生地を作る
3.何回も焼いてひたすら水分を抜く
以上なんだな、これが。」
「超シンプル....」
「そうですね、まるでひねりがありません」
「あのなぁ、二人とも。海賊がそんな手の込んだこと出来るわけ無いだろ」
「「・・・・・・・」」
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「やぁ、私は補足ダ・ヴィンチちゃん!海賊の飯なんて言うと、豪快に肉食ってるイメージを持つ現代人もいるだろう。違うんだなぁ、それが。彼らは黒髭の語るようなものを主食として食べていた。保存が利き、安価。しかも大量生産も容易と来た。長期間の船旅でこんなにありがたいものはないだろう。だが、決定的にかけている点がある。それはビタミン!なんとなく理解できるだろうが、カロリーは取れても栄養バランスはまるでダメ。足りない栄養は塩漬けの魚や干し肉みたいなタンパク質、限られた香辛料や塩で味を調えたスープ。クソ堅い乾パンを浸して食べることで栄養素も纏めて取っていたわけだ。それでもやはりビタミンが不足する。だからこそ、海賊達は寄港地で果物や野菜を積極的に補給していた、というワケさ。海上はビタミン砂漠だ。水面下にタンパク質はいても、ビタミンは泳いでないからね」
「え?私にとってのパン?そうだなぁ、自信作の『最後の晩餐』で書き込みにこだわったくらいかな。集中すると食事とか忘れるよね。え?そんなことない?まぁ、そこは人それぞれってコトで。」
「以上、ダ・ヴィンチちゃんの補足コーナーでした!」
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「なんか今、拙者のセリフが取られた気がする」
「急にどうしたの?」
「....ッフ、俺は海賊黒髭。小さいことは気にしねぇ漢よ。より得票率を伸ばすために工房へ帰るとするか!じゃあな、マスター。良い勝負をしようぜ...!!あの女海賊二人組を働かせるのも気疲れしてるけどな」キリッ
「なぜでしょうか、妙にいらつきましゅ...」
「言わないであげてね」
ウルクの人々にとっても決して食べやすいとは言えないだろう乾パン。しかしそれはある程度の市民権を得ている。
彼らの考えるパンに近い特性があるからなのかもしれない。実際、ウルクの民は購入後に湯でふやかして食べるという方法を編み出しているらしい。
それでパン認定される当たりこの特異点も割とガバガバ判定な気もする。
「でも乾パンか。俺にとっては非常食とかそういう認識だったけど、時代と場所によっては全然そうじゃないんだな」
「そうですね。乾パンは起源が大変古いです。ローマ時代には既にあったようですね。現代に至るまで幅広い時代で保存食としても携行食糧としても常に需要があります。燃料や水が無くても食べられる。調理の必要の無い食料ですからね。味に関しても近いもがあったのも人気を得ることになった要因かも知れません」
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「食べませい!!」
「むごぉ!?」
マシュが少し目を離した隙に路地裏へ引きずり込まれた藤丸。これが敵だったら大変なことになっていたが幸いそこにいたのは同じく製パン戦争に参加し、パン工房「鷹と太陽」運営者であるファラオのニトクリス。一瞬でパンを捻じこむあたり、筋力Eは詐欺かもしれない。
「どうですか?我が同盟者。私手製のパンの味は。拘り抜いた配合麦の織りなす焼きたての香り、侮れないでしょう?」
「なんか....普通に美味しい。さっきまで乾パン食べてたから尚美味しく感じる....」シミジミ
「か、感想が思ったのと違いますが、まぁ良しとしましょう。それでその、えぇとですね・・・」
「?」
「ど、どうですか?私が釜で焼き上げたものは。工房で量産されるものではなく、私が直接焼いたのですが」
「えっ?ニトクリスが直接焼いてくれたの?なんか嬉しいな」
「! えぇ、えぇ、そうでしょうそうでしょう!一口と言わず、さぁどうぞ!」
「多くない?塊がいくつか見えるんだけど」
「3斤ですね。ピラミッド建設者に支給されたものと同じ量です。さぁ!」クワッ!
「いや多い多い。それ1日分じゃん!」
「大丈夫です!我が同盟者なれば、この程度!」
女王ニトクリスが食わせようとするパン。現代でも「エイシ」または「アエーシ」としてパン文化が存続するまさに本場の味。
エジプト。それは決して砂漠のみの土地では無い。ナイル川がもたらす肥沃な土地は人口を支える農地を提供した。それによって人々は多くの麦を育てることが出来た。
さらに発酵に適した脱穀のしやすい小麦の生産に成功したのも大きい。
普段の食事だけではなく、死者への供物や儀式にも使われた。壁画にもその様子は記録され、現代でも当時の人々の暮らしが垣間見える。
やや平たい円形のもので、中は空洞に近く見かけほど重みを感じるわけではない。小麦粉に水、塩。そしてイースト。タヌールという円筒状の大型粘土釜に生地を貼り付け、直火で高温。そして時間をかけずに一気に焼き上げる。
これによって外は焼けた小麦のカリカリとした食感、内側は発酵によって得られたモッチリ食感。現代的なパンのルーツを感じさせる仕上がりとなるのだ。野菜や肉を中に詰め込んだ変化球も開発されている、まさに王道を行く。人類史に燦然と輝くパンの味。
「ニトクリスさん・・・楽しそうですね。」ゴゴゴゴゴゴ
「っ!?いやこれはですね。労っていたのですよ。えぇ。我が同盟者は先日ビーストと戦い、それ以前には我がエジプトでの戦いもありました。それに対する論功行賞です。私を真なるファラオの姿へと至らしめたことへの・・・まぁその...個人的な感謝も含まれていますが」
「いいでしょう。先輩をかけてここで貴方をパンで倒します。先ほどデオンさんからいただいたこのバゲットを受けて下さい。フルスイングです」
「!? ど、同盟者。急にパン釜の様子が気になる気がしてきました!ここで失礼しますね!」
「敵性存在の撤退を確認しました。危なかったですね、先輩」
「マシュのほうが危ない」
「ご安心下さい。先輩の貞操はこの後輩にお任せ下さい」
「そんな話してなかったと思うんだけどなぁ」
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「ネロォォ・・・!!(よく来たな、マスター。あまりもてなせないがゆっくりしていってくれ。パンについて調べているのだろう?簡単にだが話してやろう)」
「ありがとうカリギュラ」
藤丸達は華やかに彩られた工房の外にある直売所に立ち寄っていた。
パン工房『パンとサーカス』。支配人はネロ・クラウディウス。カリギュラのやらかしでパンに悩んだネロが運営する工房である。
その品揃えは実に華やかであった。
無発酵パンと発酵パンの両方を揃え、大麦だけで無くライ麦パンに雑穀パンといった基本素材の幅がぐっと広い。まさしく大帝国ローマの食文化。
地中海らしくオリーブオイルも潤沢に使い、なんとも薫り高い品揃え。そこそこ現代ナイズされているが。
「ネロォォ....!!(パンが伝来する前のローマ人はな、穀物をプルスという粥にして食べていたのだ。そしてそれは正直そんなに美味しいものでは無かった。だが、ギリシャの民がパンを伝えた。文化は香りと共にやってくる。まさしくパンの香りがローマにやってきたのだ)」
「ネロォ・・・!!(元々、ローマには特産品があまりなかった。小麦、オリーブ、あとはワインくらいのもの。度重なる遠征、そして植民地からの物品が豊かさをもたらしたのだ。特にモロッコからの魚醤、ガルムは素晴らしいもので広く受け入れられた!中東の香辛料に欧州の家畜由来の産品。まさにローマである)」
「成る程成る程」
「(先輩、なぜ理解できているんですか・・・?)」
「(奏者が来たというから見に来てみれば、伯父上と仲睦まじく話している!?というかものすごい圧縮言語な気がするのだが!?まるで混ざれぬではないか!)」
「マスター、ネロが物陰からお前に話したそうにしている。後は託すとしよう」
「あ、ネロいたんだ」
「ネロさん、いらしたんですね!」
「伯父上が喋った!? あ、あぁ、当然だとも!奏者よ、よく来たな!我がパン工房『パンとサーカス』へ。薔薇の皇帝プレゼンツの品々を味わうが良い!」
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「・・・うん、それでな。伯父上がやらかしすぎてな。パン問題に向き合わなくてはならなかったのだ.....」
「シンプルに可哀想」
「それは・・・お気の毒です。ネロさん」
パンよりも身の上話を味わうことになったが、ネロは影の差した自身の顔をペチペチ叩いて気合いを入れる。愚痴を垂れ流すのはネロでは無いのだ。
「ウォッホン!仕切り直しだ! そう!ローマのパン!それについての話だな。時代にもよるが庶民が口にしたのは黒パンで貴族達が食べたのはより目が細かく、質の高い白いパンだった。格差という無かれ、ローマの民にはパンが無料で支給されたのだぞ。そしてローマのパンはな。割れる」
「割れる」
「いや、本当に。練り上げた酵母入り生地をしっかり焼く。このときのコツは平たく伸ばすのではなく、生地の塊を押し広げるような感じにすること!そしてそれをパン紐で縛り上げるのだ。だが、グルテン由来の粘り気のなさが災いし、焼くと割れてしまうのだ。作るときはそれなりのサイズを焼き上げるのだぞ。ちょっとした座布団みたいなやつをな。味は恐らくマスター達が食べても順当に楽しめる味になっているだろう。現代へ近づいたパンであるのだ。食感は少し違うかも知れないが」
「ネロさん、ありがとうございます。概要、伝わりました」
「うむ!良いのだぞ、それでだマスター。食べるか?一斤やるぞ?」
「いや、いいです」
「何ぃ!?この皇帝がプレゼンツするパンだぞ、いらないのか!?」
「さっきファラオパン食べてお腹いっぱいです」
「ファラオ・・・、太陽王ではなくあの女王か。むぅ、先を越されるとは。だが余は譲らない。歌も添えてやろう!!!」
「落ち着いて下さい、ネロさん!!」
※パンは持ち帰りになりました
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「残りはケルトか....。なんだろう。なぜか不安だ」
「はい...率いているのがあのスカサハさんです。ルーンはすごくてもパンはどうなるか.......」
二人はウルク内の市場で足を止める。黒髭の乾パンに続く人気だというのがなんとケルトのパンであるというのだ。
理由が分からない。これまでの他の勢力は現代人の自分たちからすれば十二分にすごかった。何が差を生み出しているのか。しかし、ここで自分たちの作るパンについても何かヒントが得られるかも知れない。不安と同じくらいに期待も高まる。
「あれ?マスター達、こんなところで何してるの。もしかしてメイヴちゃんのパンが食べたくなったとか?」
「メイヴさん!あれ?スカサハさんが仕切っているはずでは?」
「いや、どう考えてもこういうの無理でしょ。鍛錬とか言いながら機械と同じくらいの速度でパン生地をサンドバックにしてるわ。同じ女として認めたくなかったから私はこうして外を回って視察してるワケね」
予想の斜め上を行くケルトスタイルカラテ。パンは捏ねるものであって、サンドバックにするものではない。
やはりまともな料理は無理だったのだろうか....?
「失礼かとは思うのですが...、並ぶパンはケルトというよりもアイルランドのパンですか?」
「肉よ」
「えっ」
「ケルト人よ?当然、肉よ肉。戦士は肉を食ってなんぼなのよ。あ、ちゃんと麦とか豆も栽培してたから、パンはあるわよ一応」
目の前の肉食系美女もまたケルト。二重の意味で肉食であった。ケルト人は実に多様な肉を食べた。クー・フーリンがよくターゲットにする猪や鹿はもちろん、ビーバーのようなものからなんと熊まで。現代でも食べられるような鶏、豚、牛のような家畜はもちろん食べた。
だからといってパンあります?に対して『肉』発言はどうかと思うが。
「よかった、あるんだね、パン」
「当たり前じゃない。パン作りの特異点なんだからそりゃあるわよ。マスター、女の子を軽んじすぎよ?折檻が必要かしら」
「勘弁して下さい」
「メイヴさん、話が逸れています。どのようなパンなのですか?」
「あぁ、ごめんなさいね。ソーダブレッドよ!」
「ソーダブレッド?俺の国ではほとんど聞かない....」
ソーダブレッド。その製法はシンプル。小麦粉と強力粉、重曹を混ぜる。バターミルクを流し込み丸く纏める。
そしてこの生地に十字の切り込みをつけてじっくり数十分。人によってはイースト菌の代わりに用いられる重曹の味を嫌ってベーキングパウダーを使用することもある。発酵を伴わないクイックブレッド。アイルランドの主食であり、現代でも毎日のように。それどころか三食登場することも珍しくない、まさに食事の中心。
ちなみに、この十字の切れ込みはただの調理的な意味に留まらず家族や近しい縁者を悪霊から遠ざける、またパンがしっかり膨らむことを願う儀礼的な意味合いもある。アイルランドへキリスト教が広まると同時に拡がっていった一つの文化であり生活と不可分な日々の祈りなのだ。
「あ、他にはトリークルタルトも用意しているわ!私はこっちの方が好きよ。なんか人気ないけどね」
「そちらは確か、糖蜜をたっぷり使ってさらにアーモンドパウダー等を振りかけた激甘のスイーツでは・・・?」
「そうよ~、女王だもの。甘いものが大好き♡ いくらでも食べれちゃう」
「は、はぁ....」
なんか甘い菓子を紹介されて終わったがこの製パン戦争においてケルト陣営は結果を出していた。発酵を伴わない、しかし膨らんだパン。それらは都市内で働く者達に食されているようで、都市の外へ働きに出る者達に選ばれる黒髭達の乾パンとユーザーを取り分けているような状況だった。だが、このスカサハが仕切る工房『クロスブレッド』が人気を持っている理由はもう一つある。先ほどメイヴが言っていたように肉を挟んだのだ。味付けは最低限でも、スポンジ状に膨らんだ生地が肉の脂を余すことなく吸うようにしたことで、味わいが変わった。鹿や猪の肉をとりあえず焼いて適当に切ってなんか香辛料を振りかけて挟んだ...。実にシンプルなもの。
だが、古代ウルク人には下手に凝らないほうがいいのかもしれない。分からんけど。
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「あぁ、お帰り二人とも。得られたことはあったかな?」
マシュと藤丸が自分たちの工房へ戻ってくるとエルキドゥに話しかけられる。
暇つぶしなのかウルク式のパンを焼いていたようだ。香ばしい香りが室内を満たしている。
「うん、みんな自分たちの故郷の味で勝負してた。でも、それだけではダメなんだと思う。美味しいだけでは選んでもらえないんだ」
「そうですね。やはりウルクの人々の舌を満足させること....当然ですがかなり難しい話です。時代が違えば、地域が違えば求めていることが変わってきます。ただ自信作を出すだけでは選んでいただけないでしょう」
「なるほどね。でもマスターはなにか作るんだろう?食べ慣れたものから始めるのもいいんじゃないかな?」
「俺の食べ慣れたパンか・・・」
藤丸は思い返す。これまでに食べたパンの数など覚えていないが、様々なパンが思い浮かぶ。
世界的チェーン店のパン、スーパーで買える工場製造のパン、町中にある店の手作りパン。母親が作ってくれたこともあった。
だが、ふと思い当たるパンがある。自身の好きなパン。
「あんパンは甘すぎるだろうし、焼きそばパンとか?カレーパンもいいなぁ」
「焼きそばパン?なんだいそれは」
「(藤丸説明中)」
「・・・・小麦粉に小麦粉を合わせるのかい?なぜそんなものを」
「美味しいから良くない?」
「マスターの出身国は変わってるのかい?」
「先輩の国は食文化が独特なものがあるようです。しかしカレーパンですか。たっぷりの具材に香辛料もあるとなれば意外と好印象が望めるかも知れませんね」
「あんパンはなんか....作り始めたら無限にあんパンにとらわれそうな気がする。俺はそれは流石に嫌だ。他人の顔にあんパンをシュートするような人間にはなりたくない」
「(先輩にとってのあんパンとは一体・・・?)」
そのとき、藤丸ははっとした表情で持参したカルデアの端末を取り出す。カルデア配属後、第4特異点前にORTが勝手に導入していたソフトウェアの存在を思い出したのだ。
有効活用できたことはほぼ無いが、何かヒントになるかも知れない。藤丸は端末を起動し、呼びかける。
「Marixa、俺が作るのにオススメのパンを提案して」
『了解しました。ご指定の状況などがありましたら教えて下さい』
「今、大多数の人向けにパン作らないといけないんだ。だから、みんなが満足して手に取ってくれるようなものを作りたいんだ。相手の人達は大分昔の時代の人達で....」
『........。出力いたします。古代では性への意識が現代と異なっていました。子孫繁栄や労働力の確保など等々です。粘土増や石像でもそういったシンボライズは少なくありません。なので、人々の情欲を刺激するデザインのパンなどはいかがでしょう?見栄えで多くの人の目を引くことが可能となります』
「コンプライアンスが終わってるよ!他には無いの?」
「そうです!そんなそ、その・・エッチなのはダメです!」
藤丸とマシュからの当たり前の正論にしばらくフリーズする。というかなんでそんなん提案するんだ。ダメに決まってるだろ。
『では、マスターの出身国の料理より、あんパンはいかがでしょう?中身の餡を変更することで料理に幅を持たせることも出来ます』
「じゃあ、Marixaのおすすめの中身は?」
『中身ですか?ありませんとも』
「それはあんぱんではありませんよ!?」
「ねぇマスター。僕は人のことを言えないかもだけど、これ産廃だよ多分」
エルキドゥからの辛辣すぎる意見に藤丸はそっと端末の電源を落とす。やはりこういうときは己の決断が未来を切り開くのだ。これまでの特異点でもそうだった。
素人だからこそ、嗅覚が備わっていないからこそ、己の直感を信じるのだ。
「マシュ、決めた。俺はカレーパンで行く」
「・・・!!カレーパン、ですか。カレーとパンの二種類を用意する必要があります。それに揚げる行程も」
「なるほどね。マスターはより困難な道を征くことにしたんだ。分かったよ。力を貸そう」
カルデアのマスターによる製パン戦争攻略は今から始まる。
初対面の人々の胃袋を押さえる__________なんとも壮大な戦いの幕開けである。
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~カルデア、管制室~
「やぁ、お疲れ。ダ・ヴィンチ」
「そちらこそお疲れさま。資料整理やら何やらが終わってすぐで悪いが君の意見を聞いてみたいんだ、ロマニ。この特異点、どう思う?」
「・・・まぁ思うところはあるよね。何よりも、怪しい。何もなさ過ぎる」
「そう。平和なんだよ。民衆が何かに置き換わってたり、謎の外部勢力が攻め込んできてることも無い。ただパンを作るだけ。決定的にかけている点がこの特異点にはある」
「目的が見えない。そうだね?」
「あぁ、その通りだ。製パン戦争なんて名前をつけて品評会染みたことしているが、誰がそもそも主催しているんだ?自発的にウルクの民が?その割にはいまいち食いつきが弱い。自分たちの知らない文化のパンが目白押しなのにだ。ギルガメッシュ王も違う。相変わらず仕事してるからね。一番良い結果を出した工房が一つ残り勝負がついたとして、聖杯が仮に回収できても結局何がしたかったんだ?となる」
「工房が用意されている。ルールが制定されている。これだけでも何かの意志が働いてるのは明白だ。藤丸君達が突入してから2日。だが、それ以前から特異点は発生していたし、英霊達も思い思いにパンを作っていた。にもかかわらず、状況はなんら変化していない。パンそのものはおそらく既に相当数が製造されているだろうに」
「その通りだ。エジソンなんかは大量生産してるし、マリー王女達やネロ達はあれこれ新しいものに挑戦してバリエーションや新しい味を模索してる。なのに変化が無い。何一つとしてね」
「・・・ダ・ヴィンチ。君はどんな想定をしてる?聞かせてくれ」
「[パン作りではこの特異点を解決に導けない]。これが私の現時点での持論だ。人気投票なんて言うけど、その要素を顕わしてるのは市中に張り出される投票版くらいだ。熱量がまるで足りてない。主犯がもしいるとすれば、そいつはパンが作られることを望んでいるが、状況が動くことを望んでいない。そんなふうに思える」
「そうだね、その通りだろう。....これは思ったよりも厄介かもしれないぞ。面倒ごとにならなきゃいいが・・・・」
管制室で話しあう二人。特異点発生中の現地の空気感とはまるで違う不穏な考えが二人にはよぎっていた。
誰も、何も、何のアクションも無い。怪物もいない。天変地異も無い。そのくせに特異点は維持され続けていて、解決の目処も立たない。
古代メソポタミアを覆い尽くすように展開されるこの空間には誰かの悪意があるはずなのに、正体がまるで見えない。
パン作りという人類が繰り返し、積み上げてきた営み。ただそれだけが求められているという異常な特異点は、管制室の画面においても何の動きも無い。
その答えはまだ明かされない。
悪意の正体とは犯人が白日の下に曝されて初めて明らかになるのだから。