マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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真心を、神に

炉心は停止した。

だが静寂は今だ訪れない。壊れた歯車の隙間を、風が流れる。その風は自然によるものではない。

意志を持っている。

フィリアは風を従えて瓦礫の中央に立っていた。

純白の衣は焦げ、髪も煤けている。だが瞳はまだ光を失っていなかった。

 

「……ふ、ふふ……」

 

笑い声が震える。

 

「パン工房が止まったくらいで・・・・・私が諦めると?」

 

空気が震えた。

止まったはずの炉心内部に、再び風が生まれる。

 

「金よ。金が・・・・・世界中の金が、私のもとへ流れるはずだったのよ?」

 

その声には本気の未練があった。めっちゃ名残惜しそう。

ギルガメッシュが鼻で笑う。

 

「強欲なことだな、イシュタル」

 

「強欲? 当然でしょう!」

 

フィリアが叫び、それに合わせて風圧が爆ぜる。衝撃波が四方へ拡散しマシュが盾で受け止める。

 

「ぐっ……!」

 

「私が流通を握れば! 私は世界最大のパン市場を掌握していたのよ!? 過去から遠い未来までの神話級よ!? 経済女神として再臨できたのよ!?」

 

怒りの風が渦を巻き上げ、工房の瓦礫が浮き上がる。

 

「それに……!」

 

フィリアの声が低くなる。

 

「このまま終わったら、“パン工場が爆発して負けた女神”なんて汚名がつくじゃない・・・・!」

 

一瞬、一同沈黙。

ギルガメッシュが鼻で笑う。

 

「似合うではないか」

 

「笑うなぁぁぁ!」

 

風が刃となって不可視の斬撃が走る。

エルキドゥが鎖で弾くが、衝撃で後退する。

フィリアは一点集中で大気を球状に凝縮。作り上げたのは超高圧の空気弾。

それをマシュ達へ叩き込む。もう女神の威厳も無い癇癪を起こした子供のような攻撃の数々。

 

「私はまだ女神よ!こんな・・・・こんな訳の分からない負けかたできるわけないでしょう!?」

 

風が蛇のように絡まり合いパラディーンへと迫るが、振るわれた盾があっさりと風を裂く。

しかしその背後から気圧変化によって肺が圧迫され、マシュの視界が揺らぐ。

エルキドゥが言う。

 

「広域支配はない……だが密度が増している」

 

その通りだった。炉心停止で供給は絶たれた。

だがフィリアは今、自分の霊基を燃やしている。

自己消費型。短期決戦型の暴走をしてでもこの場での負けを認めるわけにはいかない。

ギルガメッシュが宝物庫を展開し無数の武器が襲いかかるがフィリアは風の層を幾重にも重ねる。

 

「今度は貫けるかしら?」

 

だが完全には防げない。宝具の一部が肩を裂き、血が風に舞う。フィリアは歯を食いしばりながら不敵に嗤う。

 

「……っ、まだよ」

 

風がさらに鋭くなる。

瓦礫が砕け、粉塵が舞う。視界が白んで行く中でフィリアの声が工房中枢区画に響く。

 

「お金は諦めない! 女神の名前も傷つけない! 計画を壊された怒りも晴らす!」

 

 

-----------------------

 

 

 

 ――金は諦めない。女神の名も傷つけない。

 

その宣言が、粉塵の向こうで何度も反響する。

藤丸は瓦礫の影に身を伏せながら、喉の奥がひりつくのを感じていた。肺に入る空気が重い。気圧が不安定に揺らぎ、耳鳴りが止まらない。

目の前では、マシュの盾が淡い光を帯びている。あの光がなければ、とっくにこの区画は真空と暴風の交互攻撃で粉砕されていただろう。

ギルガメッシュが空間を裂き、宝物庫を展開するたびに黄金の軌跡が空を走る。その一閃ごとに風の層が剥がれ、だが次の瞬間には別の層が編み直される。

 

まるで巨大な肺だ。

フィリア――いや、フィリアがこの場そのものを呼吸している。

 

「・・・・かなり無理してるな」

 

思わず漏れた独り言は風に攫われた。あれは持久戦じゃない。短期決戦型。自分の存在そのものを燃料にして暴れている。止めなければ勝っても消える。負ければもちろん消える。

どっちに転んでも破滅だ。けれど彼女は止まらない。粉塵の向こうで純白だった衣が裂け、赤が滲む。それでも瞳だけはぎらぎらと赤色に燃えている。

 

「パン工場爆発女神・・・・」

 

思わず額を押さえた。どうして最後の動機がそこなんだ。

だがあれは本気だ。あの女神は本気であだ名を恐れている。

そして本気で金を愛している。

だからこそ――。藤丸は懐を確かめた。まだ温かい。布に包んだそれは、さっきまで炉心の余熱で保温していた。

 

作戦前に作っていたパン。対女神用特製パン。

最高の一品を食べさせる。これを食べさせれば倒すまでは行かなくてもあるいは........

 

 問題は――。

 

「食べさせる隙がない」

 

あの暴風の中心に近づく?無理だ。ミンチになる。

マシュ達が抑えてくれている間に接近するしかない。だが今は押し合いだ。決定打を打てる状況じゃない。

視界の端で、エルキドゥの鎖が風を縫い止める。次の瞬間、気圧の爆縮で地面がえぐれた。

 

マシュが膝をつく。

「先輩……!」

 

聞こえるはずのない声が、風の隙間から届いた気がした。

焦りが胸を焼く。行くしかない――そう身を起こしかけた、その時。

 

「……それを、食べさせるおつもりですか?」

 

背後から静かな声。反射的に振り返る。

そこにいたのは、煤で汚れた衣をまとった女性。しかし立ち姿は崩れていない。

 

 シドゥリ。

 彼女は瓦礫の影から歩み出ていた。

 

「どうして……ここに。いや、なんでいるんですか!?」

 

「王が出陣なさる戦場です。見届けないわけには参りません。まあ、連れてこられたんですが・・・・、なぜでしょう?」

 

 その視線は戦場へ向いている。

 だが声は落ち着いていた。

 

「……あの方は、止まりませんね」

「止まりません」

 

 藤丸は即答した。

 

「金が絡んでるから」

 

 一瞬、シドゥリの肩がわずかに震えた。笑ったのか、呆れたのかは分からない。

 

「でしたら」

 

 彼女は藤丸の懐を見た。

 

「それを食べさせる隙を、作りましょう」

 

「……え?」

 

 耳を疑う。無茶だ。あの中に入るなんて。

 

「入る必要はありません」

 

 シドゥリの瞳が細まる。

 

「女神は今、“怒り”に集中しています。怒りは視野を狭める。であれば、別の感情で一瞬でも注意を逸らせばよい」

 

「別の……感情?」

 

 

「お任せ下さい、特異点でパン作りをしていた方からこういうときの戦術を教わっています。ウルクに滞在していた海賊のお二人から授かったこの技術。必ずやイシュタル神を鎮めることとなるでしょう」

 

 

          《シドゥリ説明中》

 

 

「シドゥリさん・・・・、分かりました。お願いします。あなたの犠牲を無駄にはしません」

 

 

□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 シドゥリが一歩、前へ出る。

 暴風の中心では、フィリアがなおも霊基を燃やし続けている。金色の輝きは濁り、もはや神威というより暴走する火の如く。

 

 その只中へ、場違いな声音が響いた。

 

「う、うっふ~ん。祭司長よ~ん 」

 

 ――。

 

 時間が、止まった。

 

 ギルガメッシュの宝物庫から射出されかけていた武器が宙で静止する。

 エルキドゥの鎖がぴたりと止まる。

 マシュの盾がわずかに下がる。

 ティアマトですら、瞬きを忘れたように沈黙した。

 

 そして当のフィリアも。

 

「…………は?」

 

 風圧が途切れる。

 今まで怒りに燃えていた深紅の瞳が、純粋な困惑に染まった。

 

「な、なにそれ。場の空気を読めないにもほどが――」

 

「いやぁん、そんなに見ないでくださぁい? 女神様の前で緊張しちゃうわぁ」

 

 シドゥリは、完璧な棒読みで腰をくねらせながら続ける。それでいいのか。

 その隙を逃さず藤丸は駆けた。尊い犠牲を無駄には出来ない。

 

「なっ――ちょ、待ちなさい! なんなのその流れ!?」

 

 フィリアが反応したときには、もう目の前だった。

 

「はい、あーん!」

 

 布から取り出したコッペパンを躊躇なく開かれた口へ突っ込む。

 

「むぐっ!?」

 

 反射的に口が閉じ、咀嚼反応が起きる。

 

 もぐ。

 

 ごくん。

 

 飲み込んだ。

 

 全員が、固まる。

 風は止まったままだ。

 光も変わらない。

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

フィリアがゆっくりと瞬きをする。

 

「……なに、これ」

 

「パンです」

 

「分かってるわよ! そうじゃなくて!」

 

 ぺたぺたと自分の体を触る。

 

「なにも起きてないじゃない!何がしたかったの?死にたいとでも?」

 

 ギルガメッシュが腕を組み、鼻で笑う。

 

「貴様、今度は餌付けか?」

 

「違います! ちょっと待ってください!」

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 フィリアの声が、わずかに揺れた。

 

「なんか……体の中、熱……」

 

 足元から、光が滲む。

 

 最初はほんのりと。

 次第に、強く。

 

「ちょ、ちょっと待って。なにこれ。なにこれぇ!?」

 

 

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藤丸の食べさせたパン、それはコッペパン。

この決戦に備えて工房で最後に作り上げたものだ。使われた生地は特別製。

 

覚えているだろうか?製パン戦争においてスカサハが何をしていたのか.......。

 

 

~決戦しばらく前の、パン工房『クロスブレッド』~

 

「え?スカサハがサンドバッグにしてる生地を使いたい?」

 

「うん。もしかしたら役立つかも知れない。パンを、焼きたいんだ」

 

「ど、どういうこと・・・?」

 

 

メイヴが困惑するのも当然だ。暇つぶしに鍛錬を続けていたスカサハがひたすらその拳と足で殴打し続けて作られた生地達。特異点解消もいよいよ大詰めという時になぜそんなものをほしがるのか。

 

「いいではないか、くれてやれ。メイヴ。というか無駄に作りすぎた。使って減るならパン生地たちも本望だろう」

 

スカサハが汗を拭いながら工房の奥から現れる。その手にはパン生地。乱暴に藤丸へ投げ渡され、それを藤丸は抱えるように受け止める。

衛生観念どうなってんだ。

 

「ありがとう、これを使えばいいパンができるよ」

 

「そうか、私にはまるで分からん。メイヴなら上手く焼けるだろう。後は任せた」

 

「私に振らないで欲しいのだけど!?この脳筋が・・・・」

 

漫才を繰り広げる二人を残して藤丸は自身の工房でパンを作る。機械に頼り切らず、可能な限り自分自身の手で。

スカサハのパン生地______それにはある特徴があった。

鍛錬と称して本番の戦いと変わりないような力をぶつけられていたパン達は、スカサハの「神性特攻」の性質を練り込まれていた。

パン生地そのものが神にとって毒性のある食品と化していたのである。

料理をしないスカサハ本人はまるで気づいていなかったが。

 

「生地は・・・・、ほぼ出来てる。隠し味とかはなにがいいだろう」

 

少し頭をひねる。その時、藤丸に電流走る。工房の隅へ置かれた瓶。ラベルには「マーマイト」の文字。紳士から押し付けられた食卓兵器が異彩と存在感、あと異臭を放っていた。

 

「これを使ってみるか。どのくらい入れたらいいんだろう。適当で行くか・・・・・?」

 

 

こうして焼き上がったのがフィリアの口にしたパンである。

見た目は普通。しかしその真価は食べないと分からないまさに味のパンドラボックス。

 

 

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 肌の下を、光が走る。

 金色ではない。白い、爆発前の閃光。

 

「おい、雑種。まさか」

 

 ギルガメッシュが眉を上げる。

 次の瞬間。

 

 ぼんっ。

 

 軽い音とともにフィリアの袖が弾け飛ぶ。

 

「は?」

 

 続けて。

 

 ぱんっ。

 

 裾がはじける。

 

「え、ちょ、え?」

 

 光は強まる。霊基へ取り込まれたパンがその力を発揮する。

 

「な、なにこれ! なんか体の中から……!」

 

 さらに一段、輝度が跳ね上がる。

 

 

 ぱああああああああああん!!!

 

 ギャグ漫画の擬音そのままに、衣装が四方八方へはじけ飛んだ。

 粉塵の中、布片がひらひらと舞う。その中心で、フィリアは真っ白に発光しながら、ぽかんと立ち尽くしている。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

誰も口を開かない。

静寂を破って最初に口を開いたのはエルキドゥだった。

 

「……見事だね」

 

ギルガメッシュがそっぽを向く。

 

「……ふん」

 

 だが肩が震えている。フィリアは数秒遅れて状況を理解したらしい。

 

「え」

 

自分を見下ろす。

光はまだ残っているが、力は完全に失われている。神としてではなく、本来の器が立っているだけの、無力な存在。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 絶叫が中枢区画にこだました。

 

「な、なにこれ! なにこの展開! 私、今どうなってるの!? なんで力が出ないの!? ちょっとギル見るな! エルキドゥも見るな! ティアマトなんで目逸らしてるのよ!」

 

マシュが顔を真っ赤にして盾を持ち直す。

 

「せ、先輩……!」

 

 

 

 シドゥリが小さく息を吐く。

 

「……祭司長の威厳は失いましたが、都市は守られました」

 

「いや、あの陽動は一生忘れませんけどね」

 

「忘れてください」

 

 ぴしゃりと言い切る。

 フィリアは心底不満そうに涙目で藤丸を睨んだ。

 

「アンタ……なに入れたのよ……」

 

「真心です」

 

「いらないわよそんなのぉ!なんで食べただけで服と力が弾け飛ぶのよ!?」

 

 だが立ち上がろうとして、がくりと膝をつく。

 神の力は完全に封じられている。

 ギルガメッシュがふん、と鼻を鳴らした。

 

「まあよい。強欲の末路としては上出来だ」

 

「上出来ってなによ!」

 

そのやり取りを聞きながら、ようやく静寂が訪れる。壊れたパン工房の隙間を抜ける風は、もう意志を持たない。

本当のただの風。炉心は止まったまま。女神も止まっている。

そして瓦礫の中央で、完全無力化されたフィリアが叫ぶ。

 

 

「パン工場爆発女神よりひどいじゃないこれぇぇぇぇ!」

 

藤丸は天井を見上げ、深く息を吐いた。

 

―――――終わった。

 

数人の何か大切なものが失われ、女神は無力化された。

特異点は解消が約束され、人類の食卓は守られたのである。

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□

 

 

~特異点発生時点の出来事~

 

それは、カルデア側のイシュタルが特異点へ単独先行した日のことだった。

ウルクから北東にそびえるエビフ山。荒れた岩肌と乾いた風。人の気配はなくただ神代の気配だけが濃く残る場所。色々と思い出のある山。

 

「ふふん。やっぱり私が一番乗りね」

 

空中に浮かびながら、彼女――カルデアのイシュタルは胸を張った。

その瞳が岩の裂け目に宿る輝きを捉える。

 

聖杯。

 

神代の奇跡を宿すそれが、まるで拾ってくれと言わんばかりに鎮座していた。何かと頑張るカルデアのマスターのために回収くらいするか・・・と考えを巡らせる。

 

「はー・・・・ほんと便利よね、これ」

 

彼女は何の躊躇もなく手を伸ばす。

 

「ちょっと宝石を増やすくらい、罰は当たらないでしょ? 世界のためだもの。女神の活動資金よ、活動資金」

 

理屈は常に後付けだ。

聖杯が光を帯びる。

 

「世界中の最高級宝石を……ううん、やっぱりやめた。原石の山を出して、それを加工して売る方が儲かるかしら? ああでも流通を抑えた方が――」

 

欲望が具体性を持ち始めた、その瞬間。聖杯の光が変質する。

金色だったはずの輝きが、濃く、粘つくように揺らめいた。

 

「……え?」

 

足元の影が、伸びる。

それは影ではなかった。

 

「それだけ?」

 

背後から声。

振り向いた瞬間、そこに立っていたのは――自分。

だが、違う。

別の顔。同じ神性。燃えるような深紅の瞳と雪のような白い髪。

その瞳には、刹那的な煌めきではなく、計算と執着が宿っていた。

 

「小金稼ぎで満足するの?」

 

「な、なによアンタ」

 

「私はあなた」

 

それは微笑む。

 

「女神イシュタルの、より正直な側面」

 

聖杯が応じる。欲望に。

 

「宝石を増やす? 違うわ。流通を握るのよ。市場を作るの。価格を操るの。神話級の経済を」

 

イシュタルの背後で、金色の風が渦巻く。

 

「世界の“金”そのものを動かす。女神が市場を支配する。そうすれば、神々すら頭を下げる」

 

ぞくり、とした。

それは確かに自分の中にあった。そういうのもいいな.....っというささやかな願望だったが。

 

「や、やりすぎよ」

 

「何が?あなたはいつだって中途半端。だから人間に舐められるの。目標が小さすぎるわ。やるなら世界よ」

 

金色の風が絡みつく。

 

「私はフィリア」

 

光が奔流となり、二人を包む。

 

「私はあなたの別側面。あなたが踏み込めなかった先へ行く存在。つまり上位互換ね」

 

「やめ……っ」

 

イシュタルの意識が沈みこんで消えていく。最後に見えたのは愉悦に歪む“自分”の顔。

そして。

 

「任せておきなさい。世界最大のパン市場を築いてあげる。未来まで無限の富が私たちを待っているわ!」

 

意識は、深い底へと飲み込まれた。

 

 

□□□□□□□□□□□□

 

 

霊基が安定し、フィリアとイシュタルは元に戻る形で分離した。

金色の光が二つに裂ける。

 

そこから現れたのは、見慣れたカルデアのイシュタル。

 

「ちょ、ちょっと待って! 私、被害者なんだけど!?」

 

その隣には、霊基を削られ弱体化したフィリア。

そして――衣服は、ない。なんで全裸になるんだよ(困惑)

ギルガメッシュが額を押さえる。

 

「何故そうなる」

 

「知らないわよ! 霊基が爆ぜたんだから服くらい消えるでしょ!?」

 

 

イシュタルは顔を覆う。なんとも沈痛な声を伴って。

 

「だから言ったのよ! 市場独占なんてやりすぎだって!」

 

「あなたも乗り気だったでしょうが!」

 

「小金よ!? 私は可愛い範囲の小金派よ!小市民の感性を大切にするセレブになりたかったのよ!」

 

口論が始まる。だが割って入る影が一つ。

ずしり、と空気が重くなる。

ティアマト。

その静かな瞳が、二柱を見下ろす。

 

「……食べ物」

 

低く、静かに。

 

「もてあそぶのは、いけない」

 

場の温度が下がる。フィリアが一瞬で縮こまる。もう戦う力など微塵も残されていない以上、大人しくするしかない。

 

「だ、だってあれは武器で」

 

「パンも、尊い」

 

ティアマトの背後に、巨大な母性圧が立ち上る。

 

「食べ物は、命」

 

イシュタルも正座させられる。

 

「は、はい……」

 

「遊ぶのは、絶対にだめ」

 

「はい……」

 

「爆発、だめ」

 

「はい……」

 

「裸は、もっとだめ」

 

「それは不可抗力よ!?」

 

ティアマトの説教は、三時間に及んだ。途中でフィリアが足のしびれを訴えたが許されることは無かった。なんだこのクッソ哀れな神

 

 

 

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ギルガメッシュが、にやりと笑う。

 

「罰を与える」

 

嫌な予感しかしない。

 

「ウルク市民へ謝罪行脚だ」

 

「は?」

 

「なによそれ」

 

粘土板が用意される。それはやけに達筆で、しかし堂々と自己主張の激しい文字列が刻まれている。

 

                    《私は駄目な女神です》

 

 

 

「嫌よ!!」

「却下!」

 

「却下は却下だ」

 

王命である。

イシュタルは完全に濡れ衣だが関係ない。

 

「私は被害者よ!? 別側面に乗っ取られてたのよ!?」

 

「己の欲望が生んだものだろう」

 

ぐうの音も出ない。

そしてフィリア。

 

「服は……?」

 

「ない」

 

「ちょっと!?」

 

ギルガメッシュは涼しい顔だ。

 

「神は羞恥を超越する存在であろう?」

 

「超越してないわよ!!繊細に扱ってよ!」

 

結局。フィリアは最小限の神気で光の膜を纏う形になった(なお、本人は全裸と主張している)。そして始まる、公開謝罪ツアー。

 

市場区画。農耕区画。城壁前。

子供たちが指差す。

 

「駄目な女神だ!」

 

「駄目って書いてあるー!」

 

イシュタルが泣きそうになる。

 

「私は違うのに……!」

 

フィリアは粘土板を掲げたまま小声で言う。

 

「でも金は諦めない……」

 

「反省してない!」

 

ギルガメッシュは高みから眺め、その隣でエルキドゥは穏やかに微笑む。

マシュと藤丸は必死にフォローして回り、服を貸してとせがまれるのを繰り返している。

ティアマトは霊体化して監督役を務め、サボるのを許さない。お母さんは怒ると怖いのだ。

三日間に渡って二人はウルク中を引き回された。

 

 

最終日。二柱は城門前でへたり込む。

 

「……女神って、こんなに疲れるものだったかしら」

 

「威厳、地に落ちたわね……」

 

遠くでギルガメッシュが満足げに笑う声が聞こえる。

だが。市民の視線は、嘲笑だけではなかった。

 

「まあ、反省してるならいいんじゃないか」

 

「次はちゃんとやれよ、女神様」

 

石は飛んでこない。罵声もない。

それを見て、フィリアが小さく呟く。

 

「パン特異点、やり直す?」

 

イシュタルが即座に頭を叩いた。

 

「やめなさい。ていうか本当にやめて。恥を上塗りする神とかそれこそ語り継がれるわ・・・・」

 

夕日が二柱を照らす。駄目な女神の粘土板は、まだ重い。

だが。完全に嫌われたわけではない。

それが、せめてもの救いだった。

三日間の謝罪行脚を終え、二柱は石段に並んで座り込んでいた。

《私は駄目な女神です》と刻まれた粘土板は、もはや腕の一部のように重い。

 

 

イシュタルはぼんやりと空を見上げていたが、ふと眉をひそめた。

 

「……ねえ」

 

フィリアがぐったりしたまま答える。今だ全裸である。

 

「なによ。もう謝罪は終わったわよ。これ以上“駄目”を自覚しろって言うなら訴えるわよ」

 

「違うわよ」

 

イシュタルはゆっくりと顔を向けた。

 

「第七特異点で――グガランナが突然いなくなったことがあったのよ」

 

空気がわずかに張る。気まずさにフィリアの視線が逸れた。

 

「……知らないわよ?」

 

「牛よ? あの天の雄牛よ? あれが“突然行方不明”になるなんて、普通ある?」

 

「神代だもの。よくあるでしょ」

 

「あるわけなくない・・・・?」

 

イシュタルが立ち上がる。

 

「私はちゃんと管理してたのよ!? あれが消えたせいでどれだけ面倒が増えたと思ってるの!?」

 

フィリアはむくりと起き上がる。

 

「神の管理が杜撰なのは今に始まったことじゃ――」

 

イシュタルが指を突きつける。

 

「あなた、聖杯で顕現した時、妙に“何か知ってます”って匂わせてたわよね」

 

フィリアの瞳が、わずかに細まる。

 

「グガランナ、あなただけが“所在を知ってる”ような気がするのよね・・・・・」

 

沈黙に遠くの市場の喧騒が響く。

やがて、フィリアが小さく舌打ちした。

 

「……勘がいいのね。ほんと嫌になる」

 

イシュタルの目が見開かれる。

 

「やっぱり!」

 

「盗んだわけじゃないわよ」

 

「同じよ!」

 

「違うわ」

 

フィリアは立ち上がり、真正面から見据える。

 

「私の世界線へ“呼んだ”だけ」

 

「……は?」

 

 

その言葉に、イシュタルの背筋が冷える。

フィリアは言葉を選ぶように黙り、肩をすくめた。

 

「聖杯戦争に必要だったからよ」

 

空気が凍る。予想外の言葉が目の前の自分と似た存在から語られたのだ、無理もない。

 

「……あなた、まさか」

 

「金のためじゃないわよ?・・・・目的は言わないわ。勝ったか負けたかも、教えない」」

 

「はあ!?ちょっと待ちなさいよ!」

 

イシュタルが掴みかかる。

 

「私のグガランナよ!? 世界線越えて連れ去るとか正気!?」

 

「共有財産でしょうが!」

 

「違うわよ私のよ!」

 

「私もあなただって言ってるでしょう!」

 

取っ組み合いになる。粘土板がごつんとぶつかる。

《私は駄目な女神です》の文字が空しく明かりに照らされる。

 

「そもそも!」

 

イシュタルが叫ぶ。

 

「勝つために牛を使うとかスケール小さくない!?」

 

「神話級よ!?他にないでしょ!?堅実なのよ私は!」

 

「欲望の完成形が堅実!?」

 

フィリアが怒鳴り返す。

 

「あなたみたいに感情で暴れないだけマシよ!」

 

「感情は女神の華よ!」

 

「だから負けるのよ!」

 

その一言で、空気が止まった。

 

イシュタルの目が細くなる。

 

「……今、なんて?」

 

フィリアははっとする。だが遅い。今のを聞き逃すほどイシュタルは可愛くはない。

 

「あなた、負けたのね?」

 

「言ってない!」

 

「勝ったならそんな言い方しないわよ!」

 

「うるさい!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶフィリア。

 

イシュタルはにやりと笑う。

 

「へぇー? グガランナまで動員して、聖杯戦争で、負・け・た?」

 

「言ってないって言ってるでしょうが!!」

 

二柱の怒鳴り声が、ウルクの夕空に響き渡る。

遠くからギルガメッシュの笑い声が聞こえた。

 

「相変わらず騒がしい女神どもだ。」

 

喧嘩は、当分終わりそうにない。

 

 

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夕暮れの城門前。三日間の謝罪行脚の疲れがまだ残る二柱の姿を、藤丸は少し離れた石段の影からこっそり見守っていた。

 

「……あれ、どうなってるんだろう」

 

イシュタルとフィリアの二人は向かい合い、声を荒げている。

 

「ちょっと待ってよ! 私のグガランナを勝手に!?」

「盗んだわけじゃないわよ、勝つためよ!」

 

声のトーンは相変わらず高く、喧嘩の内容はどうやら過去の特異点絡みらしい。藤丸は眉をひそめた。

まったく、こんなところまで暴走女神二人の喧嘩を見なくちゃならないのか……。

その時、こちらへ気づいたイシュタルが必死に手を振る。

 

「聞いて! 私は濡れ衣なんだから! グガランナは勝手に動いたわけじゃないし、落とした訳でもなかったのよ! 私はただ、ちゃんと管理してただけなのよ!」

 

その必死さが痛々しい。藤丸はつい眉を上げる。濡れ衣の連鎖に耐えかねた女神が、必死に自分の潔白をアピールしている――まさに悲哀とギャグの入り混じった光景だ。

一方のフィリアは、石段に座り込みながら顔を真っ赤にして、藤丸の視線を感じるとギロリと睨んだ。

 

「……あなた、人類最後のマスターよね?」

 

藤丸は息を飲む。もちろん、フィリアの存在を知るのはこの特異点が初めてだ。

 

「・・・え、えっと、俺は」

「説明は無用よ!」

 

続けてフィリアが声を張る『女神にここまで恥をかかせるなんて、絶っっっっっっっっ対に許さない! 逃がさないわよ・・・・・!』

その言葉に、藤丸の顔は一瞬、青ざめる。逃げられないって……? どういう意味だ?

 

「え、あの、俺は、その・・・・謝罪行脚とか関係ないはずで。文句は王様にお願いします」

「関係ない? あなたが関係ないわけないでしょう!」

 

フィリアは立ち上がり、全裸に近い状態で粘土板を抱えたまま藤丸の前に迫る。

その姿はあまりにもおかしく、しかも威圧感があり、藤丸は思わず後ずさる。

フィリアは腕を振り上げ、粘土板をチラリと見せる。

 

「これを持たされて、あの恥ずかしい謝罪行脚をさせられたのよ! 女神としての尊厳は霧散! 挙げ句の果てに全裸よ!? 許せるわけないでしょ!?」

 

その瞬間、藤丸は両手を挙げて必死に制止する。

 

「ちょ、ちょっと待って! 俺に言われても!」

 

涙目で無実を訴えるイシュタル。顔を真っ赤にしながら責任を取るように迫るフィリア。

残念すぎる女神達に板挟みにされる。あなたは逃れられない。

 

 

 

「……もう、どうすればいいんだ……」

 

フィリアはさらに迫る。目が真剣そのものだ。女神としての威厳を失った怒り、そして女としての執着が混ざった表情で藤丸を睨む。

 

「逃げられると思ったら大間違いよ!見なさい、あなた! これが女神の恥よ! 全裸で、謝罪行脚で、プライド丸つぶれよ! 責任取ってもらうわよ!」

 

片や怒りと女としての執着を全開にした女神。もう一方は暴落した自分の株をなんとかしてほしいと縋り付く女神。

藤丸は、ただその間で石段に腰を下ろし、長い溜息をつくしかなかった。

 

「・・・・特異点って・・・・やっぱり、こういうことばっかり起きるんだな・・・・」

 

風が二人の声を運び、夕日が粘土板に映って、なぜか異様に笑える光景を作っていた。

フィリアは粘土板を掲げたまま、藤丸を睨みつけ、イシュタルは必死に弁解する――

この特異点最後の平穏な夕暮れは、藤丸にとって戦闘よりも大変な修羅場へと変化するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




良かったね、藤丸。両手に花だよ。

良かったのかこれ?




メッチャ忙しくなってしまったのでしばら書けないかも知れないです。その間、出来ればアンケートにご協力お願いいたします。
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