マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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製パンアフタータイム

沈黙が、カルデアの執務室を満たしていた。

 

 空調の低い唸りと、遠くで鳴る管制室の電子音だけが、現実の証明のように響いている。だがオルガマリー・アニムスフィアの耳には、そのどれも届いていなかった。彼女の視線は、目の前に置かれた数枚のメモ用紙に釘付けになっている。

 

 そこには彼女自身の筆跡で、こう書かれていた。

 

 ――製パン戦争特異点。 パン美味しそう

 ――シドゥリの「う、うっふ~ん。祭司長よ~ん 」

 ――発光するコッペパン(神殺し特攻+マーマイト)

 ――服、爆散

 ――全裸謝罪行脚(粘土板『私は駄目な女神です』)

 ――グガランナ失踪疑惑

 ――(イシュタル/フィリア)問題児につき注意

 ――聖杯で金儲け未遂 → 別側面に飲み込まれる→ 阿呆なの?

 ――全裸行脚

 

〔うどん生地から出現するサーヴァント、パンドラの箱〕

〔紀元前に作られたトースター〕

 

「…………」

 

 こめかみを押さえる。脳が拒絶している。理性が、全力でストップをかけている。

 

 だが。

 目の前に立つマシュ・キリエライトは、これ以上ないほど真剣な顔で背筋を伸ばしていた。

 

「以上が、製パン戦争特異点の顛末になります。因果関係と精神的影響については正確です」

 

 その言葉は、やけに澄んでいる。

 オルガマリーはゆっくりと顔を上げた。

 

「・・・・・マシュ」

 

「はい、所長」

 

「確認するわよ。まず最初の時点で既に意味が分からないのだけれど。改めて確認するわ“製パン戦争特異点”って何?」

 

「パンを巡る因果の収束点です」

 

「語感だけで押し切らないでちょうだい」

 

 机に突っ伏したくなる衝動を堪えながら、オルガマリーは深く息を吸う。冷静に、冷静に。感情を爆発させたところで、現実は変わらない。今必要なのは整理だ。

 彼女は再びメモに目を落とす。

 ――コッペパン。

 

「なぜ、特異点がパンで解決したの?」

「正確には解決“した”のではなく、“爆発的な光と共に混沌が増幅した”形になります」

「余計悪化してるじゃないの!」

 

 マシュは小首を傾げる。

 

「ですが、あの発光は因縁の顕在化として極めて象徴的でした。神霊イシュタルの力を持つ存在がギルガメッシュ王とエルキドゥさんの前で、神の力と共に衣服が弾け飛ぶ。過去と現在の業が可視化される瞬間でした」

 

「それを“ギャグ漫画的演出”って書いたのは誰よ」

 

「私です。依然、変わりなく」

 

 迷いのない即答だった。オルガマリーは天井を仰いだ。どうして、こうなった。

マシュの語った物語は、断片的に見ればまだ理解できなくもない。聖杯を用いた顕現の失敗。女神の別側面の分離。因果のねじれ。そこまではカルデアデータベースにもありそうな話だ。

 

 だが。全裸謝罪行脚とは何だ。

 

「ウルク謝罪行脚。粘土板を持たせて引き回す。しかも文言が『私は駄目な女神です』。これをギルガメッシュ王が主導?」

 

「はい。嫌がらせも兼ねていたようです」

 

「王様ぁ!?」

 

 思わず叫んだ。

 

 即座に咳払いし、体裁を取り繕う。ここはカルデアの所長室だ。取り乱すな。落ち着け。

 だが脳内では、黄金の王が腕を組み、愉悦混じりに命じる光景が鮮明に再生されている。隣には全裸の別側面女神。さらに濡れ衣を着せられたイシュタル。

 

 カオスだ。

 

「ティアマトによるガチ説教、これは?」

 

「“食べ物をもてあそんだこと”に対する叱責です。母性の極致とも言える厳しさでした。飽食の時代だからこそ忘れてはいけないことです」

 

「そこだけ妙に真っ当なのが腹立つわね……」

 

 オルガマリーは目を閉じる。

 

 頭の中で、順番に再生していく。

 イシュタルが聖杯を発見。宝石を得ようとして別側面フィリアを顕現させ、逆に飲み込まれる。

 戦闘。分離。

 弱体化したフィリアは全裸になり、その後はそのまま謝罪行脚の旅。

 グガランナ失踪疑惑が浮上して、同じ神の別側面同士で見苦しい喧嘩。

 

頭の中で反芻する。《私は駄目な女神です》

 

「・・・・・・」

 

笑ってはいけない。だが想像してしまう。

ウルク市街を粘土板を持って引き回される女神。

完全に濡れ衣のイシュタル。満足げに眺めるギルガメッシュ。

長々と説教するティアマト。散々な目に遭ったというフィリア。

 

「……ふっ」

 

吹き出しかけて慌てて咳払いし、冷静に頭を働かせるがふと気づく。

 

 

「あれ? ・・・・ちょっと待ちなさい」

 

 オルガマリーはゆっくりと視線をマシュに向ける。

 

「グガランナ失踪疑惑って、あの第七特異点の重大事件よね?」

 

「はい」

 

「それをこの“製パン戦争”の中で疑い合ってるの?」

 

「はい。口論はかなり熾烈でした」

 

「世界線またいで火種を増やすのやめなさいよ!」

 

 机を軽く叩く。紙が揺れた。

 マシュはしかし、穏やかな顔のままだ。

 

「ですが所長。重要なのはそこではありません」

 

「これ以上重要な何があるのよ」

 

「女神という存在が、“別側面”を持ち、それぞれが独立した欲望と選択を持ち得るという点です」

 語り続けるその声音が、ほんの僅かに低くなる。

 

「フィリアはのグガランナ獲得は金銭目的ではなく、とある聖杯戦争での勝利を目的として動いていました。目的のために世界線を引き寄せる。結果は濁されていますが、その執念は本物です」

 

 オルガマリーは押し黙る。そこだけが、異様に重い。

確かに、それは危険だ。世界線の収束を意図的に操作する存在。しかも女神級。

オルガマリーは腕を組む。これは本当に、ただの妄想なのか?

 

 それとも――。

 

 彼女は頭を振った。

 

「だとしても! だとしてもよ! なぜその最後の大半が“全裸”と“謝罪行脚”と“パン爆発”なのよ!」

 

「印象が強いからです」

 

「正直すぎる!もうちょっと、こう・・・・。敬いとかないわけ? 神霊よ、一応」

 

 マシュはわずかに微笑む。

 その微笑みは、どこか誇らしげだった。

 

「先輩はただ戦うだけではありません。どれほど混沌とした状況でも、最後は必ず前に進ませる。女神同士の喧嘩であっても、発光するパンであっても」

 

「解決方法が雑なのよ!」

 

再び天井を仰ぐ。理性と現実の間で揺れ動く感覚。笑っていいのか、警戒すべきなのか分からない。やがて、オルガマリーは小さく息を吐いた。

 

「・・・・マシュ」

 

「はい」

 

「あなたは、本気でこれを“史実”だと言うのね?」

 

「はい。少なくとも、私の中では」

 

 迷いのない返答。

 その瞳には嘘がない。狂気もない。ただ、確信だけがある。

 オルガマリーはしばらく彼女を見つめた。

 そして、視線を机に落とす。

 

 “製パン戦争特異点”。

 

 文字にすれば滑稽だ。だがもし、これが本当に失われた記録の一部だとしたら。

 

「……最悪だわ」

 

「所長?」

 

「こんなもの、正式記録に残せるわけないでしょう。カルデアの威信が死ぬわよ」

 

「ですが事実です。それにもう散々やらかしてますし・・・・・、今更だという気もしますが。こんなの序の口です」

 

「やっぱ言葉きつくない?」

 

 思わず本音が出た。

 沈黙。

 

 やがてオルガマリーは椅子にもたれ、額を押さえる。

 

「……ねえ、マシュ。この話、これで全部なの?」

 

 問いは、半ば祈りだった。これ以上は、ないと。マシュはほんの一瞬だけ、視線を伏せた。

その仕草は、今までで一番意味深だった。

 

「いえ、これは、あくまで一つの特異点に過ぎません。製パン戦争は象徴的でしたが、他にもまだお話していない記録があります」

 

 オルガマリーの背筋に、冷たいものが走った。

 

「……例えば?」

 

「例えば? 異聞帯を踏破した先輩のパワー」

 

「やめなさい」

 

「あるいは、先輩が従えていた“ビーストに近い何か”の詳細ですとか」

 

「やめなさいって言ってるでしょう!」

 

 机を叩く音が響く。だがマシュは変わらず穏やかだ。

 

「ご安心ください、所長。順を追ってお話しします。逃しません」

 

「順を追わなくていい!」

 

叫びが執務室に反響する。空調の音だけが、無情に続く。

オルガマリーはゆっくりと椅子に沈み込んだ。

これは戦いだ。人理修復でも、ビースト討伐でもない。

記憶と理性、そして胃痛との戦い。そして目の前の職員は、まだ何かを隠している。その確信だけが確かにあった。

 

「マシュ」

 

「はい、所長」

 

「今日はここまでよ」

 

「承知しました」

 

「次を話す前に、私の精神安定剤を増やしておきなさい」

 

「アスクレピオス先生に相談しておきます」

 

「そういう問題じゃないのよね」

 

小さく呟きながら、オルガマリーは再びメモを見つめる。

 “製パン戦争特異点”。

こんな単語が、カルデアの歴史に。いや、人類史に存在していいはずがない。

 

 だが。

 

もしこれが、まだ序章に過ぎないのだとしたら。

彼女は深く、長く息を吐いた。その吐息は、諦念と予感が混ざった重さを帯びていた。

 

 マシュは静かに一礼する。その瞳の奥には、まだ語られていない数多の記憶が揺れている。

 

 それはきっと、パンよりも、女神よりも、さらに理解を超えた物語。

 

 

(どうして私が、製パン戦争の是非を審議しなければならないの……)

製パン戦争は、確かにそこにあったのだと。そう信じるかどうかは——

まだ、保留である。

 

 

 

(変なパンの話のせいで気が落ち着かないわ。明日の朝ご飯はトースト・サンドイッチにでもしましょう・・・・・。味変にベジマイト・・・いえ、ここはやっぱりマーマイトでも使いましょうか)

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□

 

 

翌日。マシュは藤丸から所長が倒れたと聞かされた。

ここ最近はずっと資料を読み込み、真面目に仕事をこなし続けていた。休みはしっかり取っていてもやはり個性の強いサーヴァントが多い環境は負担が大きかったのかもしれない。珍しく休みを入れると言っていたのに、これではあまりにもあまりである。

 

「所長が体調を崩されてしまいました・・・・・。一体何が・・・・? 机の上には上質な紅茶。マッシーピーズと食べかけのトーストサンドイッチ、そして蓋の開いたマーマイトとハギス。私にホームズさんのような推理能力がないのが悔やまれます・・・・!!」

 

「幸い、所長からは伝言として今後はレポート形式で提出するように指示を受けました。発行禁止処分は免れた、そう解釈しても良いかも知れませんね」

 

「待っていてください、先輩。必ずや先輩の偉業を人類史へ刻み込み、先輩の誕生日を世界の記念日にしてみせます。そう、救世主の降誕のように」

 

 

情報量の波濤と過激なストレスでオルガマリーの体力をOverGuageしてしまった悲しき獣、マシュ・キリエライト。

カルデアの食事に慣れた所長にトドメと言わんばかりに繰り出されたオルガマリーのふるさとの味は悍ましい書物「ファーストサーヴァントは譲れない」が完全にフリーとなる時間を作り上げてしまった。

 

マシュは如何なる道を歩み、その瞳は何を映したのか?

「ファーストサーヴァントは譲れない」の正典。それには第一特異点から順に旅が記録されている。

 

オルガマリーが止める間もなく人類悪は決壊する。

 

 

 




私は帰ってきた。

クッソ忙しいのは変わらないので、文が出来ててもサーヴァント資料が中途半端...!


圧倒的・・・時間不足・・・・!!
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