マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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第4話 「王妃の行軍、音楽家の本音」

列を成して歩く、という行為には、奇妙な安心感がある。

 

たとえその列が、焼けた村から逃れてきた避難民と、疲労の色を隠しきれない兵士たちと、寄せ集めのようなサーヴァントたちとで出来ていたとしても、前を行く背中と後ろから続く足音があるだけで人は「まだ進んでいる」と思える。

止まっていない。潰れていない。全てを失ってもなお、列として前へ動いている。

それはこの特異点のフランスにおいて、何より大きな意味を持つことだった。マシュは隊列の前寄りを歩きながら、何度も左右へ視線を走らせた。

 

街道そのものは広い。だが、広いということは空からも見つけやすいということ。両脇の林が少しでも濃くなっている場所を選びながら進んでいるとはいえ、ワイバーンが本格的に降りてくれば避難民を抱えた今の一行は決して楽ではない。

前方ではジャックが索敵に出ており、その更に後ろではエレナが魔導書を開いたまま周囲の魔力の流れを読んでいる。ジャンヌ(ランサー)は藤丸の視界に入る位置を保ちつつ、いつでも前へ出られるよう槍を携えていた。

 

役割分担としては、よく整っている。カルデアにいる時から何度も感じてきたことだが、この三騎は藤丸の指示を理解する速度があまりに速い。理解が速く、躊躇がなく、実行が正確だ。それは戦力としては頼もしい。だが、そこへ少しでも別の意志が混ざった時、どこまで滑っていくのか分からない怖さもあった。

 

「マシュ」

 

横から声を掛けられ、マシュは振り向いた。モーツァルトが、荷車の脇を歩きながらこちらを見ている。相変わらず肩の力の抜けた顔だが目だけは妙に冴えていた。

 

「はい。どうしましたか?」

 

「いや、どうしたもこうしたもない。君、さっきから必要以上に肩へ力が入っているよ。盾持ちとしては正しいのかもしれないがそういう緊張は長く保たない」

 

「・・・・そんなに分かりやすいでしょうか?」

 

「僕は音楽家だからね。人の呼吸や歩幅がいつもと少し違うだけでも気づく時は気づく。特に今みたいに“自分が頑張って均そうとしている揺れ”は妙に耳につくものさ」

 

その言い方はやや皮肉めいているのに、不快ではなかった。

むしろ、正確に言い当てられたことへの驚きの方が大きい。

 

「……気を張りすぎているのは、自覚しています」

 

「だろうね。だが別にそれ自体が悪いわけじゃない。今の君は実際、気を張っていないと困る立場だ。マスターの護衛で、隊列の維持役で、おまけにあの個性的な同伴者たちとの調整役でもある。ただ、あまり一人で全部背負っている顔をするのは良くない。そういう顔をすると見ている側まで“この娘に背負わせていいのか?”と思ってしまうからね」

 

思わず、マシュは目を見開く。その言葉は予想していなかった。

皮肉や軽口の延長ではなく、どこか本気で言っている響きがあったからだ。

 

「意外と優しいんですね」

 

「意外とは失礼だな。僕はこう見えて弱った人間や無理をしている人間にそれなりに敏感なんだよ。いちいち優しくはしないが、見えていないわけじゃない。それに、君のマスターはきっと君が黙って潰れるのを一番嫌う類だ。ああいう手合いは自分の怪我や疲れには鈍いくせに、隣が無理をしているのには妙に鋭いから厄介でね」

 

それは、否定できない。

マシュは少しだけ笑ってしまった。

 

「それも、そうかもしれません」

 

「だろう? まあ、もっとも。君が無理をしている理由そのものまでは僕の専門外だ。そこを無理に聞くほど野暮でもない。今はせいぜい君の歩調が崩れたら僕が気づく、くらいに思っておいてくれたまえ」

 

その言葉を、マシュは思っていた以上にありがたく感じた。踏み込まない。けれど見ていないわけでもない。

今の自分には、その距離感が救いになる。

 

「ありがとうございます、モーツァルトさん」

 

「どういたしまして。その代わり後で君のマスターにも少し注意しておいてくれ。彼の方は彼でいずれ疲労を“気合いでどうにかなる範囲”だと勘違いし始める」

 

「それは・・・・、たぶんもう始まっています」

 

「だろうね」

 

二人はほとんど同時に苦笑した。

 

隊列の中央では、マリーが子どもたちへ声を掛け続けていた。

 

最初は俯いていた子どもたちも、彼女が何度か冗談めかした話をしているうちに、少しずつ視線を上げ始めている。壊れた人形を拾ってきては「この子にも新しいドレスが必要ね」と言い、靴の片方を失くした少女には「片足だけでも歩けたのだから、とても立派よ」と褒める。

決して軽くない状況を、軽い言葉で誤魔化しているわけではない。重いものを重いまま、持てる形へ変えているのだ。

 

藤丸はその様子を横目に見ながら、ジャンヌ(ルーラー)へ尋ねた。

 

「ジャンヌ。モーツァルトも合流できたってことは、味方側の英霊は少なくとも三騎になった。今のところ分かってる範囲で、他に当ては?」

 

「はい。まだ確証のあるものばかりではありませんが、いくつか噂は拾っています。竜を討つに足る剣士、処刑人、信仰に篤い聖人……断片的ではありますが、敵に抗って動いている英霊は、他にも居るはずです」

 

「なら、それを探していくのが次だな」

 

 藤丸がそう言うと、ジャンヌは少しだけ表情を引き締めた。

 

「ええ。ですがこちらの人員と避難民を抱えたままでは探索も容易ではありません。戦える者だけで別働隊を編成するにしても、民を守る戦力を削ることになる」

 

藤丸は地図を見ながら考える。

 

「分けるなら役割を明確にしないとまずい。避難民の護衛役と探索役。どっちも中途半端だと両方潰れる」

 

「その通りです」

 

そこで、ジャンヌ(ランサー)が静かに口を開いた。

 

「マスター。提案があります」

 

「聞かせて」

 

「避難民を守る隊と、積極的に敵を削る隊に分けるのであれば後者には私を組み込んでください。敵サーヴァント、あるいは幹戦力と接触した場合には短時間で決着をつける必要があります。でしたら出力の高い戦力を最初から投じるべきです」

 

口調は丁寧だった。理屈も間違っていない。

だが、そこに滲む思考は明快すぎる。

 

 ――敵を、素早く、確実に、削る。

 

ジャンヌ(ルーラー)がその提案へ目を向ける。

 

「短時間での決着ですか。確かに理にはかなっています。けれど相手が同じ英霊である以上、そう簡単には――」

 

「簡単ではないかもしれませんね」

 

 ジャンヌ(ランサー)は穏やかなまま答えた。

 

「ですが不可能とも思いません。少なくとも被害の拡大を前提とした戦い方は避けるべきでしょう。マスターが守ると決めた以上、守り切るために必要な速度があります」

 

その言葉に藤丸はすぐには返事をしなかった。

マシュには、その沈黙の意味が分かる。言っていることは正しいのかもしれない。

だが、正しいからこそ危うい。

目の前の敵を最短で排除するという発想は、守るべきものが多い戦場では時に合理的だ。合理的であるからこそ、それをどこで止めるのかが重要になる。

 

エレナが会話へ滑り込むように口を挟んだ。

 

「私は後衛の方が向いていると思うわ。防衛線を張るにしろ、敵の動きを鈍らせるにしろ、魔術で出来ることは多いもの。逆に、前に出て短時間で全部片付ける役ならジャンヌの方が確かに早いでしょうね」

 

「全部片付ける、って言い方やめて」

 

藤丸が眉を寄せる。

エレナは悪びれずに肩をすくめた。

 

「言い方の問題かしら?でも実際そうでしょう。あなたが制限しなければ彼女はそのくらい出来る。私もね?」

 

それを聞いても、ランサーのジャンヌは否定しない。ただ藤丸だけを見て、静かに次の言葉を待っている。

 

藤丸は深く息を吐いた。

 

「分けるとしてもまだ今じゃない。まずは避難民を安全圏へ移す。それから敵の布陣と味方の位置を見て決める。焦って手を分けると向こうの思う壺。だと思う」

 

ジャンヌ(ランサー)は、わずかに目を伏せてから頷いた。

 

「承知しました。マスターがそう判断されるなら、その方が良いのでしょう」

 

従順だ。従順だからこそ、彼女の中にある本来の結論が透けて見える。

その空気の重さを感じたのか、マリーが会話の流れへ明るく割って入った。

 

「まあ、そう難しい顔ばかりしていても仕方ありません。分けるにしても、まずは皆さんの足とお腹を休ませないと。疲れている時の相談というのは大抵ろくな結論になりませんもの」

 

ジャンヌ(ルーラー)が少しだけ笑みを浮かべる。

 

「それは、確かに」

 

「でしょう?王妃の経験則というのもたまには役に立つのよ」

 

モーツァルトがすかさず横から言う。

 

「たまにではなく、今はかなり役に立っていると思うがね。実際、これだけの人数を不安に呑まれさせず歩かせているのは、ほとんど君の仕事だ」

 

「あら珍しい。今日は素直に褒めてくれるのね」

 

「僕は褒める時は褒めるとも。ただし、その分あとで嫌味も多めに言うが」

 

「それなら結局いつも通りじゃないかしら」

 

そう言い合う二人を見て兵士たちの何人かが少しだけ表情を緩めた。張り詰めた糸というものは、ずっと強く引かれていると切れる。

今のような軽口はその糸を“緩めすぎずに少しだけ遊ばせる”ために必要なのだろう。

 

日が落ちる前に一行は新たな仮の滞在地点へ辿り着いた。

古い礼拝堂の跡地だった。屋根は半分崩れているが石壁はまだ多くが残っており、広場よりは遥かに守りやすい。林にも近く、街道から少し外れているため上空からの視認も多少は防げる。

ジャンヌ(ルーラー)は周囲を見回し、短く頷いた。

 

「今夜はここを使いましょう。完全に安全とは言えませんが、少なくとも昨日までの野営地よりは持ちこたえられます」

 

兵士たちがすぐに動き出す。壁際に荷を寄せて火を起こし、水場の確認をして見張り位置を決める。避難民たちも命じられなくても自然と手伝い始めていた。

進みながらも人は少しずつ“暮らしの形”を取り戻そうとする。

 

マシュは礼拝堂の中へ入り、ひび割れた祭壇を見た。神像は半ば崩れている。燭台も倒れている。

けれど、まだここは“祈りの場所だった名残”を保っていた。

背後から、ジャンヌ(ルーラー)が静かに入ってくる。

 

「……ひどい有様ですね」

 

「はい」

 

マシュは振り返る。ジャンヌは崩れた祭壇の前で足を止め、少しだけ息を吐いた。

 

「神を信じていなかったとしても、こういう場所が壊されるのは悲しいものです。まして、祈ることで心を保っていた人にとってはなおさら」

 

その言葉の端に、ひどく静かな痛みがあった。

マシュは迷った末に、少し踏み込んで尋ねる。

 

「ジャンヌさんは・・・・・竜の魔女を見て、どう思うのですか」

 

問いは直接的だった。だが、彼女は逃げなかった。

 

「難しいですね。最初に見た時は恐ろしいと思いました。自分と同じ顔で自分の名を使い、私が救いたかったはずの国を焼いている。あれを“自分と無関係だ”と割り切るのは簡単ではありません」

 

少しだけ沈黙が落ちる。そして、彼女は続けた。

 

「けれど同時にあの怒りがどこから来るのか、分からないわけでもないのです。私が神を信じ、国を救おうとし、結果として火刑に処されたこと。その末路だけを拾い上げればあのような感情の形が生まれても不思議ではない。だから私はあれをただの偽物とも完全な他人とも呼びたくありません」

 

マシュは息を呑む。なんて痛ましい言い方だろうと思った。

否定したいはずの存在を、完全には切り捨てない。そういう優しさが、この人にはある。

 

「ですが。だからと言ってあの行いを許すことも出来ません。どんな怒りにも理由はある。理由があることと許されることは別です。あの方がこの国を焼くなら私はそれを止めなければならない」

 

その言葉に、マシュは小さく頷いた。誰かを理解しようとすることと、誰かの罪を見逃すことは別。

この聖女は、その線をあまりにも真っ直ぐに引けてしまう。

 

「ありがとうございます、マシュ」

 

「え?」

 

「聞いてくれて。こういう話は兵の前ではなかなか出来ませんから」

 

マシュは少しだけ照れたように視線を落とす。

 

「私はただ知りたかっただけです」

 

「それでも、です」

 

ジャンヌは微笑んだ。

その時、礼拝堂の外から鋭い声がした。

 

「マスター!」

 

ジャックだ。マシュもジャンヌも、反射的に外へ駆け出した。

広場――いや、礼拝堂前の石畳に全員の視線が集まっている。

 

ジャックが息一つ乱さず立っていた。その足元には、まだ新しい足跡の痕。

そして彼女は林の向こうを指差している。

 

「さっきまでいた。人じゃない。サーヴァント。でも、近づいたらすぐ逃げた」

 

藤丸が前へ出る。

 

「数は?」

 

「一人。でも、たぶん見に来ただけ」

 

エレナが目を細める。

 

「偵察ね。カーミラか、それとも別の誰かかしら」

 

モーツァルトが腕を組んで、やれやれといった顔をする。

 

「随分と忙しい敵軍だ。歓迎の次は観客席からの品評会か。僕としては舞台に上がる前に勝手に評価されるのは好きじゃないんだけどね」

 

 藤丸はしばらく林の方角を見ていたが、追撃の指示は出さなかった。

 

「追わない。今はこっちの位置が知られてることが分かっただけでも十分だ」

 

「いいのかい?」

 

モーツァルトが尋ねる。すこし焦燥感が滲んだ声となっているのは警戒の表れだろうか。

 

「今なら小人数で追えるかもしれないが」

 

「向こうが偵察一人だけって保証がない。避難民を置いて戦力を割くのは危険だ」

 

短い返答だった。だが、モーツァルトはそれを聞いて満足そうに片眉を上げた。

 

「結構。目先の戦果より、壊れない列を優先する。そういう判断は嫌いじゃない」

 

しかし、そのやり取りを静かに聞いていたジャンヌ(ランサー)は、藤丸へ言う。

 

「マスター。もし次も同じように偵察が来るのであれば、私がひとりで出て仕留めてきましょうか。敵がこちらの規模や配置を把握する前に目を潰せるなら、その方が後々の被害は減らせます」

 

 藤丸はすぐに首を振った。

 

「単独行動はなしだ。今はまだ相手の布陣が見えてない。向こうの狙いが情報収集だけなら、逆に無理に食いつかない方がいい」

 

「……承知しました」

 

ジャンヌ(ランサー)は従った。

だがマシュはその短い応答の中に“もし自分なら仕留められるのに”という静かな確信があるのを感じた。

 

ジャックもまた、林の向こうを名残惜しそうに見ている。彼女の本能は追いたがっていた。

けれど藤丸が止めれば止まる。

今この場が保たれているのは、本当にそれだけなのだと、マシュは改めて思った。

 

夜が深まる頃ようやく簡単な食事が配られた。薄いスープと、硬いパン。

それでも何もないよりはずっといい。子どもたちは最初こそぐずったが、温かいものが口へ入ると少しだけ落ち着いた。

火を囲む輪の中で、マリーがパンを手に笑った。

 

「見てちょうだい、アマデウス。今日はちゃんと皆さんに行き渡りましたよ。ちょっと誇らしいわ」

 

「それは結構。だがマリー、今の台詞だけ切り取るとまるで君が自分で焼いたみたいだ」

 

「気持ちの上ではそのくらいのつもりでいます」

 

「はいはい、立派なことで」

 

軽口を交わす二人の近くで、ジャンヌ(ルーラー)は静かにスープを口に運び、兵士たちの様子を見ている。藤丸はその輪に入りつつも時折立ち上がって見張りの状況を確認しに行く。

 

 マシュはその背中を目で追いかけた。

 

休んでいるように見えて、休み切れていない。

それでも無理に止めようとするとたぶん先輩は困ったように笑って「大丈夫」と言うだけだろう。

その時、モーツァルトがふいに声を潜めて言った。

 

「マシュ。君のマスターは、昔からあんな感じなのかい?」

 

「え?」

 

「皆の輪にいて、なお少し外側を見ている。場を回すことに慣れているのに、自分が中心へ入ることは好まない。そういう人間だ」

 

 マシュは少し考えてから答えた。

 

「はい。でも最初からそうだったわけではないと思います」

 

「なるほど。旅というものは人を変えるからね。特に、嫌でも“選ぶ立場”へ立たされる旅は」

 

モーツァルトは火を見つめながら続ける。

 

「そして変わった人間は元には戻らない。良くも悪くもそれ以前と同じ顔はしない。旅を始めたばかりだと言っても、人生は後戻りできないからね」

 

その言葉はマシュにとって他人事ではなかった。

自分もまた変わった側の人間だ。境界記録帯として積み重なった時間は、もう“何も知らないマシュ”ではいられないところまで自分を連れてきてしまっている。

 

「・・・それでも。それでも、先輩は先輩です。変わっても変わらなくても、守りたい人であることは変わりません」

 

モーツァルトがちらりと横を見る。その視線には軽い驚きがあった。

 

「ふむ。なるほど。音で言えば、主旋律を見失っていない、ということかな。良いことだ」

 

マシュは少しだけ言い過ぎたと思ったが、モーツァルトはもうそれ以上触れなかった。

火は揺れ、夜は深まり、見張りが交代する。その穏やかさが長くは続かないことを、誰もが知っている。

だからこそ――次の異変は、よりはっきりと輪郭を持って現れた。

見張りの兵士が、血相を変えて駆け込んできたのは、日付が変わる少し前だった。

 

「ジャンヌ様! 藤丸殿!」

 

その声で、一気に空気が張り詰める。藤丸が立ち上がった。

 

「何があったんですか?」

 

「南の街道側で竜の影を確認!加えて・・・・・人影です。単騎。竜を率いるように接近しています!」

 

ジャンヌ(ルーラー)が旗を掴む。マシュも盾を取った。

モーツァルトが面倒そうに立ち上がりながらも、相変わらず口調だけは軽い。

 

「やれやれ。幕間はここまで、というわけか。ずいぶん性急な観客だ」

 

マリーが避難民の方へ向かい、落ち着いた声で指示を飛ばす。

 

「皆さん慌てないで。昼間と同じです。子どもたちを中央へ。歩ける方は壁際へ寄って、兵士の指示に従ってください」

 

その声だけで、混乱が爆発するのを防いでいる。藤丸は全員を見渡し、短く、しかし明瞭に命じた。

 

「防衛線がいるって兵士の人と話したんだ。マシュ、ジャンヌと一緒に中央防衛。マリーさんと避難民を守って。モーツァルトは後方支援。敵の位置把握と声掛けを頼む」

 

「了解」

 

「承知しました」

 

そして、三騎へ。

 

「ジャンヌ、前衛。エレナ、敵の進路を乱してくれ。 ジャックは俺の視界から離れすぎない範囲で索敵。無理な先行はしない」

 

三つの返答が重なる。その瞬間、礼拝堂の外れ――崩れた壁の向こうに、黒い影が立った。

月明かりを受けて浮かぶ長い髪。青い帽子。手には細剣。

 

シュヴァリエ・デオン。彼は、広場の様子を静かに見渡し、それから張りつめた声で告げた。

 

「ここか。竜の魔女様が気にかけているという一団は」

 

その声に続いて、上空からワイバーンの唸りが落ちてくる。敵は単独ではない。

単騎のサーヴァントが先触れとなり、空から竜が圧をかける。

極めて厄介な構図だ。藤丸の目が鋭くなる。

 

「全員、迎撃準備!」

 

 夜気が震える。

 

□□□□□□□□□□□□

 

 

月明かりが崩れた礼拝堂の壁を青白く照らしていた。

 

昼間とは違う。夜の戦場は音の輪郭がはっきりする。

 

 風の流れ。

 布の擦れる音。

 鎧の微かな金属音。

 そして――

 

 ワイバーンの羽ばたき。

 

重い翼が空気を叩くたびに低い振動が地面へ伝わる。避難民の中から小さな悲鳴が上がり、子どもたちが母親の服を掴んだ。

だが、パニックにはならない。マリーがいた。

 

「皆さん、落ち着いてください。先ほども申し上げましたが、慌てて走ると転んでしまいます。兵士の方が誘導しますので、ゆっくりと中央へ集まってください」

 

その声は不思議とよく通った。大きく張り上げているわけではない。

けれど、焦りを含まない声は人の呼吸を整える。

モーツァルトが小さく口笛を吹く。

 

「いやはや。やはり王妃様というのは、舞台の中央に立つ資質を持っているものらしい。あれだけの人数を相手にあの声色を保てる人間はそう多くない」

 

藤丸は短く答えた。

 

「だからこそ、守る価値がある。あの人がいるだけでこの列は崩れない」

 

そして前を見た。礼拝堂の崩れた壁の向こう。

そこに立っているのは、一騎のサーヴァント。青い帽子。整った顔立ち。細剣を持つ騎士。

 

彼――いや、彼女と言うべきか。どちらとも取れる中性的な容姿のサーヴァントは静かにこちらへ一歩踏み出した。

 

「なるほど。報告に違わぬ陣容だ」

 

声は落ち着いている。夜気を裂くような殺気はない。

だが、その視線は鋭かった。

 

「王妃マリー・アントワネット。そして聖女ジャンヌ・ダルク。加えて、カルデアのマスターと」

 

 デオンの目が、順番に一行を観察する。

 

 マシュ。

 モーツァルト。

 そして、

 

 藤丸の後ろに立つ三騎。

 

 ランサーのジャンヌ。

 エレナ。

 ジャック。

 

その視線が一瞬だけ止まった。

 

「・・・・? 妙だな」

 

 デオンが呟く。

 

「戦場というものは、もっと分かりやすい匂いがするものだ。だが君たちの後ろにいる三騎はどうにも輪郭が掴みづらい」

 

モーツァルトが肩をすくめる。

 

「輪郭が掴みづらいとは、随分と詩的な表現だ。音楽家としては悪くないが、騎士としては少し曖昧すぎないかい?」

 

「私は騎士だが同時に外交官でもある。曖昧なものを曖昧なまま扱う術は多少心得ているつもりだ。もっとも、今夜の私の役割は外交ではない。竜の魔女の命により王妃を捕縛するために来た」

 

マリーが前へ出る。兵士たちが息を呑んだ。

 

「まあ。随分と物騒なお願いだこと」

 

彼女は笑っていた。だが、その目は逃げていない。

 

「申し訳ないが、私はまだ捕まる予定はありません。この人たちと、もう少し歩かなければいけないものですから」

 

デオンはその言葉を静かに聞き、短く息を吐いた。

 

「・・・・・王妃。あなたがそう言うだろうことは、分かっていた。ではカルデアのマスター。あなたがこの場の指揮官でよろしいか」

 

「そうなる。ここは通さない。王妃は守る」

 

デオンは一瞬だけ目を細めた。その反応は、怒りでも嘲笑でもない。

むしろ、高い評価だった。

 

「なるほど。迷いのない声だ。では――」

 

その瞬間だった。上空で、が唸った。

ワイバーンが降下してくる。月を背にした黒い影が、礼拝堂へ向かって滑空した。

 

「来ます!」

 

 マシュが盾を構える。

 藤丸が即座に指示を飛ばす。

 

「前衛!ワイバーンを礼拝堂の外で止める!中へ入れるな!」

 

ジャンヌ(ランサー)が一歩前へ出た。

 

「承知しました」

 

槍が月光を反射する。

 

 そして――

 

 一閃。

 

 突き。

 

 ワイバーンの喉へ槍が突き込まれる。

 

巨体が空中に縫い付けられ、次の瞬間、地面へ叩きつけられた。

兵士たちが息を呑む。だが敵は一体ではない。さらに三体が降下する。

その軌道を見て、エレナが言った。

 

「面倒ね。空から圧をかけるつもりだわ。マスター、少し派手にやってもいいかしら?」

 

「避難民に当てないなら」

 

「それだけ?」

 

 エレナが笑う。

 

「なら十分よ」

 

彼女の指先から、光が走った。空中に魔術陣が浮かび上がる。

次の瞬間、空気が歪んだ。ワイバーンの一体が軌道を狂わせる。そのまままるで見えない壁へ衝突したように空中で失速し、林の方へ落ちていく。

エレナが楽しげに言う。

 

「少しだけ、道を曲げてもらっただけよ。夜空は意外と素直に反応してくれるの」

 

その隙を逃さない。ランサーのジャンヌが跳んだ。人間の跳躍ではない。

地面を踏み抜くように蹴った瞬間、身体が夜空へ伸びる。槍が振り下ろされる。ワイバーンの翼が裂けた。

巨体が回転しながら落下する。

 

 その光景を見ながら、デオンは静かに呟いた。

 

「・・・・なるほど」

 

 そして構え直す。

 

「確かに、報告通りだ。あなたの戦力はただの護衛ではない」

 

細剣が閃き、一歩踏み込んでくる。セイバーに相応しい速度で繰り出された剣先が藤丸へ向かう。

 

「マスター!」

 

マシュが盾を出す。火花。鋼と鋼がぶつかる。デオンの剣が盾へ当たり、火花が散った。

 

「見事な盾だ。だが――」

 

 剣が滑る。盾をなぞり、横へ回り込む。

 

「それだけで全てを守れると思うな!」

 

その瞬間、ジャックのナイフが走った。

影のように現れデオンの腕を狙う。デオンは咄嗟に体を引いた。

 

ナイフが空を切る。

 

「・・・・! いつの間に」

 

「ずっといたよ。マスターに近づく人、斬る」

 

その言葉は幼い。だがそこに躊躇はない。

デオンは一歩下がって間合いを計りながら藤丸を見る。

 

「なるほど。暗殺者か。カルデアのマスター。あなたはずいぶんと危険な刃物を抱えている。全くなにをしに来たのやら」

 

藤丸は答えた。

 

「そうかもしれない。でも今は必要な刃物だ。・・・・躊躇わないよ」

 

デオンは数秒沈黙した。その間にもワイバーンは次々落とされていく。

ジャンヌ(ランサー)が残る個体を貫き、エレナが軌道を乱し、兵士たちが止めを刺す。

戦況は、明らかにこちらが優勢だった。デオンは剣を下げた。

 

「・・・・理解した」

 

 藤丸が警戒する。

 

「何を?」

 

「ここで戦い続けても状況は覆せない。今夜はあなた方の勝ちだ。私は王妃を連れて帰れない」

 

その言葉に、マシュが驚く。

 

「撤退するのですか?」

 

「無意味な消耗戦は騎士の戦い方ではない」

 

 デオンはマリーへ軽く一礼した。

 

「王妃。今夜は見逃しましょう。ですが次に会う時は、こう簡単には済みません」

 

そして夜の林へ下がりワイバーンの残骸の向こうへ消えていった。

戦場が静まる。兵士たちが安堵の息を吐く。モーツァルトが肩を回した。

 

「ふう。やれやれ、ようやく第一楽章が終わったか」

 

藤丸が空を見上げる。ワイバーンの影はもうない。

だが、敵は確実に動き始めていた。

 

「・・・・今のは前哨戦っていうのかな。次はもっと大きく来そうだ」

 

ジャンヌ(ルーラー)が頷いた。

 

「ええ。ですが私たちも準備が整ってきました。必ず、この国を取り戻します」

 

 

夜はまだ長い。

第一特異点の戦いはまだ始まったばかり。

そしてカルデアのマスターとして初の大規模特異点にとっては試練と成長の始まりでもあるのだ。

 

 




病ンヌ怖い・・・
書いててなんだこの人!?ってなった。

一応オルレアンは書き終わってるんですけど、投稿ペースが分かんないや
セプテム7割、オケアノス構想練る練るネルネ

時間が足りないのじゃ・・・・
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