マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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第8話 「見えない戦場」

町跡を離れてからしばらくの間、一行はほとんど会話を交わさなかった。

 

 疲れていた、というのもある。

 だが、それ以上に、皆が同じことを感じていたからだろう。

 

敵はもうこちらを“偶然そこにいる一団”だとは見ていない。竜の魔女の軍勢にとって、カルデアの一行とジャンヌたちは明確に排除すべき障害になり始めている。カーミラは王妃を試し、デオンは列の強度を測り、アタランテはその中にいる“子ども”へすらも矢を向けた。ファントムに至ってはこちらの心の綻びを探るような真似までしてきた。

 

どれもまだ決定打ではないが、決定打ではないからこそ気味が悪い。敵は「本気ではない」まま確かにこちらを削ってきているのだ。

その削り方を、マシュはずっと考えていた。

敵は強いがただ強いだけではない。こちらが守ろうとするものや手放せないもの、傷つけば立て直しに時間がかかるもの――そこを丁寧に探ってくる。つまり今後の戦いは、単純な戦力のぶつけ合いにはなりにくい。

 

それは、先輩の良さが一番試される戦い方でもある。先輩は強者の理屈だけでは動かない。目の前の人間や、その時その場の損害を気にかける。

だからこそ正しいし、だからこそ付け込まれる。

 

マシュは前を歩く藤丸の背中を見つめた。大きいわけではない。英雄のように堂々としているわけでもない。それでも、皆がその背を見て歩いている。

その時、藤丸がふいに振り返った。

 

「マシュ。また考え込んでる?」

 

見抜かれている。マシュは少しだけ目を伏せ、それでも正直に答えた。

 

「はい。敵の動き方についてです。こちらを正面から叩くのではなく、列の揺れや心のほころびを探っている。それが分かっているからこそ、次に何を守るべきか改めて整理しておいた方がいいと思っていました」

 

藤丸は歩幅を少し緩めて、彼女の隣に並ぶ。

 

「俺も同じこと考えてた。だから今のうちに話そう。マリーたちもみんな含めて次に一回ちゃんと方針を揃える」

 

モーツァルトが少し前の位置からそれを聞いていたらしく、振り向きもせずに言った。

 

「賛成だね。こういう時、曖昧な連帯感ほど危ないものはない。皆が“だいたい同じ方向を見ている”と思っていても実際には守ろうとしているものが微妙に違う。そこを放置したまま敵に揺さぶられるといざという時に音が濁る」

 

マリーが苦笑しながらモーツァルトへと反応を返す。

 

「あなた、本当に何でも音楽に例えるのね」

 

「他の言葉でも説明は出来るとも。ただ、その方が僕には分かりやすいだけさ。要するに“仲間だから何となく通じるだろう”は危険だということだよ」

 

ジャンヌ(ルーラー)がその言葉に頷いた。

 

「ええ。私たちは今のところ、大きな方向性では一致しています。この国を焼く竜の魔女を止め、避難民を守り、味方となる英霊を探す。ですが優先順位や判断基準まで完全に揃っているとは言い切れません。敵はそこへ矢を打ち込んできます」

 

同調するように、付け加えるように。サンソンが静かに口を開いた。

 

「ならば、なおのこと言葉にするべきだ。処刑というものは最後の瞬間に迷いがあると、かえって苦痛を長引かせる。戦場も同じだ。迷いが悪いんじゃない。迷いを共有しないことが悪い」

 

その物言いにマシュは少しだけ息を吐いた。サンソンはやはり、“殺すこと”を知っている。知っているからこそ、そこへ至るまでの判断の重さも知っている。

藤丸は少しだけ考え込んだ後、道端の大きな石を見つけて手を上げた。

 

「よし。ここで一回短く整理しよう。長居はしない。けどこのまま進むよりはずっといい」

 

隊列が止まる。兵士たちはすぐには緊張したが、マリーが先に前へ出て柔らかく声を掛けた。

 

「皆さん少しだけお待ちください。今から先の進み方を確認します。急ぎたい気持ちは私も同じですけれど、急ぐためにも一度だけ息を揃えましょう」

 

その言い方は見事としか言いようがない。止まることへの不安を煽らず、止まることの意味を与えている。藤丸は石の上に広げた簡易地図を見ながら言った。

 

「まず確認したい。今の俺たちにとって一番大事なのは何か。俺は第一に避難民の生存。第二にまだいるっていう味方サーヴァントとの合流。第三に敵の位置と性質の把握だと思ってる」

 

ジャンヌ(ルーラー)がすぐに頷く。

 

「私も異論はありません。特に第一の避難民についてはここを落とすと全てが崩れます。私たちがいくら敵サーヴァントへ勝てたとしても、その間に人々が散り散りになれば、竜の魔女の求める“沈黙の国”に近づいてしまうだけですから」

 

マリーも手を胸元へ当てて続ける。

 

「ええ。私は、まずこの方たちが前へ歩く気持ちを失わないことを何より重く見たいわ。お腹が空いて、足が痛くて、眠れなくて、それでも“もう一歩だけ進める”と思えること。その積み重ねがなければどんな英雄が来ても国は立ち直れませんもの」

 

「僕も大筋では賛成だ。ただし、二番目と三番目は切り離して考えない方がいい。味方英霊を探すことと、敵幹部の位置を知ることは、実際には同じ地図の上で進む。向こうがどこにいて、こちらの味方がどこまで生き延びているか。それを同時に見ていかないとせっかく合流しても挟み撃ちになる」

 

モーツァルトが語った言葉へサンソンが低く補足を加える。

小言を言い合うことはあっても見るべきものは同じなのだろう。

 

「更に言えば避難民を守るという行為そのものが敵への情報にもなる。この列がどこで休むか、誰を中央へ置くか、誰が前衛で誰が後衛か。向こうは必ずそこを見るだろう。つまり避難民の生存を最優先にすること自体は正しい。しかし、それを相手も利用してくる前提で動かなければならない」

 

その時、ジャンヌ(ランサー)が穏やかな表情で話へと混ざってくる。聖女と言える微笑みが絶えることはない。

 

「でしたら、答えは単純です。敵幹部と接触した場合にはその都度速やかに削る。私が前へ出て敵の中心を潰せば、その分だけ列は安全になります。少なくとも今までの接触において私はそう判断しています。アタランテは次は逃しません。くだらない理論をマスターへかざしたのです。生かしておきません」

 

ジャンヌ(ルーラー)は即座に否定はしなかった。ただ、言葉を慎重に選んで答える。

 

「あなたの力が大きいことは、もう分かりました。そしてその速さが救いになる場面もあるでしょう。ですが全てをその論理で押し切ることは出来ません。敵が一騎で来るとは限らないしあなたが前へ出た瞬間、別の方向からこちらを崩される可能性もあるのです」

 

「ええ。ですからマスターが線を引くのでしょう? 私はその言葉に従います。ただ必要とあれば、速く終わらせる手札がここにあることは忘れないでいただきたいのです」

 

“速く終わらせる”。その表現の裏にある意味をこの場の全員が何となく感じ取っていた。

モーツァルトが、あえて軽い調子で言う。

 

「実に頼もしい。ただ、その頼もしさが舞台袖で収まっているうちは、という但し書きがつくけれどね。いや君を責めているわけじゃない。単にこういう戦場では“強すぎる手札”もまた配置に気を使う、という話さ」

 

 エレナがそこでくすくす笑った。

 

「ようやく皆、その感覚に追いついてきたのね。安心して。私たちはそこまで不親切じゃないわ。少なくともマスターが“だめ”と言っている間は」

 

「間は?随分と含みのある言い方だ」

 

「そうよ。言い換えるなら、“その間こそ平衡が保たれている”とも言えるわね。だからマスターの判断が何より大事になる。私としてはそこを曖昧にしないでくれるとかなりやりやすいと思っているわ」

 

藤丸は軽く眉をひそめたが否定はしなかった。それが現実だからだ。

 

「分かった。じゃあもう少し具体的に言う。避難民を直接脅かす敵が出た場合、その場で止める。敵サーヴァントでも同じ。でも“追えば仕留められるかもしれない”くらいの状況で列から離れるのはなしだ。俺たちは今、勝ちを拾うよりも崩れないことを優先する」

 

ジャンヌ(ルーラー)は、藤丸が導き出した言葉へ強く頷き自身の意見を合わせて重ねる。

 

「その方針なら私も全力で支えられます。兵士たちにも、今何を優先して戦うべきかをはっきり伝えられる。それだけでも士気は変わります。とても良いと思います。“全部守ります”というのは綺麗だけれど、実際には何を優先するかを決めておかないといざという時に皆が別々の方向へ走ってしまうもの。今の方針なら少なくともこの列は同じ方を向いて歩けますから」

 

その時、ジャックが小さく藤丸の袖を引いた。

 

「マスター。別の人が遠いところにいる。近くに来る感じじゃない。でも、こっちを見てる・・・・というか、歩いてる。ひとりで」

 

モーツァルトが顎に手を当てながら質問する。できるだけ情報を引き出そうと簡潔な内容で纏める。

 

「敵か味方かは分かるかい?」

 

「まだ分かんない。いやな感じはあんまりしない。でも、すごく“まっすぐ”」

 

その曖昧な表現にモーツァルトが苦笑する。

 

「まっすぐ、か。これはまた楽譜にしづらい感想だね。だが少なくともファントムやアタランテとは違う類らしい」

 

ジャンヌ(ルーラー)が少しだけ目を細める。

 

「この辺りで、単独で動いている英霊・・・・。もしかすると、味方の可能性もあります」

 

藤丸は地図を畳んだ。

 

「なら慎重に進もう。休憩を終えたら、その気配の方向を少し意識して動く。無理に探しには行かない。向こうがこちらを見ているなら、接触の機会は来るはずだ」

 

決定に、異論は出ずに再び列が動き出す。今度は少しだけ足取りが違った。疲労が消えたわけではない。敵がいなくなったわけでもない。

それでも、人は「今何を優先しているか」を共有できると、歩き方が変わる。少なくとも、迷いで足が止まる回数は減る。

マシュは先ほどの会話を反芻していた。先輩が明確に線を引いた。避難民の生存を最優先にし、敵を追い過ぎない。

それはこの特異点における自分たちの今の状況では非常に正しいのだろう。同時にその線がどこまで保たれるかが今後の焦点になる。

 

先輩が傷ついたら。この列でもっと大きな損失が出たら。

その時、自分の知らない異常なサーヴァント達はどう動くか。そして先輩はどこまで“今の線”を保てるのか。

その考えをマシュは一人で抱え込まないと決めたばかりだった。だから少しだけ勇気を出して並んで歩く藤丸へ言う。

 

「先輩。さっきの方針とても良かったと思います。ただ……これから先、敵がもっと露骨にこちらの優先順位を利用してくる可能性があります。その時は今日決めた線を守るだけでなく、“どう守れなくなるか”まで先に考えておいた方がいいかもしれません」

 

藤丸はすぐには返事をしなかった。しばらく歩いてから静かに言う。

 

「うん。俺もそう思う。守るって決めるのは守れなかった時の責任も背負うってことだから」

 

マシュは胸が少し苦しくなるのを感じた。この人はそういう言い方をする。責任を“自分が取るもの”として引き受ける。

だからこそ、周囲も彼の後ろへ立ってしまう。

 

「でも、責任を背負うからって一人で背負うつもりはない。それをやったらたぶん俺は判断を間違える。だから、マシュ。思ったことをそのまま言ってくれ。遠慮して黙るのが一番困るから」

 

「はい。今度はちゃんと言います。マスターが見えていないものがあったら私はそれを伝えます」

 

「頼む。俺はたぶん、列の前に立つと視野が狭くなる時があるから」

 

それを自覚しているのもこの人らしいとマシュは少しだけ笑ってしまう。

 

「自覚があるなら、少しは安心できます」

 

「安心されると困る気もするけどな」

 

二人の会話を、少し離れた位置からモーツァルトが聞いていたらしく、くつくつと笑う。

 

「いやはや。彼らの関係というのはもっとこう、形式的なものかと思っていたのだが。実際には、ずいぶんと生々しい信頼で出来ているらしい」

 

マリーがからかうように言う。

 

「アマデウス、やきもちかしら?」

 

「まさか。ただ、良い旋律だと思っただけさ。ただし良い旋律ほど乱れた時の不協和音も大きい。敵がそこを狙いたくなるのも分かるね、という意味でね」

 

その軽口は半分冗談で、半分本気だった。その日の午後、列は小さな川沿いの道へ出た。

 

水があるというだけで避難民の表情が少し和らぐ。兵士たちは水筒を満たし、子どもたちは大人に叱られながらも手を洗い、馬たちもようやく落ち着いた。川沿いには半ば崩れた石橋が架かっている。渡れないほどではないが、一度に全員が渡るのは危険そうだった。

サンソンが橋を確かめながら言う。

 

「順番に行くべきだ。荷車を先に渡し、その後で人をまとめる。焦って一気に乗れば橋脚がもたないかもしれない」

 

ジャンヌ(ルーラー)も同意する。

 

「はい。ここは慌てない方がいいでしょう。橋の前後で列が分かれると危険ですが、無理に急いで崩れるよりはましです」

 

藤丸が配置を指示し始めた、その時。

橋の向こう側の土手に人影が現れた。白い外套に長身へ着込んだ鎧。ジャックの言っていた“別の人”だと、マシュは直感した。

人影はゆっくりと近づき、こちらの列を見たあと深く頭を下げてくる。

 

「どうやら間に合ったようですね。私はゲオルギウス。竜を退けるためこの地を巡っていた者です。もしあなた方が竜の魔女へ抗うつもりなら、どうか私にも力を貸させていただきたい」

 

川風が吹き、隊列のあちこちから小さな安堵のざわめきが漏れた。味方英霊との接触。

それは単に戦力が増えるというだけではない。まだ世界が完全には竜の魔女へ屈していないという証明だった。

ジャンヌ(ルーラー)が一歩前へ出る。

 

「もちろんです。ゲオルギウス殿、あなたの助力を心から歓迎します」

 

 

 

新たな味方が姿を見せた。だが同時に、藤丸の知らない場所で、別の歯車もまた静かに回り始めている。

 

 

敵側にいる聖女――マルタ。彼女はまだ、竜の魔女の軍勢の中で自分の立つ場所を決めかねていた。そして、その揺らぎがやがて“藤丸の目が届かない戦場”を呼び込むことになる。

 

今はまだ、その影だけが遠くにある。だが影は確実にこちらへ近づいていた。

 

 

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