マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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冬木
冬木にて-1


 

冬木に転移してから、しばらくの出来事。

カルデアとの通信は途切れたまま。

サーヴァントはマシュだけ。

 

燃えさかる街並みと黒く染まった夜空がどこまでも続いている。

 

絶望的な状況。

一組織の所長と新米マスターと、まだ自分の力をよく分かっていないサーヴァントにはあまりにも酷な状況だった。

迫ってきた敵性存在を複数体と、黒く染まったサーヴァント一騎の討伐こそ出来た。

それしか出来ていないとも言えるが。

 

街は燃え盛り、人はいない。

帰る方法も分からない。

 

「……ここには我々だけ。実に都合が良い。藤丸よ。厄介ごとはこれまで私が対処していたが、今回は無理だった。すまん」

 

藤丸の陰からぬるりと何かが這い出した。

高身長の鎧のようなものを纏った女性。

淡い緑の輝きを装備の隙間から漏らし、どこか人間の形をしているのに、人間として見てはいけないであろうもの。

 

「しかし、お前にとって成長の機会となるだろう……」

「でも、流石の君でもこの状況は……」

 

「ど、どなたですか!?」

「なに!?敵襲!?」

 

居合わせた二人は身構える。

何もない場所から、それも感知すら出来なかった存在が急に現れた。

マシュは咄嗟に盾を構え、オルガマリーは一歩遅れて半ば腰を引いたまま魔術礼装へ手を伸ばす。

 

「私は、あー……ORTと言われている者だ。色々あって藤丸の同居人として暮らしている。善良な一般人だ。藤丸の味方で、お前達の敵になり得る存在だ」

「んなわけないでしょ!!?

 

オルガマリーが叫ぶが、異形はまるで聞く耳を持たない。身に纏う装備から淡い緑の輝きを漏らしながらORTを名乗る女性は語る。

 

「私は藤丸を逃がしたい。このカルデアという会社のせいでこうなっているのならば、その分をお前に償って貰う」

「文句は言わせんぞ?」

 

どれか一つでも混ざってはいけない言葉が、平然と並んでいる。

明らかに不機嫌。感情の起伏が薄いからこそ、余計に逃げ場のない怒りだと分かる。

エネルギーで出来た触手のようなものが幾本も伸び、オルガマリーを絡め取ろうとしたその時。

 

「やめて、ORT!!」

 

 

ぴたりと、触手が止まる。

オルガマリーは明らかな殺意を向けられて固まり、マシュは何も出来ずに息を呑んでいた。

藤丸自身も足が震えている。

 

「みんなで生きて帰ることが、今この場での目標になってるんだ。俺もそうしたいし、それが正しいと思う。だからやめてほしい」

「……分かった。受け入れよう」

 

ORTは藤丸を見る。その目に人間的な感情は薄い。

 

「しかし、藤丸よ。お前はマスターとなった。魔術師が呼び出した英霊は、召喚者の力となることが求められる。この小娘は到底足りなさそうだぞ? どうするつもりだ。そこで腰を抜かしている女も言っていた、カルデアとやらの志す崇高な目標もこのままでは達成できない」

「小娘……? えっ、私のことですか?」

 

「お前以外に誰がいる? マシュ・キリエライトと言ったな。私はお前に価値を感じない。サーヴァントであるにもかかわらず、なぜ宝具をまともに使えない?」

 

マシュは押し黙るしかない。英霊の力を宿してから、まだ時間は経っていない。

自身に宿った英霊の名前すら知らない。

宝具の名も分からない。

それでも何か言おうとして喉の奥で言葉が止まる。

 

 

「っ、私は……」

「カルデアとの通信が回復し、レイシフトを機能させられるようになれば、彼に頼る理由はありません。藤丸はお払い箱よ。一流のマスターをあてがえば……」

「今どうするか、ということに対して出来ないことを提案するな」

 

オルガマリーの言葉に被せるようにORTは言葉を重ね、。

 

「恐ろしいのならば構わない。戦えないなら仕方ない。私は藤丸を優先する。価値がないなら、意味が無いなら、藤丸だけでも連れて私はここを去る」

 

ORTは藤丸の手を取り引っ張る。

この場から藤丸だけを取り出し、それで終わりにするために。

しかし。

 

「ごめん。少しだけ待って欲しい」

「藤丸?」

「さっきも言ったけど、全員で生還しないとまずは駄目なんだ。俺だけなんて嫌だよ。成り行きでもマスターになったなら、少なくともここでは彼女のマスターとして頑張らせて欲しい」

「どうしてもか?」

「どうしても」

 

 

ORTは藤丸を見たまま、少しだけ黙りこむ。

不承不承。

まさにその言葉が似合う沈黙。

 

 

「……いいだろう。しかし、藤丸よ。ここはお前とマシュで切り抜けろ。そこの所長はどうでも良いが、少なくともその盾使いが価値を示すまで私は手伝わない。お前の身に危険が迫らない限りは」

「なんで私が一番どうでも良い扱いなのよ!?ちょっと、聞いてるの!?」

 

 

しかし既にORTは藤丸の陰に潜り込み反応はない。

 

沈黙に火の爆ぜる音だけが戻ってくる。オルガマリーは一度深呼吸をした。

怖かった。今でも怖い。

ため息をついてから呼吸を整えてオルガマリーは向き直る。

 

 

「いいですか? 藤丸立香。あなたにはあとでたっぷり聞かないといけないことがあります。そして、あなたには少なくともマシュのマスターとして務めてもらわなければいけません」

「はい」

「言葉を翻すようですが、カルデアの所長として命じます。マシュのサポートを徹底しなさい」

「はい!」

 

 

不安そうにしていた盾の少女は心が軽くなったわけではなかった。

恐怖もある。

自分の力が分からないことへの戸惑いも消えていない。

さっき浴びせられた言葉が胸の奥に小さく棘のように残っている。

けれど、目の前の人物は言ってくれた。

魔術に対して素人で、戦闘にも不慣れで、それでも自分と肩を並べて戦うと言ってくれた。

嬉しい気持ちが確かに灯る。

 

 

 

「──あー、そろそろいいか?」

 

場の空気と外れた男の声が響く。

 

「ッ!!敵対存在!?」

 

マシュが盾を構え、前に出る。

藤丸もそれに合わせて動き、警戒色を最大まで上げて現れた青髪の男に向き合った。

が。

 

「警戒すんなよ。難しいかもしれねぇけどよ」

「なんかやばい気配が消えたんでな。こうして顔出させて貰ったが……困ってそうだな?力、貸して欲しくないか?」

「あなたは、誰ですか? 先ほど襲ってきたサーヴァントの方と同じように敵……?」

 

「開口一番襲ってないだろ? ここじゃあ、それが実質答えだろ」

 

突如現れた青髪の男。

その人物は敵ではないことを証明するとして情報交換を持ち出した。

そして....

 

 

□□□

 

 

「俺は聖杯戦争に参加してたんだが、気がついたら人間はいなくなるわ、そこら中が燃えてるわで大惨事だぜ」

 

青髪のキャスターはそう語った。

燃える街の一角。

崩れかけた建物の陰で、藤丸たちはひとまず腰を落ち着けている。

落ち着く、と言っても休める場所があるわけではない。

火の手が薄く、敵性反応が少ないというだけだ。

 

「他の参加者は俺とセイバー以外倒されてな。そいつらは真っ黒い泥に汚染された。嬢ちゃん達が出会った奴ってのも、間違いなくそれだ」

「あなたとその……セイバー以外は倒された。それはあなた達二人が他を倒したと? 本来の聖杯戦争が変わってしまった後に?」

 

「いや、違うね」

「違う?」

「もう一人、サーヴァントが現れたんだよ」

 

「も、もしかして私ですか!?」

「いや、嬢ちゃんじゃねぇよ。安心しな」

 

唐突な展開に思わず素っ頓狂な言葉を出したマシュを、キャスターはさらりと受け流した。

 

「で、でも私以外に盾を持ったサーヴァントがいるという話ですよね? 私が知らないうちに何かをしていた可能性は」

「ないから落ち着きなさいマシュ!あなた、さっきまでずっと私達といたでしょう!?」

「は、はい!そうでした!」

 

オルガマリーに言われマシュは自分の発言を思い返す。

そして少し恥ずかしそうに盾の縁へ視線を落とした。

 

「だが、完璧な別人って訳でもないかもな」

「というと?」

「あぁ、そいつはな……間違いねぇ。シールダーだ。そいつが俺たち以外を潰して回った。今も居るだろうな」

「私と同じ……盾の英霊?一体誰が……」

 

 

「気にするな、とまでは言わねぇよ。ただ、今の嬢ちゃんが会って勝てるかどうかは別の話だ。盾持ち同士なら気になるのも分かるが、あいつは普通に強い」

「普通に強い、で済ませないで欲しいのだけれど」

「俺だって詳しくは知らねぇんだよ。真名も分からねぇ。だが、あいつは他の連中を倒した。黒くなったサーヴァント相手に、な」

「だから、準備はしとけ。今のお前らじゃ、真正面からぶつかったら危ねぇ」

 

マシュの手が盾の柄を握り直す。

藤丸もまた、燃える街の奥を見た。そこにいるという、もう一人の盾の英霊。

名前も分からない相手がこの特異点のどこかで自分達を待っている。

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

それからしばらく、一行はキャスターの案内で燃える街を進んだ。

 

人の気配はどこにもない。

あるのは崩れた建物と、焼けた道路と、時折どこからともなく現れる敵性反応だけ。

 

「はい、嬢ちゃん。盾は正面に置くだけじゃねぇぞ。マスターが動くなら、そっちに合わせて半歩ずらせ」

「は、はい!」

 

マシュが盾を構える。

黒い影のような敵性反応が道路の端から飛びかかり、盾の表面へぶつかった。

衝撃でマシュの足元にひびが入る。けれど、盾は揺らがない。

 

「藤丸、お前は前に出るな。出るならせめて声をかけろ。嬢ちゃんが過労死する」

「す、すみません!」

「過労死するのは困ります、先輩!」

「そっちなの!?」

「当たり前でしょう。サーヴァントに無茶をさせるマスターなんて、三流以下よ。今のあなたは三流どころか見習い未満なんだから、せめて指示を聞きなさい」

 

オルガマリーの叱責が飛ぶ。

藤丸は素直に頭を下げ、マシュの後ろへ下がった。

その動きを見て、キャスターが少しだけ口の端を上げる。

 

「ま、素直なのは悪くねぇな。嬢ちゃんも、今の位置取りは覚えとけ。マスターを庇う時、真正面だけ見てると横から抜かれるからな」

「はい。マスターの位置と、敵の進行方向を同時に確認するのですね」

「そういうことだ。言葉にすると簡単だが、実戦中にやると案外面倒だぜ」

「頑張ります!」

 

マシュは真面目に頷く。

藤丸にはキャスターの説明の半分も理解できていない。

魔術のことも、サーヴァント同士の戦い方も、まだ感覚として掴めない。

それでも少しずつ分かることは増えてきた。

自分が立つ場所。

声をかけるタイミング。

マシュの邪魔にならない距離。

そして、彼女が盾を構えてくれるからといって、自分が何も考えなくていいわけではないということ。

 

「マシュ、右!」

「はい!」

 

マシュが半歩ずれる。

飛び込んできた敵性反応が盾にぶつかり、弾かれたところをキャスターのルーンが撃ち抜いた。

炎が黒い影を焼き払い、後には煤のようなものだけが残る。

 

「お、今のは悪くない」

「本当ですか!」

「あぁ。嬢ちゃんはな。マスターの方はまだまだ」

「頑張ります……」

 

藤丸がうなだれると、マシュは慌てて振り返った。

 

「い、いえ!先輩も先ほどよりずっと良くなっています!私、とても動きやすかったです!」

「マシュ、それフォローになってる?」

「なっています!」

「力強い」

「戦闘中に漫才を始めないでくれるかしら!」

 

オルガマリーの声で二人は揃って姿勢を正した。

キャスターは肩をすくめる。

 

「仲が良いのは結構だが、次はもっときついぞ。今のは雑魚だ。この街に残ってる本命は、例の盾持ちだろうからな」

 

その言葉で空気が少し引き締まる。

もう一人のシールダー。キャスター以外のサーヴァントを倒した相手。

マシュと同じ盾を持つ存在。マシュは自分の盾を見下ろした。

同じクラスかもしれない。同じような武器を持っているかもしれない。

けれど、それが何を意味するのかは分からない。

 

 

「……私と同じ盾を持つ方」

「気になるか?」

「はい。ですが、それ以上に、先輩を守れるかどうかの方が大切です」

 

「いい答えだ。なら、形だけでも宝具を使えるようにしとけ」

「宝具、ですか?」

 

マシュの表情が固まる。

宝具。

英霊にとっての切り札。

 

けれどマシュは、まだ自分の真名も、内側にいる英霊の名も知らない。

 

「そんな簡単に言うものではないでしょう、宝具は…けれど、必要なのも事実ね。このままセイバーとやり合うなんて、自殺行為にも程があるわ。キャスター、可能なの?」

「完璧に使いこなせるとは言わねぇよ。けど、防御宝具の形くらいなら引っ張り出せるかもしれない。嬢ちゃんの盾は伊達じゃねぇ」

 

「難しく考えるな。盾なんだろ?なら、まずは何を守りたいかだ」

「守りたいもの……」

 

マシュはゆっくりと盾を握り直す。

守りたいもの。

最初に浮かんだのは、藤丸の姿。

まだ出会って間もない。魔術師としても、マスターとしても頼りないところは多い。

それでも彼は自分を置いて逃げないと言ってくれた。

 

次にオルガマリー。

厳しい言葉は多い。怖い人だとも思う。

けれど、カルデアの所長としてこの場に立とうとしている。

 

そして、カルデア。

まだ自分の中で形になりきらない場所。

それでも、自分が帰るべき場所なのだと分かる。

 

 

「……やってみます」

 

マシュは盾を構え、藤丸はその後ろに立つ。

近すぎないように。けれど、離れすぎないように。

 

 

それから数刻..............

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

マシュ・キリエライトはキャスターの指導の下で宝具を展開できるようになるため鍛練を積んでいた。

結果論ではあるが、うまくいっていた。

 

 

「やったね!マシュ、すごいよ!」

「はい...!ありがとうございます、先輩!」

 

 

すがすがしい笑顔で笑い合う二人。

 

「まぁ形にはなったな。けど、宝具も英霊も真名は分からずじまいか……」

 

キャスターの残念さが溢れる言葉を聞きながらもオルガマリーはマシュを見た。

 

「未熟でも、仮初めのサーヴァントとしてでも。あなたはそれでも願って宝具を展開したのでしょう、マシュ」

「所長……」

「ただの事実確認よ。過程はどうあれ、宝具が使えるようになったのが喜ばしい事実は変わらないわ」

 

 

「でも、真名なしでの宝具は不便でしょう?相応しいような呪文を考えてあげたわ」

「『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』。あなたにも深いつながりのあるカルデアを名に取り入れた、あなたの霊基を起動させるにぴったりの呪文でしょう?」

「はい……!はい!ありがとうございます!所長!!」

 

 

「マシュ、よかったね。これなら、どんな敵が来ても立ち向かえそうな気がするよ」

「そ、それは少し舞い上がりすぎかと。しかし、これで私もサーヴァントらしくなり得たと言いますか……マスターに相応しくなれたかと」

「お、そうかい?なら、もう一回テストしてみるか。所長さん、良いだろ?」

 

キャスターからの提案にオルガマリーは頷く。

新たな力が使えるようになったのなら、次に必要なのは確認。

戦場で初めて扱うより、今のうちに癖を知っておいた方がいい。

 

「えぇ、お願いできる?サーヴァントの先達者としてご教授お願いするわ」

「任せな」

 

キャスターが杖を構える。ルーンが輝き、炎を纏った巨像のような魔力塊が立ち上がった。

訓練用とはいえ、迫力は十分すぎる。

 

「マシュ、来るわよ!」

「はい!宝具、展開します!」

 

白い防壁が広がる。

巨像の拳が叩きつけられ、衝撃が周囲へ駆け巡る。

だが、防壁は破れない。

薄く揺らぎながらも、マシュの盾は確かに攻撃を受け止めていた。

 

「……防いだ」

「これが、私の宝具……」

「まだ仮の形だ。調子に乗るなよ。けど、悪くないな」

 

キャスターがそう言った時だった。

遠くで建物が崩れる音が響く。

訓練の衝撃によるものではない。もっと重く、何かがこちらへ近づいてくる音。

その音を耳にしてキャスターの表情が変わった。

 

「……来やがったか」

「敵性反応!?」

 

マシュが盾を構える。

藤丸は教わったばかりの位置へ下がり、オルガマリーが周囲を確認した。

燃える街の奥。

瓦礫の上に、巨大な盾を持つ影が立っていた。

 

 

□□□

 

 

 

私は聖杯を手に入れる。

そのためにここにいる。

だからこそ、私はサーヴァントを倒す。

 

私とここにいる敵は相性が良い。骸達はそこら中にいる。

私の魔力リソースとして、既に相当数取り込んだ。

同じ方法で怪我も治せる。

 

これのおかげで、消耗はほとんどない。

アサシンもライダーも、ランサーもアーチャーも。

そしてバーサーカーも。

 

みんな、私が倒した。最初は苦戦もした。

それでも、戦いの中で身体が思い出していった。

 

武器は手に馴染み、足は勝手に動く。

 

真っ黒くなったサーヴァント。

誰もが、戦いに全てをくべたような勢いを持っていた。

それでも私が勝った。

 

 

少し前に、別のサーヴァントの気配がした。

 

 

ビルの上に腰掛けて街を眺めていた影はゆっくりと立ち上がる。

 

「聖杯を手に入れるには……サーヴァントと戦わなきゃ。いつも通りに」

 

武器を手に取り、飛び降りる。人間なら耐えられない高さ。

今の身体には関係ない。

着地して、軽く身体をほぐす。その動きだけで、周囲の火の粉が揺れた。

 

かつて命を宿していた存在。

今は、何もかもが零れ落ちたなれの果て。

 

死にたくない。

それだけだったはずなのに。

 

何か大きな願いがあったわけではない。

世界を救いたいわけでも、誰かを守りたいわけでもない。

 

ただ、終わりたくなかった。

目を開ければ身体は動いた。

 

手には盾があって戦う力が身体には満ちていた。

なら、まだ終わっていないってことだと思う。

そう思うことにした。

 

だから聖杯がいる。

あれがあればきっと戻れる。

死ぬ前に。

奪われる前に。

何も分からないまま終わる前に。

 

 

□□□

 

 

 

焼け落ちた街の一角が崩れ落ちる。

カルデアからの面々が、何事かと一斉に意識を向けた。

瓦礫の山には巨大な盾を持った少女が立っている。

黒髪に白い肌。

どこかマシュと似た気配。

だがその目に宿るものはあまりにも違っていた。

 

 

「……初めて見る人達? だけど関係ない。サーヴァントは倒す」

「クソっ、やっぱ来やがったか」

 

悪態をつきながらも、キャスターは武器を構える。

マシュは絶句していた。

 

「……なんで、どういうことですか……?あれは、あの盾は!」

 

 

「私の物と同じ……!?」

 

 

その声をかき消すように、盾を構えた謎のシールダーが駆け出した。

躊躇いはなく迷いもない。

ただ前へ。

邪魔なものを押し潰すように。

 

「おい、お前ら!いきなり本番だ!さっさと構えろ!こいつは強いぞ!」

 

キャスターが率先して迎撃し、杖と盾がぶつかり魔力の火花が散った。

 

黒髪のシールダーは一撃を受け止めると、盾を滑らせるようにしてキャスターの体勢を崩しにかかる。

 

「ちっ、やっぱ面倒くせぇな!」

 

キャスターが後ろに跳ぶ。その隙を縫うようにしてシールダーは藤丸へ向かった。

 

「先輩!」

マシュが割り込む。

二つの盾が、正面から衝突した。

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

衝撃が足元の瓦礫を散らす。

マシュの靴底が道路を削り、藤丸の前に細かな破片が跳ねていく。

 

「っ……!」

 

受け止めたはずなのに、押される。

マシュは盾を傾け、相手の力を横へ逃がそうとした。

キャスターから教わったばかりの動き。真正面から全部受けるのではなく、半歩ずらして受け流す。

黒髪のシールダーは、その半歩へ合わせて踏み込んできた。

 

「なっ……!」

 

盾の縁がマシュの肩を打ち鈍い音が身体へ響く。マシュの身体が揺れ、藤丸が反射的に手を伸ばした。

 

「マシュ!」

「大丈夫です、先輩!」

 

そう答えた声には、少しだけ無理が混じっていた。

キャスターが横合いからルーンを放ち、炎の矢が黒髪のシールダーの進路を塞ぎ、赤い光が彼女の白い肌を照らした。

 

「嬢ちゃん、距離を取れ!そいつ、盾持ちのくせに間合いを潰すのが速ぇ!」

「はい!」

 

マシュは後ろへ下がろうとするが黒髪のシールダーがそれを許さない。

盾を前に出し、身体ごと押し込んでくる。守るためではなく、押し潰すための盾。マシュのものと形は似ているのに、使い方がまるで違う。

 

 

「どいて。私は勝たなきゃいけない」

「どきません。先輩を、皆さんを守るのが私の役目です!」

「役目?」

 

黒髪のシールダーの目が、わずかに細くなる。

 

「役目があるだけ、いいじゃない…」

 

盾が再びぶつかりマシュの膝が沈む。

藤丸は後ろへ下がった。キャスターに言われた通り、マシュの動きを塞がない位置へ。けれど完全に逃げることは出来ない。

目の前でマシュが押されている。

それを見ているだけの自分が、ひどく情けない。

 

「藤丸、下がりなさい!今のあなたが前に出ても邪魔になるだけよ!」

「分かってます!」

 

 

分かっている。

分かっているから、余計に歯がゆい。

オルガマリーの指示に従いながら、藤丸は周囲を見た。燃えた看板。崩れた壁。鉄骨の残骸。役に立つものなどほとんどない。

それでも、何か出来ないかと手を伸ばす。

キャスターが黒髪のシールダーの背後へ回り込み、杖を振るった。

 

「そら、こっちも忘れんな!」

 

炎が走る。黒髪のシールダーは反応した。

マシュを押し込んだまま、盾の角度だけを変えてキャスターの攻撃を受ける。炎は盾の表面で弾け、彼女の髪を少し焦がしただけで消えた。

 

 

「硬ぇな、本当に!」

「サーヴァントは、倒す。聖杯を手に入れる。そうすればきっと戻れる」

「戻るって、何に……?」

 

マシュが問いかけるが答えはなく、代わりに盾が振り下ろされる。

反射的に展開したマシュの宝具が受け止めるが、それでも足りない。

黒髪のシールダーの一撃が防壁を軋ませ、光に亀裂のような影を走らせた。

 

「マシュ!」

「まだ、保ちます……!」

 

マシュの腕が震える。

黒髪のシールダーは、マシュの盾越しに藤丸を見た。その視線にほんの一瞬だけ感情が浮かぶ。

羨望。

嫌悪。

怒り。

どれも同じくらい薄く、同じくらい強い。

 

「私の時は誰も助けてくれなかったのにな……」

 

 

 

----------------------------------------------------

 

 

「助けて!!誰か!!」

「わたしはここにいるの!!ねぇ!!誰かぁ!!」

 

喉が裂けるほど叫んだ。

瓦礫に潰れた身体は動かない。

熱が近づいてくる。

煙で喉が焼ける。

手を伸ばそうとしても、腕の感覚がない。

 

「!!待って下さい!!わたし、まだここにいるんです!!お父さん達もまだここにいるの!!ねぇ、待って!!」

 

通りかかった赤髪の少年は振り返らなかった。

彼にも何か事情があったのかもしれない。

彼もまた、誰かを助けに行こうとしていたのかもしれない。

そんなことを考えられるほど、あの時の自分には余裕がなかったかもしれない。

 

見捨てられた。

ただ、そうとしか思えなかった。

「……待って。お願い……」

 

背中が遠ざかる。

炎が木材を焼く音。

何かが崩れる音。

自分の声が、だんだん遠くなる感覚。

それが最後だった。

 

_

「……?」

 

次に目を開けた時、身体は動いた。

痛みはあるし、違和感もある。

けれど、手足は動く。

 

目の前に男がいた。何やら満足そうに自分を見ている。

その男は、自分にとって『マスター』と呼ぶべき存在らしい。

説明はあった。指示もあった。けれど、どこか遠い場所で聞いているようでうまく頭に入らなかった。

 

それでも戦った。

何度も。

何度も。

 

「あぁ、くそっ!この失敗作が!」

そんなことを言われた気がする。

 

気がつけば、部屋の中を鉄の匂いが満たしていた。

床には赤い潰れた肉塊が転がっている。

このころから、私は■■■■■■という人物とよく話すようになった。

 

常に自分の内側にいるような気もする。

自分が内側になっている時もある。

どちらが私で、どちらが私ではないのか、よく分からない。

 

魔力補給のために人を襲った。

何人も。

 

もう、あんな恐ろしい目に遭って死ぬのは嫌だった。

あの時、自分を見捨てた人間を必ず殺すと誓って戦った。

正しくないことは分かっている。

それでも、自分を納得させる理由が欲しかった。

 

最後は負けた。

どんなふうに終わったのか、はっきりとは覚えていない。

■■■■■■は何やら満足していたようだ。

 

私は違う。

 

私は、まだ生きたかった。

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

 

黒髪のシールダーが再び踏み込む。

それに合わせてマシュは盾を構え直した。

 

「先輩、私の後ろへ!」

「分かった!」

 

藤丸は下がる。ただこれまでのように下がるだけではない。

マシュの動きを邪魔しない位置を考え、少し斜めへ動いた。

ほんの小さな変化だが、マシュは気づく。

 

「ありがとうございます、先輩!」

「今褒められることした!?」

「しました!」

「戦闘中にやる会話じゃないわよ!」

 

オルガマリーの悲鳴混じりの声が飛ぶ。

 

その隙を狙い、黒髪のシールダーが盾を振り下ろした。

再度宝具を展開する。

防壁が一瞬だけ形を取り、黒髪のシールダーの一撃が再び大きく軋ませた。

 

「っ、まだ……!」

「どいて。私は勝たなきゃいけない」

「どきません。先輩を、皆さんを守るのが私の役目です!」

「守る……」

 

 

黒髪のシールダーは、マシュを見た。

自分と同じ盾。自分と似た気配。なのに見ている方向が違う。

彼女の後ろには、彼女を呼ぶ人がいる。彼女を心配する人がいる。

彼女に指示を出す人がいる。そして、彼女の盾を信じて立つ人がいる。

 

「……ずるい」

 

マシュには聞こえたかどうか分からない。

少なくとも藤丸には届かなかった。

ただ、タチエ自身の中では確かに言葉になっていた。黒髪のシールダーの盾に魔力が集まっていく。

それまでとは密度が違う。

灰色がかった光が、盾の輪郭を濁らせていく。

その気配を察知したキャスターが顔をしかめて叫ぶ。

 

「まずいな。切り札切る気だぞ、あいつ!」

「マシュ、防御を!今の宝具で受けられる!?」

「やってみます!」

 

マシュは盾を構えた。

藤丸はその背中を見る。

まだ薄い白。

先ほど初めて形になったばかりの防壁。

それでもマシュは前に立つ。

 

「、展開します!」

 

そして何度目かの展開された盾にタチエの宝具が叩き込まれた。

白い防壁が軋み、周囲の火の粉が一斉に吹き飛び、瓦礫が押し潰されていく。

マシュの腕が沈み、足元の道路が割れた。

 

「う、あ……!」

「マシュ!」

 

藤丸は何か無いかと探した。

手に触れたのは焼け焦げた建材の残骸。

武器になるようなものではない。人間の腕力でサーヴァントに届くはずもない。

それでも、藤丸はそれを握った。

 

「!? 先輩、駄目です!下がってください!」

「でも、このままじゃ!」

「下がってください!」

 

タチエはその姿を見て、顔を歪めた。

命を賭けるときに、共に命を懸けてくれる人がいる。

戦う理由が自分だけではない。それがひどく眩しくて仕方ない。

 

「私は……私だって……!」

 

その時、宝具を受け続けるマシュの身体から淡い光が漏れ始めた。

盾。

腕。

肩。

胸元。

今まで見えていなかった線が、光の中で浮かび上がる。

マシュの目が見開かれた。

何かが流れ込んでくる。言葉ではない。映像だけでもない。自分が知らないはずの色がいくつも重なっていく。




ずっと気になってたので作り直し。

俺の文って......醜くいないか?
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