マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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第12話 「残滓」

昨夜は戦闘があったのだろう。それは現場に立った瞬間に誰でも分かった。

草が踏み荒らされているだけでなく、土が抉れている。

そして何より空気に残る微かな霊子の気配が、ここでサーヴァント同士の衝突が起きたことを示していた。

 

死体はない。あるのは――淡く光る粒子のみ。

それが地面の上でまだ消えきらず、風に流されながらゆっくりと空へ溶けていく。サンソンが膝をつき、慎重にその痕跡を観察した。

しばらく沈黙が続く。やがて彼は立ち上がり低い声で言った。

 

「・・・・サーヴァントで確かだろう」

 

ジャンヌ(ルーラー)が息を呑む。

 

「やはり・・・・・・」

 

「間違いない。人の死ではない。霊基崩壊の残滓。英霊が破壊され、霊子へと還る直前の痕跡が残っている」

 

マシュは盾を握る手をわずかに強めた。

霊子の量、霊基の濃度。そしてこの残り方は間違いない。サーヴァント。それもかなり徹底的に破壊されている。

藤丸は地面を見下ろしたまま、ゆっくり口を開いた。

 

「つまり、ここでサーヴァント同士の戦闘があってそれでどちらかが消滅した?」

 

「その通り。ただし通常の撃破とは少し様子が違う」

 

彼は周囲を指す。

 

「霊基の崩壊があまりにも細かい。サーヴァントというのは通常は宝具、あるいは強力な一撃で霊核を破壊されてそのまま消滅することが多い。だけどこの痕跡は・・・・・、霊基を粉々にしている」

 

ジャンヌ(ルーラー)が顔を曇らせてその異様な表現に思わず疑問を口にする。

 

「刻んでいるとでも?」

 

「霊核へ到達するまで何度も切断している。それもかなり短時間で。戦闘として成立していたとは思えない。無力化した上でやったのか、それとも力の差が大きすぎたのかまでは分からないけど、戦いになってなかったのは想像できる」

 

その言葉の意味は誰にでも理解できた。つまりこれは。

一方的な破壊。藤丸はしばらく黙っていた。

 

 やがて、ゆっくり口を開く。

 

「・・・・敵サーヴァント、か」

 

 ジャンヌ(ルーラー)は頷く。

 

「そう考えるのが自然です。私たちはまだこの地で誰も欠けていません。つまり、ここで消滅したのは竜の魔女陣営のサーヴァントでしょう」

 

「でも俺たちはここに来てない。昨夜のワイバーンとの戦闘でもサーヴァントは出てこなかった。味方のサーヴァントが他にいるとか?」

 

 

その言葉に場の空気が少しだけ変わる。マシュは小さく息を吸った。

 

そう。誰も追加で自分たちの元に来ていない。

しかし――マシュは知っている。いや気づいてしまった。この違和感の正体を。

 

「……先輩。一つ、可能性があります」

 

「何?」

 

「私たちのサーヴァントが先行して接触した可能性です」

 

その言葉にジャンヌ(ルーラー)が目を見開く。

 

「カルデアのサーヴァントが?」

 

「はい。昨夜、数騎の気配が一時的に陣から離れていました」

 

「・・・誰? 全然気がつかなかった」

 

「エレナさんと、ジャックです」

 

沈黙。朝の風が草を揺らす。

藤丸はしばらく何も言わなかった。やがてゆっくり口を開いた。

 

「・・・・呼ぼう」

 

 

 

数分後。陣の外れ。穏やかな日差しの木陰でジャックは地面に座り、膝を抱えている。エレナは帽子を押さえながらのんびりと本を閉じた。

のんびり過ごす二人へと藤丸が歩み寄る。

マシュはその少し後ろ。ジャンヌ(ルーラー)とサンソンも距離を置いて立っていた。

 

「エレナ」

 

「なあに、マスター? ずいぶん真面目な顔ね。朝の散歩にしては重たい空気だけれど・・・、どこか怪我でもした?」

 

「南の斜面でサーヴァントが消滅してたらしい」

 

「そう。他人事じゃ無いわね。私達も注意しないと」

 

「かなり徹底的に破壊されているらしい。誰がやったか分かる?」

 

 

沈黙のあと、ジャックが顔を上げる。

 

「敵だった。マスターの敵」

 

「・・・やっぱりか」

 

エレナはバレちゃった?とでも言うように笑みを崩さずに肩をすくめた。

 

「ええ。マルタというサーヴァントよ。竜の魔女側の。クラスはライダーの聖女様ね。"大苦戦"だったわ」

 

ジャンヌ(ルーラー)が息を呑む。

 

「マルタ・・・・!」

 

「どうして報告しなかった」

 

「? 終わった敵だから。マスターはとっても忙しそう。だから終わった敵なら言わなくてもいいかなって」

 

藤丸は一度目を閉じた。怒鳴らない。だが声は低くなる。

 

「・・・・ジャック」

 

「うん」

 

「俺は敵を倒すなとは言ってないんだ。仕方ないこともあるだろうから分かるよ。でも勝手に戦って、勝手に終わらせてそれを俺が知らないままにするのは違うと思うんだ」

 

ジャックは少し考えるそぶりを見せてから気まずそうに言う。

 

「マスター、怒ってる?」

 

「怒ってるというより……困ってる。俺は、この旅を“殺し合いだけ”にしたくない。敵でも話せるなら話すし必要以上の殺し方はしたくない。もちろん戦う時は戦う。でもそれでも線引きはしたいんだ」

 

不思議そうにするジャックは静かに聞いている。微笑むエレナも黙っている。怒るでも不満そうにするでもない。表情は変わらず次の言葉を待つ。

 

「俺はまだ、全部を割り切れるほど強くない。まだまだ新米で、分からないことだらけで、何を背負ったらいいかも。君たちを頼ることもたくさんあると思う。だから――せめて俺の見えるところで戦ってほしい」

 

 

 

しばしの沈黙。髪の毛をいじりながらジャックは自らのマスターの言葉へ反応する。

 

「マスター。うん、分かった。マスターの前では、ちゃんとする」

 

その前の藤丸の言葉に。ほんの一瞬だけジャンヌ(ランサー)が笑った。その口元の歪みは見るものが見れば戦慄しただろう。

誰も気づかないほど小さく。そしていつもの表情で彼女は藤丸へ言葉をかける。

 

「マスター、ご安心ください。私たちはあなたの望みを尊重します。あなたが穏やかでありたいなら、私たちはその通りに振る舞います。あなたが守りたいなら、私たちはそれを守ります。あなたが“そういう旅をしたい”と言うならもちろん従いましょう。だってあなたがマスターなのですから。お約束しましょう。ですからそんなに辛そうな顔はしないで欲しいです」

 

 

その言葉は聖女として相応しいと思えるほど優しいのだが......。

マシュは理解していた。この言葉の裏を。

彼女たちの優先順位は藤丸。ただそれだけ。そして藤丸はまだ気づいていない。

自分がどれほど危うい刃の上に立っているかを。

それでも藤丸は頷いた。純粋な好意で思いのやりとりは成されたのだと言葉を受け取った。

 

「ありがとう」

 

 そう言ってしまった。そしてその瞬間。この旅の形が少しだけ決まった。

 藤丸はビーストを頼る道を選んだ。

 藤丸の中で旅を見守る異形もまた、藤丸の判断を愛おしく眺めていた。

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

その場に漂っていた空気は決して険悪ではない。

藤丸立香が望んだのはあくまでも穏当な旅路。

必要以上に血を流さず、必要以上に誰かを傷つけず、戦うべき時にだけ戦う。

未熟で甘くて、現実を見切れていない――そう言われればその通りなのだろう。

 

 それでも。

 

そうありたい、と願うこと自体は間違いではない。それは正しいことであるのだから。

先ほどの藤丸の言葉を反芻しつつエレナは本を抱いたままでくすりと笑う。

 

「でも安心したわ、マスター。あなたもちゃんと困るのね。勝手に敵を減らされて便利だ、ラッキーだ、で済ませないあたり、とても人間らしいと思うの」

 

「・・・褒められてるのか、分からないな」

 

「ええ、褒めているのよ。少なくとも私はね。便利な力を前にしてそれに飲まれない人は案外少ないもの。もっとも――」

 

そこで彼女は、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「飲まれないためには、見ていること。知っていること。知らないままにしないこと。それが大事だけれど」

 

「うん。だから、これからはちゃんと報告してほしい」

 

ジャックがこくりと頷く。白銀の髪がさらりと揺れた。

 

「分かった。マスターの見えるところ。マスターの知ってるところ。ちゃんとする。でもマスターに危ないものが来たら、すぐ切るね」

 

「そこは、まあ・・・・うん。そこは頼る」

 

「えへへ」

 

嬉しそうに笑うその顔は、無邪気な子どものものだ。だがその無邪気さこそが時として刃より鋭い。ジャンヌ(ランサー)はそんなジャックを一瞥してから、静かに目を伏せた。

 

「マスターがそうお望みなら、以後はそのように。ただし、あなたへ届く害意を見過ごすつもりはありません。そこだけはどうかご理解ください」

 

「分かってる。分かってるよ。だから、俺もちゃんと考える。誰かを信じるって丸投げすることじゃないはずだから」

 

その言葉を聞いた瞬間、マシュは胸の奥がわずかに痛んだ。

先輩はまだ分かっていない。

信じる、頼る、委ねる。その違いを学ぶにはこの旅はあまりにも危うすぎる。しかも相手はカルデアの召喚式に連なる英霊ではない。もっと異質で、もっと完成されていて、もっと――主従の境界を侵食しやすい。

けれど、その未熟さこそが藤丸立香の良さでもあるということもマシュは知っているのだ。

 

「それでは」

 

沈黙を断ち切ったのは、ジャンヌ(ルーラー)だった。

 

「今ここで立ち止まっているわけにはいきません。敵サーヴァントがすでに一騎脱落している以上、竜の魔女側も遅かれ早かれ異変に気づくでしょう。こちらも次の動きを急ぐべきです」

 

サンソンが頷く。

 

「同感だね。敵の反応が鈍いうちに合流すべき相手と合流する。今はそれが最優先だ」

 

「ええ。敵の残る戦力はまだあります。竜の魔女と戦うためには、こちらも一騎でも多くの力を集める必要があります。まだ出会っていないサーヴァントたちがいるのなら、急ぎましょう」

 

藤丸は一同を見回した。

マシュ。ジャンヌ。マリー。モーツァルト。サンソン。

そして、彼の傍らに当然のように立つ三騎。

 

「行こう。次の仲間を探そう」

 

その言葉に、マリーがぱっと顔を明るくした。

 

「まあ! それでこそですわ、カルデアのマスター。立ち止まって悩んでばかりでは素敵なお顔が曇ってしまいますもの。先へ進みましょう。だって前を向いて進む方が、ずっとフランスらしいでしょう?」

 

「フランスらしいの定義がふわっとしてるな……」

 

「ふふっ。そこは雰囲気ですわ!」

 

くすくすと笑うマリーに場の空気がわずかに和らぐ。モーツァルトは肩を竦めながら、芝居がかった仕草で言った。

 

「おやおや、ようやく行軍再開かい。いやはや、朝から死の痕跡だの秘密の暴露だの、実に重たい展開だったとも。だがまあ、終盤へ向かう楽章としては悪くない。むしろ舞台装置は整ってきたと言うべきかな」

 

「終盤って言うなよ、縁起でもない」

 

「縁起? 違うね、マスター。物語というものは終盤に入ってからが本番さ。ここまで集めたもの、伏せてきたもの、見ないふりをしてきたもの。そのすべてが一気に旋律になる。美しいだろう?」

 

「その言い方、たまに不安になるんだよな・・・・」

 

「安心したまえ。僕はいつだって本当のことしか言わない」

 

その本当のことが問題なのだが、と誰もが少しだけ思って口には出さなかった。

一行は丘を後にした。

空は高く、風は冷たい。焼けた村落の跡、竜に踏み荒らされた街道、祈りだけが残された礼拝堂。オルレアンの大地は昨日よりも静か。しかし嵐の前は常に薄膜hが覆い被さるものである。

 

 

歩きながらマシュは何度も周囲へ視線を走らせる。

霊基反応。竜種の気配。敵サーヴァントの接近。

それらを警戒しながら、もう一つ別のものを探っていた。

 

 本来との差異。

 

境界記録帯で見た第一特異点の流れはもっと段階的だった。もっと苦戦し、もっと危うく、もっと綱渡りで、それでも少しずつ仲間を得てようやく最後へ辿り着く旅だった。

 

だが今はどうだ?

旅の骨格は確かに同じなのに、そこへ差し込まれた異物が大きすぎる。

戦況を覆す切り札。主の望みに忠実すぎる獣。

そして、その存在を受け入れ始めた藤丸と自分。

 

「・・・・マシュ? どうした。何か見つけた?」

 

「あ、いえ。その・・・・少し、空気の流れが乱れている気がして。おそらくこの先です。何かが戦った形跡があるかもしれません」

 

嘘ではない。だが、全部でもない。

藤丸は疑わずに頷いた。

 

「分かった。みんな、少し慎重に行こう」

 

「はい、先輩」

 

 

その返事をしながら、マシュは自分の中に沈む感覚を覚えた。

言えない。今ここで言えるはずがない。

先輩、あなたが連れているその三騎こそが、この特異点を本来と違うものへ変えているのかもしれない――などと。

 

そんな言葉を口にした瞬間、この旅そのものが壊れてしまう気がした。

ほどなくして一行は古い街道跡へ。

そこには壊れた荷車が横倒しになり、石畳には鋭い爪痕がいくつも走っている。竜種が暴れた痕跡だろうがそれだけではない。荷車の陰、崩れた石壁、裂けた旗布。そのあちこちに、戦った者の意思が残っていた。

 

「これは・・・・抵抗の跡ですね」

 

サンソンが低く言う。

 

「避難民ではありません。訓練を受けた者の動きです」

 

ジャンヌ(ルーラー)も頷く。

 

「ええ。しかも、一人や二人ではない。誰かがここで竜を迎え撃ち、生き延びている」

 

 

その時だった。風を裂く甲高い咆哮が響いた。

次いで重い衝撃音。地面がわずかに揺れ、遠くで土煙が上がる。

 

「ワイバーン!」

 

マシュが即座に盾を構える。視線の先、街道の先の林が大きく揺れた。木々を薙ぎ倒しながら現れたのは、赤黒い鱗を持つ中型のワイバーンが二体。さらにその後方、遅れて三体。合わせて五。

 

数としてはこれまでより多ということはない。

だが問題はそのさらに奥。土煙の向こうに人影が。竜に囲まれながらもなお倒れていない、細身の影。炎のような髪が揺れ、甲高い声がここまで届いた。

 

 

 

「ちょ、ちょっとぉ!? なんでこういう時に限って誰もいないのよ! あたしのライブを聴かずに死ぬとか、観客として最低なんですけどーっ!」

 

モーツァルトが眉を上げる。

 

「おや。あれはまた、随分と騒がしい救援対象がいたものだ」

 

マリーが目を輝かせた。

 

「まあ! 今の声、もしかして――」

 

藤丸は、思わず苦笑に近い息を漏らした。

 

「・・・見つけた、ってことでいいのかな」

 

その直後、竜の一体が大きく口を開く。灼熱のブレスが細身の少女へ向かって放たれた。

だが。それが着弾するより早く前へ出た影がある。

 

「先輩、行きます!」

 

マシュが大地を蹴った。重厚な盾が正面へ掲げられ、轟音と共に炎を受け止める。爆ぜた火炎が左右へ散り、焼けた風が一行の頬を叩いた。

その背を追うように藤丸が叫ぶ。

 

「総員、戦闘! まずは竜を引き剥がす!」

 

「承知しました、マスター!」

 

ジャンヌ〔ランサー〕が静かに槍を構える横ではエレナは帽子の鍔を押さえ、愉快そうに笑う。

 

「ええ、ええ。ここはお行儀よく、ね。マスターの見えるところで」

 

ジャックはとろりとした声音で続けた。

 

「うん。ちゃんとする。ちゃんと、目の前で」

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□

 

 

竜の咆哮は林を裂くように幾重にも重なっていた。

雷のような声の主――細身の少女は、街道脇の崩れた石塀を足場にして槍を振り回している。動き自体は素早い。だが明らかに囲まれていた。前へ出れば竜の爪、退けば後ろの石壁。逃げ道を削られた状態でなお声だけは元気なのだから大したものだ。

 

「ちょ、ちょっとぉ!? だから言ってるでしょ、ライブ前のアイドルを囲むなんて最低! 観客のマナー以前の問題なんですけど!」

 

マシュが炎を受け止めた直後、一行は一斉に動いた。

ゲオルギウスが剣を抜き、ジャンヌ(ルーラー)が旗を掲げる。モーツァルトは半歩遅れて周囲を見回し、戦場の音を拾うように目を細めた。藤丸は正面の竜群と、その奥の少女の位置を一瞬で見比べる。

 

「マシュ、正面を押さえて! ゲオルギウス、右の二体を! ジャンヌ、左の牽制を! 俺たちはあの子を囲みから引き剥がす!」

 

「はい、先輩!」

 

「承知しました!」

 

「お任せください!」

 

 答えは重なる。それとほぼ同時に、ジャンヌ〔ランサー〕の槍が閃いた。

 

 前へ。

 

ただし、飛び込みすぎない。先ほど藤丸が語った言葉を彼女は確かに守っていた。踏み込みは必要最小限。届く範囲だけを貫き、即座に戻る。その一撃が最前列の竜の顎を打ち抜き、巨体を仰け反らせる。

 

そこへジャックが滑り込んだ。

 

「お邪魔するね」

 

囁くような声。次の瞬間には白銀の髪は霧のように消える。現れたのは竜の首筋の影、そのまた影。短刀が幾つも閃き、鱗の隙間へと吸い込まれていった。大した深手には見えないが、竜が明らかに動揺する。視界と平衡感覚を狂わされたように首を振り、他の個体の進路まで乱した。

 

「エレナ!」

 

「ええ、分かってるわ」

 

エレナが指先で空へ円を描けばたったそれだけで戦場の空気がずれる。

竜の一体が突如として旋回角を誤り、低く降りすぎる。ゲオルギウスが待っていたように踏み込み、翼の付け根へ斬撃を叩き込んだ。落ちた巨体をマシュの盾が横から殴り飛ばせば林の木々を砕きながら巨体が吹っ飛んでいった。

 

「今です、先輩!」

 

「ありがとう、行く!」

 

藤丸は駆けた。敵を斬れるわけではない。だが今はその必要もない。少女のいる位置まで辿り着いて逃げ道を作る。それだけでいい。

石塀の上の少女は、こちらへ気づくなり目を見開いた。

 

「えっ、なに!? 援軍!? ほんとに!? あたし、今すっごく困ってたんだけど!」

 

「見れば分かる!」

 

「なら話が早いわね! そこ、左の竜が面倒だから気をつけて! あと、助けるならちゃんと見栄え良くお願い! せっかくの初対面なんだから!」

 

「注文が多いな!」

 

「アイドルだもの!」

 

妙な勢いに押されつつも、藤丸は思わず笑いそうになる。

その瞬間だった。左後方から別の竜が低く滑り込む。狙いは藤丸。だがそこへ白の甲冑が割って入る。

 

「先輩に手を出させません!」

 

マシュの盾が火花を散らす。竜の鉤爪を正面から受け止め、そのまま体重を乗せて押し返した。轟音に合わせて地面が抉れ、石片が飛ぶ。普通の盾兵ならここで崩れるが、マシュは一歩も退かない。むしろ押し返した勢いで竜の顎へと盾の縁を叩き込む。

ぐらりと揺れた首へ、ジャンヌ(ルーラー)が追撃した。

 

「道を開けます!」

 

 

その後は圧倒的だった。

エレナの魔術がワイバーンを焼き焦がしたと思えば、別の個体がジャックによって身体が輪切にされる。破れかぶれで突撃してきた個体はマシュの盾の一撃で文字通り砕け散った。

 

 

 

静寂に荒い息だけが残る。

街道に立ちこめていた土煙がゆっくりと晴れ、少女はようやく胸を張った。

 

「ふぅーっ・・・・・! 助かった! ほんっとに助かった! いやあ、ここであたしが落ちてたら人類史的にも損失だったわね!」

 

モーツァルトが顔を顰める。

 

「開口一番それかい」

 

「当然でしょ! だって事実だもの!」

 

彼女はひらりと回って、藤丸たちへ堂々と向き直った。

 

「というわけで、命の恩人たち! よーく聞きなさい! あたしはエリザベート・バートリー! 気高く美しく、未来のトップアイドルにしてランサー! あなたたちが誰だか知らないけど、助けてくれたことについては……うん、まあ、その、ちゃんと感謝してあげてもいいわ!」

 

最後だけ少しだけ声が小さくなるのが妙に人間臭い。

藤丸が緊張の抜けた息を一つ吐いた。

 

「どうも。こっちはカルデアのマスター、藤丸立香。で、こっちがマシュ。あとは・・・・今の戦いで大体見てた通りかな」

 

「カルデア? なにそれ。秘密結社?」

 

「説明すると長い」

 

「長いなら後でいいわ! でもマスターってことは、あなたが仕切ってるのね。見た感じすっごく普通の人間だけど」

 

「その感想、もう何回目か分からないよ」

 

「でも普通なのに前へ出るの、嫌いじゃないわ。臆病すぎる男は画にならないもの」

 

「褒められてる?」

 

「五割くらいは」

 

横でマリーがくすくすと笑った。

 

「まあ、にぎやかな方ですこと。エリザベートさん、とてもお元気そうで安心しましたわ」

 

「当然よ! あたしが簡単にくたばるわけないでしょ! ・・・・まあ、ちょーっと数が多くて面倒だったのは認めるけど」

 

そこでエリザはふと周囲を見回した。

 

「でもあなたたち、ずいぶん変な編成ね。聖女に王妃に音楽家に騎士に・・・それだけでも変なのにそこの三人、なんかもっと変」

 

視線の先は、ジャンヌ〔ランサー〕、エレナ、ジャック。

言い方は雑だが間違っていない。

エレナが笑う。

 

「まあ、初対面でそこまで見抜くのは大したものね」

 

「見抜くというか、何ていうの? 空気が変なのよ。敵じゃないのは分かるけど“普通の味方”でもない感じ。あたし、そういうの分かるんだから」

 

楽しそうにするエレナに対してジャンヌ〔ランサー〕は動じない。

 

「ええ。私たちは少々特別です。ですがマスターにとって有益である限り、敵ではありません。今はそれで十分では?」

 

「うわぁ・・・・含みが怖・・・」

 

モーツァルトがぼそりと呟く。

 

「君は本当に分かりやすい性格をしているね」

 

「分かりやすくないとファンが困るでしょ」

 

そこから先の会話は、拍子抜けするほど早かった。

エリザベートは藤丸たちの同行をあっさり受け入れた。もちろん、形式上は「仕方ないから一緒にいてあげる」という態度だったが実際には孤立していたところを救われた直後だ。拒む理由もないのだろう。

むしろ問題は次の話題。

 

「で、あなたたち、これからどこへ向かうつもり?」

 

焚き火を囲み直しながら藤丸が答える。

 

「残ってる味方サーヴァントとの合流だよ。 敵の本拠へ向かう前に一騎でも多く戦力を集めたい」

 

「正解ね。数は正義よ。バックダンサーが多い方が映えるもの」

 

「戦争の話をしてるんだけど」

 

「分かってるわよ。その上で言ってるの。あと、もし“残ってる味方”を探してるならちょっと厄介なのが近くにいるわ」

 

その場の視線が集まる。

エリザは顎へ指を当て、少し嫌そうに言った。

 

「女でね。炎みたいにしつこくて、一途で、でも話が全然通じないタイプ。あたしを見つけるなり“あなたは安珍様ではありませんね”とか何とか言って、竜を燃やしながら別の方角へ行ったの。もうあれが竜の魔女でいいわ・・・・」

 

「・・・なんだそれ」

 

「知らないわよ! でも強かったわ。敵じゃない、たぶん。けど、味方にしては怖い!」

 

マリーとモーツァルトが溜息をつく。

 

「僕も同じ予感だ。これはまた、随分と熱量の高いサーヴァントが残っていたものだね。まぁ行ってみよう。味方なら合流したいし、敵じゃないならなおさら話はしておきたい」

 

マシュはその判断へ即座に賛成する。

 

「はい。今のうちに接触できるなら、その方が良いと思います」

 

だが胸の奥では、別の不安があった。

味方が増えるほど、先輩の周囲は賑やかになる。判断材料は増え、戦力は整って攻略は楽になる。けれど同時に、ビースト三騎という異物が“仲間の中の一つ”として馴染んでいく。

 

本来ならもっと警戒されてもいいはずなのに。

その違和感を飲み込みながら一行はエリザの案内で街道を外れた。

向かった先は、半ば焼け落ちた小村だった。

 

家々の壁は煤け、井戸の周囲には竜の爪痕が残っている。だが完全な廃村ではない。火が新しく、誰かがつい先ほどまでここにいた気配がある。

 

「・・・・・います」

 

 

マシュが囁けば気配が一つ。

隠す気があるのかないのか分からないほど、存在感が分かりやすい気配。

次の瞬間、家屋の陰から女が現れた。艶やかな和装。燃える炎めいた気配を纏った、蛇のように静かな女。

彼女は一行を一瞥すると、まっすぐ藤丸へ視線を向けた。

 

「・・・・ああ。いました。ようやく見つけました」

 

 ぞくりとするほど平坦な声だった。

 

「ようやく見つけました、安珍様」

 

 藤丸が固まる。

 

「……え?」

 

 マシュも一瞬だけ絶句した。内心では(またですか!)となっていたが。

 

「夢の中でお見かけしたお顔、そのままです。ならば間違いありません。私は清姫。あなたの妻となる者。あるいは既になっていたとしても、心情としてはさしたる差ではありません」

 

「待って。情報量が多い」

 

「問題ありません。愛はいつだって一方的に始まるものですから」

 

「問題しかない!」

 

エリザが後ろで叫ぶ。

 

「ほらね!? 話通じないでしょ!?」

 

だが清姫は意に介さない。

彼女の視線は藤丸しか見ていない。まるで、他の全員が背景へ退いたかのように。

ジャンヌ(ルーラー)が慎重に一歩前へ出た。

 

「清姫さん、と仰いましたか。私たちは竜の魔女と戦うため、この地の味方サーヴァントを集めています。あなたがもし人々を守るために戦っておられるのなら、どうか力を貸していただけませんか」

 

「ええ、もちろんです。安珍様が戦うなら、私はその火となりましょう。敵が誰であれ焼きます。村を襲う竜も安珍様を害する嘘つきも、等しく灰にできます」

 

その言葉にジャックが僅かに首を傾げた。

 

「嘘つききらいなの?」

 

「はい。大嫌いです。ですから誠実な方は好きですよ。例えばあなたのように、欲しいものを欲しいと真っ直ぐ言う方は分かりやすくてよろしい」

 

「じゃあ、あんまりきらいじゃないかも」

 

「光栄です」

 

妙なところで会話が成立している。酷いレベルで意気投合するな。

モーツァルトが額へ手を当てて同情を込めた目で藤丸を見る。

 

「これはまた、別方向に危ういメンバーが増えたものだ。マスター、君の旅は本当に人選に偏りがあるね」

 

「俺が選んだわけじゃないんだけど!?」

 

「でも好かれてはいるわよね」

 

エリザがじっとり言う。

 

「嫌味じゃないけど、そういう意味では才能なんじゃない? 変な女を引き寄せる才能」

 

「褒め言葉に聞こえないな……」

 

とはいえ、清姫の加入自体はあっさり決まった。彼女は藤丸のいる側に立つ。それだけで理由は足りるらしい。戦力としては頼もしいものの精神的には不安があるが、それは既に今さらと言えば今さら。問題は、まだ最後の一押しとなりえる一騎が見つかっていないこと。

その答えは、翌日の午後に出た。

 

焼けた平原を抜けた先、崩れた砦の近くで一行は竜の群れと交戦する一人の剣士を見つける。銀の鎧は傷だらけで、息も荒い。それでも剣筋だけは乱れていない。むしろ、疲労の中でなお最短の軌道を選び続けている。

 

「……あれは」

 

ゲオルギウスが僅かに目を見開く。剣士はこちらに気づいたのかどうか分からぬまま、目前の竜へ踏み込んだ。

 

 一閃。

 

鈍い音と共に、竜の首が半ばまで断たれる。完全な致命傷ではないが次の踏み込みが、その続きを成した。竜殺しの一撃。余計な飾りは何一つなく、それでいて決定的。

だが剣士は限界も近い。次の竜が空から降りれば押し切られるかもしれない。そう判断した藤丸は即座に叫んだ。

 

「援護! あの人を囲む前に、竜を削る!」

 

一行は再び動く。今度の戦闘は短かった。

清姫の炎が進路を断ち、エリザの槍が竜を引きつけ、マシュとゲオルギウスが前衛を固める。その隙に剣士は体勢を立て直し、最後の一体へと刃を叩き込んだ。

全てが終わった後、剣士はようやくこちらを振り返る。

白銀の髪。疲弊の色を滲ませた瞳。

 

「助力、感謝する」

 

短い言葉。藤丸は一歩進み、名乗った。

 

「カルデアのマスター、藤丸立香です。あなたは――」

 

「ジークフリート」

 

それだけで十分だと言わんばかりに、彼は答える。ゲオルギウスが静かに頭を下げた。

 

「竜殺しの大英雄。あなたが味方であることを、今ほど心強く思ったことはありません」

 

「すまない・・・・英雄というほどのものではない。ただ、竜と戦うべき時に剣を取っているだけだ」

 

その声音には本気で飾りがなかった。だからこそ、藤丸には少しだけ分かった。「この人は多分、自己評価が低いな・・・、サーヴァントって変わった人が多いんだな・・・・。」

そんなことを考えているとジャンヌ(ルーラー)が穏やかに言う。

 

「それでもあなたの力が必要です。竜の魔女の軍勢を止め、人々を守るためにどうか私たちと共に戦ってください」

 

ジークフリートはしばらく一同を見回し、そして頷いた。

 

「承知した。俺一人では守り切れん。ならば共に戦うべきだろう。はぐれの身である以上、身を寄せる陣営があるのはこちらとしても願ってもないことだ」

 

こうして、最後の欠けていた戦力が揃った。エリザベート。清姫。ジークフリート。

繰り返した旅通りのようでいてどこか違う顔ぶれ。違和感は確かにある。だが戦力として見れば、これ以上ないほど頼もしい。

 

 

その夜、一行は砦跡を仮拠点とした。

焚き火を囲み、ようやく全員が揃った陣の空気は、今までとは明らかに違っていた。寄せ集めの生存集団ではない。まだ脆いとはいえ、一つの軍勢としての骨格が出来つつある。藤丸は地面へ簡易の地図を描きながら、全員を見回した。

 

「確認する。敵の本拠はオルレアン方面。中心にいるのは竜の魔女、ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕。召喚と軍勢の基盤を担ってるのがジル・ド・レェで、残る敵サーヴァントは複数。正面から行けば、当然、激突になる」

 

モーツァルトが続きを引き取る。

 

「だが、こちらもようやく役者は揃ったと見ていいだろう。しかもただ数が増えたのではない。それぞれが役割を持つ形で集まっている。これは大きいよ。舞台の上で“たまたま同じ方向を向いた人間たち”と、“同じ一幕のために立っている演者たち”では、噛み合い方が違う」

 

エリザがふんと鼻を鳴らす。

 

「当然でしょ。あたしが入ったんだから、クオリティが上がるに決まってるわ」

 

「そこは否定しないよ。君は賑やかだけど、前に出るべき場面を恐れない。それだけでも十分価値がある」

 

「なによ、妙に素直ね」

 

「終幕が近いからさ」

 

「だからその言い方、縁起悪いのよ!」

 

軽口を横目にサンソンが静かに言った。

 

「敵はマルタを失っている。恐らくもう把握しているだろう。時間をかければかけるほど、敵の警戒は強くなる。ならばこちらも決断するべきだ。人々を守りながら進むだけではいずれ限界が来る。竜の魔女を討たなければ、この炎は終わらないのだから」

 

その言葉に皆が自然と藤丸を見る。マスター。判断を下す者。人理を取り戻す旅へ出たばかりの藤丸にとって、その視線の重さはまだ慣れないものだ。それでも彼は逃げなかった。

少しだけ息を吸って口を開く。

 

「行こう。オルレアンに」

 

 

 

 




お仕事が忙しすぎて・・・・、何も出来ない
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