マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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第16話 「帰還後のお話」

特異点の修復が進んでいる。

つまり――別れの時が近いのだ。

 

その気配は誰が口にするまでもなく全員が感じ取っていた。

現地で共に戦ったサーヴァントたちの輪郭が、わずかずつ薄れていく。

 

マリーは寂しげに微笑み、エリザは最後まで騒がしく、サンソンやゲオルギウスはそれぞれらしい静かな眼差しを向けていた。

喜びがあり、小言が在り。それでも彼らの口から紡がれる言葉はそれぞれが違ってもその意味はひとつだった。どうかこの先も歩みを止めず、無事であれ――そんな別れの言葉が、藤丸たちへ順に贈られていく。

 

最後にジャンヌ(ルーラー)は藤丸たちの方へ向き直った。

 

「ここから先もあなたたちの旅は続くのでしょう。なら、どうか忘れないでください」

「どれほど道が歪もうと、どれほど想定外のことが起ころうと、それでも目の前に救うべき人がいるならば進む理由はそれで十分だということを。完璧な答えがなくても、人は正しい方へ歩き直せるのだと、私はそう信じています」

 

その言葉はマシュへ向けられたものでもあるように聞こえた。

マシュは小さく唇を結び、それからまっすぐに頭を下げる。

 

「・・・・・ありがとうございました、ジャンヌさん」

「こちらこそ。あなたと、あなた方と共に戦えたことを誇りに思います」

 

そうして一人ずつ光になっていく。オルレアンのサーヴァントたちは静かに去っていった。

 

最後まで残ったのはジャンヌ(ルーラー)。彼女は藤丸、マシュ、そしてその背後にいる三騎の獣を順番に見た。

一瞬だけその瞳がマシュに留まる。何かを言いかけて、けれど言わない。代わりに彼女は藤丸へ向かって穏やかに言った。

 

「あなたの旅に光がありますように。どうか、主の導きと、人の心の光があらんことを」

 

 

その言葉を最後に彼女の姿も光へ溶けていった。

広場に吹く風はまだ熱い。けれど敵意の気配はもうない。マシュはようやく盾を下ろし、深く息をつく。

 

 

 

「・・・・・終わりましたね、先輩」

「うん」

 

藤丸もその場に座り込みそうになるのをどうにか踏みとどまる。肩が重い。脚も痛い。緊張が切れた途端に、全身の疲労が一気に押し寄せてきた。ジャックがすぐ近くへ寄ってくる。

 

「マスター、疲れた?」

「うん。だいぶ」

「じゃあ、ちょっとだけ寄りかかっていいよ。怪我も治してあげる」

「ありがとう。・・・でも、歩けなくはないから大丈夫」

 

そう答えるとジャックは少しだけ残念そうにしてそれから素直に引いた。

ジャンヌ(ランサー)はそのやり取りを静かに見ていたが、やがて口を開く。

 

「無理をして歩く必要はありませんよ、マスター。あなたがここまで立ち続けたことは理解しています。ですからせめて今くらいはもっと私たちへ負担を預けてくださって構わないのです。なんならそうしていただいた方が私たちも安心できます。むしろそうしてください。というかしたいです。・・・さぁ!!」

 

“預けてほしい”というより“預けるべきだ”という響きに藤丸は顔を引きつらせる。

そんなやばそうな方の聖女の前にマシュが慎重に割って入る。

 

「先輩は大丈夫です。休むべき時はちゃんと休みますから」

「ええ、もちろん。その判断をあなたがきちんと補佐してくださるなら、なおのこと安心です」

 

言葉に棘はない。

だがマシュはほんの少しだけ緊張を走らせた。この人は本気でそう思っている。なんか・・・・怖・・・。

 

「まあまあ。戦いが終わった直後くらい、あまり堅いことを言わなくていいじゃない。ほら、マスター。今回のあなた、なかなか立派だったわよ。最初はもっと、困った顔であたふたしてばかりかと思っていたけれど、終盤はずいぶん指示も通っていたもの」

「褒めてくれてる?」

「ええ、とても。もっとあれこれ任せてくれると思ってたのだけれどね。そのために私たちがいるわけだし。でも、そうならないから面白いとも言えるわね。あ、あと、聖杯回収したの私なんだけど・・・・・、褒めてもらえたり、とか?」チラチラ

 

期待に満ちた魔女のまなざしに藤丸が言葉を選んでいるとマシュの通信機が光る。

 

「先輩、カルデアから反応です。レイシフト回収シークエンスに入るそうです。エレナさん、お褒めの言葉を賜るのは後にしましょう」

 

歪む景色と揺らぐ身体に身を預けつつ、オルレアンの空を最後に見上げる。

焼け跡の匂いはまだ肺に燻る。

 

「帰ろう、マシュ。みんな」

「はい、先輩」

 

光が満ち、オルレアンの景色がほどけていく。

 

 

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~カルデア帰還~

 

 

視界が戻った瞬間、真っ先に駆け寄ってきたのはロマニだった。

 

「マシュ! 藤丸くん! 無事!? 怪我は!? 歩ける!?」

「だ、大丈夫です、ドクター。落ち着いてください」

 

マシュがそう言ってもロマニはすぐには止まらない。

 

「いや、落ち着けるわけないでしょ! こっちは君たちが帰ってくるまでずっと気が気じゃなかったんだから! ほら、藤丸くん、腕は? 脚は? どこか痛めてない?」

「ただいま、ドクター」

 

その一言でロマニの動きが止まった。一拍置いて彼はようやく息を吐く。

 

「・・・・うん。おかえり、藤丸君」

 

バイタルチェック前の簡単な聞き取りを受けながら藤丸達が身の回りの整頓をしていると今度はダ・ヴィンチがやってきた。

いつものように余裕たっぷりの笑みを浮かべている。けれどその目の奥に宿るのは確かな安堵。

 

「やあ、おかえり。ブラヴォー、実に見事な初陣だったと言っておこうか! もちろん反省点や議論すべきところは山ほどあるが、それはそれとして、まずは無事に帰ってきたことを祝うべきだろう」

「ただいま、ダ・ヴィンチちゃん」

「うん、おかえり。・・・・それにしても」

 

そこで彼女は藤丸の後ろに並ぶビーストサーヴァント三騎へ視線を向けた。

ダ・ヴィンチは軽く肩をすくめて呆れたように言葉を続ける。

 

「こちらはまた相変わらず規格外の護衛が健在のようで。第一特異点の解決自体は大変喜ばしいのだが、観測ログを見た限り、君たちの旅路はどうにも普通という枠組みからは外れるらしい」

 

ロマンの声が割り込む。

 

「違うらしいね、じゃないよダ・ヴィンチ! 違いすぎるよ! 結果としては良かったけど」

「その複雑な感想はよく分かるとも」

 

ダ・ヴィンチは楽しそうに言ってから改めて藤丸を見る。

 

「君自身の状態は?」

「疲れました。もうすごいだるい・・・・」

「うん、それは見れば分かる」

「でも、大丈夫です。・・・・・多分」

「多分、ねえ? その多分を信じて倒れられても困るから、まずはメディカルチェックだ。感慨に浸るのも、報告会をするのも、英雄たちとの再会に泣くのも笑うのもそのあとにしてもらおう」

「そうそう! とにかく隅々まで検査だ! 藤丸くんもマシュも! 特に藤丸くんは自分では大丈夫って言ってても大丈夫じゃないことが今後たぶん何回もあると思うから、その第一回目として今すぐ運ばれてね」

「第一回目って嫌な言い方だなあ」

「嫌でも現実よ、マスター」

 

エレナがじとっとした目つきで割り込みをかけてくる。

 

「あなたは自分が思っているよりずっと無茶をする素質があるもの。何回も言われてるでしょ? だから、こういう時にきちんと捕まえておく役は必要なの」

「そう、その通り! 今日はエレナさんに全面同意!」

 

藤丸がロマンの圧に押されているとジャックが袖を引く。

 

「じゃあ、医務室までいっしょにいく?」

「うん、お願いしようかな」

「うん」

 

それだけでジャックは少し機嫌が良くなる。

ジャンヌ(ランサー)はその様子を見て、どこか満足そうに目を細めた。

 

「よい判断です、マスター。あなたが自分から休息を選ばれるのはとても望ましいことです。そういう小さな選択を積み重ねてくだされば、私たちも余計な排除対象を増やさずに済みますから」

「言い方」

「本心です」

 

そうしてカルデアの慌ただしさの中へ戻ってきたのだとようやく実感する。

戦いは終わった。けれど、日常もまた別の意味で騒がしい。

 

日常とは得がたいものである。

 

 

□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

医務室での検査と最低限の報告を終えた頃にはカルデアの空気も少し落ち着いていた。

 

とはいえ、完全に静かになることはない。モニターには各部署の進行状況が流れ、スタッフは第一特異点の修復完了に伴う処理で走り回っているし、ロマンはロマンで藤丸の数値を見ては「思ったより大丈夫だけど、思ったより無茶してる!」とよく分からない悲鳴を上げ、ダ・ヴィンチも「そのへんも含めて経験だねえ」と言いながらしっかり再検査の予定を組んでいた。

 

そんな騒がしさから少し離れた廊下を藤丸は一人で歩いていた。

正確には一人ではない。

気配だけならいつだって傍にいる。ただ今は待機組のところへ顔を出しておきたかったのだ。

 

第一特異点攻略中、カルデアで待機していたビーストサーヴァントたち。彼らは直接戦場へはいなかったが、だからといって何も感じていないはずがない。むしろ、自分が不在の間にどういう顔で待っていたのかを考えるとかなり気になる。

特異点攻略中、直接戦場にはいなかったが、いなかったからこそ思うところがある。

 

 

最初に会ったのはブーディカ。

共有スペースの一角で彼女は本当に帰りを待っていた家族のような顔をして立っていた。柔らかい微笑み。落ち着いた物腰。見た目だけなら安心できる年長者そのもの。その時藤丸の中に溢れる、存在しない記憶______!、・・・とはならない。

けれどその内側に抱えているものを知っている。

 

「ただいま、ブーディカ」

 

彼女はすぐに振り向いた。

そして次の瞬間には安堵と、怒りと、悲しみの全部を同時に押し殺したような顔になる。

 

「・・・おかえり、マスター。本当に無事でよかった。うん、まずはそれが一番。ちゃんと帰ってきてくれたこと、自分の足でここに立ってくれてること。それだけで今は十分だって言いたいの。・・・・・言いたいんだけどね」

 

そこで少しだけ言葉を切り、彼女は藤丸の両肩を掴んで至近距離で顔をのぞき込んでくる。

 

「色々考えたんだけどやっぱおかしくない? 苦しい目に遭って、怖いものを見てそれでも次があるんでしょ? そんなのおかしいに決まってる。どう考えたって、先に責められるべきものは別にあるって思うじゃない」

 

「・・・・ごめん?」

「あぁ、謝ってほしいわけじゃないのよ」

 

ブーディカはすぐに首を振った。

 

「あなたが悪いなんて一度も思ってない。悪いのはあなたをそんな場所へ送り出す世界の方。あなたに戦わせて平気な顔をしている側の方。だから私はそっちに怒ってる。・・・ずっと、ね」

 

その怒りが、彼女の中でどういう形を取り得るのかを思うと藤丸は軽々しく言葉を返せなくなる。

けれどブーディカはすぐに表情をやわらげた。

 

「でも、今は帰ってきたんだから。まずはちゃんと休んで、食べて、眠って、それから考えましょう。ね? そういう順番くらいは守ってくれないと、私本当にどこへ怒ればいいか分からなくなっちゃうから」

 

最後の言い方が少しだけ冗談めいながらも本気なのがよく分かる。というか目が笑ってない。

 

「うん。気をつける」

「できれば気をつけるで済ませずに本当に守ってほしいかな。親しい人が苦しむのを見るのは嫌なのよ。とても嫌。だから、次はもう少しだけ、私の怒る理由を減らして」

「善処します・・・・」

 

 

 

 

次に会ったのはドレイク。

しかも帳簿のようなものを前に妙にきちんとした姿勢で。

見てはいけないものを見てしまった気がして藤丸は足を止める。

 

「何してるの?」

 

ドレイクは顔を上げ、上品なくらい整った微笑みを浮かべた。

 

「おかえりなさいませ、マスター。特異点の攻略、誠にお見事でした。こちら、あなたのご帰還を祝うために簡単な歓迎の準備を整えていたところです」

「歓迎って、変なことしてないよね」

「変なこととは?」

「例えば、今のカルデアで説明がつかない高級品とか、あと明らかに表に出せない利益の出る話とか」

 

 

「・・・・・・現時点ではその類は控えております。あらかじめやってはいけないこととして明示されている内容には抵触しておりませんので、どうぞご安心ください」

「今の間なに? 大丈夫?」

「もちろんです。契約は守るものですので」

 

そこに嘘はないのだろう。

ドレイクは帳簿を閉じ、立ち上がって藤丸の前へ来た。

 

「とはいえ、今回のあなたの働きは十分に利益へ見合うものでした。危険を冒し、実際に成果を持ち帰った。投資対象として見ても優秀ですし、雇用主として見ればなおのこと高評価に値します」

「雇用主で確定になったの」

「ええ。契約とはそういうものでしょう? もっとも、私はあなたから報酬を請求するつもりはございません。むしろ逆です。今回の初陣は見事でしたので、ささやかながら褒賞を用意しようかと考えております」

「その褒賞の安全性を先に確認したいんだけど」

「その慎重さは大変よろしいですね」

 

ドレイクは本当に満足そうに頷く。

 

「未知の土地を渡る方は、そうでなくてはいけません。ええ、今回は大丈夫です。少なくとも人身売買や薬物流通や地上げの類とは無関係の品のみを厳選しております」

「厳選の基準が危ないんだよなあ・・・・」

「ですがやってはいけないことはしない。それがあなたとの約束です。契約遵守。私の好きな言葉です。どうか、次に出る前には必ずお声掛けくださいませ、マスター。今回は待機でしたがあなたが危険な場所へ赴くのを眺めているだけというのも、あまり気分の良いものではありませんでしたので」

 

利益だの契約だのと言いながらその奥に本物の気遣いが混じっている。

 

「分かった。次はちゃんと相談する。出来る範囲で」

「ええ、それで結構です。優秀な雇用主には長く働いていただかなくては困りますから。そうでなくてはこちらも働きがいがありませんし」

 

ドレイクと別れ、次の角を曲がったところで藤丸は足を止めた。

嫌な予感がしたというよりは、妙にこちらを面白がる気配が廊下の向こうから漏れてきたと言った方が正しい。

そしてその感覚はだいたい当たっていた。

 

 

 

「やあやあ、おかえりなさいご主人サマ。いやあ、無事に帰ってきてくれて何よりだよ。ほんと、何より。死んじゃったらそれはそれで面白かったかもしれないけど、今はまだ生きてる方が絶対に楽しいもんねえ?」

 

壁にもたれかかるように立っていた女がにっこり笑う。

 

「ただいま。今の“死んじゃったらそれはそれで面白かった”は聞き流していい?」

「えー、だって本音だもん。もちろん、生きて帰ってきた方がベストなのは本音だけどさ」

 

フランチェスカはくるりと一回転して藤丸の前へ歩み寄ってくる。

 

「それにしてもすごいねえ。特異点だよ? 最初の最初、まだ右も左も分からない子がマシュちゃんと変なサーヴァントたち連れて、自分なりにちゃんと悩みながら勝って帰ってきたんだもん。うんうん、いいじゃない、すごくいい。そういうの、わたし大好き!!」

 

ほとんど褒め言葉のはずなのに素直に受け取っていい気がまるでしない。

藤丸がげんなりしてどう返すべきか迷っていると、フランチェスカはその顔を覗き込むようにして目を細めた。

 

「でもさあ、ちょっとびっくりした。もっと早い段階で、ぐちゃっとなる可能性もあったでしょ? 今の君ってイレギュラーを連れてるわけだし。そこを君、自分でちゃんと見ようとしてたよね。葛藤とか楽をしたいな~とかの思いを押さえ込んで。なかなか出来ることじゃないよ」

「・・・・・見てたんだ」

「見てたよぉ?」

 

フランチェスカはあっけらかんと頷いた。

 

「だって暇だし。あと面白いし(あとモルガンに無理矢理見させられてたし)。それに君の中のあれもいるし。見て飽きない要素が多すぎるんだよね、今のカルデア」

 

最後の一言だけ、ほんの少しだけ目が笑っていなかった。

藤丸は喉の奥が引っかかるのを感じる。

 

この女はただの変人ではない。変な服を着て変な言葉遣いで変な振る舞いをするが変人ではない。

 

「それで? わざわざ待ってたってことは、何か用事?」

「用事っていうほどでもないかな」

 

 

「ただ、最初の特異点を越えて帰ってきたご主人さまへ一言くらい感想を言っておこうかなって。いやあ、実に楽しかったです。ご馳走様。それとお疲れさま。あと思ったよりずっと主人公っぽかったよ、君」

 

「その言い方、モーツァルトにも似たようなこと言われたな・・・・」

 

「ふふ、そりゃそうだよ。だって主人公って最初から何でも出来る完璧超人じゃないもん。むしろ危なっかしくて、見てる方がハラハラして、“あーそれ選ぶんだ!? そっち行くんだ!?”ってなるくらいがちょうどいい。君はそのへん、かなり満点に近いね。それからジルはまぁ、妥当な末路だよね、うん」

 

「どう受けとめたらいい評価なんだ・・・・」

「褒めてる褒めてる。少なくとも今はね」

 

それからフランチェスカはそこで少しだけ顔を傾けた。

 

「でも、ひとつだけ忠告しておくとね。君、これからもっとたくさんの英霊に会うし、もっとたくさんの無茶をすることになると思うよ。で、そのたびに『この人はこういう人なんだ』って理解しようとするでしょ? それ、すっっっっっごく君らしくていいんだけど、同時にすっごく危ないから気をつけてね」

 

「危ないって?」

 

「情が移るから。君は思ったよりずっと早く誰かを気に入るし、信じるし、放っておけなくなるタイプと見た。そういうのって綺麗だけど魔術師的には隙だし、戦場的には弱点だし、怪物からすると入り込みやすい場所でもあるわけでして」

 

図星。

現地で出会ったサーヴァントたちのことをもう単なる戦力とは思えなかった。ビーストサーヴァントたちですら違和感を理解しながら仲間として見てしまっている。

フランチェスカはそんな沈黙を楽しそうに眺める。

 

「でもやめろとは言わないよ? だってそれは君のいちばん面白いところなんだから。割り切れないくせに前へ出るし、怖がるくせに手を伸ばすし、化け物を連れてるくせにまだ普通の人間みたいな顔してる。いつか痛い目見ちゃうかもね?」

 

「そうはならないよ、マシュ達もいるし」

「じゃあ最悪でもいいよ? 君はきっと、人として生きられない」

 

藤丸が疲れた声で笑い返すとフランチェスカはけらけら笑った。

しばらく笑ってからふいに声の調子を変える。

 

「ま、なにはともあれ、おかえりなさーい。最初の特異点を越えたってことは君はもう本当に始まっちゃったわけだ。だからここから先はもっと楽しもうよ。もっとぐちゃぐちゃで、もっと綺麗で、もっと酷くて、もっとどうしようもなくなるようなエブリディ!・・・・・楽しみにしてるね、ご主人さま」

 

最後にそう言って彼女はくるりと踵を返す。去り際、思い出したように片手を上げた。

 

「あ、そうそう。もし次に死にそうになったら、死ぬ前に一回くらい感想ちょうだいね。“あ、これ死ぬやつだ”って瞬間の顔とか気持ちとか、すごく興味あるから。バッハハーイ」

「絶対に嫌だよ!」

「えー、残念」

 

本当に残念そうでもなく、かといって冗談だけでもなさそうな声だけを残してフランチェスカは廊下の向こうへ消えていった。

藤丸はしばらくその場で立ち尽くし、深く息を吐く。

 

「・・・・なんでカルデアって、ああいう人まで普通にいるんだろう。オルガマリー所長って変な人集めてたのかな? レフ教授みたいな爆弾魔とかも雇ってたし。」

 

 

 

 

「面白いからじゃない?」

 

すぐ後ろから返ってきた声に藤丸は肩を跳ねさせた。

振り向くとそこにはエレナ。いつからいたのか分からない。多分、途中から全部聞いていたのだろう。

 

「いいじゃない。ああいう生き物は近くで見ている分には退屈しないもの。もっとも、あまり近づきすぎると面倒なのも本当だけれど」

 

「・・・・・君が言うの?」

「言うわよ。私、自分が面倒じゃないなんて一言も言ってないもの」

 

それは確かにそうだ。

本当にそうだな......。藤丸は肩の力を抜き、小さく乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

リチャード一世は訓練室にいた。

異形の姿ではなく真っ当な人の姿で。

 

「おお、帰ったか!聞いたぞ、第一特異点の攻略成功! いやあ、めでたい。 最初の戦いでちゃんと勝って戻ってくるあたり、やはりお前は見どころがある!」

「ただいま、リチャード」

「うん、おかえり!」

 

ずかずか近寄ってきて、悪気なく肩を叩く。

 

「どうだった? 初めての大戦場は。怖かったか、辛かったか、それとも思ったより熱くなったか。どれでも構わんぞ。戦場ってやつは、その人間の本性が出る」

「どれも少しずつ、かな」

「ははは! それはいい!」

 

なぜそこで嬉しそうなのか。何笑てんねん。

リチャードは本当に嬉しそうに頷く。

 

「戦いは嫌いなままでも構わん。好きになれとまでは言わん。だが、そこで目を逸らさず、自分なりに何を守るか決めて前へ出たのなら、それは立派なものだ。お前は今回、それをやったんだろう?」

 

「やった・・・・・とは思う。でも正直、迷ってばっかりだった。誰に何を任せるかとか、どこまで頼るかとか、全部」

 

「当然だ。迷わん方が危険だ。最初から戦争を当然のものとして扱える人間など、碌なものではない。戦いの犠牲に目をつぶって、勝利だけを見始めた時点で、王だろうが英雄だろうがだいたい終わる」

 

その台詞をこの闘争の獣が言うのが少しおかしい。

だが本人は平然としている。

 

「もっとも! だからといって戦う価値が減るわけではないぞ。人類史を救うという大戦に身を投じ、なお戻ってきたのだ。大いに胸を張れ。少なくとも俺はそういう奴を嫌いにはなれん」

 

純粋な称賛。

犠牲への視線は薄い。戦争そのものに価値を見ている。だから危ういのだが、少なくとも今この場での言葉に嘘はない。

 

「・・・・ありがとう?」

「うむ!あぁ、次も戦うのだろう? なら、その時はもっと大きく勝て。どうせなら、世界を救うというやつを派手にやってみせろ。その方が見応えがある!」

 

「見所さんはないよ」

「結果として良ければだいたい正解だ!」

 

 

 

 

 

 

最後に会ったのはモルガン。

カルデアの中でも少し静かな通路の先で彼女は一人立っていた。

目が合えば小さく拍手をして迎えてくれる。

 

「お帰りなさい、マスター」

「ただいま、モルガン」

「第一特異点の修復、見事でした。そしておめでとうございます。あなたの判断は必ずしも最善ばかりではありませんでしたがそれでも致命的な破綻を避け、最後には勝利へ辿り着いた。十分に評価するべき結果です」

 

「ありがとう。・・・・フランチェスカが言ってたけど、やっぱり見てたんだ」

「ええ。私があなたの旅路を観測しない理由があるとでも?」

「うっ、うん?」

「あなたはまだ、自分の手札。つまり我々を恐れていますね」

「・・・・・うん。便利だからって、何でも頼っていいわけじゃないって思ってる」

 

「それ自体は結構です。恐れのない力の行使は愚かですし、力へ無自覚な主ほど始末に負えないものはありません。ですが恐れ続けるだけでは困ります。あなたが手札として持つ以上、それは使うべき場面で使われなければ価値を失う」

 

「分かってる。でも、その使うべき場面の線引きが難しいんだ」

 

「ええ、でしょうね。その判断への足踏みこそが、あなたをまだ人間の側へ留めている。今はそれで構いません。むしろ最初の特異点でそこを失わなかったことは十分に評価に値します。ただし、次からはもう少し我々を使いなさい。必要な時に必要なだけ盤面を支配し、虚飾を剥がし、物語ごと折る。そういう仕事であれば私の領分です。あなたがいちいち自分だけで抱え込む必要はありません。是非検討するように」

 

「それ、本当に大丈夫?」

「当然です。私は頼もしいでしょう? 恐ろしいでしょう? ですがそれの何か問題ですか? 後者はあなたの敵にとっては大問題でしょうが」

 

そこだけはほんのわずかに満足そう。どいつもこいつもなぜ絶妙に不穏なのか。

 

「まあ、味方でいてくれてる間はありがたいよ」

「間は? 私はあなたの英霊です。疑うなら他所を疑いなさい。私の在り方は揺るぎません」

 

それはたしかに本当なのだろう。

他者には冷酷で必要なら平然と踏み潰し、藤丸に対してだけは一貫していることからしてもそうなのだろう。

 

「分かったよ、次はもっと上手く頼る」

 

「ええ。そうなさい。あなたが一人で全部を抱える必要はありません。抱えるべきは判断だけで十分です。力の行使はこちらが請け負います。魔術師と英霊とは、かくあるべきなのですから。・・・・・・・戦闘が終わって昂ぶっているでしょう? 褥は任せてください。如何なる英霊の姿を被ることも出来ます」

 

「いや、そういうのはいいかな」

 

 

-------------------------------------------------

 

 

夜。

ようやく自室に戻った藤丸はベッドへ腰を下ろした途端に全身の力が抜けるのを感じた。

特異点の攻略が本当に終わったのだ。

 

そう思った時、胸の奥――あるいは意識の底――からいつもの気配が浮かび上がってきた。

ORT。言葉にすれば異様なその存在も今の藤丸にとってはもはや完全な異物ではない。冬木でも、オルレアンでも、ずっとこちらを見ていた。

 

『第一特異点の修了。観測結果は良好だ』

 

感情があるのかないのか相変わらず分かりにくい声音だった。けれど、その良好という単語にはほんの少しだけ満足が混じっているように聞こえる。

 

「見てたんだよな、ずっと」

『当然。お前は私の観測対象であり、保護対象であり、最優先の存在だ。しない理由が無い』

「どうだった?」

 

 藤丸は天井を見上げたまま聞く。

 

「俺、ちゃんとやれてたかな」

 

少しだけ沈黙があった。

迷うというより、言葉を選んでいるような間だった。

 

『不完全だ。』

 

最初の評価はそれだった。藤丸は苦笑する。

 

「やっぱり」

 

『判断の遅れ、敵性個体への感情的配慮。手札の運用に躊躇あり。局面によってはより効率的な解法が複数存在していた』

「容赦ないなあ・・・・・」

『しかし。それでも、お前は選び続けた』

 

藤丸は黙って聞いていた。

 

『見たくないものを見た。使いたくないものを使った。頼りたくない力を、それでも仲間のために選択した。完全ではない。美しくもない。だが、極めてお前らしい』

「なんか抽象的だね?」

『? 褒めているぞ。私はお前が最適解だけを選ぶ個体になることを望んでいない。己の判断で立ち、迷い、なお進むことに価値がある。ゆえに今回の特異点における行動は総合的に高評価だ』

 

分析にも慰めにも聞こえる。

どちらでもよかった。少しだけ気が楽になる。

 

「そっか」

『次も近いだろう』

「うん」

 

『準備は継続される。ビーストサーヴァント群の運用も再評価済み。より適切な投入と護衛の最適化が可能だ。慣れればより有効に使えるだろう』

「あんまり物騒に言わないでほしいんだけどな」

『だが事実だ』

 

ORTは少しだけ間を置いた。

 

『ただし、今回の観測結果に基づき、二点修正』

「修正?」

『お前は想定よりも周囲の英霊へ情を移す速度が速い。お前が優しい人間なのは理解しているが』

 

藤丸は思わず目を瞬かせる。

 

「そうかなあ・・・・」

『極めて重要だ。それは弱点にもなり得る。だが同時に英霊群を繋留し、戦場の意志を束ねる優位性でもある。ゆえに今後はそれを前提として、護衛・補佐・支援体制を調整するべきだ。そしてお前のために用意した英霊どもはもっと好きに使え。暴れさせろ。勝利をお前の手に運んでくることを約束しよう』

 

「・・・なんか、改めて聞くとすごい物騒なこと言ってない?」

 

『愛情表現だ』

「えぇ~?本当でござるかぁ?」

 

思わず笑う。

笑ってからようやく本当に力が抜けた。

 

戦いは終わった。第一特異点は越えた。けれど旅はまだ続く。

 

カルデアには待つ者がいて、共に戦う者がいて、そして傍らには、どうしようもなく危うい獣たちがいる。

それでも。今日だけはその全部を一度脇へ置いてもいい気がした。

 

「・・・・寝るよ、今日は」

『そうしろ』

「おやすみ、ORT」

 

ほんの少しの沈黙のあと、返答が落ちてくる。

 

『おやすみ、立香。第一特異点の踏破、よくできた』

 

その一言を最後に気配は静かに沈んでいった。

藤丸は目を閉じる。

 

オルレアンの焼けた空。

消えていったサーヴァントたち。

カルデアで待っていた者たち。

妙なテンションでこちらを面白がる魔術師。

そして、自分の中から聞こえる異形の声。

 

全部を抱えたまま、それでも明日へ向かう。生きるために。

 

 

 




セリフパートってやっぱ一行空けない方がいいのかもしれない。


職場で新人4人を抱えるのはやっぱやべーぜ!!
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