「お前ふざけんなよ! 絶対無理だって!」
先刻までの凄惨な死闘の痕跡が色濃く残る森林地帯に、悟空の悲鳴じみた叫び声が響き渡った。
地面に座り込む彼の膝下からは先がない。
身動きすらままならない重傷であるはずだが、今の彼にとっての最大の脅威は失った脚の痛みよりも目の前に迫る小柄な少女の存在といえよう。
ジャック・ザ・リッパー。彼女は無表情に近い真剣な面持ちで悟空の切断面を見つめている。その両手にはどう好意的に解釈しても医療用品には見えない、毒々しい紫色と蛍光グリーンが混ざり合ったような得体の知れないスライム状の物体が蠢く。
「大丈夫、くっつけるだけだから。痛くないよ」
「その得体の知れない粘ってるやつを俺の脚に押し付けようとしてる時点で大丈夫じゃねえんだよ! なんだよそれ、生きてるだろ絶対!」
身をよじって後退ろうとする悟空だが、片脚では逃げ切れない。
その少し離れた場所ではエレナが切り株に腰掛け、膝の上に藤丸の頭を乗せて休ませていた。彼女の足元には、悟空の武器である如意金箍棒が転がされている。
「暴れないの。せっかくジャックが治してあげるって言ってるんだから、大人しくしてなさい。ねー、マスター 」
彼女は藤丸の髪を優しく撫でる手を止めることなく、悟空へ向けて冷ややかに言い放った。
マスターへ向ける過保護な態度と、一度敵対した者への容赦のなさが極端に同居している。
「んなこと言ったって、あんなモンすり込まれたら俺の脚がどうなるか分かったもんじゃねえだろ!」
「嫌ならこの爪楊枝返さないわよ。私はお土産が増えて嬉しいからそれでもいいわ」
「爪楊枝!? 俺の如意棒が!?」
「待って待って、本当に大丈夫なの? その、お薬? なんだか色がすごいんだけど……」
三蔵はオロオロとジャックの手元と悟空の顔を交互に見比べながら、本気で心配そうに声を上げる。彼女にはそのスライムが恐ろしい毒物にしか見えていない。多分誰でもそう。
「お師匠様、心配してくださるのはありがてえんですがね」
少し離れた場所から猪八戒がため息まじりに肩をすくめた。彼は藤丸とマシュの方へ向き直り、神妙な顔つきを作る。
「いや、本当にすまなかったな。うちの猿が早とちりしてえらい迷惑をかけちまった。怪我はねえかい?」
「私たちは大丈夫です。……いえ、大丈夫というのも少し違いますが、戦闘の経緯については既に了承していますから」
「いやぁ、本当に申し訳ねえ。アレも悪気はなかったんだが、頭に血が上りやすいもんで」
八戒らしい軽さを残しつつも、その謝罪には確かな誠意が込められていた。
「……いつまで騒いでいる。片脚のままでいるより、さっさと治してもらった方がいいだろう。このまま旅を続けるつもりならな」
「悟浄、お前なぁ! 他人事だと思って簡単に言いやがって!」
「事実だ。それに、その娘は治せると言っている。さっさとやってもらえ、文字通りの足手まといだぞ」
悟浄の極めて現実的で冷徹な正論に悟空はぐうの音も出ない。
エレナに睨まれ、如意金箍棒は人質にとられ、ジャックはじりじりと謎のスライムを掲げて距離を詰めてくる。
「……わーったよ! やればいいんだろ、やれば! ただし変な副作用とか出たら承知しねえ!」
「うん、いくよ」
毒々しいスライムが切断面に押し付けられた瞬間、ジュワッという肉を焼くような、あるいは溶かすような嫌な音が響く。
「ぎゃああああああああっ!?」
哀れ。猿の断末魔が林へ響く。その声は思わず三蔵が念仏を唱えるほどだったという…。
「ひでえ目に遭った……」
しばらくの後。すっかり元通りに繋がった脚を動かしながら悟空はげっそりとした顔で呟く。
如意金箍棒を取り戻し、一行はすでに東へ向かう乾いた街道を歩き始めている。
玉龍に揺られる三蔵の顔には弟子たちが揃った安心感と、旅が再び前進し始めた喜びが表れていた。
「でも、ちゃんと治ってよかったじゃない。カルデアの皆さんは本当にすごいわね」
「まあ、治ったのは認めるけどよ……」
悟空が複雑な顔で脚をさすっていると、街道の前方から土煙が上がっているのが見えた。
同じく東へ向かって進む、馬や駱駝を連れた比較的規模の大きな隊商であろうか。
距離が縮まるにつれ、隊商の護衛たちが武器に手をかけ、警戒の眼差しを向けてくる。異形の豚や河童、それに明らかに普通の旅人ではない出で立ちの藤丸たちが混ざっているのだから無理もない。
しかし緊張が高まる前に、隊商の中から恰幅の良い男が進み出てきた。リーダー格らしいその男は馬に乗る三蔵の姿を認めると、目を丸くして大声を上げた。
「おおっ! そちらにおわすは、玄奘三蔵法師様ではありませんか!」
「え? あ、あなたは……確か……」
(誰だったかしら…)
「以前、西へ向かわれる道中で我々を助けてくださったではありませんか。あの時のご恩は忘れておりません。まさかこのような場所で再会できるとは」
「ああ! あの時の! 皆さんお元気そうでよかったわ」
「そちらの方々は? 新たな従者の方でしょうか」
「違うの。この子たちは、私が雪山で困っていたところを助けてくれた、大切な恩人なのよ」
三蔵がそう紹介すると、隊商の面々の警戒は目に見えて解けた。三蔵の恩人であるならば、自分たちにとっても無下にはできない相手だ。
「それはそれは。法師様、皆様も東へ向かわれる途中とお見受けします。もしよろしければ、我々の隊商に加わりませんか? 恩返しというにはささやかですが、道中のお世話をさせていただければと」
「ええっ、いいの? 助かるわ!」
こうして、一行は偶然の縁から隊商に迎え入れられることになった。
道中、隊商から食料や貴重な水などの物資を分けてもらうことができ、旅の負担は劇的に軽くなる。
「いやぁ、お師匠様の人徳様々だな。これでしばらくメシの心配はしなくて済むぜ。なぁ、悟浄」
「本当に思うならば言葉に出さずに心で反芻しろ」
玉龍も負担が減ったのか、心なしか足取りが軽い。
西から東へ。
一行は隊商と共にゆっくりと歩みを進め、やがて陽が落ちると街道から少し外れた場所で大規模な夜営の準備が始まった。
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夜の闇が周囲を包み、いくつもの焚き火が隊商の夜営地を照らし出す。
多くの人々が休息に入る中、少し離れた静かな場所にある焚き火の周りには、藤丸、マシュ、エレナ、ジャック、そして悟空、八戒、悟浄の姿。
三蔵はというと、腹を満たして安心したのか、少し離れた場所で毛布に包まり、静かな寝息を立てて爆睡している。白龍馬はその近くで、積まれた荷物や経典を守るように座り込んでいた。
「さて……落ち着いて話せる状況になったし、お互いの事情をきちんと共有しておこうか」
藤丸が焚き火の炎を見つめながら口を開く。
この場にいる全員、ただの旅の仲間ではない。前日の戦闘と今日の合流を経て、ここから先を共に進むためには正確な情報の共有が不可欠。
「まず、俺たちのことから話すよ」
藤丸は、自分たちが『カルデア』という組織に所属していること、そして遥か未来の時代からこの時代へやってきたことを説明した。
「未来からねぇ……、お釈迦様の手のひらの上なら何があっても不思議じゃねえが、未来人が直々にやってくるとは大層な話だ」
「歴史に発生した大きな異常、私たちはそれを『特異点』と呼んでいます」
マシュが藤丸の言葉を引き継ぎ、静かな、しかし通る声で補足する。
「私たちはその特異点の原因を調査し、歴史を本来の正しい流れに修復する活動を行っています。そして現在、三蔵法師さんや皆さんが置かれているこの状況そのものが、今回の特異点に関係している可能性が高いと判断しています」
更に補足するように空中に浮かび上がったホログラムスクリーンから、カルデア本部で支援を行うロマニ・アーキマンの声が響く。
『カルデアの観測によると、西方から東へ向かって移動していく巨大な異常が確認されているんだ。そしてその移動ルートは君たち三蔵一行が東へ帰還するルートと見事に重なっている』
「つまり俺たちが帰る道筋そのものが何らかの異常に巻き込まれてるってことでいいのか?」
悟浄が腕を組み、納得したように低く唸る。
「そういうこと。だから私たちはその原因を突き止めるためにここへ来たの」
「安心していいわ。マスターもマシュも、これまでいくつもの異常事態を解決してきた実績があるのよ。私たちサーヴァントだって、昨日の通り、決して足手まといにはならない戦力を持っているわ」
『こちらには私、天才ダ・ヴィンチちゃんもついているからね! 情報の分析やバックアップは任せてくれたまえ。まぁ、そこのエレナならば末恐ろしいことに…いや、悪く言ったわけじゃ無いから。そんなに睨まないでくれるかいエレナ』
「なるほどな。あんたらの事情はよく分かった」
八戒がポンと膝を叩く。三蔵から断片的に聞いていた話がここで初めて一本の線として繋がったらしい。
「次はこっちの話だが……と言っても、あんたらも大体予想はついてるだろう? 俺たちの西天取経の旅そのものは、もう終わってるんだ」
彼の説明によれば、三蔵はすでに天竺で経典を受け取り、現在は目的を果たして唐へ帰る復路の途中なのだという。
「ここから先はいくつかの国や宿場を通りながら真っ直ぐ東へ向かうつもりだ。お師匠様は御仏が簡単に帰れるようにしてくれる!とか言ってたけど、まぁ、うん。雪山に飛ばされてたりするし多分なんか勘違いだろう。あんたらの言う『異常』が東へ向かってるってなら、道すがら嫌でもぶつかることになるだろうな」
「帰還ルートと特異点の移動が一致している……偶然にしては出来すぎですね」
マシュが思案顔で呟く。その一致が何を意味するのか、現段階では断定できない。
一通りの情報交換が終わり、焚き火の爆ぜる音だけが周囲に響く。
ふと、八戒が少し言いづらそうに頭を掻いた。彼は眠りこけている三蔵の姿をちらりと確認し、声のトーンを落とす。
「でかい声出すなよ? …ここだけの話な。お師匠様にも内緒にしてるんだが、俺達もサーヴァントなんだわ……」
「……え?」
藤丸が目を瞬かせた。マシュも小さく息を呑む。
『ちょっと待って! 君たち、生前の存在ではなく、既に英霊として召喚された状態だと言うのかい!?』
通信越しのロマンが慌てたような声を上げた。カルデアの観測機器でも、今の今まで彼らの状態を完全に把握しきれていなかったのだ。
「驚くのも無理はねえが、事実だ」
悟空が自分の手を見つめながら、少しだけ自嘲気味に笑う。
「けどよ、俺たち自身にもなんでこんなことになってるのかさっぱり分からねえんだ。いつからサーヴァントになってたのかも、誰かが俺たちを喚び出したのかどうかもな。なぁ、悟浄」
「マスターと契約しているわけでもない。ただ、気がついたらそういう存在になっていた、としか言いようがない」
「幸い、身体の調子が悪いわけでもないし、こうして普通に旅は続けられてるからな。これもお釈迦様の手の込んだ嫌がらせの一種か何かだろ、って割り切ってはいるんだが」
『霊基の異常……いや、存在そのものの変質か? しかし、そんな大規模な改竄を本人たちにも無自覚なまま行える存在となると……』
ロマンがブツブツと分析を始めようとするが、明確な答えが出るはずもない。
「なんで三蔵さんには黙っているんですか?」
マシュの問いに、八戒がやれやれといった様子で肩をすくめる。
「お師匠様はなぁ、経典を手に入れて、やっと故郷の唐へ帰れるってんで、毎日それはもう楽しそうなんだよ。そんな時に『実は俺たち死んでるかもしれないッス』なんて原因不明の不吉な話をしたら、無駄に不安がらせるだけだろうが」
「そうだな。ただでさえ心配性だからな、あの人は」
悟空も同意するように頷く。
彼らなりの、師への気遣い。その不器用な優しさに、藤丸は小さく微笑む。
「分かった。このことは、俺たちも秘密にしておくよ。そろそろお開きにしようか」
藤丸が毛布を引き寄せ、少しウトウトし始めたその時。
「……悟空ぅ……」
背後から、ひどく甘えたような、間延びした声が聞こえてくる。
振り返る暇もなかった。ドンッ、という軽い衝撃と共に、背中に柔らかい感触と温もりが押し付けられる。
「えっ?」
見れば、薄着のまま寝袋から抜け出してきた三蔵が、藤丸の背中にしがみつくように抱きついていた。目は完全に閉じられており、穏やかな寝息を立てている。完全に寝ぼけているのだ。
「ごくぅ……いつも悪いわねぇ……ふわぁ……」
三蔵は藤丸の背中に頬を擦り寄せ、さらにギュッと抱きつく力を強める。
「お、おい! なんで俺がそっちにいることになってんだよ!」
「先輩!? 三蔵法師、離れてください、先輩が困っています!」
マシュが慌てて駆け寄り、三蔵の肩を掴んで引き剥がそうとする。
しかし、眠っている人間の力とは思えないほど、三蔵の腕はがっちりと藤丸をホールドして離れない。
「ちょっ、痛い痛い! 三蔵さん、腕の力強すぎ……っ!」
「こらボケ坊主、起きろ! そいつは俺じゃねえ! 俺はこっちだ!」
「むにゃ……悟浄、静かにしなさい……。筋斗雲パワーボム」
「なんなんだよそれ!?」
夜の静寂を破る悟空の叫びと、藤丸を救出しようとするマシュたちの攻防が夜営地に響き渡っていた。
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翌朝。
「いやぁ、昨日はよく眠れたわ! やっぱりみんなが揃うと安心するのね!」
街道を東へ進む玉龍の上で三蔵は一人晴れやかな笑顔を浮かべていた。
その後ろを歩く藤丸、マシュ、悟空たちは、昨夜のせいで全員一様に目の下に隈を作り、なんとなく気怠げな空気を漂わせている。当然、三蔵本人は夜中に自分が何をしたのか欠片も覚えていない。
一行は隊商と共に、この日の休息と物資の補給を予定している宿場町へ向かって歩き続ける。
太陽が高く昇り始めた頃、街道の先にその宿場町の土壁が見えてきた。
しかし、町に近づくにつれて隊商のリーダー格の足取りが次第に遅くなり、その顔に怪訝な表情が浮かび始めた。
「……おかしいですね」
「どうしたんですか?」
藤丸が尋ねると、男は眉根を寄せて町の方を指差す。
「この時間は、町を出入りする旅人や商人で賑わっているはずなのです。ですが……人影が全く見えません」
言われてみれば、確かに異常な静けさである。
城門の周辺にも、見張りはおろか物乞いの姿すらない。
一行は警戒を強めながらゆっくりと城門をくぐり、町の中へと足を踏み入れた。
大通りに出ても、状況は同じ。
町の建物は破壊されておらず、確かにそこに立っている。
道端には野菜や果物を積んだ荷車が放置され、店先には売り物の布や壺が並べられたまま。井戸のそばには水を汲む途中の桶が置かれ、繋がれた馬や駱駝といった家畜たちは、主人が戻らないことにいら立つように足踏みをしている。
血の跡も、争ったような激しい破壊の痕跡もない。
ただ、『人間』という存在だけが、この町から綺麗さっぱり抜け落ちているかのように妙に静かである。
「……気味が悪いな。まるで神隠しにでも遭ったみてえだ」
「法師様、皆様。八戒様の言うとおり、ここは異常です。明らかに普通ではない。我々は隊商を後方の安全な場所まで退避させます。どうかご無理はなさらぬよう」
事態の尋常ならざる空気を察した隊商のリーダーが素早く判断を下し、隊商を町の外へ下げる指示を出しに走った。
残された藤丸たちと三蔵一行は、互いに目配せをして武器を手に取る。
「マシュ、警戒を。何かいる」
「はい、マスター」
玉龍の手綱を握り直す悟浄、如意金箍棒を肩に担ぐ悟空。誰もいない大通りの中央を一行は慎重に前進していく。
町の奥、小高い場所にある見張り台の周辺まで差し掛かった時。
建物の屋根、路地の奥、城壁の上。静寂に包まれていた町のあちこちに、ドロドロとした妖気を纏う影が次々と姿を現し始める。
武装した妖怪の兵士たちが姿を現し、彼らは一切の言葉を発さず、ただ冷たい目で見下ろすように一行を取り囲んでいる。
「……町を占拠してるのはこいつらか。いや、これは!?」
悟空が如意金箍棒を構え、鋭い視線を周囲へ巡らせる次の瞬間。
ズシン、と地面を揺らす重い足音が響き、城門の上の最も高い位置に、ひと際巨大な影が降り立った。
見上げるほどの巨体。頭部に生えた二本の巨大な角。
その名は言わずと知れた牛魔王。
しかし、悟空の知る以前の彼とは明らかに様子が違う。
『……待っていたぞ、孫悟空』
「牛魔王……! お前、なんでこんなところに……いや、それより」
分厚い装甲のようだった脂肪は削ぎ落とされ、全身の筋肉が異様なまでに隆起し、鋼のように引き締まっているナイスマッスル。
戦闘のためだけに極限まで鍛え上げられた、暴力の結晶のようなナイスマッスル。
圧倒的な威圧感が、大気をビリビリと震わせるほどのナイスマッスル。
「お前、なんだそのやたら仕上がった身体は。前より明らかにデカく……いや、キレッキレになってねえか?」
「知りたいか…?このボディの秘訣を…」
「え? いや、別に…」
「釈迦ZAPを天界にて受けたのだ。即ち、我は結果にコミットした」
「嘘つけよおまえ!」
もうさァッ 無理だよ 仕事多すぎるんだからさァッ!
なんかこう、細かいミスが増えてきててね...
心も弱っている気がする今日この頃。
自分でもなんっでそんなミスをするのか分からない。
そういうことが多くて自分に失望する。だから係長達は仕事を増やすのはやめるんだ
さはさりながらもそろそろサーヴァント資料出したいな、と思います。
話の構想は次々湧いてくるのに文字にする時間が無いという。