マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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第5話 「建国の槍」

皇帝軍の兵たちは勝利に歓喜することなく動き始めている。時代が違えども軍隊とはそういうものだ。

 

倒れた兵を荷車へ運び折れた槍を道の端へ寄せ、割れた盾を拾い集める。

血に濡れた土には乾いた砂が被せられ、補給車が通れるだけの道幅が急いで確保されていく。

ネロの将たちは残存兵力を数え、隊列を組み直し、負傷者を後方へ送る順番を短い声で決めていた。

 

南方街道にはまだ焦げた匂いが漂う。

街道脇の穀物倉から細く立ち上る煙。焼けた柵。リチャードが力任せに食い破った盾列の跡。

反乱兵たちは丘の向こうへ散っていったが皇帝軍の兵たちに浮かれた様子はない。

槍を拾う者も馬の腹帯を締め直す者も時折同じ方向へ目を向けていた。

 

反乱軍が消えた丘の稜線。そこに敵兵の姿はない。

 

「先輩」

 

マシュが隣に立つ。大盾はまだ下ろしていない。視線も兵たちと同じ場所へ向けられている。

 

「周辺に新たな敵影はありません。ですが撤退の動きが気になります」

「撤退?」

 

藤丸は丘の向こうを見る。

風に揺れる煙と踏み荒らされた街道。逃げていった兵の背中も掲げられていた旗もすでに見えなくなっている。

 

「はい。反乱軍の後方にいた旗手が最後まで隊列から離れませんでした。敗走ならもっと早く崩れていてもおかしくありません。追撃させない距離を保ったまま丘の向こうへ退いています。こちらの前衛が踏み込みすぎないよう、退き際まで陣形を残していました」

「もしかして別に勝ったってわけじゃないってこと?」

 

マシュが小さく頷く。盾を握る指は緩まない。

 

藤丸は皇帝軍の動きを見た。誰も声を上げず次の命令を待っている。

 

「勝ったのに終わった感じがしないなぁ」

 

敵は退いた。街道も押さえ直した。戦場の外側にまだ何かが残っている。

 

ネロは馬上から進軍再開の準備を見つめる。

真紅の外套の裾には灰がついている。戦場を震わせていた号令の声は落ち着きを取り戻し視線は街道の先へ据えられたまま動かない。

 

「余たちはここで止まらぬ。街道を押さえ直したなら即座に次へ進む。母上が火種を置くというのなら、こちらはその一つ一つを余の足で踏み消していかねばならぬのでな」

 

将たちが頷く。誰も勝鬨を上げない。兵たちは黙って槍を取り直し荷車の車輪が再び軋み始める。

 

補給車の馬が激しく首を振って嘶いた。

車輪が止まる。荷車を押していた兵が木枠に手をかけたまま動きを止める。

折れた槍を束ねていた兵も地面へ落としていた視線を上げる。ひとりまたひとりと街道にいた者たちの顔が同じ方角へ向いていった。

 

反乱軍が退いた丘の向こう。まだ砂煙の残る道の先から何かがこちらへ近づいてくる。

 

馬の蹄ではない。大勢の兵が行軍する音でもない。

石畳を踏む音はひとつだけ。

街道に並ぶ兵たちの肩が目に見えて強張っていく。槍の穂先がわずかに揺れ盾を握る手に力がこもる。

 

マシュが盾を構え直す。

 

「先輩下がってください」

 

短い声。迷いはない。マシュは藤丸の半歩前に出ると丘の稜線を見据えたまま盾の角度を変えた。

 

「敵なのか?」

「分かりません。ただ普通の兵士ではありません……それだけは」

 

「動かないでくださいマスター」

 

藤丸の背後からモルガンの声が落ちる。

丘の向こうを見据え瞳だけが冷たく細められていた。

 

「霊基反応。サーヴァントです。規模は最大級。ただ出力が高いだけの話ではありませんね」

「どういうことだ?」

「この土地とあの霊基の結びつきが深すぎる。地脈というより概念に近い。ここでその名を使うなら――ローマと呼ぶべきでしょう」

 

稜線へ人影が現れた。

 

赤を基調とした装束。人間という尺度を少し外れた威容。手に携えた独特の槍。

男は急がない。逃げた反乱軍を追うでもなく皇帝軍を威圧するでもなくただ当然のように街道へ踏み出した。

 

大きく開かれた両腕。

戦いに来た者の構えとは違う。そこにあるものを受け入れ、抱え込み、名を与えるための姿勢。

 

皇帝軍の兵たちが息を呑む。遠くに残っていた母后派の斥候たちさえ動けずにその姿を見つめる。

自分たちがローマである前からローマと呼ばれていたもの。その名を知らずに生まれたローマ兵などこの場にはひとりもいない。

 

男の槍の石突きが石畳を叩いた。

重い音が足元を伝い街道にいた者たちの胸の奥まで響いていく。

 

「私はロムルス。すなわち――ローマ」

 

名乗りは短く。南方街道にいた全ての者の魂にその名は刻み込まれた。

ローマの祖。建国の王。神祖ロムルス。

 

ネロがゆっくりと馬を下りる。

周囲の将たちが慌てて止めようとしたが、彼女はそれを掌ひとつで制する。赤い外套を鮮やかに払い街道の中央へと。

 

「神祖ロムルスと申したか。余はローマ皇帝ネロ・クラウディウスである」

 

ロムルスはネロを見据える。

冷酷な品定めなど存在しない。若き皇帝を真正面から次代の皇帝として受け止める眼差し。

 

「……皇帝か。戦場に出るか」

 

地鳴りのように重い言葉。

ネロは堂々と胸を張り口元には己が歩んできた道への自負を込めた不敵な笑みを浮かべる。

 

「当然であろう。余はローマ皇帝であるからな」

「うむ。汝はローマを守ろうとしている。道を兵を民をそして割れゆくその『名』を守ろうとしている。良い皇帝だ」

 

兵たちがネロの背を見つめる。

神祖の威圧を前にしても一点の曇りもなく背筋を伸ばした自分たちの小柄な皇帝。

 

ロムルスの視線が戦場へと移る。

焼けた村。倒れた兵。焦げた穀物倉。リチャードが裂いた盾列の残骸。敗れ去っていった反乱軍の退路。

彫りの深い眉がわずかに動いた。

 

「だが。このローマは望ましいものと言えない」

「……何だと?」

「集められている。道も槍も血も名も。ローマでありながらローマへ還らぬものがある」

 

藤丸は息を詰める。

言葉の真意はまだ掴めない。そこに単純な敵意はない。ロムルスはネロを否定していない。皇帝軍もローマも否定していない。彼はこの世界の理そのものを見ている。

 

「つまりあんたがこの辺りのボスってわけか」

 

軽妙な声が割って入った。

リチャードが一歩前に出る。皇帝軍の将たちが顔を青くするが当のリチャードはどこ吹く風。その瞳は爛々と輝き笑みを湛えている。剣の柄に置かれた指先はすでに戦場の温度を完璧に掌握していた。

 

「ボスではない。私はローマだ」

「なら分かりやすい。ローマそのものとやらを相手にするなら王として不足はないな」

 

リチャードはちらりと藤丸を見る。

あふれんばかりの戦意に笑みを深めながらもマスターの命令を待っている。

 

藤丸はネロへと視線を向けた。

ネロはロムルスから目を離さないまま静かに告げる。

 

「……兵で押すべき相手ではないな(絶対無理だ余……助けて客将!)」

「はい(こっちを見ている!? サーヴァント戦を派手にしろってこと!?)」

「藤丸。そなたのサーヴァントとやらを使え。ここで皇帝軍を出せばただ兵を無駄に潰すことになる……戦意も望めそうにないしな(自分もやる気出ない余)」

 

「リチャード行けるか?」

「当然だマスター! あれほど分かりやすい強者の気配を前にして退屈していろという方が無理な相談だよ」

「横槍はなしだ。必要以上に戦火を広げないでくれ。いやホントに」

「任された。王と王の間に余計な兵はいらない」

 

リチャードが街道の中央へ躍り出る。

ロムルスもまた静かに槍を構える。

 

兵たちは槍を握りしめたまま微動だにできない。誰も横から入れる隙などない。踏み込めば両者のプレッシャーに圧殺される。

本能で理解させる絶対的な空間が二人の間に構築されていく。

 

ロムルスの槍が動く。

最初の一撃は吸い込まれるような突き。

一直線に心臓を穿つ。槍の穂先が通る道を戦場という空間そのものが恭しく空ける。

 

刹那リチャードの両手に二振りの聖剣が顕現する。

 

『――エクスカリバー!!』

 

街道の石畳に鋭い白銀の反射が走った。

左の剣が槍の威力を受け右の剣がその穂先を強引に逸らす。

凄まじい火花が散る。槍の勢いを流されたロムルスは一歩も退かずに石突きを返した。リチャードの足元へ叩きつけられた衝撃が石畳をクモの巣状に砕く。

 

リチャードは戦慄を誘う笑みを浮かべる。

 

「いい槍だな。重い速い、そしてどこまでも真っ直ぐだ」

「ローマはすべての道へ通ずる。我が槍もまたそうだ」

「ならば俺はその道の上で最高の戦をしてみせよう!」

 

二撃目。

ロムルスの槍が横へと薙がれる。リチャードは二本の剣を交差させて真っ向から受け止めた。

 

キィィィィィンッ!

鼓膜を裂く金属音が周囲へ炸裂し皇帝軍の盾が一斉に共鳴する。

兵たちは必死に踏み止まり何人かは圧力に膝を突きかける。

 

ネロだけは毅然と立ち続けていた。

赤い外套が衝撃の余波で激しく翻る。神祖の槍と獣冠の英霊が振るう剣が打ち合うたび足元に砂塵が舞う。それでも彼女の瞳は一歩の退却も許さない。

 

その少し後ろで、おかしな空気が漂い始める。

 

 

「マスター。喉は渇いていませんか?」

 

ドレイクが金属製水筒を取り出していた。中身を軽く振ると甘酸っぱい果実の香りがふわりと漏れ出す。

 

「……いやこの状況で?」

「この状況だからですよ。長い戦場では水分補給を怠る者から順に判断を誤るものです。果実飲料なので少し甘いですが気分も紛れますよ」

「先輩。少しなら頂いてもよろしいのでは。体調が第一です」

 

マシュが神祖の激闘から目を離さないまま真面目な顔で助言する。

ネロの視線がほんの一瞬だけ水筒へと吸い寄せられた。

 

「……果実飲料とな?」

「陛下もいかがです?」

 

ドレイクが恭しく水筒を差し出す。ネロはあからさまに咳払いをした。

 

「い、いや。余は皇帝である。神祖の御前でそのような不敬を……いやしかし、ほんの少しならば……」

「陛下ぁ!?」

「いやこれはなかなか美味いな」

「飲んどる場合かァッーーーー!!」

 

側近の将が声を裏返すその横では、ブーディカが藤丸へと身体を傾ける。

 

「ねえマスター。カルデアに帰ったら何が食べたい?」

「今その話するの!?」

「リチャードならまあ勝つでしょ。ほらあれだけ元気だし。こういう時こそ終わった後の楽しみを考えた方が精神衛生的にもいいと思うのよ」

 

 

ズガァァァンッ!

 

リチャードとロムルスの剣戟が街道を震わせ斬撃の余波で地形がえぐれる。

そのすぐそばでは献立についての相談が進行している。

将はもはや何を言えばいいのか分からない顔で天を仰ぐ。マシュはといえば、「先輩の食べたいもの」というフレーズに興味津々で肝心のネロはコップを美味しそうに楽しんでいる。

 

モルガンだけはその輪に加わらない。

ロムルスを一点に見つめている。その眼差しはどこまでも冷たく鋭い。

 

「神祖ロムルス。霊基は極めて安定。ですがこの特異点の地脈との結びつき方が異常ですね。敵として召喚されたにしては戦場への根の張り方が深すぎる。知名度だけでこうなるものでしょうか?」

「モルガン、何か分かるの?」

「……観測中です。あれは単なる敵兵ではありません。マスター、決着がついた後も決して目を離さないように」

 

 

藤丸は水筒を受け取ろうとした手を止め再び戦場へと視線を戻す。

 

リチャードとロムルスはすでに十合を優に超える打ち合いを演じている。

ロムルスの槍は折れない。突き払い、石突きを用いた打撃、淀みない踏み込み。そのどれもが重厚で次の動きへと無駄なく繋がっている。

リチャードの二刀はそれを受け流し逸らし神速で切り返す。軽口を叩きながらも足は一合ごとに着実に前へと踏み込んでいる。

 

ロムルスが不意に槍を引く。

 

目の前の獅子は槍の間合いを正面から力ずくで食い破ってくる。聖剣の放つ二条の光が槍の描く道を削り取っていく。押し返したはずの一歩が次の瞬間には無慈悲に詰められている。

 

 

このままでは押し通せぬか。ならば。

 

「我は偉大なる文明の礎なり――」

 

槍が石畳へと力強く突き立てられる。

 

「――すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)!!」

 

街道が爆ぜた。

石畳の隙間から巨大な樹木が怒濤の勢いで噴き上がる。

土が持ち上がり低木が槍の如く鋭く伸び焼け残っていた村の柵さえも軋みを上げて形状を変える。太い樹根と幹が複雑に絡まり合い巨大な槍の奔流となってリチャードの視界を塗り潰していく。

 

兵たちが悲鳴に近い声を上げて逃げ惑う。ネロが目を見開きマシュが一歩前に出ようとしたが藤丸が手で制した。

 

――横槍はなしだ。

 

リチャードは二振りのエクスカリバーをより深く握り直す。

眼前に迫る槍の森と化した緑の奔流。死を予感させる光景を前に彼は最高の笑顔で迎え撃つ。

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

街道の石畳が無惨に割れる。土の下から噴き上がった巨大な樹根が幾重にも絡まり合いながら迫る。

太い幹が研ぎ澄まされた槍のように鋭利な先端を向け上下左右全方位からリチャードの退路を塞いだ。焼け残っていた柵も街道脇の低木も軋み肥大化し押し寄せてくる。

 

皇帝軍の兵たちは盾を構えたまま硬直する。

殺意のすべてはリチャードへと集束している。

街道を埋め尽くす圧倒的な圧力。ネロの赤い外套が突風に激しく打たれマシュの盾に細かな木片が衝突した。

 

藤丸は片手を上げたままマシュを制し続けている。

横槍は入れないという約束。

 

「良い……!」

「実に良いぞ! 宝具がローマそのものとなって来ようとはな!」

 

眼前に圧倒的な質量を持った根の壁が迫る。刹那左手の聖剣が振り下ろされた。

空を裂く白い軌跡が縦に走り絡み合った根の束を一気に両断する。

断たれた幹が左右へ激しく弾け木片が雨のように戦場へと降り注いだ。間を置かず右手の聖剣が横から迫る枝の束を薙ぎ払う。

 

ロムルスは槍を大地に突き立てたまま腕に更なる力を込めればさらに根が増殖した。

 

街道の下からもう一度脈動する太い根が持ち上がる。

リチャードの足首を搦め取らんと這い回り頭上からは槍のごとき無数の枝が降り注ぐ。リチャードは足元の根を踏み砕き頭上の追撃を剣の背で受け流した。石畳に突き刺さった枝が爆発的な衝撃で岩盤を砕く。

 

ロムルスは一歩も退かない。

槍を通し根を通しローマそのものを押し出してくる。

リチャードが一歩進めば足元を無数の根が襲う。剣を一振りすればすぐさま次の幹が盾となって現れる。切られても割られてもローマの大樹は尽きることなく次を伸ばし続けた。

 

「ローマの地。我が愛しの世界」

 

木の軋む轟音を突き抜けるロムルスの声。

 

「道も城も兵も民も。ローマは立ち広がり永遠に根を張るのだ」

「ならば俺はその理すらも踏み越えて進もう! 枝葉を切り落とし、根をえぐり倒し、幹を砕くまでよ!」

 

リチャードが地面ごと踏み砕くような凄まじい踏み込みを見せる。

一本目の聖剣が正面を裂き二本目が左から巻き付く根を断ち切る。

足元を狙った狡猾な根を蹴り砕き肩へ落ちる一撃を受け流し振り払う。

二振りの聖剣が閃くたび神祖の根は確実に削り取られていく。

 

そんな圧倒的暴力にロムルスの目が微かに細められる。

 

(――なお届かぬか)

 

根は依然として街道を埋め尽くし、枝は際限なく伸び続けている。

それでもなお、セイバーの歩みは止まらない。戦いそのものが道であるかのように根と幹の迷宮を切り拓いてくる。

 

ロムルスは槍を引き抜く。

大地に突き立っていた槍が抜けた瞬間奔流の向きが劇的に変わる。

広く拡散していた根が一本の巨大な流れへと収束し槍の穂先へと集約されていく。木と根と槍が重なり合い山をも穿つ巨大な穂先となってリチャードへ牙を剥いた。

 

リチャードは足を止めない。

 

「来いローマッ!」

 

正面衝突。

一本目のエクスカリバーが巨大な穂先の右側面へ叩き込まれる。枝が砕け散り根が千切れる。返す刀で二本目の剣が左側を削り取る。木片と火花純白の光が混ざり合い、リチャードの頬にひと筋の鮮血が走った。

 

ロムルスはさらに槍を押し込む。

リチャードの足元の石畳が耐えきれずに砕け散り膝が深く沈み込んだ。兵たちから悲鳴に似た声が漏れる。マシュの指先が盾の縁を白くなるほど強く掴んだ。

 

藤丸は動かない。

――リチャードが笑っている。

 

「いいぞ……!」

 

リチャードの両腕に血管が浮き出るほどの力が漲る。

 

「だが。俺はマスターを勝たせなくてはならん。ならば勝ちは譲って貰うぞ!」

 

二振りのエクスカリバーが同時に一閃される。右の剣が槍の奔流を強引に上方へ弾き飛ばし、左の剣が眼前の根の束を斜めに断ち割る。

押し寄せていた木の壁にわずか一人分の穴が開く。

リチャードはその隙間へ身体を滑り込ませる。ロムルスは即座に槍を戻そうとしたが遅い。リチャードはすでに絶対的な内懐へと潜り込んでいた。

 

神速の連撃が走る。

 

一撃目でロムルスの槍を弾き飛ばし二撃目で胸元の守りを切り裂く。

三撃目。左肩から脇腹にかけて烈烈たる光が神祖の肉体を削り取った。

ロムルスは槍を戻し石突きで足を払う。リチャードは半歩跳ねるようにかわし空中で両の聖剣を十字に交差させた。

 

四撃目。

 

閃光が神祖の身体を斜めに両断した。

 

――ロムルスの半身が吹き飛ぶ。

 

裂かれた霊基から溢れ出した魔力の光が風に散っていく。

槍を持つ右腕は残っている。片脚もまだ大地を踏みしめている。

 

しかし、主のダメージに合わせ樹木の奔流が静止する。

意志を失った根が石畳の上で崩れ落ち、無数の木片が街道に降り積もる。

風が吹くたび細かな霊基の光が木屑の間を流れ去っていった。

 

ロムルスは膝をつかない。

半身を喪失したまま槍を支えにして厳然と立っている。

 

リチャードも追撃は行わない。

二振りのエクスカリバーを静かに下げ満身創痍の神祖を正面から見据える。

 

「見事だロムルス……実に良い戦いだった」

「うむ……」

「汝もまた――真実王であったな」

「ろくでなしだけどな」

 

声は微かに震えている。消えゆく光の渦の中でも、彼は最後までローマの始祖として毅然と立っていた。

 

ネロが一歩前へ出る。

 

「神祖……」

 

ロムルスがネロを振り返る。

残されたその瞳に穏やかな慈愛が宿っている。

 

「良い皇帝だ、ネロよ。汝は道を守り兵を守った……ローマを割らせまいとしたな」

「ならばなぜ余の前に立ち塞がったのだ」

「ローマが私を呼んだからだ」

 

ロムルスの霊基がいよいよ光の粒となって崩れ始める。光の流れが途中で奇妙に乱れ明確な曇りを表情に見せた。

 

「だが――おかしい」

 

藤丸は息を呑む。

ロムルスはなにかを凝視している。

 

「これはローマの戦争ではない」

「何を言っている? 神祖よ、それは一体……?」

「血がローマへ還らぬ。兵の名がこの戦そのものが……ローマへ広がっていかぬ。何かが集めている。ローマではない何者かがこの戦を器にして……食らっているのだ」

 

モルガンがいち早く動く。

 

「――ッ!」

 

手元に幾重もの魔術回路を伴った術式が展開される。

リチャードも剣を下げたまま振り返りマシュが藤丸の前に盾を突き立てる。

 

ロムルスの失われた半身の隙間からどろりとした黒い塊が這い出した。

 

影。

霊基の光の深淵から純白を汚すように粘着質な黒が湧き出す。

黄金の光に触れるたび縁を侵食し薄めていく。音も匂いもない。神聖な消滅を汚辱する異質さが立ち込める。

 

「先輩……!」

 

マシュの盾が上がる。

藤丸は黒い影を凝視したまま言葉を失う。

 

モルガンの鋭い魔術が放たれた。

影を包囲し光の鎖がその末端を石畳へと縫い止めようとする。

影の端が引きちぎられ黒い欠片が宙を舞う。

 

本体が沈む。街道の他の影へと溶け込むように一瞬で姿を消した。

モルガンの追撃が石畳を叩き魔力の光だけが虚しく残る。

 

「モルガン!」

「……逃がしました」

 

魔術の光に黒い影の痕跡が一瞬だけ浮かび上がり煙のように霧散していく。

 

「今のは一体何だったのですか……?」

 

モルガンが深く眉を寄せ忌々しげに吐き捨てる。

 

「分かりません」

 

藤丸は背筋に氷を押し当てられたような戦慄を覚える。

 

「霊基……いえ、違いますね。魔力の反応は確かにありましたが、この世界の流れと根本的に噛み合っていない。ロムルスの霊基から吐き出されたように見えましたが本人のものでもない……」

 

ネロは唇を噛み締め消えゆく神祖を見つめる。

 

「神祖の御身からあのような穢らわしいものが……?」

「断定はできませんが」

 

モルガンの目が影の消えた地点を冷徹に射抜く。

 

「分からないということは決して無害という意味ではありません。それだけは肝に命ずるべきでしょう」

 

ロムルスの光が遅れて静かに散り始める。

残された霊基が本来の平穏を取り戻したように優しくほどけていく。

彼は最後にネロを見、藤丸を見、リチャードを見た。

 

「ローマを――見よ」

 

最期の言葉。

 

「ローマならざる者がローマの名を騙っている……」

 

 

槍が崩れ光となって消え去る。

神祖ロムルスの威容が南方街道の光の中へと完全に溶け去った。

 

皇帝軍の兵も将たちも消滅したロムルスのいた場所を茫然と見つめる。

倒すべき敵から得体の知れない何かが這い出してきた事実だけが街道に重くのしかかる。

 

 

リチャードが静かに聖剣を消す。先ほどまでの熱はすでにない。

 

「妙なものが出たな」

「そんな表現で済ませていいのか正直分からないけどな……」

 

藤丸は大きく息を吐き出した。喉はカラカラに乾いている。

それを察したのか、横でドレイクが再び水筒を差し出す。

 

「マスター……今度こそ飲んでおいた方がよろしいかと」

 

藤丸は黙って受け取る。

口に含むと甘酸っぱい果実の香りが喉を潤す。

 

ネロがその様子を一瞬だけチラリと見た。

今度は茶化す余裕もない。彼女はすぐに神祖の消え去った無人の空へと視線を戻す。

 

「ローマならざる者がローマの名を騙っている……か」

 

祈るように低く呟く。

街道には折れた槍と無数の木片が散らばっている。

根は力を失い石畳の裂け目で沈黙を保つ。

遠くで上がっていた煙はいまだに細く空を汚し続けている。

 

藤丸は黒い影が溶け去った地面をじっと見つめる。

得体の知れない気味の悪さが胸に澱む。

南方街道の先には遥かガリアへと続く道が伸びている。

 

 

 

(神祖……? なんで神祖が出てくるんだ余……? あと飲み物美味しかった余。お菓子も食べれて大満足)




藤丸「リチャードってこういうサーヴァントなんだ…」
ORT「そうだ。頼もしいだろう。かっこいいだろう。私のセンスはよかっただろう」

藤丸「よかった、ただのバトルジャンキーじゃなくて! 戦いに取りつかれたわけじゃなかったんだ!」
ORT「そうだ。それになによりライオンさんだ。お前のおはようからおやすみまで見守ってくれるぞ」
藤丸「なにそれ怖い」
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