マシュ・キリエライトしか分からない   作:ats376

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第10話 「侵攻と暴虐の宴」

アグリッピナという女は「敗北」の味を誰よりも熟知している。

彼女にとって敗北すらも単なる損失ではなく、次なる盤面への明確な経験に過ぎない。

 

内戦の序盤。

彼女は新皇帝の擁立という劇薬を使い、ローマ全土に不安の毒を撒き散らした。政治が腐り、経済が軋み、人々の心に閉塞感が蔓延していく。

混迷を鎮めるため、ネロは動かざるを得なかった。揺らぐ支持層を繋ぎ止めるための出陣という名の強行軍。

 

そこからが彼女の真骨頂だった。

大軍同士の華々しい衝突? そんなものは端から用意されていない。

彼女は戦場の規模を徹底的に縮小し、じりじりとネロ軍の出血を強いる消耗戦へと引きずり込んだのだ。

 

進めば進むほど、勝利の報告は舞い込む。

だが、本拠地が近づくにつれて補給線は悲鳴を上げ、焦土作戦の惨状が行軍の気力を根こそぎ削り取っていく。

気づけば、ネロたちはガリアを目前にして、底なしの泥沼に足を踏み入れていた。

 

 

そんな閉塞感が漂う中、敵将ヘリオガバルスが前哨拠点をあっさりと明け渡す。

――『兵を休ませるための厚意』。

その甘い誘惑が、疲労困憊のネロ軍の足を確実に止めた。傷を洗い、泥に塗れた鎧を脱ぎ、荷車を整え直す。ほんの僅かな休息。

しかし、その間に母后派はルグドゥヌム手前の要所に強固な防衛線を再構築し終えていたのだ。

 

もはや、騎士道精神に溢れた華々しい勝利などどこにもない。

橋を架ける木材は尽き、伏兵を掃討するために軽装兵が泥水の中を這いずる。水を確保するためだけに小隊を分散させねばならない。

一歩進むためのコストが加速度的に膨れ上がっていく。

 

――そしてついに、軍の血管が断たれた。

 

 

 

「陛下……ッ!」

 

天幕に滑り込んできた兵站担当の男は恐怖に顔を引き攣らせていた。

靴には重い泥がこびりつき、肩の革紐は無残に緩んでいる。蝋板を握る指先が震えていた。

 

「後方車列の到着予定時刻を、二刻経過……。第一、第二伝令、未帰還。港湾都市方面への連絡も、完全に途絶しました」

「……単なる遅れか?」

 

ネロの問いに男は言葉に詰まり、血が滲むほど唇を噛んだ。

 

「……遅延として処理できる段階は、既に過ぎております」

 

戦術机を囲む将軍たちの思考が一瞬にして凍りついた。

地図上、後方車列を示す小さな木駒だけが、ぽつんと端に取り残されている。

 

「原因は分かるか」

「不明です。橋梁の破壊、街道封鎖、あるいは都市側の叛逆か……。状況確認には、さらに騎兵か軽装兵を割く必要があります」

「それを行えば前線の兵力が削がれるな」

「はい……」

 

重い沈黙。揺れる灯火が盤上の駒の影を不気味に伸ばす。

外からは、兵たちが荷を積み直し、鎧の金具を締め直す微かな音が聞こえてくる。それがまるで、死へのカウントダウンのように天幕の内側へ染み込んできた。

 

「このまま進めば、アルビウムの狭窄部で袋のネズミです。荷車列は二列を維持できず、再展開も不可能」

「北の丘陵は軽装兵なら越えられますが、負傷兵と馬車を連れては全滅を待つようなもの。合流地点は間違いなく読まれているでしょう」

「南は水場が足りない。井戸が残っていても、毒の確認なしで使うのは自殺行為だ」

 

絶望的な推論がミルフィーユのように幾重にも重なっていく。

 

「ここで退く選択を取れば、陛下が敗走したという噂が広まるでしょう。そうすれば我々の求心力は…」

「軍旗は下げられぬ。ならば、負傷兵を先行させるか?」

「順序を誤れば列が詰まり、背後から狩られます! 工兵を回して橋を直せば後方の守りが消え、小隊を散らせば各個撃破の餌食になるだけだ……!」

「……ヘリオガバルスが拠点を空けたのは、このためか。我々も迂闊だったな」

 

「休ませるためではない。我々が休まざるを得ない状況を強制するためだ。奴はこの数日で、完璧な迎撃線を作り上げたのだ」

 

ネロはふっと息を吐き、静かに言った。

 

「……あれは、余を見ていたのだな。兵を見捨てられぬ、この余を」

 

 

藤丸はその光景をただ見つめていた。

狭窄部、再合流点、政治的影響、兵站の崩壊。飛び交う言葉の意味を必死に繋ぎ合わせる。

理屈はわかる。

けれど、どれを選べば誰も死なないのか。どの方法がネロたちを救うのか。

広げられた地図の駒は、何も教えてくれない。

 

サーヴァントたちは沈黙している。

ただ1人――リチャードだけが、藤丸を見ていた。決断を待つ、獰猛な獣の目で。

 

「退けば断絶地点で孤立。留まれば飢え。迂回すれば弱者から死ぬ、か」

 

 

将軍の吐き捨てた言葉がトドメのように響く。

全部、詰みだ。

だが、ここで足を止めることだけは許されない。

脳裏を内側から響いた悪魔の囁きが掠めていく。

 

――『私の造った英霊たちを暴れさせればいい』

 

天幕の外から響く、少ない水を分け合う兵たちの声。

地図を見つめるネロの消えそうで決して消えない瞳の火。

 

藤丸は両の拳を固く握りしめた。

 

 

「……正直、戦略なんて分かりません」

 

将軍たちの鋭い視線が一斉に藤丸へ突き刺さる。

だが、藤丸はネロを見つめたまま、はっきりと告げた。

 

「でも、このまま進んだら相手の思い通りだ。何をしても――全部、相手の掌の上だ」

 

ネロの視線が跳ね上がる。

 

「だから普通じゃない手を使います」

 

リチャードの目が愉悦に細められた。

あぁ、それこそが王の求める戦場の目だと言わんばかりに。

 

「リチャード。――宝具を使ってくれる?」

「……承った、我がマスター」

 

ネロが地図から手を離し、立ち上がる。

 

「藤丸、そなたが道を作ると言うなら、余は往こう。たとえそこが地獄の底であろうと、余の足は止まらぬ! 信じておるぞ」

 

天幕の外で猛々しい角笛が鳴り響いた。

兵たちが弾かれたように立ち上がる。鎧を締め直し、槍を掲げ、泥に沈んだ車輪を力任せに押し上げる。丘陵の向こうには、敵の堅牢な防衛線が口を開けて待っている。

 

 

 

先んじて遠くを眺める一人の影。

かれは軽く体をほぐすような動作をしつつ、これから来るであろう血の気配に心躍らせていた。

 

 

「さあ、遠征を始めようじゃないか!」

 

リチャードがどこまでも晴れやかに笑い、剣の切っ先を地面に突き立てた。

 

その瞬間。

遥か地底から響くような、万雷の如き鎧と軍靴の音が戦場全体を揺るがした。

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

遠くから、

 

地鳴りが響いてくる。

 

いや、違う。

 

数千、数万という軍靴が完璧な精度で揃って地面を叩く、死の鼓動が響いてくる。

 

最前列で大盾を構える母后派の兵士が、汗ばんだ掌を柄に擦りつける。

杭を打ち、逆茂木を並べ、丘に弓兵を配した万全の陣地。対するネロ軍は疲労の極致にあり、補給も絶たれている。圧倒的に優位な状況。

にもかかわらず、足元から這い上がる異常な振動が、兵士たちの奥歯をガチガチと鳴らした。

 

「……なんだ、これ」

 

隣の兵士が震える声で呟いた直後。

丘の上の見張り台から、悲鳴に近い怒号が空気を裂いた。

 

「敵影……ッ! 数、判別不能ォォッ!!」

 

街道の彼方、夕闇の底からそれらは現れた。

一列。その後ろにもう一列。さらに後ろへ、果てしなく続くシルエット。

歩み寄る者たちの兜の奥は、ただ深い闇。表情はない。

槍の角度、盾の高さ、歩幅。そのすべてが異常なまでに均一だ。まるで機械仕掛けの群れが、等速で迫ってくるようなおぞましさ。

 

『道を埋めよ』

 

風の囁きのような、それでいて重なり合う異常な声。

 

『道を埋めよ』

 

「弓、構え! 放てッ!」

 

指揮官の号令と共に、黒い矢の雨が降り注ぐ。

兜が割れ、喉が射抜かれ、先頭の兵たちが次々と倒れる。

――だが、行軍は止まらない。

倒れた者の上を、後ろの兵がただ踏み越える。死体すら避けない。冷酷な軍靴が仲間の鎧を、腕を、頭部を踏み砕きながら、一定のリズムで前進を続ける。

 

「押し返せ! 押し戻せッ!」

 

盾兵の突き出した槍が、先頭の兵の腹を貫く。肉を裂く確かな手応え。

だが、兵士は歩き続けた。腹に槍を突き立てたまま、その冷たい肩を盾兵の盾へと激突させる。

異変は正面だけではなかった。

左右の木立。伏兵を潜ませたはずの丘陵。あらゆる死角から、銀色の槍の穂先が無数に突き出されたのだ。

 

『我らが主は暴の力にて道を歩み、大地を蹂躙せん!』

 

防衛線の盾壁が内側から爆ぜるように崩壊した。

正面から、左右から、背後から。道という道から、灰色の津波が溢れ出す。

 

「伝令を出せ! 第二防衛線へ!」

 

 

弓兵隊長が絶叫し、若い伝令が馬の腹を蹴る。

だが、横道へ逃れようとした馬が嘶いて前脚を跳ね上げた。

横道も、既に灰色の群れで埋め尽くされている。

 

「かくなるは我らが王の深き慈悲! 力なき者らへの救済である!」

 

四方八方から、荘厳な合唱が鼓膜を殴りつける。

伝令は馬から転げ落ち、震える手で短剣を抜いた。前、後ろ、横。あらゆる方角から、同じ歩幅の無機質な死が迫る。

 

 

第二防衛線もほぼ同じタイミングで地獄に呑み込まれていた。

逃げ惑う味方の背後から、灰色の波が容赦なく襲いかかる。剣と槍の森が鳴動し、石畳が砕ける。

膝をつく者、剣を捨てる者、神に祈る者。

肉が潰れる音。骨が砕ける音。

全ての悲鳴と祈りが、狂信的な合唱と軍靴の音に等しく轢き潰されていく。

 

ガリアへの道を塞いでいた強固な陣地はたった数十分で、ただの平らな血の道へと成り果てていた。

そんな戦場を、藤丸たちも進んでいた。

 

 

前方の視界を埋め尽くすのはリチャードが召喚した異形の軍勢達。

藤丸とリチャードが近づくと彼らは一切の合図もなく、完全に統制された動作で左右に割れた。モーセが海を割ったかのように、黒い軍勢の中央に一本の真っ直ぐな道が現れる。左右には人の背丈を超える盾と槍が壁のように並び、その間を藤丸たちが進む。通過した後は、再び軍勢が静かに道を塞いだ。

 

軍勢が開いた道の両側には、母后派の兵士が無数に斃れていた。

砕かれた盾壁、折れた槍、逃げ込もうとして詰まった門の前で折り重なる死体。破壊された防壁と、逃走途中で倒れた伝令。生きている敵兵は一人として見当たらない。敗走する隙すら与えられず、戦線全体が一度に殲滅された痕跡。

遠くを見渡せば、丘の砦からも、補給拠点からも黒煙が上がっている。アグリッピナが作った戦場全体が完全に陥落していた。

 

藤丸は息を呑んだ。

限定的な発動は見たことがあった。だが、目の前の規模は想像を絶している。リチャードがこれまで見せていたものは、誇張などではなく、むしろ大幅に抑えられていたのだ。

 

(これを選んだ。この地獄を呼んだのは、自分だ)

 

思い出す、かつてリチャードに宝具について話を振ったことを________。

 

 

 

『ねぇ、リチャード。君の宝具ってどんなの?』

『そうか、まだ見せたことがなかったな。俺の宝具は、なんかいっぱい部下を呼び出せる!』

 

『ごめんわかんない』

『…そうか。まぁいい、今は休憩中だったな? よし、マスタ―! 宝具使ってサッカーしようぜ! 控えと監督、整備技師も揃えようぜ!』

 

サッカーは楽しかった。騎士道精神に満ちたフェアプレーの数々。リチャードに蹴り飛ばされた豪速のボールがトマリンの腰に直撃し、医務室送りになったのも懐かしい。リチャードと藤丸、そして召喚された騎士七十人でお見舞いに行ってめっちゃ怯えられた。…おお、私は悲しい。

 

 

 

しかしここは戦場。

胃の奥に冷たい鉛が詰まったような感覚。自分が獣冠英霊へ命じたことの重さを、藤丸は肌で理解していた。

だが、ここで立ち止まれば犠牲を無駄にする。

 

「……先輩」

「分かってるよ」

 

その隣を歩くネロの様子は明らかに異常だった。

死体の転がる道を歩きながら、ネロの翠の瞳は異様なほど爛々と輝き、口元には普段の華やかさとは違う笑みが張り付いている。

周囲の凄惨な光景を見ても歩調は一切緩まない。ただ、藤丸へと視線を向ける時だけ、その感情の熱量が危険なまでに跳ね上がった。

 

「見事である。見事であるぞ、藤丸!」

 

狂騒の渦中、弾むような声が藤丸の鼓膜を打つ。

 

「母上が余の道を閉ざしたなら、そなたは余のために、道そのものを開いてくれたか! ――全く、余に相応しき無茶よな!」

 

虐殺を喜んでいるのではない。藤丸が自分のために、常識外れの力で血塗られた道を開いてくれたこと。その事実への強烈な歓喜と依存心が、彼女の内で爆発していた。

 

「ならば進もう。藤丸が余に捧げたこの道を、余は無駄にはせぬ。一歩たりともな!」

 

 

--------------------------------------------

 

 

 

 

最初、それが何の音かアグリッピナには分からなかった。

敗走する敵の絶叫か、血気に逸る味方の怒号か。

だが、急造の宮殿の奥深くにまで届くその重低音が、尋常ならざる気配を孕んでいると気づくのに時間はかからなかった。

 

「……道を……よ……」

 

香炉の紫煙が、規則的な振動に合わせて揺れる。

アグリッピナは椅子に深く腰掛けたまま、右手の甲を強く押さえた。令呪の刻まれた皮膚の下で、熱が忌々しく疼いている。

部屋の中央には、新皇帝を祝うための金と紅の布が垂れ、太陽神を模した黄金の像が並ぶ。

何者かに見せつけるためだけに誂えられた、虚飾の玉座。

そのすべてが、外から這い寄る軍靴の音に合わせてカタカタと震え始めていた。

 

「母后様ッ!」

 

扉が乱暴に撥ね開けられた。

飛び込んできた伝令は、礼もそこそこに床へ這いつくばる。肩の革鎧には泥がこびりつき、右頬には乾きかけた血。見開かれた瞳に張り付いているのは、純粋な恐怖そのもの。

 

「第一防衛線、壊滅! 第二防衛線も応答がありません!」

「言葉を選びなさい。……壊滅とはどういう意味か」

「防衛線として……機能していないのです! 盾列も弓兵台も、丘の伏兵すらも連絡不能。生還した兵によれば、街道正面だけでなく、横道、丘陵、退路、あらゆる場所に敵が出現していると……!」

「ネロの軍勢がそれほどまでに?」

「違います!」

 

伝令の声が絶望に裏返る。

アグリッピナは、そこで初めて顔を上げた。

 

「……では、何だというのです?」

「分かりません。あれは……あれは生きた兵などでは……!」

 

 

廊下の奥で重々しい鐘の音が響いた。

一度。二度。三度。

ガリアの外縁部が完全に突破されたことを知らせる、断末魔の鐘だ。

 

『黒…獅子…の下に……』

 

伝令が歯をガチガチと鳴らした。

アグリッピナは静かに立ち上がり、長い裾を引きずって壁に掲げられた戦術地図の前へ歩み寄った。彼女自身が緻密に計算し、構築したネロを殺すための盤面。

 

「第一を抜かれたなら第二へ、第二が崩れたならさらにその外縁で。……何のために三重の包囲網を敷いたと思っているのですか」

「下がれません……ッ」

「……」

「下がるための道に……もう、奴らがいるのです」

 

 

アグリッピナの指が地図の上で凍りついた。

第一防衛線、第二防衛線、丘陵の伏兵、外縁部、伝令路。

それぞれが独立した陣地だ。瓦解するにしても必ず順番がある。拠点からこちら側までは距離がある。その間を埋める全ての自陣営が滅ぼされたというのか。

 

すべてが――同時に。

 

『獅…王の…の下に……』

 

壁の向こうから、冷徹な合唱が染み込んでくる。

アグリッピナの喉が焼けつくように乾いていく。

計算は完璧だった。兵站を断ち、完璧な迎撃線を敷いた。

だが、その盤面が、まるで見えない巨大な足に踏み潰されるように無残に砕け散っていく。

 

「敵の客将……サーヴァントか」

 

忌々しげに吐き捨てる。

敵にいるというマスターとそのサーヴァントを侮ったつもりはない。

だが、軍勢そのものを召喚して空間という空間を埋め尽くすなど、どうして計算できようか。

 

『道を埋…! …埋めよ!』

 

指先が震える。アグリッピナは震える指で令呪の痕に爪を立てた。痛みで無理やり思考を繋ぎ止める。

 

「外縁部を捨てなさい」

「……え?」

「聞こえなかったのですか! 門前で兵を無駄死にさせるくらいなら、この都市の内側の回廊で時間を稼がせなさい! 南搬入口は封鎖。北の小門は開けたままにして罠を。祭礼広間に続く扉は、鍵を壊してでも閉じなさい!」

 

命令を畳み掛け、アグリッピナの瞳に冷徹な光が戻っていく。

 

「ヘリオガバルスを呼びなさい。今すぐ。ロクスタも! 毒でもなんでもいい、使えるものはすべて回廊に撒きなさい。……玉座の間まで、一本の廊下ごとに兵を配置するのです!」

「は、ははっ!」

 

伝令が弾かれたように飛び出していく。宮殿内に怒号と足音が戻った。

その喧騒の隙間から、また、あの狂信的な合唱が届く。

 

「……ネロ」

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

宮殿の外では、すでに圧倒的な包囲が完了している。

内部から飛び出してきたアグリッピナの部下たちは、広場を埋め尽くす死者の軍勢に為す術もなく飲み込まれ、次々と血だまりへと変えられていく。

ネロ軍の将兵たちは、その不気味な援軍の背後を静寂と共に進んだ。

 

藤丸はマシュの背後で周囲を見回す。

リチャードの旗が先頭で翻り、召喚された騎士たちが宮殿の外壁に沿って流れるように展開していく。ブーディカが背後の守りを固め、ドレイクが抜け道を塞ぎ、モルガンが回廊の奥を冷たく見据える。

 

ネロは宮殿の正門前で足を止めた。

紅の布。急ごしらえの装飾。別の皇帝を座らせるためだけに、母が塗り潰した属州の姿。

 

「……ここまで飾り立て、余ではない者を座らせるつもりであったか」

 

ネロの瞳に怒りよりも深い矜持の炎が宿る。

 

「よい。ならば、余が踏み入ろう。母上の用意した舞台であるなら――真の役者が誰であるか、魂に刻んでやらねばな」

 

言葉の端に確かな熱が帯びている。

 

「先輩、突入します。包囲は万全ですが、内部はまた別の地獄かもしれません」

「……ああ。行こう、ネロ陛下と一緒に」

 

藤丸、マシュ、ネロ。そしてリチャードら数騎のサーヴァントからなる少数精鋭の突入部隊が、宮殿の扉を勢いよく蹴り開ける。

 

開け放たれた奥底から、重く、甘く、喉に絡みつくような香の匂いが這い出してきた――。

それは確かに死の気配を漂わせる、しかしどこか魅了するような香り……。

 

 

 

 




哀れトマリン
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