魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第102話 一日の始まり

 少しだけ開いたカーテンの隙間から差し込む朝日が、やけに目に刺さる。

 

「……っだる……」

 

 思わず顔をしかめて、枕に顔を埋めた。

 

 身体が重い。

 鉛でも仕込まれたみたいに、指先までだるさが抜けない。頭もぼんやりしてるし、なんならちょっと気持ち悪い。

 

 ……あー、毎日のことながら面倒くせぇ。

 

「日光デバフ、どうにかならんもんかね。……()()()()()

 

 吸血鬼の眷属になってしまった代償ってやつだ。

 

 夜は絶好調。

 若返ったみたいにキレキレで、むしろバフ盛り盛りで楽しいくらいなんだが……その反動か、昼はこのザマである。

 

 とはいえ。

 

「まぁ……始発出勤に比べりゃ、だいぶマシか」

 

 あの頃は毎日こんなもんじゃなかったしな。むしろ頭痛と吐き気と眠気と絶望がデフォルト装備だったわ。

 

 あの地獄を考えると、今のこのだるさなんて――

 

「……わりと余裕だな」

 

 うん、余裕余裕。ブラック企業は吸血鬼よりよっぽど人の血……どころか魂まで吸うしな。アレを経験してる俺には屁みたいなもんだ。

 

 くだらないことを考えながら、のろのろと上半身を起こす。

 

 

 ――ふと、甘い花の香り。

 

 

 視線を横へ向ける。

 

 

 ……いる。

 

 

「……はぁ」

 

 ため息を一つ。

 いや、別に嫌とかじゃないんだが。ないんだが。

 ベッドの隣、腕一本分も離れてない距離で。

 

 

 ――茜がスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。

 

 

 ……朝チュンかよ。

 いや違う。違うんだけど。

 

「ほんと距離感、バグってるんだよなぁ……」

 

 昨日の夜――つーかさっきまでだが。

 

「早く上書きしなきゃ♪」とか言って、毎度毎度R18ギリギリのラインを攻めてきやがるし。あれ絶対わざとだろ。

 

「おい、起きろ。茜」

 

「……」

 

 規則正しく上下する胸元。

 長い睫毛が影を落として、呼吸に合わせてわずかに揺れる。

 

 銀髪がシーツの上にさらりと広がって、朝日を受けて淡く光っていた。

 

 普段のあのうるさい――いや、特定の方向に圧のある雰囲気は影を潜めて、今はやけに静かで、

 

 ……無防備だな。

 

「幸せそうに寝ちゃって、まぁ」

 

 こいつは、一ヶ月前からずっとこんな調子だ。

 事あるごとに俺への過剰なスキンシップをしてくる。

 

 やたら距離を詰めてくるわ、毎晩毎晩布団に潜り込んでくるわ。

 完璧にセクハラ案件である。

 

 俺が一回マジギレして注意してからは少しは落ち着いたが――今度は「こっちから手を出させる方向」へとシフトしてきやがった。

 

 いや、方向性おかしいだろ。

 バンドマンだったら方向性の違いで解散するレベルだぞ。

 

「でもまぁ、うん。寝るのはいい。寝るのはいいんだけど」

 

 問題は距離だ。

 

 近い。普通に近い。

 あとちょっと腕伸ばせば触れる距離に、超絶美少女吸血鬼が寝てる状況ってなんだよ。

 

 しかも全裸の。

 なんで毎回、俺もお前も全裸なの?

 どんな人生だこれ。

 

 ……いや、触らないけどな?

 別にそういうつもりはないし。自分から脱いだくせに、見ようとするとコイツ怒るし。

 

 そう思いつつ、毛布に包まった茜の身体のラインを視線でなぞっていると――

 

 

「……なに見てるの?」

 

「うおっ!?」

 

 びくっと肩が跳ねた。

 いつの間にか、茜の目が開いていた。

 薄く細められた紅い瞳が、じっとこちらを見ている。

 

「……起きてたのかよ」

 

「さっきからね」

 

「絶対嘘だろ」

 

 なんだよ「さっきから」って。

 どう見ても今起きただろ、それ。

 

 茜は小さく息を吐いて、ゆっくりとこちらに身体を寄せてくる。

 その仕草が妙に自然で。

 

 無駄に距離が縮まる。

 

 

「ねぇ、望月」

 

「……なんだよ」

 

「ゆうべは おたのしみ でしたね」

 

「楽しんでねぇよ!」

 

 どこで覚えてきたんだよ、そのセリフ。

 つーか楽しんでたのは完全にお前だけだ。

 俺が手を出さないのをいいことに、あんなコトやこんなコトを……!

 

「望月、我慢はよくないわよ? 私はその……いつでも、いいから……ね?」

 

「……えぇ」

 

 お前さぁ……シーツで顔隠して照れながらそういう事言うなよぉ……。

 耳まで真っ赤じゃん。こっちが恥ずかしくなってくるわ。

 

「……言っただろ。俺は社内恋愛はしない主義だ。お前は俺の部下。だから無理」

 

 俺だって、手を出せるもんなら手を出したい。そりゃ男だし、元カノと別れてからご無沙汰だから。

 

 だが、相手がこの「ヤンデレ吸血鬼」という特大地雷と考えると……なにか、心の奥底から必死に語りかけてくるんだ。

 

 ――それ、踏んだら終わるぞ!

 

 って。

 

 まぁ、これは経験則だ。というかトラウマ。

 距離を間違えるとロクなことにならない。これはもう紀元前から決まっている確定事項である。

 

 ……すでにいくつか地雷踏みまくってる気もするけど。

 

「もう。本当に頑固ね、貴方……」

 

 茜は少しだけ不満そうに目を細めて、

 

「でも、そういう真面目なところも嫌いじゃないわ」

 

 ぽつりと、そんなことを言う。

 やめろってぇ……その言い方ぁ……。

 

「ふふ、貴方に効きそうな攻め方、もっと梅野に教えてもらわなきゃ」

 

 おい、なんだそれ。

 お前ら定期的に連絡取ってると思ったら、何話してんだよ。

 最近の茜の手数の多さって、梅野さんの差し金か!

 

「そんなに抱いてほしいなら、クビにするぞ? 部下じゃなきゃ遠慮はなくなる……かもしれんし」

 

「それは嫌」

 

「なんでだよ」

 

 即答かよ。

 つくづくこいつが何考えてんのか分からん。

 乙女心ってやつか?

 

「はぁ……どうでもいいけど、そろそろ起きるぞ。仕事の時間だ」

 

「松下のところへ納品よね? 私はパスよ」

 

 そう言って、茜はあっさりと布団に潜り込んだ。

 

 ……完全に寝る気だな、お前。

 

「昨日頑張りすぎたし、私は少し休むわ。梅野によろしく言っておいて」

 

「お前なぁ、マイペースすぎだろ。仕事しろよ仕事」

 

「私は夜勤専門なの。そういう契約のはずでしょ」

 

「それはそうだけど、仕事ってのはもっと臨機応変に」

 

「で・も――」

 

 茜が俺の言葉を遮り、布団から顔だけ出してじっとこちらを見る。

 

「望月がど〜してもって言うなら、昼間も働いてもいいけど?」

 

「……けど?」

 

 にやりと、口元が歪む。

 

「その分の()()、払ってくれるのよね?」

 

 細めた紅い瞳。

 薄く覗く牙。

 

 ぺろりと、舌が唇をなぞる。

 

「……おやすみなさい」

 

「ええ、おやすみ。望月」

 

 もぞもぞと毛布に包まり、完全に寝る体勢。

 

「……分かってて言ってやがる」

 

「いってらっしゃい〜」

 

 ひらひらと振られる白い手に向かって、溜め息を一つ。

 

 俺はだるい体を無理やり起こして、ベッドから降りた。

 

 

 ☆

 

 

 洗面所で顔を洗う。

 冷たい水で少しだけ意識がクリアになるが、だるさは相変わらずだ。

 

 鏡で自分の口元を確認する。

 そこに映るのは、寝起きの冴えないおっさん――と、

 

「……うわ、出てる出てる」

 

 わずかに覗く、小さな牙。茜の血の影響。

 口を開けばすぐ引っ込む程度だが、確実に()()()()()()()に寄ってる証拠だ。

 

「ほんと、どこまで行くんだかなぁ俺。いや……今さらか」

 

 呟いて、スマホを取り出してアプリを起動。

 

 もはや見慣れた画面――『終末はじめました』。

 

 まず目に入るのは、残高表示だ。

 

「……うわ、減ってんなぁ」

 

 『M-Pay』の残高が、昨日よりもごっそり減っている。

 生きるだけで金が減る。なんだこれ、現代社会の延長か? 終末とは?

 

 軽く舌打ちして、画面をスワイプしてフリマ機能を開く。

 

「……『マモカリ』。いや雑すぎだろ」

 

 誰だよこれ考えたやつ。センスの欠片もねぇ。

 

「センス死んでんなぁ……」

 

 出品一覧を流し見する。

 武器、防具、素材、よく分からん骨、謎の液体。

 

 そして――

 

「……オーク肉、安っ」

 

 昨日あれだけ苦労して狩ったのに、値崩れ起こしてる。供給過多かよ。

 

「これ、タイミング間違えたら普通に赤字だな……」

 

 世知辛すぎる。

 ……いやほんと、終末ってなんだっけ。

 

 ☆

 

 リビングに向かい、その辺の床に転がっている影山の足を、軽く踏んづける。

 

「うぅ……あ、茜さん、ダメですよ、そんなところ……」

 

 どんな夢見てんだよ。

 ニヤニヤして朝から気持ち悪いなこいつ。

 

「おい、起きろ。仕事だぞ」

 

「ぶへっ……!? あれ、ここは……天国……?」

 

「お前がそんなとこ行けるわけねぇだろ。地獄だよ。さっさと起きろ。覗き魔」

 

「ひどっ!?」

 

 がばっと起き上がる影山。

 寝癖爆発、目の下クマ、顔面蒼白。いつもの陰キャフル装備である。

 

「今日は納品の予定だろ。昨日のオーク肉」

 

「あ……そうでした……」

 

 黒縁メガネをかけ直し、ふらふらと立ち上がる影山を見て、ため息。

 

「お前なぁ……ほんと体力つけろよ。昨日も途中で死にかけてただろ」

 

 隠れるのがこいつの仕事なのに、体力なくて隠れられないとか……。おまけに捕まってるし。

 

「ぼ、僕はこう見えて後方支援タイプなんで……!」

 

「こう見えてもクソもねぇよ。その感じで前衛だったら詐欺だろ。つーか肝心な時に白目剥く後方支援なんて需要あるのか?」

 

「うっ……」

 

 図星らしい。

 口をもごもごさせて黙り込む。

 

 まぁいい。どうせコイツに攻撃力は期待してないし。

 

「ほら、朝飯食ったら行くぞ。ちなみに茜はサボりだ」

 

「えっ!? いいんですかそれ!?」

 

「まぁ元々、夜勤専門で雇ったし」

 

「あれ? 茜さん、昼間が苦手な体質は克服したんですよね? 望月さんの『魔物教育』で」

 

「あぁ……貯まってた信頼ポイント、たんまり注ぎ込んでな。あの時は『昼間もデートしたい』ってうるさかったから仕方なく」

 

 でも結局、「吸血鬼が昼間に出歩いてたら解釈違い」とか「日に焼けるのが嫌だ」とか、あれこれ理由をつけて引きこもってるけどな!

 

『日光耐性』のスキル、滅茶苦茶高かったんだぞ。種族特性を覆すんだからな。おかげで他のスキルもほぼ取れずに、稼いだ信頼ポイントもすっからかんだ。

 

「いや、推しに課金は普通では? というか、さり気なく惚気ないでくれます? デートしたんですか? 羨ましい。爆発しろ」

 

「惚気てねぇよ。朝からそのテンションで来るなよ、うるせぇな」

 

 茜のことになると急に流暢に喋り出すの、普通に怖いんだけど。

 

「くそぉ……リア充めぇ……呪ってやる……」

 

 ブツブツ呪詛を吐いて普通に気持ち悪い影山に、新しいタオルを投げつけてリビングから追い出す。

 

「ほら、顔洗ってこい。俺は朝飯用意するから」

 

「あ、はい……ありがとうございます」

 

 テンションの落差が酷い。

 ノソノソと出ていく影山の背を見送り、俺はまた溜め息を一つ。

 

 

 ――さて、今日も仕事だ。

 

 ほどほどにモブらしく、死なない程度に頑張りますかね。

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