魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第104話 噂のアイツ

「……中、見てみるか」

 

 ふと、そんな言葉が口をついて出た。

 歩き出そうとしていた影山が、意外そうな顔をして足を止める。

 

「え、でも望月さん。取引の時間が……」

 

「わかってる。けど、ほら。一ヶ月も放置されてりゃ、変な魔物が住み着いてるかもしれないだろ? それに……万が一、まだ使える物資が残ってたら勿体ないしな」

 

 自分で言っていて、見え透いた嘘だとわかる。

 物資の回収なら、松下さんたちが血眼になって済ませているはずだ。

 それでも影山は、俺の意図を汲み取ったのか、少しだけ困ったように笑って頷いた。

 

「……そうですね。じゃあ、ちょっとだけですよ」

 

 ☆

 

 崩れた外壁の隙間から、中へと足を踏み入れる。

 

 パリん、と。

 靴の裏で何かが砕ける音がした。

 

「……こけんなよ。床、色々散らかってるから」

 

「はい……」

 

 影山の声も、どこか小さい。

 

 中は、想像以上に荒れていた。

 棚はひっくり返り、あるいは原型を留めないほど吹き飛ばされていた。

 商品なんてものは当然、影も形もない。

 

「……酷いな、やっぱり」

 

 床や壁、天井には刃物で斬り刻んだような()()()()()()がいくつも残っている。

 

「これは……茜のやつだな」

 

「はい……あの時、みんなを守ってくれましたから」

 

 フロアを少し進むと、今度は床の至る所が抉れており、壁は焼け焦げ、天井にも爆ぜたような黒い煤がこびりついている。

 

「……スキルに、魔法の跡」

 

「ですね……それも、かなりの規模の」

 

 そして、床の隅。

 乾いて、黒く変色した血の跡が――やけに目についた。

 それも、一方向じゃない。

 

()()()逃げるように、散るように、いくつも。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉が続かない。

 

 分かってるよ。ここで何があったのかなんて。

 

 

 

 ――わざわざ言葉にするまでもない。

 

 

 

「……なぁ、影山」

「はい……」

 

「俺は」

 

 自分でも驚くくらいあっさりと、その言葉は口から出た。

 

「俺は今でも……間違ってなかったと思ってる」

「…………」

 

「他に方法なんてなかった。どっちみち、あのままじゃ避難所《ここ》は全滅してただろ」

「……はい」

 

 俺が、アイツラの力を使ったのは事実だ。

 

「だから、あの時は。あれが最善だった……と思う」

「……そう、ですね」

 

 それで一時は守られた。

 

 本編開始のアプデ――あの地震の後。

 避難所は、いや、世界は大混乱に陥った。

 世界の融合。

 その影響。

 

 地形が変わって、強い魔物が大量に湧いて。

 阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 まさに終末。

「終末はじめました」のアプリ名に恥じない、素晴らしいアプデだよ、まったく。

 

「魔物の襲撃に物資の不足、人間同士でも揉めて。俺たちだけじゃ人手が足りなかったんだよ」

 

 いくら頭のキレる松下さんでも、いくら強い夜の眷属の吸血鬼がいても。

 

 だから、俺が賄った。

 人手を補った。

 

 俺のスキルで。

 俺が雇った、魔物で。

 

「雇用の手段は……まぁ悪手だったとは思う。ボコって従わせたし。その後もめっちゃ険悪な雰囲気で笑えたわ」

 

「……最初、苦労してましたもんね」

 

「悠長にお話で交渉なんてしてられなかったからな。しょうがない」

 

 だから目についた使えそうな奴を、片っ端から支配下に置いた。

 

 力で。強制的に。従わせた。

 他の『魔物使い』がやってる、普通のやり方ってやつで。

 

「途中までは順調だったんだよ。ちゃんと心のケアもしてたし。信頼度見る限りじゃ、まだ余裕はあったはずなんだ」

 

 そう。

 俺はその辺はしっかりと抑えていた。

 スキルの説明にも注意書きがあったからな。

 とりあえず状況が落ち着いたら、待遇とか改善するつもりだったし。

 一応、成果に応じてその都度報酬も出していた。

 

 ほとんどの奴らが、それで納得していたはずなんだ。

 

 はず、だったんだけど。

 

「まさか、それがなぁ……」

 

 ぽつりと呟く。

 

「まさか、アイツラにクーデター起こされるとはな……」

 

「いえ、誰もあんな風になるとは思いませんって……」

 

 いや、アイツラじゃない。

 

()()()、だ」

 

 全部、アイツが引き金だった。

 

 ☆

 

 想定外の部下の反乱。

 クーデターを扇動したのは、仲間にした一匹の魔物だ。

 

「望月さん、彼らが『アンデッド』や『魔法生物』だったからって、調子に乗って働かせ過ぎなんですよ」

 

「誰がブラック雇い主だ。俺はホワイトだっつの」

 

「『不眠不休・飯なし・休憩なし』で二十四時間労働はアウトです。普通に超ブラックじゃないすか」

 

「魔力さえありゃ動けるんだからいいだろがい!」

 

 俺は悪くない。

 

「なんでスケルトンに腰痛にならない耐圧のベッド用意しなきゃいけねぇんだよ!」

 

「いや、そこは、腰痛持ちのスケルトンなんだから仕方ないですよ」

 

「なんでゴーレムに人間が食べるのと変わりない温かい食事を食べさせなきゃいけないんだよ!」

 

「でも、その、前の主は食べさせてくれたみたいなんで」

 

「いや、知らんがな!!」

 

 何が!? どうやって!? なんで!?

 

「……逆にゾンビ達にはちゃんと風呂に入れてやっただろ」

 

「それって、河に突き落としたやつですよね? 後ろからバットで殴って。それ見た色んな人からクレーム来たんですよ、もちろんゾンビ本人からも! なぜか僕に!」

 

「知るか! 臭いって言ったのはお前らだろ! じゃあお前らがやれよ! 雇い主の俺自ら体洗ってやったんだ、逆に感謝しろよ!」

 

 身体が崩れないように河に突き落とすの、めっちゃ苦労したんだぞ!

 ……まぁ、何匹かそのまま浮かんでこなかったけど。

 

「アイツラ頭おかしいだろ。なんでどいつもこいつも、人間よりも人間臭いんだよ。魔物ってなんだよ!」

 

 あ、思い出したらイライラしてきた。

 そのイライラを込めて吐き捨てる。

 

「で、極めつけはアイツだ!」

 

 一匹、最初から信頼度も異常に高く、俺によく懐いている魔物がいた。まぁ、ゾンビなんだけど。

 アイツは気が利くし指示もちゃんと聞くし、率先して俺の役に立とうと動いていた。

 

「向こうから雇ってくれって言ってきたくせによぉ。何のスキルもない臭いだけのゾンビを雇ってやったのに。アイツ、恩を仇で返しやがって」

 

 出会った時に、あの臭いでアイツの正体に気がついていれば……。

 まだ、あんな結果にはならなかったかもしれない。

 

「ったく、アイツは()()()()()()()()()()俺の鼻をもげさせやがって……!」

 

「え? それ初耳なんですけど。()()()()て、前から知り合いなんですか? ゾンビになる前……?」

 

 アイツはゾンビだ。

 あちらの世界では死後、ちゃんと供養されなかった生物はみんなゾンビとなって復活するそうだ。色々と条件はあるみたいだが。

 

 それが、こちらでも適用されたらしい。

 アイツはこちらの世界の人間で、死んで、ゾンビとして復活した。

 

「本人があの時ネタバラシしてきたんだよ。全然気づかない俺に業を煮やしてな。で、あれは俺に対する感謝と復讐だそうだ。ゾンビのくせに、流暢に日本語喋る時点でおかしいとは思ったんだよなぁ。俺の名前知ってたし、俺のこと『先輩』って呼ぶし」

 

「それは……気づきましょうよ……」

 

 そういうタイプのゾンビかなって。

 ほら、ゾンビって色々タイプあるし。

 天真爛漫、ちょっと体臭がきつい後輩系ゾンビかなって。

 

 それである日、アイツが俺の制御を外れた。

 それまではちゃんと、制御が効いていたのに。

 

「違うな……今思えば最初から、アイツには()()()()()()()をされてただけか」

 

 そこは俺の『魔物使い』の意味わからない仕様のせいだな。

 雇う雇われの関係だが、ただの仕事仲間だ。

 元々制御もクソもない。

 

「でも、目的がまさかステータスだったなんて。そんなの誰も分かりませんよ」

 

「だよなぁ……なんでアイツはそれ知ってるんだよって話」

 

 あいつは俺に『雇用』されることで、魔物が持ち得ないはずの『ステータス』を覚醒させた。そして俺に牙を剥くその瞬間まで、力を蓄え続けていたんだ。

 

「望月さん、調子に乗って()()のレベル上げまくってましたよね」

 

「……だってレベル上げ好きなんだもの」

 

 仲間にしたなら強くしなきゃ!

 レベリングレベリング!

 

「それで稼いだ信頼ポイントも注ぎ込んでましたよね」

 

「……俺が考えた最強のゾンビ、とかワクワクしない?」

 

 各種耐性揃えております!

 いやぁヨワヨワな魔物を強くする、魔物使いの醍醐味だよね!

 

「それで茜さんに嫉妬されて滅茶苦茶キレられましたよね。何回か刺されてませんでした?」

 

「刺された。くっそ痛かった。……だからそれからは茜の分の信頼ポイントはちゃんと茜に使っただろ」

 

 血液魔法で拘束されて、刺されてはポーションで治され、刺されてはポーションで治され……。

 結局、「これからは毎日血の提供する(口で)」ってことで誠心誠意謝罪して許してもらえた。

 それは今でも続いてる。

 

「あいつ、マジギレすると瞬きしねぇの。ガンギマリな目で息がかかる距離でずっとじっと見つめてくんの。無言だし。吐息が鼻にかかってくすぐったいし。でもめっちゃ良い匂いだし。そんで無言で刺してくんだぞ? そのくせ、泣くんだよ。終わったあとに。そのテンションでキスしろって言ってくんの。情緒どうなってんの? マジで怖いんだけど」

 

「……あんたマジで死ねよくそが! 僕の推しが……解釈が……」

 

 死ねってなんだよ。

 そんな頭抱えて泣くくらい文句があんなら、お前の推しに直接言えよ。

 俺は悪くない。

 

「だから、あれが最善だった」

 

 影山の嘆きを無視して、俺は言い切る。

 言い切ってから、少しだけ長く息を吐いた。

 

「……そう言い続けねぇとさ」

 

 ぽつりと、独り言のように。

 

「……死んだ奴らも、浮かばれねぇだろ。……俺のせいだって言う奴らも、いるけどな」

 

 ちょっと遠い目をして、死んでいった奴らに思いを馳せる。

 

「いやそれは言うでしょ! 避難所壊滅したの、ほぼあんたのせいじゃねぇか! なに、ちょっと良い顔していってんですか!」

 

 影山からの即ツッコミ。

 

「違う、俺は悪くない。死んでったのも死んで当然のクズばかりだったし」

 

「いや、確かにそうですけど!」

 

「あいつら、素行不良で松下さんにゲンコツ食らってた奴らだろ。それでも懲りずに歯向かって、近々問題起こしそうだったし、排除できて良かったまである」

 

 それに、あいつら魔物差別するんだもの。

 影で俺の部下たちに嫌がらせしてたのみんな知ってんだよ。

 スケルトンの頭でサッカーする奴らなんて、そりゃ最初に狙われて当然。むしろ俺が殺したかった。

 

「でも、死人が出たのは……」

 

「それはそれ、これはこれだ。そこまでは面倒見きれん!」

 

 それを振り払うように、俺は肩を回した。

 

「……ま、何の罪もないただの怪我人からは文句も出るだろ。それは甘んじて受け入れるさ。つーかもう終わった話だ。今さらどうこう言っても仕方ねぇ」

 

「……望月さんて、良い性格してますね。さすがブラック上司」

 

 そんな褒めても何も出せんぞ。

 

「……それより」

 

 わざと軽い調子で声を張る。

 

「やっぱりなんか残ってねぇかな。物資とか。魔物が住み着いてるなら、それはそれで狩れば小遣い程度にはなるだろ」

 

「……そうですね。まぁ、狩るのは望月さんの仕事ですけど」

 

「僕の担当は隠れるだけの簡単なお仕事です」なんて言いながら、影山も空気を読んで苦笑いで乗ってくる。

 そのやりとりが、ほんの少しだけその場の温度を戻した。

 

 そして、店内をぐるりと見て回る。

 

「……いや、分かってたけど。何も、ないな」

 

「ですね……完全に空っぽです」

 

 言ったとおり、松下さんたちが回収したのか、他の連中が持っていったのか。

 どちらにせよ、残っているのは凄惨な痕跡だけだ。

 

「……行くか。松下さんを待たせすぎるのも悪い」

 

「はい――あ、すみません望月さん。ちょっとトイレ……」

 

「は? 今かよ。トイレ行かんでもあっち向いてるからそこでしろよ」

 

「あ、無理です立ちションなんて。望月さんと違って僕はこう見えてもデリケートなんで。おしっこでも便座に座らないと。じゃ、すぐ戻りますんで」

 

「えぇ……」

 

 そう言って、影山は小走りで奥へと消えていく。

 

「……ったく」

 

 ため息をついて、破壊されたレジカウンターに寄りかかる。

 

 一人になり、廃虚となった避難所を眺める。

 

 

 

「……影山、遅いな」

 

 そう思った、直後。

 

「だ、だぁぁぁぁすげでぇぇぇぇ!?」

 

 奥の方から、汚い声の悲鳴が響く。

 

「おい、影山!?」

 

 反射的に駆け出す。

 壊れた通路を抜け、影山が向かった従業員用トイレの入口へ。

 

「どうした!」

 

 中を覗き込んで――俺は、息を呑んだ。

 

「……は?」

 

 そこにいたのは。

 

 腕でケツを抑え、ピョンピョンと飛び跳ねる半裸の男。

 

「……お前、何やってんだ」

 

 下半身丸出しの影山がいた。

 汚い一物を見せないでほしい。

 

「も、望月さん! た、助けてくださいっ! ぼ、ぼくの、僕のケツがぁぁぁぁ!」

 

 涙を流して突き出された影山のケツ。

 思ってるよりプリケツなのが、なんか余計に腹立つ。

 

「ちょ、待てお前! 汚いもん見せんな!」

 

「汚くないっすよ! 違うんす! そうじゃなくて、僕のケツが!」

 

「はぁ!? ケツが何……ん?」

 

 よく見ると、影山のケツの……穴からなんか出てる。いや、なんか入ってる?

 

「あぁ、お前……そういう? ごめん。悪いけど、俺ノーマルなんで」

 

「だから違うって言ってんでしょ! あ、は、入って、入ってくりゅぅぅぅ!」

 

「うわぁ……」

 

 涙を流し恍惚とした表情で呻いている影山に、ドン引きである。

 あの雰囲気。あの流れで、これ?

 

 すると、

 

「あ、あ、あ、んぁぁぁぁ!!」

 

 ―――――ポン!

 

 影山のケツから何かが、勢い良く飛び出た。

 

「うっわ、汚っ! 影山、お前マジでふざけんなよ! なんか産まれたんだけど!」

 

 俺は床に転がったそれをじーっと凝視する。

 絵面的には最悪だが ぬるりとした光沢のある、半透明の身体。

 

「……っ!」

 

「……あれ?」

 

 そいつはプルプルと震えて、床を這うように蠢いている。

 

「まさか、こいつ……」

 

 あまりにも見覚えのある質感。

 

「す、す、スライムですぅ……!」

 

 影山が、ケツからスライムを産んだ。

 

 ……どんな再会だよ。

 

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