影山のプリケツから、スライムが産まれた。
「影山、いや、なんだ? うん、なんで?」
あまりの出来事に言葉が上手く繋がらない。
影山は俺の問いを無視し、おもむろに自分のスマホを取り出した。
「ぼ、僕のケツ、溶けてない!? 溶けてないですよね!?」
いわゆる「ウンチングスタイル」で自分のケツをガっと掴んでガバっと開く。
そして、スマホの上に跨り、股の間から必死に
「うわぁ……」
その必死すぎる姿に、俺は居た堪れなくなりそっと視線を逸らした。
――逸らした視線の先。
そこには、産みたて(?)のスライムがプルプルと震えながら、床の汚れを器用に呑み込んでピカピカに磨き上げている。
「あ、床めっちゃきれーい!」
俺の頭の中も綺麗に浄化してほしい。
影山の下半身とか記憶から消したい。
「じゃねぇわ。待て……こいつ、アリスからもらったスライムの分体か!」
一ヶ月前。
避難所の衛生管理用にと、勇者アリスティアから押し付けられた個体。
あのクーデターの混乱で行方不明になったと思っていたが……。
「影山のケツからこんにちは、なんて想定外にもほどがあるわ。いや、一応確認はしとこ」
もしかしたら、本当に影山が産んだものかもしれないし。ワンチャンね。
俺はスマホを取り出して、スキル『魔物鑑定』を起動した。
カシャ、ピロン!
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《鑑定成功》
・クリーンスライム(特殊個体)
能力 : こうげき ☆
まもり ☆
すばやさ ☆
状態 : 元気モリモリ
弱点 : 核
好み : たまに現れるご馳走
性格 : グルメ
スキル :『消化』『吸収』『消臭』
『消毒』『分裂』『微香』
《備考》
勇者アリスティアが所持していたスライムの分体が進化したもの。
久々に現れたご馳走を前にして、興奮冷めやらぬ状態。
なお、弱点である「重曹」は克服済み。
だから、もうやるなよ?
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「…………」
備考欄に滲む熱い涙に、俺は少しだけ感動した。あとそんな言わんでも、もう重曹かけねぇよ。しつこいな。
一ヶ月。
誰もいないこの廃墟で……こいつは一人でトイレを磨き続けていたのか。
健気すぎる、まさに社畜の鑑だ。
こういう新人を俺は待っていた。
「というわけで……ほっとくのもなんだし、連れて行くか」
「えっ、嫌ですよ! そいつ、僕のケツから出たんですよ!?」
即答で拒否すんなよ。
そこを言うなら俺だって嫌だわ。
影山が涙目でズボンを引き上げる。
「それはお前の都合だろ。ほら、魔物使いの俺より、直接『腹を割って』……いや、『ケツを割って』? 付き合ったお前の方が懐いてるだろ。わがまま言うな、お前が運べ」
「絶対に嫌ですよ! あとケツは元々割れてます!」
ケツアナを押さえながら後退る影山。
別にケツに入れて運べとは言ってないんだが。
「そもそも、こいつ僕のことゴミだと思ってますからね!?」
「ゴミ?」
あ、社会的にってこと?
まぁそれは……覗き魔で変態だしな。
おおむね間違いではない。妥当な判断。
「アリスさんにもらった時からそうなんですよ! 僕がこのトイレに入るたび、こいつ僕を『不法投棄された生ゴミ』だと思って消化しにかかるんです!」
「へぇ、見る目あるなこいつ。ますます欲しい」
「何が!?」
「でもお前、よくそれで今までケツが無事だったな。いや、すでに……?」
さっきの反応からして、ケツの穴を弄られるのは初めてじゃないだろうし。
「何気に酷ぇ! 違いますよ! 僕はまだ処女です! 毎回、トイレの時は『透明人間』を起動してやり過ごしてたんです……!」
「お前の隠密スキル、そんなしょうもないことに使ってたのかよ」
スキルの使い方が終わってんな。
だが、理屈は分かった。
なるほど。スライムからすれば、自分の縄張りに定期的に現れる謎の有機物を、掃除屋としての本能で処理しようとしていたわけか。
いや、スライムにまでゴミと思われるって相当だぞお前。
「今回は、流石にもう死んでるだろうって油断したんです。そしたら座った瞬間に……下から、こう、ニュルリと……ッ!」
「最悪の奇襲だな」
隠行が売りの影山が奇襲されるとか、皮肉が効いてて草。
「これで奇襲される側の気持ちが分かって良かったな」
「こんな形で分かりたくなかった……!」
影山はスライムを睨みつけながら、ぶるっと震える。
「とにかく! 望月さんは魔物使いなんだから、望月さんが連れていけばいいじゃないですか!」
「えぇ……」
俺は軽く引きながらも、床でせっせと掃除を続けるスライムへ視線を戻す。
正直、俺もさっきまで影山のケツに入っていた個体を連れて行くのは抵抗がある。
……だが。
「こいつ、有能すぎるんだよなぁ……。おまけに、なんか進化してるし」
クリーンスライム。
その名の通り、こいつ一匹いれば掃除に浄化にゴミ処理と、拠点運営のインフラ問題が半分は解決する。進化してるってなら尚更。
まさにうちが目指すクリーンな職場、確保する以外選択肢はない。
「今うち、丁度スライムいねぇし。タイミング的にも悪くない」
茜も影山も普段の掃除が適当すぎるって問題もある。
こいつら「四角いところを丸く掃く」ってタイプだから、結局毎日俺が掃除する羽目になるんだよなぁ。
「そうですよ! 茜さんだって喜びます! 掃除も楽になるし、空気清浄機にもなるし。それにスライムの用途はまだあるじゃないですか!」
「あ」
「女性用生理用品! つまり、ナプキン代わり! この前も茜さん、生理でパンツが――」
「バカ! 声がデカい! 死にたいのか!」
「んぐっ!?」
俺は慌てて影山の口を塞ぐ。
吸血鬼の、しかもヤンデレ気味な茜のデリケートなゾーンの事情をこんな場所で叫ぶなよ!
お前、ガチで殺されたいのか!
「ふざけんなよ! デリカシーってもんがないのかお前は!」
お前の巻き添えで俺も詰められるんだぞ!
監督不行届だかなんだかで!
「ぶはっ! な、なんですか!? いくら茜さんでもこの場にいないんだから、別にいい――」
――ジリリリリリリリン!
「うぉっ!?」「ひっ!?」
廃墟のトイレに鳴り響く、黒電話の音。
「な、なん……だと……」
発信源は――俺のスマホだ。
――ジリリリリリリリン!
着信。
視界に映る画面には、
「……おい、マジかよ」
「ひぇ」
『茜』の文字。
『魔物通話』。
この間、レベルアップ時に強化され『魔物通話+1』となり、魔物側からも通話できるようになったばかり。
――ジリリリリリリリン!
止まない電話。
まるで社畜時代の、休日にかかってきた上司からの電話のそれ。
「(ゴクリっ……!)」
得も言われぬ焦燥感が俺を襲う。
俺はスマホをギュッと握りしめる。
「で、出るんですか?」
影山が引きつった顔でこっちを見てくる。
「……出るだろ。出なかったら出なかったで、あとが怖い」
上司からの電話を出ないという選択肢はありえない。
いや茜は上司じゃないけど。
恐る恐る震える指でピッと通話をタップ。
もちろんハンズフリーだ。
少しでも距離取りたいし、一人で対応したくない。おい、影山逃げようとするな。
「も、もしもし……」
《「……」》
無言やめろよ。
通話越しでさえも圧があるのやめて。
「もしもし、あ、茜……?」
《「……ああ、ごめんなさい望月。今大丈夫だったかしら」》
「あ、ああ。大丈夫だ、どうした?」
《「ちょっとお願いがあって。いいかしら?」》
……あれ? 普通だ。
いつも俺たちの陰口、
《「松下のところへ行ったら、スライムを譲ってきてもらってくれる?」》
「す、スライムっ!?」
「な、なんで……」
影山、だから言っただろうが!
茜は地獄耳なんだよ!
もはやお前だけの専売特許じゃないんだ!
《「どうしたのよ? そんな驚くことかしら。ほら、貴方毎日掃除大変そうだし、うちにも一匹くらいいたほうがいいでしょ」》
「あ、ああ、そうだな」
これは、どっちだ!?
知ってて遠回しに来てんのか、たまたま偶然なのか……!
「じゃ、お願いね。梅野に話は通してあるから。
まぁ、スライムくらいなら……俺の魔物使い的直感も「雇用可《いける》」と言ってる。
「……そう、だな。わかった。もらってくるよ」
《「よろしく。それで、取引は問題なく進みそう?」》
「あー……まぁ、今ちょっと寄り道してるけど。大丈夫だ」
《「そう。無理はしないで。あなた、調子に乗るとすぐ無茶するんだから」》
「してねぇよ」
《「してるし、調子にも乗ってるわ」》
即答かよ。
《「あと、帰ってきたら血、ちょうだいね。今日は少し多めに欲しいから、脂っこいもの食べないように」》
「はいはい……」
いつものやり取り。
いつものテンション。
――なんだ、普通の連絡じゃねぇか。
思わず肩の力が抜ける。
横で影山も、あからさまに「助かった……」みたいな顔をしていた。
《「それじゃあ、気をつけて」》
「ああ、そっちもな」
通話が、切れ――
《「……ああ、それと」》
「ん?」
――ピタリ、と指が止まる。
なんだ、この「それと」は。
嫌な予感しかしないんだが。
《「影山」》
「ひぇっ!?」
横で影山がビクッと跳ねた。
なんで名前呼ばれただけでそんな反応なんだよ。
……いや、分かるけど。
《「どうせハンズフリーにしてるだろうから、聞こえているんでしょう?」》
「き、聞こえてますぅ……」
いつの間にか、影山は直立不動で返事をしていた。電話だぞこれ。
つーかなんでハンズフリーてバレたし。
《「あとで、分かってるわね?」》
「ひぇっ」
なにが?
《「この子、生半可なお仕置きじゃ懲りないみたいだし……次は
――プツッ。
通話が、切れた。
「…………」
「…………」
俺達はゆっくりと顔を見合わせる
廃墟のトイレに、気まずい空気だけが残る。
「……お前、何したんだよ」
「いや、僕じゃないですよね!? 絶対さっきの話ですよね!? 望月さんが『茜さんが生理でパンツ汚しちゃった』って言ったやつ!!
「違ぇよ! お前どさくさに紛れて俺のせいにすんな! あと最後まで言うんじゃない生々しい!」
やめろよ、どうせこれも聞いてるんだぞあいつ。
「だって事実じゃないですか! というかアレって何ですか!? 僕なにされるんですか!?」
「アレは……アレだよ。さっき言ったやつだよ」
「え……」
「大丈夫、死にはしない。……死にたくても死ねないし」
お前は何回刺されたらギブアップするかな。
ちなみに俺はギブアップはさせてもらえんかったぞ。口塞がれて手足拘束されてたし。
「ま、マジで……? 僕、刺されるの……?」
自分がアレをされるのを想像して青くなる影山を適当にあしらう。
「つーかお前な、マジでそういうところだぞ!その口どうにかしろよ。デリカシーなさすぎるんだよ」
「えぇ!? なんで僕だけ怒られるんですか!」
「なんでってお前……前もそれでやらかしてガチギレされただろうが」
もう忘れたのかこいつ。
梅野さんの胸の写真を勝手に『Z』にアップして詰められたくせに。
「あれはやらかしでもガチギレでもありません!」
秒で立ち直った影山がビシッと指を突きつけてくる。
「あれは布教活動です! 乳神様が与え給うた試練です! いや、ご褒美です!」
「どんな宗教だよ! 明らかに処刑だっただろ!」
その梅野《神乳》さんに半殺しにされたのによく言うわ。
あの時の光景を思い出す。
無言。ハイライトが消えた目。血まみれの拳。骨バキバキで血溜まりに伏す影山。
あれはそういう空気じゃなかった。
「だって、半殺しとはいえ直接僕に触れてくれたんですよ!? 柔らかい、スベスベのあの手で! 何度も! これがご褒美と言えず何と言う!」
「うるせぇよ! 気持ち悪ぃな!」
これだから童貞拗らせた奴は嫌なんだ!
「いいか? 世の中にはな、『触れちゃいけない領域』ってのがあるんだよ。特にああいう地雷女には」
「でも僕は、真実を語っただけで――」
「事実だろうが真実だろうが言うな!!」
断言する。空気読めよ、クソ陰キャが!
「あと『神乳』とか『乳神様』って単語を軽々しく使うな。命が軽いのかお前は」
「軽くないです! むしろ重いです! 愛が!」
「だからうるせぇよ! あぁ、もう距離が近い!」
こいつ本当に反省しねぇな。
もう茜のアレ、俺は止めたりしないからな。
「ぴょっ!?」
「うぉっ、今度はなんだよ!?」
突然の影山の悲鳴。
下を見る。
さっきのスライムが、再び影山の足元から――
「やだぁぁぁぁ!! また来てる! 来てるってぇぇぇぇ!!」
「学習しろよ! バカなのかお前!」
影山、今日二度目のケツアナ確定。
どうでもいいけど、だから下半身見せるなよ。