避難所……いや、要塞と化した旧市役所へ、俺達は意気揚々と近づく。
近づくにつれ分かる、その威容。
外壁には鉄板が打ち付けられ、コンクリートで盛られに盛られてゴツい。
屋上の見張り台には弓矢や銃を持った武装した人間がいて、常に外へ警戒の視線を向けている。
ガラスの自動扉だった入り口は、分厚い鉄板を何重にも重ねたような重厚な扉へと変貌していた。
その前にはトゲトゲのバリケード、さらにその外側にも簡易の防御線。
二重三重どころじゃない、防衛を前提にした構造。
「……元々市役所だって言っても、信じられんな」
「ですね……まさかこんなことになるなんて」
市民が住民票取りに来ていた場所は、今や立派な防衛拠点だ。
正直やりすぎだろ……。
いや、見てて楽しいからいいんだけども。
「あ……結構出てく人、いますね」
「ああ。入ろうとしてる連中もいるな」
門の周囲には人の出入りがそこそこあった。
「剣に槍……あの人、刀なんか持ってますよ! かっけぇ〜」
「あっちの女は魔法使いっぽい杖だな。格好もそれっぽいし、魔法職か? なんかすました顔してんな」
どいつもこいつも装備はバラバラ、現代風のものからファンタジー丸出しのものまである。
多種多様で統一感が全くないが、嫌いじゃない。
おっさんおばさんが素面でコスプレ大会してるって思うと……普通におもろいし。
「でも望月さん。あれ、よく見ると……」
「ああ。明らかに、戦《や》ってんなアイツラ」
よく見れば、全員に共通しているのは――汚れていることだ。
血。泥。傷。
だけど――
出てくる奴も入る奴も。
その顔を見れば、不思議と悲壮感はない。
疲れてはいるんだろう。
でも折れてはいない。
世界が融合して終末が始まったこの世界でみんな、「生きている」。
「なるほどな……。この
前の避難所とは大違いだ。
あっちは
「それに松下さんの方針なんですよ」
「『全員に戦う力を』、だっけ?」
本編が始まって、文字通り世界が変わった。
警察官が一般市民を守る、だなんて言ってられなくなったわけだ。
「今じゃ襲ってくる魔物や……人に対抗するためにここにいる全員にレベル上げを推奨してますからね」
「力がなけりゃ奪われるだけだしな。いくら松下さんでも、あれだけ襲われたら嫌でもそうなる」
あのアプデのすぐ後は魔物の数が劇的に増えた。
そいつらがひっきりなしに襲ってきたんだ、守るとか以前に人手が足りなさ過ぎた。戦える人手が。
だから、今じゃランドセル背負ってそうな小さな子供から棺桶に片足突っ込んでるジジババまで。
みんな率先して魔物を狩っている。
勿論、安全マージンは十分過ぎるほどとって。
「最低限、自分を守る力をってことらしいですけど」
「俺はその方針、いいと思うぞ」
「えぇー?」
えぇー、じゃねぇよ。
お前、戦闘になるとほとんど俺任せになるのやめろ。
『陰者』だって戦えないわけじゃないんだから。影からチクチクやるの得意だろ。
☆
門の前では、門番が一人一人を止めて確認していた。
「通行証とステータスを見せろ」
門番をやってるのは、オラオラ系の兄ちゃんと厳ついおっさんの二人。
そんな二人がヘルメットに胸当て、武器も携帯していて完全武装してるわけだが……。
「見た目完全に山賊だな」
「一人だったら秒で回れ右してる自信がありますよ、僕」
そこは頑張れよ、元警察感だろうがお前。
しかし、松下さんの人選が威圧感特化な感じでガチっぽい。
そんな門番の二人は、スマホを覗き込み目を細める。
見ているのは状態異常の有無、そしてスキルだ――竹原の件があったからな。
あとは通行許可証。
胸元につけたバッヂを軽く確認して、通す。
「通行証って、この前もらったやつか」
「はい。松下さんが許可した人間に配られてるやつです」
たしかクラフト系のジョブの奴に作らせたとかなんとか。
「お前持ってるよな?」
「持ってますよ。ちゃんと。ほら」
影山がパーカーの胸元を叩く。
黒いパーカーに紅色のバッヂが映える。
「茜さんの瞳の色と同じですね! さすが茜さんの瞳をモデルにしただけはあります! いえ、勿論茜さんの方が何倍も綺麗ですけど! そもそもですね、これはあの『竹原の乱』を忘れないようにと僕が松下さんに――」
「へぇー」
影山のクソどうでもいい話は当然スルーして、俺も作業着のポケットからバッヂを取り出して胸元につける。
……茜の瞳と言われると、アイツに見張られてるみたいで微妙に嫌だな。いや、見張られてんだけども。
「――つまり、魅了の魔眼ですよそれを象徴するあの紅い光が……って聞いてます!? あ、待ってくださいよ望月さん!?」
「うるせぇよ。聞いてねぇからさっさと行くぞ」
俺と影山が並んで門番の前に立つ。
影山、たまにビクッと震えるのやめろ。
お前のせいで入れなかったらどうすんだよ。
「通行証は……二人ともあるな」
「じゃ、ステータス見せろ」
オラオラ兄ちゃんが当たり前のように、こちらへ手を差し出してくる。
「……ステータス、ね」
「どうしたんですか望月さん?」
「いやね……」
ステータス見せろって、普通に考えて嫌じゃね?
なんで見ず知らずの連中に、わざわざ俺の手の内を晒さなきゃいけない。
勝手に鑑定されたならまだしも。
……まぁその場合も挨拶には行くけど。
「どうした、早く見せろ!」
しかも、こんな上から威圧的に言ってくるようなおっさんに、だ。
俺のステータスもスキルもそうだが、問題は備考欄なんだよなぁ……。
あれ、他人に見せていいような中身じゃないんだよ。意味分かんねぇし。
「おい、聞いてんのか? 見せないなら通さねえぞ」
いかつい方のおっさんが一歩前に出て、圧をかけてくる。
……面倒くせぇな。
ポケットの中でスマホを指でなぞる。
見せるかどうするか……。
見せなきゃ中に入れない、見せたら見せたで絶対騒がれる。
特にここにいる連中の中には……俺をよく思ってない奴らもたくさんいるだろうし。
「(望月さん、どうするんですか?)」
影山が小声で聞いてくる。
どうでもいいけど、こいつの小声はマジで小声過ぎて虫が飛んでるのかと一瞬手で払ってしまった。
「(どうするもな……お前、何か良い案ない? )
「(えぇ!? 良い案も何も、見せるしかないのでは?)」
「(それが嫌だって言ってんの。絶対なんか言われるだろ。お前も他人事じゃないんだぞ?)」
「(な、なんでですか? 僕にやましいところは……)」
「(お前、ステータスの備考欄。忘れたのか?)」
「(……………あ)」
ステータスにある備考欄。
俺と俺の部下にだけ書いてあるはずの、あの謎の項目。
以前の影山には無かったその項目が、俺と行動を共にするようになってからは――何故か影山にも記載されるようになった。
「(お前のジョブもスキルも、人に言うのは恥ずかしいなってレベルだけどな。お前の備考欄。あれは――)」
「(……普通に、捕まりますね)」
影山は自らのステータスを思い出し、顔を青くして固まった。
「ほら、さっさと出せって。後ろも詰まってんだよ」
オラついた兄ちゃんが小馬鹿にしたように顎でクイッとスマホを指す。
その後ろでは、他の探索者たちが「なんだあいつ、怪しいな」という視線を向けてきている。
「……これ、どうしても必要か?」
俺が渋っていると、いかついおっさんの方が身を乗り出してきた。
「当たり前だ。お前みたいな怪しい奴が状態異常にかかってねぇか、危険なスキルは持ってないか確認するのが俺たちの仕事だ。それとも何か、見せられないマズいことでもあるのか?」
マズいことしかないんだよ。
特に影山。
「も、望月さん、どうするんですか!」
おい、俺の名前を呼ぶな。
「ん……? 望月……」
「……あ?」
兄ちゃんの目つきが変わる。
俺の顔を見て、眉間に皺を寄せた。
「おい……こいつ……」
「……チッ、マジかよ」
横のいかついおっさんも、露骨に顔を歪める。
ほらぁ、嫌な予感しかしねぇ。
「お前……望月友人、だよな?」
「……そうだけど」
そう答えた瞬間。
「帰れ望月! いや、疫病神!」
これである。
間髪入れずに吐き捨てられたんだが。
「は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「とっとと失せろクズが!」
「お前のせいで……っ! ここは通さんぞ!」
――なんでだよ。
「いやいや待て待て、何の話だよ」
「シラ切ってんじゃねぇよ!」
兄ちゃんが一歩踏み込んでくる。
周囲の視線が一斉にこっちへ向いた。
さっきまで出入りしてた連中も、足を止めて様子を窺っている。
「望月さん、あんたやっぱり……」
影山、なんだその、やっぱり、って。
こっち見んなよ。俺のせいじゃねぇだろ。
俺は悪くないぞ。
「おい、おかしいだろ。ステータス見せなかったくらいで。それに、これ見ただろ」
胸の通行証を指で弾く。
「正式な通行証だ。松下さんから直々に貰ったやつだぞ」
「関係ねぇよ!」
「あの人が許しても俺らは許さねぇ!」
即否定かよ。
「帰れって言ってんだろ」
「ここにお前を入れるわけにはいかねぇ」
「……理由は?」
聞くだけ無駄だと思いつつ、一応聞く。
すると、
「分かってんだろうが」
低い声。
「お前のせいで、どれだけ迷惑被ったと思ってんだ」
「あの時、仲間が死んだんだぞ」
ああ、なるほどね。
思い出した……というか、思い出さなくても分かる。
やっぱりあの一件か。
「いや、それは――」
「言い訳すんな!」
被せてくるじゃん。
「どうせまた魔物連れてくる気だろ!?」
「今度はここ潰す気かよ!」
「はぁ?」
なんでそうなる。
「違ぇよ。今回は――」
「聞く必要ねぇ!」
完全にシャットアウト。
うん、話にならない。
「……望月さん」
横で影山が小声で言う。
「僕も一応、松下さんの直属なんですけど」
「……言ってみ」
「はい」
少しドヤ顔の影山が一歩前に出る。
「僕は松下さんの部下の――」
「知るか!」
秒で切り捨てられた。
「お前みてぇな奴があの人の部下なわけねぇだろ!」
「えぇ……」
影山がしょんぼりする。
うん、期待を裏切らないなお前は。
ダメだな、このままだと埒が明かない。
俺は小さくため息をつき、影山に目配せする。
「(影山、スキル使え)」
「(え、マジですか)」
「(面倒くさいから『透明人間』で入っちゃおう)」
「(いいんですか? バレたら怒られますよ)」
「(今も怒られてるだろ)」
「お前ら、何小声で話してやがる!」
「さては魔物を呼ぶ気だな!?」
兄ちゃんが露骨に嫌悪感を剥き出しにして、俺を突き飛ばそうとしてきた。
おっさんの方も、腰の武器に手をかける。
「おい! 仲間を呼ばれる前に〆るぞ!」
「ああ、ここを襲わせるわけにはいかんからな!」
おっさんが手に力を込めて、剣の柄を握りしめた。
兄ちゃんも立てかけてあった槍を手に取り――
「おい」
――ギシッ。
血が、ざわめく。
音が消える。空気が軋む。
あれだけ騒がしかった周囲の気配も、嘘みたいに遠のいた。
眷属の血が殺意に反応する。
肺の奥に冷たいものが流れ込んでくるような、そんな感覚。
「……それ、抜くなよ」
「……っ!?」
兄ちゃんの喉が、ゴクリと鳴った。
槍を持つ手が、目に見えて震えてる。
「やめとけ」
一歩、踏み出す。視線を合わせる。
「それ以上は、シャレにならん」
それだけで。
「くっ……な、なんなんだ、こいつ……!」
「か、身体が……っ!」
門番の二人は急に勢いが削がれたように。
おっさんの膝がわずかに沈んだ。
兄ちゃんが見えない何かに押し潰されているみたいに。
呼吸が浅くなり、喉が詰まる。
剣にかけていた手が、彷徨う。
槍を持つ手が、震える。
――本能が、理解しているんだろう。
シンと、いつの間にか周囲のざわめきも静まり返っている。
誰も動かない。
「も、望月さん……!」
後ろで引きつったような声。
「さ、殺気……エグいっす……」
「ん?」
影山の方へ振り向くと。
「ひえっ」
影山が肩を跳ねさせた。
「……あ、悪い」
ふっと力を抜く。
途端に空気が戻る。
押し潰されていた何かが解放されるみたいに。
「はぁっ……はぁっ……!」
門番の二人が荒く息をついた。
「な、なんなんだよ、お前……!」
「なんなんだ、って言われたら……」
答えてあげるのは世の情け、てか?
俺はただのモブ魔物使いなんだが。
ただ……吸血鬼の眷属と承継したスキルの影響で――若干、人間辞め始めてるだけで。
「はぁ……いいか、よく聞けよ」
また一歩前に出る。
思わずといった具合に、門番の二人も一歩後ろに下がる。
……そんなビビるなよ。ちょっと魔力出しただけじゃん。
「俺たちは松下さんからの依頼でここへ来た。通行証も持ってるし」
もう一度、紅色のバッヂを見せつける。
「ただ、俺達は別に魅了とかデバフにかかってるわけじゃない。ステータスは……見せたくないんだ。見せたらいろいろ面倒クセェからな」
お前らみたいに絡んでくる奴がいるから。
「つーか通行証貰った時点で身元は保証されてんだぞ? あんたらのトップに。だったらいいだろうが」
俺は松下さんから「いつでも立ち寄ってください」と言われてんだよ。
「……っ」
門番の二人の肩が、わずかに揺れる。
「それでも止めるってんなら――理由は一つだろ」
視線を落とす。
「俺が気に入らねぇからだ」
「……!」
兄ちゃんの歯がガチっと鳴った。
「別に気に入らねぇのは、いい。お前らにもいろいろあるだろうし。ただ――」
今度は二人だけを狙って、少しだけ魔力を言葉に込めて。
「線は、越えるなよ」
声を少し落とす。
二人への重圧がジワジワと広がるように。
普通ならここで引く。
だが、
「……っ、だからなんだってんだよ……!」
兄ちゃんが、歯を食いしばった。
槍を持つ手が震えている。
それでも、下げない。
「通行証がある? 知るかよ……!」
「松下さんの依頼? だったら尚更だ……!」
おっさんも踏みとどまる。
「だから通すわけにはいかねぇんだよ!」
「お前みたいな疫病神をな!」
……えぇぇ?
普通ここで引くだろ、常識的に考えて。
なのに、引かないのはなんでだ……?
「俺達は、門番だ……!」
「俺達が守るんだ、ここをっ、仲間を……!」
おっさんは首にかけているタグを握りしめた。
兄ちゃんは耳のピアスをそっと撫でた。
なんだ……? 何かのアイテムか?
「死んだ仲間に誓ったんだ……!」
「ああ、もう二度と、あんなことは……!」
なるほど。形見かなんかか。
つーかさっきから俺、めっちゃ悪者くさくない?
それにしても仲間……仲間、か。なるほどね、はいはい。そういう感じね。
俺は内心で少しだけ感心する。
――が。
だからって通さねぇ理由にはならねぇだろ。
「……止めるなら止めろ。仕事だってんならしゃーない」
背中のバットを掴む。
「やるなら――やるぞ」
短く言う。
――ギシッ。
また、空気が軋む。
でも、今度は。
「……っ、上等だ……!」
兄ちゃんがそれでも槍を構え直す。
「ここで引いたら……俺らが何のために立ってるか分かんねぇだろうが……!」
おっさんも剣に手をかける。
……マジかよ。
ガチっぽい雰囲気に、ちょっと引いた。
そこまでマジにならんでもいいじゃん……。
松下さん、部下はちゃんと躾けといてくれないと困るんだけど。
「影山、離れてろ」
「え、マジでやるんですか!? 僕、関係ないですからね! やるなら一人で、どうぞ!」
お前……いや最初から期待はしてないけどさぁ……。
まぁ、いいや。
俺は悪くないけど、原因は俺みたいなもんだしな。俺は悪くないけど。
「じゃ、行くぞ」
「……っ!」
「く、来るなら来いやぁっ!」
背中からバットを引き抜き、足に力を込めた。
その時。
「何やってるんですか!」
殺伐としたこの場に似つかわしくない、高い声が響いた。
しかし、一瞬で場の圧が切り裂かれる。
「おぉ……!」
「た、隊長……!」
門番の二人が反射的に振り向いた。
その視線の先。
そこに立っていたのは――
神だった。